12:西と東の剣士―Knight and Sword―
作戦会議の翌日、資料を片づけているレイジスとライオットの元へバロローグが訪問した。
「よぅ。今少しいいか?」
「あぁ、バロローグか。いいぞ。ライオット、休憩しよう」
「ならお茶を入れてきますね」
流れるような会話。バロローグの訪問は一度や二度ではなかった。レイジスを支えた年長者、彼は武人であり内政には疎い。しかし、年長者である彼は若いながらも皆を纏めようとするレイジスを支えるためにノルディスと共に相談係を受け持っていた。バロローグ曰く、レイジスを育てるためである。
レイジス自身、彼には世話になった礼を忘れてはいない。だが、だからこそ彼には申し訳ないという気持ちが大きかった。
「すまない。いつか約束したヨルロの早期潜入。果たせなかった」
バロローグとの相談の間で約束したヨルロへの帰国。もとい潜入はレイジスにとっても見過ごせない約束であった。恩師を思えば、彼の故郷へ帰してやりたい。その思いは決断した後も渦巻く。
だがジーパの情報が予想よりも集まった事、資源などの事を考えるとジーパへの潜入を優先せざるおえない。王として効率と先手を打つために選択したが、レイジスとしては条件を無視してでもヨルロへ向かいたかった。
「なに、状況がそうさせたのだ。レイジス、お前は統率者としての判断をしたのだから悔いる必要はない」
しかし、バロローグはあくまでレイジスを褒めた。私情もあるだろうに、バロローグはレイジスとの約束を反故することを許したのだ。
怒りを露わにする事はないと思っていたにしろ、罪悪感を持っていたレイジスは許されるとは思っていなかったので、彼の言葉に安堵を覚えた。
「ありがとう。おかげで少し楽になった」
「いや、感謝する言葉ではないぞ。それに口約束だ。そこまで思うな」
バロローグが苦笑してそう指摘した。レイジスが思い詰めるのはいつもの事だ。彼の生来の性格なのだから矯正はできないだろうが、指摘して意識させる。バロローグなりの厳しいお言葉であった。
実際、レイジスは苦笑してすまない、と頭を掻きながら答える。思いつく節があるから、尚更申し訳なくなる。
レイジスはこほんと、咳払いをし話題の転換を図った。
「そういえば、バロローグには息子がいるんだったな」
「おぅ、そうだ。歳は……あぁ、お前とあまり変わらん」
バロローグには息子がいた。センチェスへの派遣騎士であった彼は故郷に妻子を残し一人、騎士としてセンチェスの護衛部隊の教官をしていたのだ。そして、四国による襲撃により護衛部隊のほとんどは壊滅。バロローグ含めた残存部隊はレイジス達が先導したディーツへ逃げ生き延びた。
「十三年か……。俺が故郷を去った頃は六歳であったな。派遣期間は二年であったから……」
「俺より一つ下か。あんたの息子だ。真っ当で誠実な騎士になっただろうな」
「さて、どうだかな」
そう言ってバロローグは肩をすくめる。彼からすれば自分の息子がどのように育ったのか想像がつかないのだろう。それほど十三年という月日は無情であった。
だがレイジスは危惧している。今や老いにやられ、剣士としてはお世辞にも良いとは言えない技量であるバロローグであるが、彼の剣の腕は知っている。ディーツの剣の素人を魔物を倒せる程度まで育てた剣の教官である。
最初の頃、皆が今だ疑いをかけあう頃、誰よりも早くバロローグという一流の剣士を見出したレイジスは彼に剣の教えを乞いた。そして初めの剣の打ち合い。あの頃に見せたバロローグの剣技を現代のレイジスが越えられたとは思ってはいない。ヨルロの騎士が扱う剣術は、鍔迫り合いによる押し出しを得意とする攻撃と防御の剣術だ。何物をも打ち崩すその剣術は、同時に大きな隙を見せる場合がある。しかしその隙さえ見せないバロローグの剣術を身で受けたレイジスにとって、現在の我流の剣術ではまだ追いつけないと考えていた。残念ながらそれを計る機会はもうないのだが。
だが、だからこそバロローグの息子には警戒をしておいた方がいい。若き頃のバロローグの剣技を受け継いでいるのならば……遺伝と呼ばれるものがある中、たとえバロローグに直接剣を教えてもらっていなくても圧倒される可能性もあるのだ。
「もし敵対する事になったら、わしはセンチェス側に就く。たとえ息子と戦おうとも、な」
「……その言葉がありがたい」
バロローグの決意は力強いと共に、何か悲しく感じられるものであった。
しんみりし始めた頃に、ライオットがお茶を持って戻ってきた。すると先程まで悲しい目をしていたバロローグの目がやんわりとなり、渡されたお茶をごわっと飲む。
「やはりライオットの淹れた茶はいいのぉ!」
「……空気が潰れたな。話題を変えるか」
「え、私のせいですか!?」
レイジスがライオットをジトーと見る中、バロローグは一人、空になってしまった茶を見つめ、真剣な目をしているのであった。
◆◆◆◆
「獣、でございますか?」
草原が風を運ぶジーパ領の君主の城。今日も今日とて話し合いが行われていたが、それも終わり、君主カグヤにとってはプライベートの時間帯にサクヤに君主として任務を申し与えていた。
「そう。一月前から確認されていた、鎧を持つ獣……私はあれを鎧獣と呼んでいますが、あれの排除を命じます。これまでは人食いをしないため放っておきましたが、旅団が現れた以上、これまでの通りを行くとは限りません。自然在らざる者、かの獣の排除、もしくは捕獲を刀将サクヤに命じます」
「御意、に。しかし、獣程度なら確かに我が継ぎし刀、月之不知火で切り裂けましょうが、捕獲ですか……?」
サクヤがどうにもカグヤの語る条件に疑問を覚える。獣ならば排除すればいいだけの話だ。自然なる者ならば道理が通るが、鎧を身に纏った人工的な獣となれば捕獲は必要としないはずだ。
その疑問に対し、カグヤは少し厄介そうな顔を浮かべてサクヤに事を話す。
「北の国に問い質す必要があるからですよ。人工的な獣……ゴーレムとなればロシューが関わってくるでしょう」
「あぁ、なるほど。それで向こうに圧力をかけると」
「いえ。あくまで真実かどうかですよ。もしロシュー産でないのならば出自を探らなければなりません。争う必要はありません。重要なのは、あくまで獣が何か、ですよ」
カグヤはそう言い終えると大きな溜め息を吐いた。ジーパにとって北の国は特別な国であるが、同時にあまり関わりたくない国であった。四国の中で最も軍事力が高いとされる軍国ロシュー。他の三国が他の文化を維持する中、あくまで軍事力の向上を図った北の国は触れざるべき国とされる。しかし、ゴーレムの生産を主とするロシューの科学力は高い。彼らに任せれば鎧獣の正体も解るだろう。
「しかし、なぜ私一人なのですか?」
「あなたを信頼しているから、だけでは説得力に欠けますね。強いて言えば、あなたがこの国で最も真っ当な理由で動く事ができるから。そしてあなたの鎧通しの剣技ならば鎧獣を一人で倒せると思ったのです」
鎧通しの剣技を扱えるのはジーパにしてただ一人、刀将サクヤのみであった。速度重視で、攻撃を躱しながらも一瞬の隙で攻撃するジーパの剣術はその性質ゆえか剣が軽い。しかし、カグヤの剣術はジーパの剣術にしては剣筋が重い。ゆえに、鎧通しの剣技。月下で狂う鬼の異名もまたその剣技からきていた。
納得がいったのか、サクヤは解りました、と言ってカグヤの部屋を後にしようとする。
「明日、お願いします。我が刀、そして私の最も信頼する友人として、お願いします」
「承知しました。それでは、休んでまいります。カグヤ様も、ごゆっくりと」
君主として、そして一人の友としての命を受けたサクヤはゆっくりとカグヤの部屋から退室した。残ったカグヤは自分の胸を押さえて、力なく呟く。
「せめて、この身体が強ければ……」
サクヤの手助けもしてやれるのに、とは続けられなかった。彼女は君主なのだから、弱音は極力吐かない。だからカグヤは、そっと押さえている手を下ろし、密かにサクヤのこれからを想った。
【ゲーム的ユニットデータ】
ユニット名:バロローグ・ドワッグ
属性:火
職業:新センチェス軍訓練長、現場指揮官、コマンダー(指揮担当)、ストライカー(攻撃担当)
種族:竜人、人間
武器:ドルガラ(大剣)
基本性能(基準を100とする)
体力:75 攻撃力:125
防御力:100 機動力:65
知力:95 魔力:50
説明:新センチェス軍の騎士たちを鍛え上げた元ヨルロの騎士。年老いて騎士としては能力は低くなったが経験と判断力で指揮するレイジスの剣の師匠。