11:風吹きぬける国―Jepa―
カイアス大陸東方。風の国とも呼ばれる草原地帯に所在するジーパの君主、カグヤが治める城内では小さな騒ぎが起こっていた。先日、獣人商会の行商人、ナウンス・ノビルアが伝えたとされる中央の国の存在。外の大陸からやってきたとされる旅団が、中央に存在する廃国を中心に国を建設する事について、国の老臣達を集め議論していたのだ。
「中央の国は、我々にとっても脅威となり得ます。即刻、排除すべきです」
「いや。中央の国があれば、長年途絶えている他国との交流は復活するかもしれん。それに例の獣を排除しなければならないのですよ」
老臣達は二つの派閥に分かれていた。攻撃派と懐柔派。前者は現状で起こったイレギュラーを排除するという現状を維持を目的とする派。後者は変化を受け入れ利用していくという停滞した現状をどうにか打破しようとする派。
この二つの意見はどちらも間違ってはいない。少なくとも紛争もなかった近年の平和を脅かすかもしれない存在が現れたら排除するものだ。だが、その存在がもし彼らにとって利益をもたらす者達ならば排除するには惜しい。
「カグヤ様。どう思われますか?」
議論する老臣達の顔がその声を上げた者へ向く。黒く鋭い印象を受けるポニーテールを持つ女性であった。刀の将、君主カグヤの次にジーパを治めるという軍大将、サクヤである。カグヤの刀、とまで言われる彼女の言葉は、議論をする者達の息を止めるほど鋭いものであった。
「何かを語るにはその者達の本質を知る必要があります。彼らが敵か、味方であるかは彼らと交流し、見定めなければなりません」
対して、君主である少女、カグヤはそうやんわりと答えた。黒く腰まで伸びている綺麗な髪、煌びやかな髪飾り、豪華な着物を着る、はたから見れば年端もいかない乙女である。だが、その容姿とは裏腹に客観的に事を捉える冷静さを持っていた。
君主の言葉に納得がいった者達は、一斉に黙ってしまった。己が感情を優先してしまった意見者達にその言葉は恥じるべきものであった。
「向こうの出方を見ましょう。彼らが交流を望むなら受け入れましょう。彼らが争いを望むなら戦いましょう。一手を見てからでも遅くはありません」
カグヤのその言葉に老臣達は、そうですなと賛同していく。少女の意見に納得を行く老人達の光景は中々滑稽に見える。だが中には不満に思う者もいるように見えた。
一方、横にいるサクヤは彼らが気付かない程度に安堵していた。
◆◆◆◆
「ふぁーん!」
「カグヤ様……はしたないですよ」
議論が終わり、自らの寝室に戻ったカグヤは来ていた着物を幾つか脱ぎ捨て、頭に着けていた髪飾りも外して畳の上で横になってゴロゴロと回っていた。かの聡明な君主も、プライベートとなるとこうもだらけるのだ。サクヤははしたない、と言うが優しい笑顔で苦笑していた。
「ふぐぅ……なぜあのように訝しげに彼らを見るのでしょう。彼らとて侵略者ではないでしょうに」
「誰だって慣れた平和を脅かしてしまうという妄想はするでしょう。変化は、それほど怖いものなんですよ」
そんなものでしょうかねぇ、とゴロゴロと回るカグヤ。乱れた長い髪が畳とカグヤ自身に垂れ落ちる。聡明、思慮深い、また国民からは月下で光る姫とあだ名される彼女であるが、本質はどこにでもいるであろう少女であった。
一方サクヤもまた本性であった。彼女はその厳格さから月下で狂う鬼、という異名を持つ。彼女の本意ではない訓練中の様子を示唆された異名であるが、本質は心優しいカグヤの従者である。カグヤの刀とも言われるのもその立ち位置があってこそだ。
「しかし、中央の国……センチェスでしたっけ。あの国を滅ぼしたのは我が国を含めた四国だと聞きますが、どうして滅ぼしたのでしょうか? サクヤ、知ってます?」
「いえ何も……。むしろ先代から聞かされていると思っておりました」
「多くを語らない寡黙な人でしたからね……。しかし、そうであるとしたら謎は深まりますね。ジーパだってセンチェスと交流は深かったと聞きます。覚えはありませんが、センチェスの王妃もお忍びでジーパを訪れたと聞きますし。そんな国を滅ぼすなど……」
カグヤはゴロっと転がり仰向けになる。この部屋からでは空は見えないが、屋根の先にある空を想像し、そこにいるであろう亡き父を思う。
「父よ……あなたは何を考えていたのです?」
その問いにサクヤも、カグヤ自身も答えることはできなかった。死人に口なし。ましてや思いなど、解るわけはなかった。
◆◆◆◆
一方、センチェスの地上拠点ではセンチェスを率いる主要メンバーが揃っていた。作戦会議室の巨大な丸テーブルに各々の席に座っている。
「それでは、新センチェス軍主導による作戦会議を始める」
地上での建設などの資料をまとめていたレイジスは壁にかけている時計を見てそう宣言した。そしてテーブルの中央にカイアス大陸の巨大地図を広げる。情報こそ十三年前のものであるが、よっぽどのことがない限りは地殻変動はしていないはずであるため、センチェスの資料室から引っ張り出してきたのだ。
「うわー、大きい!」
地図を見て無邪気に反応するのは、戦いの後もディーツやセンチェスの民衆を歌で支えていたフィリアであった。彼女自身は内政に関わっているわけではないが、後学のために在席してもらっている。が、真面目な場である会議で無邪気な声を上げられるので、レイジス達はいつも通りなフィリアに脱力してしまった。
こほんと咳払いをしたのは、レイジスの副官として、またノルディスの助手として彼女の手伝いをしていたイルニスであった。
「兄様はどのように考えているのですか?」
「センチェスの復興には限度がある。資材の問題上、木材があまりにも足りない。それに先日の行商人の件もあってジーパへの潜入作戦を考えている」
「なるほどな」
そう納得したのは、センチェス復興の主導をしていたバロローグであった。センチェスの建築物の開発などの土木作業、騎士の鍛錬はバロローグが現状指揮を執っている。こしらえた白い髭をいじりながら、その威厳のある顔をレイジスに向ける。
「しかし、攻撃作戦ではないのは何か考えがあってか?」
「あぁ。まずは敵陣を見極めないといけない。ジーパへ至るまでの経路の最適化、砦の配置状況の確認などの準備がいる。そのためにジーパ領内へ潜入し、情報収集だ」
「それに、まだ蟲部隊も完全ではないからねぇ」
そうレイジスの言葉に付け加えたのは、ディーツであの蜘蛛少女の蘇生を担当してもらっているノルディスだ。ある程度の区切りがついたこともあってか、今作戦会議に参加してもらっている。
「ノルディス。作業はどうだ?」
「あまり芳しくないわね。資材のおかげでエーテルの回転機構を採用した人口心臓を作って移植したのは成功したけど、意識はまだ安定してないわ。悪いけど、実戦での運用はまだ先ね」
「そういうことだ。バロローグ、すまないな。お前も早くヨルロに向かいたいだろうに」
「なに。状況は見定めておる。己が感情のために大事な弟子達を失いとうないわい」
バロローグはそう言って薄く笑った。己の体もあってか消極的なように聞こえるが、歳もあってか慎重になっているのだ。
「潜入のメンバーは俺とイルニス、ライオットにフィリアの予定だ。少数精鋭の方が楽だからな」
「問題は行商人から聞いた、獣の話ですね」
早朝、レイジスに恥ずかしい場面を見られたライオットは、そんなことなんてなかったかのように無表情で指摘した。獣とは、ナウンスから引き抜いた情報の事だ。ジーパ周辺の森に存在する巨大な獣。人食いを行うともされるその脅威は、ジーパへの経路を阻害する可能性がある。
「だからこそ精鋭、なんだよ。獣でも対応できるようにな。あと、潜入している間はバロローグにセンチェスの指揮を任せる。いいか?」
「解った。ご老体ながら、任せてもらおう」
バロローグの了解を得て、レイジスはふぅと安堵する。ジーパへの潜入は危険が伴うのは十分に承知している。ここから先は、仲間の協力が不可欠だ。
「作戦の実行は翌々日に行う。皆、頼むぞ」
レイジスのその言葉で会議は終了した。
【技】
・闇の焔―ダークブラスト―
センチェスの魔法部隊が使用する基本的な闇炎魔法。対象に闇の魔力で生み出された炎を発生させる魔法。基礎魔法であるため威力はさほど高くないが魔力の使用効率がいいためライオットは好んで使用している。