頤――和の色への習作――
今日も世界は濃厚な言葉なき言葉と神々の奏に満ちていました。馬鹿な私はもっと愚かに我儘に満たされていたい。
椅子に背筋を伸ばして座っている 少し上を向いているあなたの前に立ち(照明が斜め上から照らす)
あなたの剥き出しの白の膝と わたしの作業着の膝が当たりそうなところまで近づいて
少し屈み気味に 斜め下にある あなたの頭蓋の頂点に そっと両長指を揃える(柔らかにウェーブしている髪の暗いところは檜皮色明るいところは黄茶または蜜柑茶に光る)
……(私の名を呼ぶ) (目を閉じて静かに)
――これは最後の別れの言葉の声と同じだ――
あなたの髪で隠れた耳を両掌で覆うように
――北国の顔 肌の白さとすっきりした鼻筋と肌色の頬――
そのとき すっきりとしてでもしっかりとした胡粉色の頤は私の手首のあたり
そこから
左手は薬指だけを残し 少し浮かせる
右掌は丸くして (髪に触れないように)
――温かい――
薬指を長指の場所まで滑らせる
左掌を少し手前に回して
……いい?
無彩色の旋毛に軽く触れてから 浮かして 檜皮色に満ちる分け目の上をゆっくりと曲がりながら
やがて あなたの 前髪の京鼠の影になっている額に(触れた)
ぴくり
指先から哀しみが急激に広がって
――あなたは駅で迷っていた 行き先がない 戻るところがない――
つ と、 前髪の曲線に沿わしていく 指を(触れたまま)
(直線で始まり 心地よい傾斜 のち ドロップして収束している)脂色に描かれた眉と眉の間に 留まる(目蓋が微かに震えている 長い睫が浮草鼠の影を作っている)
――美醜なんてどうでもいいから そんなことではないから――
指を動かし 少し冷たい滑らかでそう高くない細い鼻筋を登る 頂点で一度 止めた
――故郷はまだあなたの父母の懐の中にあったのに――
あなたの息が指にかかる
――夢にも出てくれないのはどうしてですか――
すとん
薔薇より淡くて サンゴより青くて 許色の唇へ
――色無き風に靡く輝く薄の奥に朱の門 前に朱の列車が走った 何かが私の中を震わした これはあなたの言葉ですか――
まだまだ片付ける言葉から離れられない。振り切ってしまうまでは習作であり続ける。