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れっつごーさんびき

むかぁしむかしの話。魔法使いは溢れるほどに、この世界におりまして。

海を作り、大地を作り、命を作り、死を作り、作って作って産み出して、みながそのうち、飽きてしまって。

一人一人と去っていき、この世界を旅だって。

最後の最後のその最後。

たった一人で残された、ひとりぽっちの魔法使い。

この世界が大好きで。

飽きることなどあるはずなくて。

最後の最後の魔法をぶって、塔と迷宮を作ったんだそうな。


高く、高く、天より高く、星まで届く高き塔。

深く、深く、海より深く、底無し果て無し深き迷宮。


心を塔のてっぺんに、命を迷宮の奥底に、魔法使いは隠したんだそうな。

どこまでもどこまでも、世界のはてまで見えるように。

いつまでもいつまでも、世界と供に生きられるように。


そんなおとぎ話が、僕のすむこの街にはある。


いや、おとぎ話ってのは正確じゃあない。これは間違いのない、歴とした、事実なんだろう。

だって、現に。

この頭上に巨大な塔が。この足元に迷宮が。

大陸中から人を呼ぶ、最後の魔法使いの最後の遺産。

トートの(きざはし)を中心に、栄え輝く叡知の都。


その名も麗しトート叡都。


僕は、そんな街で暮らしている。

迷宮に潜りながら。



:::



学園迷宮の外郭北部(ノース・アウター)と言えば、トート叡都の誇る地下大迷宮のなかでも、格段の知名度を誇る。


曰く、伝説が始まる迷宮。

曰く、青春と挫折の神殿。

曰く、駆け出し用演習場。

曰く、ここでつまづく奴は田舎に帰れ。


要するに、初心者向けなのである。


北部を除く四方外郭迷宮、迷宮中心部である大奈落(ビッグ・シャフト)、その周辺に存在する数十の衛星小迷宮などのどれよりも性質が「素直」であり、そのため57階という破格の深さまで攻略され、低深度の階層はそれはそれは大層に丁寧なマッピングがなされているうえ、30階までは迷宮の構造変動もおこらない。


あげく出てくる魔物も腕っぷし自慢の筋肉馬鹿がほとんどで、麻痺や毒などの状態異常をもたらすものもいなければ、原始魔術をつかう半知性体もいないという親切っぷり。なるほどたしかにここの魔物などちょっと素早く力が強い獣レベルで、すこし勉強すれば見抜けるような初歩的なトラップくらいしか設置されていないのだ。それでも半分泣き顔半分絶望で走り回るようなら、迷宮探索なんて諦めた方がいいだろう。


それはつまり、町のチンピラ程度の武力も、そこらの村人なみの器用さも、というかそもそも、この街で生きていくための最低限の資質も持ち合わせていないということなのだから。



「だとしても若者たちは今日も夢と冒険を求め己の才覚を振りかざし迷宮に挑むのだったー!」

「相も変わらず朗々たる無駄な独白をどうもありがとうございます! さっさと走りなさいこのポンコツ!」

「いわれなくっても何を隠そうこの僕こそが大陸一の逃げ足をもつ鬼ごっこに現れたる真の鬼ことアルフリート十二世! あんな『ツノナシコボルト』の大群程度に遅れをとるなどありはしない! みせてやる苦節十年の旅暮らしで培った! この! 逃げ足!」

「どんな旅をしてきたのかうっすら見えてきますね! あなたが唯一饒舌に語らないその十年が!」


そのノース・アウター十七階層を、今日も今日とて、半分泣き顔半分笑顔で走り抜けるのは、僕と二人の級友。となりを並走しながらなんだかんだと元気に悪態をつく細身の青年イードことイードリアと、無言で最後尾を走る大柄なセキ・キュルテン。そして僕を加えた三人組が、アクァリアス魔術専門学院普通科73班のメンバーだ。


ちなみに僕が笑顔でイードが無表情、セキが泣き顔というのが表情の配分。この東方生まれの青年は頭一つ僕より大きい体を振り回して前線で魔物相手に残虐ファイトを繰り広げるくせに、基本的に気弱で善良なすこぶる良いやつである。マックロウルフにぱっくんちょされかかっても「ふむ、予測より毒の回りが悪いですね、まあ誤差の範囲でしょう」ですませるイードの鉄面皮と足して二で割ってみたい。

そんな二人と出会ったのが入学直後のある事件。それ以来こうしてパーティーを組んでは、お安くない学費と日々嵩む生活費を稼ぐため、こうして迷宮にアタックをかけているわけである。


学院に通う多くの学生は、学費を稼ぐため、あるいはそれを免除されるだけの実績を示すため定期的に迷宮に潜る。


もちろん、いまでも語り草となるあの戦慄の入学式から一年たった今、同級生たちはとっくにノース・アウターなんて初心者向け迷宮を卒業しているし、潜るとしても今年の新入生をパーティーに加えた一部の面倒見の良い連中が、後輩の指導のために舞い戻ってくるぐらい。僕たち三人も入学二ヶ月で初心者区画といわれる20階までを踏破し、そこからは多少たちが悪くても実入りの良い衛星小迷宮をあちこち物色して回っていた。


そんなすっかり中堅の僕たちがなぜ、こうして初心者迷宮で必死こいて走り回っているのか。答えが後ろの、ツノナシコボルトの大群である。こいつらを利用してちょっくらお手軽にまとまった金額を稼ごうじゃないか、というのが今回の目的。マップを前にプランをたて忠実に実行した結果、大群、というか、もうそんな言葉では表せない、ちょっとした村の総人口くらいのツノナシコボルトが手に手に鉈やら剣やら槍やらをもって、狭い石造りの迷宮内を怒濤の勢いで追いかけてきているのだ。


うむ、わざと複数のコボルトの巣穴の前を通過してその一つ一つに非常に気にさわる動きのオリジナルダンスを披露してきた甲斐があった。後半になるにつれ迫ってくる連中との距離が縮まって、焦って動きを5倍速ぐらいにしたのも効果を高めたらしい。擬音にするとカクカクカクシュバババピロリロリロー、……プークスクスといった具合の僕のダンスを見たツノナシコボルトは犬そっくりの顔を毛皮越しでもわかるほど真っ赤にして追いかけてきてくれた。計画通りである。若干バーサークが入ってしまって追いかける速度が二割ましくらいになったのは誤算と言えば誤算か。


しかしまぁ、それこそイードの言葉ではないが「誤差の範囲内でしょう」ってものである。僕たちは事前に決めておいたルートを走り抜け、十分な距離をとったまま迷宮の小部屋に滑り込む。


「ゴールテープでも用意しとけばよかったこの爽快感! なにかをなしとげるって素晴らしいね! 例えわんぱくかけっこ大会青年の部でも!」

「参加者三名の大会でなしとげるもなにもありませんがね」

「いやいや、ツノナシコボルトのみなさんも参加してくださってるじゃありませんかやだなイードったらその眼鏡は飾り? ファッションだて眼鏡? 似合ってるからって調子に乗るなよ腐れイケメンが滅びろエルフ」

「誇り高きエルフがあなたのようなものを人数に数えた時点でむせび泣いて感謝しなさいファッキンヒューマン」

「アル、イード、まだ、ゴールじゃないよ」


僕らが大陸に今だ根強く残る種族間差別について崇高な議論および取っ組み合いの喧嘩を始める前に、さっきまでベソッつらで無言を貫いていたセキがキリッと表情を変えてショートソードを引き抜く。今回は走り回るからいつもと比べてずいぶん軽装なんだけれど、構えをとるだけでいっきに頑強さが増したような印象を受けるのはさしもの前衛担当の面目躍如だろうか。


「ああ、まぁたしかに仕上げが残っていますね。ではアル、頼みましたよ」

「頼まれなくっても何を隠そうこの僕こそが大陸一の大魔導師といずれ呼ばれる稀代の天才ことアルマカート・スマイソン! くらえたぶんそのうち神話級とよばれる大魔術!」


ばさぁっ!と古着屋で七着セットに一着おまけしてもらった継ぎだらけのローブをはためかせ、(このローブもきっといつか伝説の装備の一つになる予定)小部屋に設置された巨大な水晶を背に、魔術式の構築を開始する。


ノース・アウターが初心者向けとされる最大の理由ーー低層の各階に必ず一つ設置されている治癒と活性の結界水晶(タリズマン)、その水晶から発されこの小部屋を満たしている濃密な魔力を手に持った魔力触媒を介して、僕の中の『回路』に接続する。


僕の体内に膨大な、暴力的なまでのエネルギーが流れ込み、そしてそれはつきだした右手の先に展開した、握りこぶし大の立体魔方陣へとながれこむ。


それは僕の最大の切り札にして、もっとも得意とする魔術。


群れをなして迫るツノナシコボルトの群れへ矛先を向け、僕は荒れ狂うエネルギーを解き放つ。


放射(シュート)!」


学院で最初に習った、もっとも初歩的な魔術が、うち放たれた。


:::


見事、僕の渾身の超初級魔術は古代のオーバーテクノロジーである結界水晶の魔力を流用し、一直線の通路を団子になって爆走していたツノナシコボルトの群れを一掃した。


その後、あっという間に部屋を満たしなおした結界水晶の魔力によって、セーフティーエリアの機能を取り戻した小部屋のなかに、僕たち三人はいそいそとキャンプセットを広げ、夜営の準備を終了させる。


そして今。


「ちょっとそこ座れポンコツヒューマン」

「はい……」


僕はイードの前に正座して、みっちり説教を受けている。


「まずききますが、僕に勘違いや誤解、記憶違いがあるといけません。今回の迷宮探索のプランをいいなさい」

「ノース・アウター十七階層のツノナシコボルトを群れごとトレインして、一直線の通路上で一気に殲滅することです」

「獲得目標を言いなさい」

「ツノナシコボルトの装備品です」

「そうですね、連中の持っている鉄器ですね」

「はい、強さの割に高値で売れます」


コボルト種やゴブリン種などの両手のついた魔物は明らかに自分達では生産できないような武器の類を装備していることが多々ある。


例えばここの5階周辺に出没するコボルトモドキやカケダシゴブリンなどの下等な魔物なんかは、手こそあれども武器という概念を持たない。能力的には単なる二足歩行の屈強な獣なのだ。しかしツノナシコボルトをはじめとする半知性体と呼ばれるレベルに達した魔物はダンジョン内で仕留めた獲物ーーつまり僕たちニンゲン種の装備品を収奪し、自分達の武装とするのだ。


手入れや補修なんてことをするはずもなく、大概が錆や歯こぼれでまともな状態ではないので鉄屑としてしか売れやしないが、それでもこの階層までに現れる魔物からとれる素材の中では破格の値がつく。なんせこの辺の魔物の毛皮や牙といったら、ダンジョンの外をうろついているふつうの獣にも劣りかねない値段なのだ。


もちろん、あくまで『強さの割に』高く売れるだけで、まともな儲けになる数だけ、くそすばしこく臆病なツノナシコボルトをしとめて回るのは労力と収入が釣り合っていない。


しかし、通路を埋め尽くす数のコボルトを、しかも一度にまとめて仕留められるとなれば話は別で、その上これだけ集めれば中には『収穫したて』のまともな武器を持っているのも混ざっているかもしれない。それらなら鉄屑でなく中古の武器として引き取られるので、ものによっては思わぬ臨時収入さえ見込めるのだ。


「思い付いたときは自分の才能に戦慄さえ覚えた、完璧なプランだった……」

「そうですね、しかもこれなら目標が毛皮などではなく、元から鉄屑覚悟の鉄器類ですから、多少派手な魔術で吹き飛ばしても、そう、コボルトがミートパテになるような魔術で吹き飛ばしても問題ない。むしろ安全のためにオーバーキル気味でもかまわないのですから。ーー私もね、またぞろスットコヒューマンが寝言を言い出したかめんどくせぇと思ってしまった自分を、少し恥じましたよ。自分はこの同級生を見くびっていたのだな、と。自分には思い付かない発想とその計画を実行段階まで煮詰めてくる行動力に、ひょっとするとこの一年こいつは猫を被っていたのではないか、とすら、思いましたよ」

「ホホホホホ、もっと誉めるでおじゃ」

「ええ、完璧なプランでしたよ。本当にね、見直しました。ただね」


す、とイードが、ついさきほどまでコボルトに埋め尽くされていた通路を指差す。


「だれが消し飛ばせと言った」


通路には、あたりまえだが、生きたツノナシコボルトの姿はなかった。


死体もなかった。


鉄器もなかった。


壁ごと、一回りえぐれて拡張され、きれいさっぱり消え去っていた。


世界最後の魔法使いの遺産ってすごいもんですね。こんな初心者迷宮の代物の、ほんの小部屋を満たす程度のエネルギーを借りたら、なんかドゥワアアてなってえらいことになりました。


覚えているのは、放射シュートの掛け声と共に手のひらから僕の身長の二倍ほどあるぶっといエネルギーの柱が生えたこと。それが床を削りながら上向きにはねあがり通路の天井といわず壁といわず蒸発させながら轟音を放ち突き進み、突き当たりの壁にぶち当たって弾け飛んだこと。その過程でエネルギーに触れたコボルトの皆さんが「シュボッ」と音をたててこの世から消え去ったこと。


後ろでは早々に寝袋にくるまったセキが寝息をたてながら、時おり「光が……光が落ちてくる……!」とうなされている。きっちりトラウマになってしまったようでそんなメンタルで大丈夫かとおもうと同時に、この状況でさくっと眠れるだけで十分だと気づく。この一年の付き合いでずいぶん図太くなったもんだ。


かくいう僕はそんな同級生で気をまぎらわせないと目の前の眼鏡エルフの放つプレッシャーに耐えられない程度のやわやわメンタルなんだけど。


「言い訳を聞きましょうか」

「もうちょっと威力を押さえて一分くらい時間をかけて放出するつもりでしたが、辛抱たまらんかった」

「なんで?」

「おてて、イタイイタイ」

「死にさらせ」


ばちこーん! と顔面にまっすぐ張り手を食らわされて悶絶する。


「ななな、なにするんだよう。大陸一の遠くから細目で見たらいい男ことアルフォンス君の顔面がフラットになるところですよ!」

「先月の殺人事件の際なんといいましたっけ?」

「アルフレッド・フォン・メーリンハウトの名に懸けて、この事件、解けた!」

「半年前にサウス・アウターの中層で他校の生徒に要らない世話を焼いた去り際には?」

「アルカニック。姓はないよ」

「入学式の事件で初対面の僕に、フードで中途半端に顔を隠しながら意味ありげになんて名乗りましたっけ」

「アルテミシアーーアルテミシア・”エニグマ”・カールウィン……」

「セキをパーティーに招く際、握手をしながらなんと言いましたか?」

「アルフォート・ガンツだ、よろしくな!」

「大陸一の遠くから細目で見たらいい男は?」

「……アルフェンリート君?」

「徹底しろや」


二発目のばちこーん。つぶれた蛙のような声を出しているのは僕ですが無害です。


「一年行動を共にして本名すらわからないのというのは大陸でも有数の稀有な体験でしょうね。どう思いますか不審者」

「男に殴られても嬉しくない……まて、まちましょう。鼻が埋もれる」


ぐぐぐ、と張り手のためをつくるイードに手をあげて制する。細身のイードの、座った姿勢からの張り手は威力はないが顔面に向かって来るとかなり怖い。あと二発ももらえばおしっこチビってしまうこと請け合いである。実体験に基づくのでかなりの自信がある。


「儲けがね、ゼロですよ。もう一度言います。ゼロですよ」

「正直すまんかった! 自分でもやっちゃったなとおもってます! でも思った以上に結界水晶の出力半端なかった! 僕の『回路』ずたずたよ!? 右腕周辺の分なんて向こう一週間は使えない感じよ!? あと一歩で体の右半分ぱぁんなるとこでしたよぱぁんて!」

「……まぁ、あの威力を見れば、納得できますがね」


イードはちらりと目をそらし、無惨な有り様の通路を見る。


「迷宮建造物はめったなことでは破壊不可能、というのは、世界の常識だったと思うんですけどね」

「目覚めてはならない才能、示してはならない力を目の当たりにし、僕のテンションはマッハ」

「結界水晶の出力は本当にすごいですね」

「あれ、ヘイ、パーティーメンバー、ちょっと僕を誉めてもいいんだぜ? 称えても許すんだぜ?」

放射(シュート)しか使えないへっぽこヒューマンよ、なにか言いましたか?」

「……誉めても、称えても」

「国の管理下にある迷宮をむやみに破壊すると斬首刑って知ってましたか」

「……僕、パーティーの絆ってのを信じてるんだ。辛いときこそ支えあい、苦しいときこそ助け合い、手に手をとって共に歩み、同じ苦難を前に歯を食いしばる、そんな絆を」

「ちなみに刑場でひっそり行われる二等斬首刑でなく、広場の真ん中で大々的に告知され「真似したらお前らこうなるぞ」と見せしめられながら切れ味の悪い斧で何回も何回も首が落ちるまで……」

「イードリア様、どうかお情けを賜りたく」

「……まぁ、通報すればパーティーの絆よろしく、僕たちまでしょっぴかれかねませんから、いいですけどね」

「へ、へへへ、さすがイードの旦那は話がわかりますぜ、できるお方はひと味違いますなぁ」


正座したまま揉み手をし卑屈な笑みを浮かべた僕を、イードは虫けらを見る目付きで見下す。あれ、パーティーメンバーに向ける目付きじゃないね、これ。


「……どうせ、迷宮の施設の魔力なんて学院講師のお歴々でも制御できないのはわかりきっていましたしね。できていればとっくに迷宮攻略なんて終わってしまっているでしょうし、あなたのようなスットコヒューマンになぞとうてい不可能だとおもっていたのですから。35階周辺に僕たちに適した狩り場の目星をつけています。明日そこに潜れば、最低限の儲けは確保できるでしょう。明日の働きで手打ちにします」

「あれ、だったらこの言葉責めいらなくね?」

「深い理由があるのですよ」


ため息をついて、イードが立ち上がる。


「あのコボルトにむけての踊り、見ていてイラッときたので」

「てめぇ八つ当たりじゃねぇか外道エルフ!」


立ち上がってつかみかかろうとする僕に向かってスパァン! と足払いをかけるイード。長時間の正座のため痺れきった足に走った衝撃に腰砕けになる僕。


「早く寝ますよ。明日は今日の分まで稼がなくては」

「……いつかお前の眼鏡割る……」

「おやすみなさい、へなちょこヒューマン」



:::



ファッキンエルフダムデストロイいつか滅ぼすイケメン死ねと呪詛を吐きながら寝袋に潜り込み、しばらく。イードが寝息をたて始めた辺りで、隣の寝袋から物音がする。


「……アル、起きてる?」

「……なにさ、セキ」


僕らのものより一回り大きい寝袋をモゾモゾとこちらに向けて、セキが顔をこちらに向けていた。


「右手は?」

「大丈夫だよ、しばらく魔術はつかえないけど、どうせ僕はその役割じゃないし」

「そうか」


なんとなく、セキが微笑んだのがわかる。


「アルの罠抜けとか、鍵はずしとか、他にもいろいろ、助かってる」

「なんだよ突然、いっとくけど女の子は紹介しないよ、できないよ、むしろして欲しいよ?」


切実に、と付け加えて自分で泣きそうになる。彼女ほしい。


「それに、僕としてはそっちより魔術で誉められたいんだけどね……」


超初級の放射シュート位しかできない落ちこぼれには無理な話だけどな!


実際パーティーでは魔術はイード、前衛戦闘はセキ、そしてトラップ探知やマッピングなどの斥候スカウトは僕という役割分担になっている。明日は奴隷にムチ打つごとく罠の解除を強いられるのであろう。あの鬼畜眼鏡によって。


まがりなりにも魔術学院の生徒としてどうなのよ、と思ってしまう。


「何を隠そうこの僕こそが大陸一の凄腕スカウト、暴けぬものなきアルクレリック・ファーレンハイトだからね。パーティーに求められてる役割は果たすよ」

「イードも、期待してる」

「あいつは僕のこと二足歩行するピッキングツールだと思ってるからな……」

「そっちにも、期待しているだろうけど」


もそもそ、ともう一度。セキが顔を天井に向けた。


「今回の、プランを聞いて、「結界水晶の魔力なんて、魔術ラインに繋げるの?」って僕はイードに聞いたんだ」

「……」

「イードは、「学院の生徒を順に並べてやらせてみれば、端から端まで花火の形態模写をすることになるでしょう」って」

「あいつの例えのグロテスクさに僕、慄然……!」

「その後、「できるのはどこぞのスチャラカヒューマンくらいでしょうね。妙なところで小器用なくせに超初級魔術師か使えないどこぞのポンコツ」だって」

「……親近感を覚えるポンコツだぁね」

「それから、「どうせ八割程度しか勝算がないのでしょうから、こっちは六割程度のつもりで準備をしましょうか。不出来なパーティーメンバーを持つと苦労します」って、変に楽しそうに、ノース・アウターの狩り場のことをしらべはじめて……」


ンンッ! ンッンンッ! と咳払いが聞こえて、セキの言葉が途切れる。


「……その癖、鉄屑を高値で、引き取ってくれる鍛冶屋も、調べてたんだよ」


ンンンッ! ゲフン! ケフケフ! ダマレ! ゲフンゲフン!


……痛いほどの沈黙が、小部屋に満ちる。


「でも、アル、ひとつわからないんだけど、同じことなら、二つ下のヒトツノコボルトでも、できたんじゃない?」

「ええそうですね、ですがそれには深い事情がありまして、話すと長くなりますが、そう、あれは僕が、六歳の頃の春でした」

「アルになにか、考えがあるなら、僕は、それでいいよ」


よくわからないけど、とセキはいったあと、しばらくして、思い出したように言う。


「そういえば、はじめて、三人が会ったときも、ツノナシコボルトに囲まれてたね」

「……だぁねぇ」

「去年の、今ごろかぁ」

「……そうだね」

「アル、イード」


そう言うと、セキはゆっくり目を閉じる。


「今年もよろしく」


もう、やだわ。


ピュアな天然って、怖い。


ゆらゆらと揺れるランタンの光が、迷宮の天井を照らす。まるで夕日色の水底にいるかのような光景。


ああ、明日も、頑張ろう。

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