理Ⅲ⑤~優越感
「あらっヤダァ~もうこんな時間!テレビ見なくちゃ」
朝の台所片付けを終えたお手伝いさん。目につくお菓子を集め一目散に飛び出していく。
医院に勤めるベテラン看護士の休憩室へお茶をしにいくのである。
「朝の忙しさからようやく開放でございます」
お手伝いさんと歳の近いベテラン看護士とペチャクチャ駄弁る。朝のリフレッシュタイムはストレス解消になる。
「ワイドショーを見なくちゃいけないわ。テレビ欄に東大京大の合格発表をやるって書いてある」
進学校に通う医院のひとり息子が合格しているかも。
院長の跡継ぎになるべくして新春医学部を受験している。
看護士を含む医療職員は全員がワイドショーの始まるのを楽しみにした。
「お坊っちゃんは賢いんでございます。(滑り止めの)私大医学部は受かったんですよ」
看護士が言う滑り止めなる私大医科。歴史と伝統ある名門であった。
「院長先生(父親)は医科なら私学でも何でも構わないですわ。満足だとかおっしゃいますわ」
だが…
お坊っちゃんは東大であり第一志望の医学部である。
「進学校の中でいつもトップだったお坊っちゃんですもの」
必ず"合格"の二文字を手にすると確信されていた。
「あらっ大変!ワイドショーの始まる時間よ」
ワイドショーの画面にテロップが流された。
『東大・京大合格!』
東京と京都の二元中継である。
京大の合格発表掲示板が僅かに早く立てられ京都からの中継地が流される。
「へえっ~東大と京大!芸能人並みに人気があるのね」
お手伝いさんらはお茶菓子をパクパクしながら日本最高峰の大学合格発表のシーンを堪能する。
ヤッター
合格したぁ~
受験生の歓喜の声は会場いっぱいに響きわたる。
「まあっ皆さん大喜びであること」
東大の合格者
京大の合格者
掲示板に学部(京大)や受験区分別(東大)にどんどん張り出されていく。
各局は合格者を片っ端からインタビューし喜びをお茶の間に届けようとする。
東大理Ⅲが最後に発表される。
「おやっ?あの姿は…」
あらっあらっ
見覚えのある進学校の制服に身を包む!
休憩室の医療職員のみんなが声を挙げた。
みんながみんな…
テレビ画面に釘付け!
日本有数な進学校の制服は見間違えることはない。
「お坊っちゃん?」
お坊っちゃんが…
「合格発表のインタビューを受けるのはお坊ちゃん」
医院は大騒ぎ。
合格した~
「きゃあ~お坊っちゃん東大に合格したわ」
きゃあ~
きゃあ~
テレビは医院のひとり息子を映す。
東大の合格者としてインタビュー。
理Ⅲ合格者…
「(奥さまに)お知らせしなくては」
お手伝いさんは廊下を転がるように走った。
ひとり息子の(誤報)はこうして伝わってしまう。
(運のよいことに)
院長(父)は泊まり掛けで箱根の日本医学学会に出席していた。
ワイドショーで東大合格を知る医院の人々。誰彼なく自慢となる。
入院患者さんは言うに及ばず
「エッ!東大に合格されたの」
近所のおばちゃんたち
瞬く間にひとり息子は新東大生に奉りあげられていく。
当の本人は"なんら音沙汰"がないというのに…
医院は先代(祖父)から信頼ある街医であった。
「3代目にしてついに東大医学部に合格されたのか」狭い街は"3代目東大合格"の誤報を知ってしまった。
またひとり息子が通う進学校も騒ぎである。
合格発表は春休み。
在校生や教員はテレビを見て"東大合格(誤報)"のインタビューを見て知ってしまう。
後日に高校の進路指導が首を傾げる。
「(ワイドショーは)確かに我が校の卒業生だ」
制服は進学校。録画されたワイドショーの画面には3年の特Aクラスの記章まではっきり読み取れる。
当然に氏名も卒業年度も進学校で把握していた。
「理Ⅲ合格だな」
女子アナのインタビューは"よいお医者さんになってください"と締めくくっている。
「合格に受験No.11がない。もちろんその生徒名が掲載されていない」
進路指導携わる教師ははてさてと思う。
どうしたことか
不可解さを隠しきれない。
「本人から伝える義務がある」
不合格になると恥ずかしながら連絡しない生徒がままある。
本人から直に"理Ⅲの合否"を聞いておかなければならない。
さらに…
東大京大の合否。大学当局は名前や高校を公表していない。
「週刊誌の記者が学校に合否の生徒名簿を見せて欲しいと五月蝿い」
学校は商売気質なマスメディアなど生徒のプライバシーを知らせる義務などない。
如何せん拒否はできない。
毎年取材する週刊誌記者は卒業生である。
「母校の名誉のため喜んで合否名簿を渡してやらなくては」
痛し痒し。
週刊誌の記者は早め早めに取材を申し込んでくる。
"合否の人数"の裏づけなどろくろく取らぬまま公表をしてしまう。
受験No.11は未確認のまま"合格者"にしてしまう。
「ワイドショーには合格者として」
本人が合格を喜んでいたのである。
進路指導は週刊誌に合格者を+1として名簿を手渡してしまった。
「先生ありがとうございます」
卒業生の記者は薄謝を置いて社に戻った。
週刊誌は理Ⅲ合格者を氏名と高校名をつけて発表した。
理Ⅲは"定員100"ではなく
トータル合格者101人
珍しく例年より"1名多い"合格者だっと週刊誌に公表される。
箱根湯本でゆったり湯船に浸かるは学会出席の院長である。
箱根の医学生理学会出席の医師たちは揃って40~60歳。ご子息が高校や大学受験競争真っ盛りという世代である。
「受験生(医学部)ですか。私のところはおかげさまで昨年無事長男が(東大医)済みました」
連日連夜にわたり緊張感のある医学会がお開きとなれば温泉気分である。
湯船の話題はどこにでもある"よき日本のお父さん"である。
「ほおっ優秀ですな。親子二代で理Ⅲ(東大)ですか」
並の頭脳と違うんですなあっ~
おっと
"祖父も東京帝国大学(東大)であるぞよ"
「親子三代でしたか!失礼いたしました。優秀な医系でございますなあ」
院長はドキンっとなってしまう。
親子三代が天下の東大に学ぶ!
我が身も医系家族となるが比較すると同じ医者でも大きな違いがある。
養父(祖父)は関西の旧制・医科専門(戦時の医学校)。院長(父)は地方の国立大。
東大・京大という旧七帝大医学部には到底対抗できない医大列。
院長は阪大医に憧れがあったがいずれにしても遠く学歴も医学知識も及ばないのである。
地方の無名医出身は東大・京大などの旧七帝大にコンプレックスを持ち合わせていた。
「理Ⅲですか」
だから東大医学部って響きは
養父から数え三代めのひとり息子は希望の星。難関私立中学入試をトップクラスで合格し入試の勢いそのまま中高6年を常に走った。
学年10位以内をキープし理Ⅲの受験を躊躇うことなく選択した。
「そういえば朝のワイドショーがあっただろ。大学合格発表なんたらが放映されていなかったかなあ」
東大や京大の合格発表を中継していたはずだ。
「ワイドショーのテレビ局はどこだった?系列の取材記者が箱根湯本にもいるはずだ」
医学専門記者をつかまえ放映画をみたい。さっそく学会の会場オーロラビジョンにワイドショーのビデオが映し出されていた。
「ワイドショーは弊社の好視聴番組でございます」
学会のドクターさまのためならいくらでも弊社の番組ビデオは流します。
「おおっ合格発表って。あらまあっ東大じゃあないか」
医師の学会。
東大(医・理Ⅲ)に対するコンプレックス(受験回避や失敗)が先生がたの間に蔓延していそうである。
東大と聞いてのざわめきがあった。
院長としたら
自慢の息子が理Ⅲを受験していると言いたい。
最難関な理Ⅲに挑戦していることを医学学会に自慢したいのである。
録画の画面に女子アナが現れた。忙しなく東大キャンパスを合格者の中をマイク片手に走りインタビューをしている。
「こちらは東大も東大。日本1最難関な医学部の合格者発表でございます。世に言う"理Ⅲ"でございます」
学会の先生がたの視線は医学部の合格者にいく。
受験の王道"理Ⅲ"に集まった。
「ウチの坊主は来年なんだよ」
理Ⅲなら自宅の医院から近いから便利だ。慶応出身の父親から見たら憧れも憧れだ。
「来年受験なんですか。ウチのは昨年の受験でして」
理Ⅲは最難関の医学部であり憧れの存在。
国立大医学部受験は東大という高望み。
息子はダメでもよいから東大を受けたい。
万一の際には滑り止め私大医で構わないと家族会議で決めた。
「理Ⅲ・京大医に入ってくれたら親孝行ですよ」
女子アナは理Ⅲの合格者とおぼしき受験生を見つけた。
「おめでとうございます。合格しましたね」
可愛いい新人女子アナが突き出したマイクの先には見覚えのある受験生がいた。
院長はグッと身を乗り出し画面を見た。
「あっ!」
思わず椅子から転げ落ちそうになる。
あれは!
「そのインタビューを受ける子供は」
我が医院の後取り息子ではないか!
「テレビのインタビューを受ける受験生が…」
名私学の学生服はエリート意識の現れでもある。
「そのインタビューが息子…」
インタビューは理Ⅲを合格した証しである。
やったぁ~
東京大学医学部に我が息子は…
合格したのだ。
マイクを向けた女子アナのインタビュー。どうしたことか片付け仕事のごとき簡単な受け答えに終わった。
※合格したのか。不合格なのか。曖昧なインタビューである。
「えっ!今の受験生は院長先生の…」
ざわざわ
ざわざわ
「テレビの受験生ですが。先生の息子さんでございますか」
パチパチ
パチパチ
医学会から理Ⅲ合格への労いの拍手が巻き上がる。
「いやあっおめでとう。息子さんは頑張りましたね」
東大に合格されたんだね。
まさか東大にかい?
底辺にある私大医科の間違いじゃあないか(皮肉)
地方医大出身の父親だろ
"三流医大のくせに"
あの親にして
その息子が
最難関の理Ⅲの学籍を射止めるなんて
有名私大や難関国立医出身者は嫉妬し内心面白くない。
「ありがとうございます。息子は(東大に)合格しました」
嬉しいぞ!
ふつふつと父親として勝利の実感がわきあがる。
『浮かれ気分で息子は合格いたしました。父親として嬉しいかぎりです』
地方医大出身の冷や飯待遇の劣等感。
息子が理Ⅲの金字塔によって解消された。
嬉しさは温泉気分も手伝い最高の医学学会となっていく。
「おめでとう。息子さんよく頑張りましたね」
普段あまり昵懇にしていない医師から握手を求められる。
地方医大出身のレッテルは息子の力で金箔に張り替えられていた。
「はあっ自慢の息子でございます」
人知れず涙がこぼれてしまった。
ワイドショーインタビューに映ったばかりに理Ⅲ合格者となってしまう。
不合格な本人の気落ちなどどこ吹く風である。