理Ⅲ③~真偽
理Ⅲは同級生約10人が合格しているはずだ。
エリート意識強き医者の息子に"理Ⅲ不合格"は気に入らない。
…不合格。現実である。
僕は…不合格なんだ。
東大本郷を出て地下鉄を乗り継ぐ。正体のない心で東京駅新幹線口に向かう。
(落ちたんだ…)
18の人生初の"不合格"という辱しめ。
握りしめた受験票11番。幾度見直しても手元の番号は東大合格者に見当たらなかった。
リーン
スマホが鳴った。
「ドキッ!」
一瞬我に返る。
送信者は誰か?
お父さんかお母さんか
息子として父親には潔く"理Ⅲ不合格"を伝える覚悟である。
もし母親だったら…
6年も東大受験のため勉強する息子に優しく接した穏やかな母親。
"愛する息子の不合格"を言い出せない。
リーンリーン
チラリッ
着信履歴をディスプレイで恐る恐る確かめる。
うん?父でも母でもなかった。
「ホッ!」
発信者は医院のお手伝い(婆や)さんである。
「婆あゃ~」
婆やなら大丈夫。味方である。
ふぅ~
ひと息ついた。
「もしもし。あっ!お坊っちゃまでございますか」
嗄れた老婆の声に安心。ホッとして胸を撫で下ろした。
「東京駅にいるんだ。予定の新幹線に乗るよ」
幼少から傍にいる乳母であり婆やである。
「わかりましたお坊ちゃん」
高校生ゆえに婆やには甘えたい。極力不合格の不幸に目を向けず。明るく振る舞い婆やに我が儘を言いたい。
打ち沈んだ事実を打ち消してしまいたい。
不遜な雰囲気を医院のお坊ちゃんは隠そうかとカモフラージュした。
ポケットもぞもぞ。乗車券と特急券を確認した。
「さいでございますか。ご帰宅の時間は予定に間違いございませんね」
婆やは腕によりをかけ料理いたしますわ
「お坊っちゃまの大好きな天麩羅です。いえいえ豚カツを用意致しますわ」
お手伝いさんの身で"東大合否"は触れないのである。
婿養子の父親に待望の長男が生まれる前から奉仕するお手伝いさん。
いやっ。母親が忙しいため育ての親そのものである
「あっ婆や!待って(切らないで)」
はあっ?
「お坊ちゃんなんでございましょう」
"僕ね、情けないけど東大落ちちゃったんだ"
婆やには"不合格"を言いたくなってしまう。
ぐっと堪えて携帯を切るのである。
「気をつけてお帰りなさいまし」
ショッピングモール街が並ぶコンコースは歩いても歩いても長い距離である。
「僕は東大に落ちたんだ。劣等感いっぱいダメ受験生なんだ」
中高6年の同級生は理Ⅲ問わず東大に合格していた。
ゆえに…
不合格した身分は敗北者というレッテルが貼られてしまった。
下を向けばポロポロ悔し涙が溢れ落ちて止まらない。
「帰ったらお父さんになんと言おうか」
悩みはそれである
"理Ⅲはダメでした"
お父さんもう一度チャンスをください。僕は浪人したら大丈夫です。
"理Ⅲに行きたいんです"
"もう一度受験生になりたい"
あの無味乾燥な受験勉強を繰り返したいのか
"受験して合格したいです"
もう一度?
東大を受験したいのか
中1から始まった東大受験の無味な勉強を繰り返すのか。
バカらしい
高校クラスメイトは理Ⅲの1学年上。東大の先輩になる。
医学の勉強を始める。
「1年遅れで医学をスタートするのか」
浪人して合格する保証はまったくない。こと東大に関して浪人は博奕になりそうだ。
進学校6年一貫持ち上げのクラスメイトのライバル。
理Ⅲ合格者の顔が一人一人浮かぶ。
「僕は負けたんだ」
涙が溢れ止まらない。
中高の成績は常にトップクラスゆえに東大の他の学部なら悪くなかったのではないか。
"敗けたんだ"
不合格な者は…受験戦争の敗北者である。
理Ⅲに戦いを挑んで敗けてしまっても
答えは同じ"敗北者"。
我が身は敗戦を喰らった兵士なのだ。
ハンカチで涙を拭くとコンコースに新幹線が入ってきた。
「この新幹線が事故に遇い多数の死者に見舞われたら…」
列車の人身事故なら同情的なニュースになる。
うまくしたら…
事故が大きかったら不合格の事実を当分の間誤魔化せるかもしれない。
実家の医院はテレビニュースで事故を知ることだろう。
「ああっ~バカな妄想しちゃうなあ。嫌だなあ~家には帰りたくない。お父さんに会わせる顔がない」
胸底から不合格の悔しさがこみあげてしまう。
"新幹線事故に遭わないかなあっ~"
同情されてあの世に行っちゃいたいなっ
子供の作り話よろしく新幹線の席によいしょっと座る。
ショボンとし車窓を眺めた。高校生らしい元気さや覇気はまったくなかった。
ぼんやりして新幹線に乗り込んだ。
空調が効いた座席。疲れからすぐに寝てしまう。
ポワンポワン~
"あなたにお聞きしますが本当に理Ⅲに合格していますか?"
女子アナが現れてインタビューをしつこく迫る。
"私が合格者を確認してさしあげますわ"
"あっ僕は~合格は…そのぅ~"
インタビューする女子アナはひょいっと受験票を奪い取る。
"受験番号No.11"
"なあーんだ!ちゃんとあるじゃあない"
女子アナはオドオドしていたから不合格していたのかなっと訝った。
"えっ受験番号がある??"
スクッと上体が浮き上がり"夢"から醒めた。
新幹線は浜松を通過していた。
理Ⅲの不合格は間違いない事実。
新幹線で帰省するうちに父親にいかに不合格を伝えようか苦慮をする