俺と葉月が進む道【14】
その日の夜、俺と葉月は月を見上げながら話をした。
「葉月」
「なに」
「またな」
「うん」
「……また会えるかな、俺たち」
「大丈夫。 会える」
「そっか。 そう信じるか」
「うん。 心配いらない、私と裕哉はまた会える」
「はは、そうだよな。 心配いらないよな」
「もちろん。 う、う……運命のなんちゃら」
「自分でなんちゃらって言うなっ。 てか、恥ずかしいなら言うなよ」
「いたっ。 またいじめる……」
「いじめてない。 いつだってそうだっただろ?」
「……そうかも。 最初は、裕哉が私の家に無理矢理上がり込んだ」
「おい、無理矢理じゃないからな。 葉月が家に上がれって言って、半ば無理矢理上がらせたんだからな」
「そうだっけ?」
「そうだよ。 忘れたとは言わせない」
「別にそれはどうでも良い。 大事なのは今」
「それっぽいことをそれっぽく言うな。 あれは本当に大変だったんだからな……」
「……感謝してる。 裕哉は、頑張って取ってくれた」
「懐かしいな。 本当に色々あったよ、あの大会は」
「うん。 葉山と裕哉のおかげ」
「……そうかな。 俺は、葉月のおかげだって思ってるよ」
「そうなの?」
「おう。 葉月が居てくれたから部活だってあるんだしさ。 葉山とも友達になれたし、天羽とも友達になれた。 葉月が居なければ今の俺はなかったんだ」
「ありがとう」
「別にお礼は良いって。 俺が言ってるのは本当のことだし、何より葉月と会ってから、俺の毎日はすごく楽しくなったんだ」
「私も」
「葉月も?」
「そう。 私も一緒。 裕哉と会ってから、毎日が楽しかった。 一緒にアニメ見て、一緒に学校に行って、一緒に勉強をして、一緒にお弁当を食べて、一緒に部活をして、一緒に帰って。 そんな毎日が、楽しかった」
「そっか。 そりゃ良かった。 今だから言えることだけど、最初は何考えてるのか全然分からなかったんだ。 笑わないから楽しんでいるのかも俺は分からなくて」
「ごめん」
「謝るなって。 葉月がそうだったから、一緒に居て楽しかったんだと思う」
「それだけ?」
「……訂正。 それだけじゃない、それだけなわけないだろ」
「良かった」
「あはは、素直だな」
「うん。 今日くらいは」
「……今日くらいか。 そうだな、今日くらい……しっかり話さないとな」
「いっぱいある。 裕哉と話したいこと」
「俺も。 って言っても、あんま時間ないけどな」
「……うん」
「悲しそうにするなって。 笑って話そう、笑って」
「分かった」
「指で無理矢理口角を吊り上げるなよ……なんか怖いぞ」
「らいひょうぶ。 もんらいらし」
「……なんて言ってるか分からないから、とりあえずやめよう。 な?」
「了解」
「うっし、じゃあ何を話すか。 最初に会った頃の話はしたから……」
「次は、天羽と知り合った」
「ああ、そうだそうだ。 それで、あのときってさ……葉月は最初に気付いていたんだよな? 天羽のこと」
「うん。 何かを隠しているのは知ってた。 もっと早く言っていれば良かったと思う」
「そうか? 葉月が言ってたとしても、多分変わらなかったよ」
「……そう言われるとなんか悔しい」
「悪い悪い、そういう意味じゃなくて。 俺とか葉山の取った行動が変わらなかったってこと。 だってそうだろ? 俺も結局は馬鹿だから、どうしたら良かったのかなんて分からなかったんだから。 凛さんに教えてもらった後も、分かりやしなかったんだよ」
「そう。 私もどうしたら良いか分からなかった。 でも裕哉と葉山なら大丈夫だとは、思ってた」
「俺はそこまで凄い奴じゃないって。 あの件はどっちかと言うと、葉山と天羽が凄かったんだ。 俺なんて、ただ見てただけだよ」
「そうかも。 役立たず」
「そこまで言うかッ!?」
「冗談。 あ」
「ん? どした?」
「……行けなかった。 結局、あそこ」
「あそこ……あそこ……あー、一緒に花火見たところか」
「うん。 一回行っておきたかった」
「まぁ……しょうがない。 今行っても寒いしな。 今度行こう、一緒に」
「そうする。 裕哉、指切り」
「はいよ。 約束な」
「約束」
「……うし、んじゃ約束もしたところで、次の話」
「うん。 次は、えっと」
「言いづらそうだな。 はは、けど俺も言いづらいからお互いさまってことで。 次は、学園祭」
「……もう懐かしい。 まだ少ししか経ってないのに。 こうやって年を取っていく」
「悲しいこと言うなぁおい……。 本当にあっという間だったけどな」
「学園祭は、つまらなかった」
「……」
「学園祭はつまらなかった」
「……悪かったよ」
「学園祭はつまらなかった」
「悪かった悪かった! ごめんなさい! だから恨みたっぷりで言わないでくれ!」
「来年があるから……あ。 来年は、なかった」
「……おう。 来年は、そうだな」
「裕哉、私学園祭に行く」
「へ? 行くって、マジで言ってるのか」
「行く。 だから、裕哉も来て」
「……はいはい、了解しました。 お金貯めとかないとな」
「うん。 待ってる」
「ああ」
「それで、体験学習」
「体験学習か。 北海道、寒かったっけ」
「そうでもない。 裕哉も葉山も寒がり」
「葉月は寒さに強すぎる。 あんな夜中に出歩くしさー。 あれバレてたらマジでやばかったぞ」
「結果おーらい。 裕哉は来てくれた」
「そうだけど。 探す身にもなれッ」
「いたっ。 今日はすぐに叩く……」
「そうか? いやなんかやっておかないと損な気分でさ」
「やっぱりいじめてた。 極悪人」
「言ってろ言ってろ。 もうどっか行っても探してやらないからな」
「……いじわる」
「……冗談だって。 泣きそうになるなよ、なんか俺がめちゃくちゃ悪いことしたみたいじゃんか」
「あ」
「いってぇ!? 急に顔あげるなよ……いてて……」
「思い出した。 やっておきたいことがあったの」
「やっておきたいこと? あーいや、その前にひと言謝ろうな?」
「何を言っているのか分からない。 ちなみに、私がやりたいのはこれ」
「おい。 あーくそ、もう良いや……。 えーっと、そのペンダントがどうかしたのか?」
「裕哉のとお揃い」
「おう……」
「だから、裕哉。 交換」
「交換?」
「そう。 私のと、裕哉のを交換する。 良い?」
「別に構わないよ。 でも、それをしてどうするんだ?」
「次に会うときまで、忘れないように。 ちゃんと返せるように。 私は裕哉のこと、一日も忘れたくはない」
「……照れ臭いななんか」
「裕哉は?」
「俺? 俺は別にそうでもない」
「……」
「わ! な、泣くなよ!? 冗談だって冗談! 俺も忘れたくない! 葉月のこと!」
「なら良い」
「気を取り直すのはええな!? さては嘘泣きか、この野郎」
「いひゃい、ひっはららいれ」
「だったらびびらせることをするな。 で、ほら、交換するんだろ? ペンダント」
「うん。 裕哉、付けて」
「はいよ。 んじゃ、ちょっとあっち向いてくれよ」
「オーケー」
「どうして英語なのかツッコミたいけど、敢えてツッコまないからな。 んじゃ」
「懐かしい」
「ん? ああ、こうやってペンダント付けるのが?」
「そう。 一番最初も、こうしてもらった」
「良く覚えてるなぁ。 ま、俺も覚えてたから一緒か」
「……前より手馴れてる。 さては浮気」
「おい。 俺にそんなタイミングがいつあったんだ。 てか良いから俺にも付けてくれ、葉月のペンダント」
「ベーネ」
「なぜイタリア語!?」
「ツッコんだ。 私の勝ち」
「勝負だったのか。 もう俺の負けで良いから、早く付けてくれ」
「了解」
「やっぱりそれが一番良いな……」
「……完璧」
「はは、ありがとう。 これを返すときが、今度会うときだな」
「うん。 また会える」
「……そうだな」
「裕哉、本当に楽しかった。 ありがとう」
「いきなりなんだよ。 なんか恥ずかしいって、そういうの」
「今言わないと駄目だから。 裕哉、私は幸せだった」
「ああ」
「裕哉、私は嬉しかった」
「ああ」
「裕哉、私は充実してた」
「ああ」
「裕哉、私は楽しかった」
「ああ」
「裕哉、私は面白かった」
「ああ」
「裕哉」
「裕哉、裕哉。 私は」
「私は、離れたくない……。 裕哉と、一緒に居たい。 少しでも離れるのは、嫌。 本当に、本当に嫌なの。 裕哉……一緒に居たい」
「……ああ」
「ゆう、や」
「……葉月、俺も一緒だ。 俺も一緒だから、大丈夫だよ。 良く言うだろ? 離れていても空は繋がってるって。 俺と葉月の関係も、きっとそうなんだよ。 だから心配するな、怖がるな、怯えるな。 俺と葉月はいつだって、一緒だ」
「うん、うん。 分かってる。 それは分かっているのに……寂しくて、悲してく、辛い」
「それも、一緒だよ。 葉月、今日のこれは別れじゃない、お互いに進むべき道を進むだけだ」
「……進むべき道」
「そ。 んで、その先でまた一緒になれる。 絶対に。 俺と葉月が進む道は同じで、それが枝分かれしていたとしても、その道を辿って最後に辿り着く場所は一緒なんだ。 だから本当に少しの間だけ、別々の道を進もう」
「本当に、一緒?」
「一緒。 もしも逸れちゃったら、俺が道を飛び越えてでも一緒の道にしてやるから。 だから何も心配することなんてない。 これっぽっちもだ」
「……うん、分かった」
「良くあること、かもしれない。 一緒の道を進んでいても、どうしても同じ道を進めないときもあるのかもしれない。 それはやっぱ嫌だけどさ、それがあるから、同じ道で並んで歩けるときに嬉しいんじゃないかな」
「うん。 大丈夫。 私は、大丈夫」
「なら良かった。 俺もそう言ってくれるなら安心して待っていられる、葉月のこと」
「待ってて。 ちゃんと、歩いて帰ってくるから」
「勿論。 それじゃあ、そろそろタイムアップか?」
「そうみたい。 火湖がそろそろ来る」
「そっか。 あっという間だったな、こうして話しているだけなのに」
「それだけ楽しかった。 最後に裕哉と話せて、本当に良かった」
「はぁ、だーかーらー、最後じゃないだろ?」
「そうだった。 失言」
「分かればよろしい。 はは、それじゃあ葉月、絶対戻ってこいよ」
「違う。 裕哉、私と裕哉の場合は違う」
「……あー、そうだったな。 んじゃ、いつものやるか。 いつものって言っても、今回は逆だけど」
「よろしく」
「おう。 えーっと、葉月……命令だ」
「なに」
「俺は葉月のこと一生待ってるから。 一年でも二年でも十年でも百年でも。 だから絶対戻ってきてくれ」
「うん。 任せて」
「っし。 それじゃ、またな」
「ばいばい、また」
呆気無く、あっさりと、こうして俺と葉月は離れ離れとなった。
火湖さんと話してから少しだけ時間をもらって出した結論がこれで、これ以上のものは今の俺には見つからない。 何が正しくて何が間違っているか、大事なのはそんなことじゃなくて、この先……未来でも葉月が幸せになれるかどうか、ということ。
俺は葉月の気配を背中で感じながら、それが消えるのを待つ。 そのときに顔を見て笑ってやれば良かったんだけど、まだまだ未熟な俺にはとてもじゃないが、そんなことはできなかった。
だってさ、だって。
「……あーくそ、涙止まらねぇ」
いくら強がっても、葉月の前では強く居ても。 一人になると途端に涙が溢れてしまう。 抑えようと思っても、泣いては駄目だと思っても、それを止める術を俺は知らなくて。
綺麗に輝いている月は滲んでいて、ぼやけていて。 溢れる涙はそれからしばらくの間、止まることはなかった。
離れ離れになるからといって、何も連絡が取れなくなるわけじゃない。 けど、俺と葉月がしたひとつの約束。
それは、何があっても決して携帯や手紙では連絡を取り合わないというものだった。 話せば会いたくなってしまうから、顔を見たくなってしまうから、声を聞くたくなってしまうから。
だから実際に会うまで、連絡は取り合わないってことにしたんだ。 正直言って、学園祭で会おうというのも無理な話。 そうやって決めている以上、日程も分からなければ、俺に関して言えば場所も分からない。 俺も葉月も強がって、そんな話をしていただけで。
次に会うのは、何年後だろうか。 それまでの間に俺はもっと、もっと立派になっておこう。 葉月に会っても笑えるように、もっとしっかりとした方法であいつを守れるように。
ただただ、今の俺は未熟だった。 それだけの、話。
それ以上でもなくそれ以下でもない。 今回のこれは俺の力が足りなくて、俺の考えが足りなくて、俺ではどうすることもできなかった。 だけど、諦めたわけじゃない。 どれほど時間がかかろうと、しっかりと葉月を守れるようになるんだと。
俺はこの日、輝く月に強く、そう誓った。




