俺と葉月が進む道【13】
あれから、俺と葉月は部屋の中でしばらく一緒に居た。 他愛もない話をしていたんだけど、その時間はあっという間で。 年末にはゆっくりしたいという俺の願いも多少は届いていたのかもしれない。 まさかこうして、葉月と二人だけでそれを迎えることになるとは思いもしなかったけれど。
さすがに一緒に寝るわけにはいかないから別々に俺たちは眠った。 ていうか温泉付きってやっぱ高級だよなここ。 寝る前にちょっと入ったんだが、物凄く気持ちよかった。 ここに引越ししたい勢いである。
「今日はどうするか」
「観光したい。 街の中」
「すっかり旅行気分だな……」
新年を迎えても何かが変わるわけもなく、俺と葉月は旅館の一室でそんな話をしていた。 本来ならば、みんなで一緒に居たはずなのに、何がどうなってしまったのか、俺と葉月は地元から離れた田舎町でのんびりとしている。
「まぁ、とりあえずはあけましておめでとう。 今年もよろしくな」
「おめでとう。 何か頂戴」
「おい」
別に葉月を祝っているわけじゃないからな。 そうやって両手で皿を作っても何もあげないからな。
「ちっ」
「舌打ちすんなっ!」
「いたっ」
どこへ行っても、変わらない俺たちだ。 そういう関係もまた、ありなのかもしれない。
「まぁ……そうだな。 特にすることもないし、観光するか」
「うん」
葉月は頭を抑えながら言い、俺はそれを見て立ち上がる。 てか、そういえば。
「……なぁ、親から連絡とかないのか? もう葉月が居ないことには気付いているだろ?」
年末には帰ってくると言っていて、今は新年。 だから葉月の両親が気付いているのは当然だろう。
「ない」
しかし、葉月ははっきりとそう言う。 表面上の親子というのがどれほどのものなのか、改めて思い知った。
「そっか。 なら葉月、思いっきり楽しもうぜ! 葉月の親が悔しがるくらいに!」
「……うん」
悲しそうでも、辛そうでもなく。 葉月は少しだけ口角を吊り上げて言う。 なんだか俺も少しだけ嬉しくなってきた。
「へえ。 ってことは、両親より十さんと居るときの方が長かったのか」
「うん。 共働きなのは本当だから、よく遊んでいた」
だからきっと、十さんも葉月に拘っているのかな。 そういう過去があったからこそ、今はこうして葉月のためになることをしているのだろう。
あの人もしっかりと葉月のことを想っていて、毎年わざわざこうして迎えに来ていて。
「裕哉。 私は裕哉と居るほうが良い」
「……はは。 分かってるよ」
そう言ってくれるならば、俺が取れる行動はひとつ。 俺のためにも葉月のためにも、今は二人で居よう。
「それじゃ、行くか」
言いながら、俺は葉月の手を引いて歩く。 分かり合って歩き始める第一歩になるような、そんな感じを受けながら。
「うん」
葉月も頷いて歩き始めて、並んで。 本当に出会った当初ならば、考えれらない関係になった俺たち。 でもそれが嬉しくて幸せで、そんな一瞬を噛みしめる。
しかし、人生山あり谷ありとはよく言ったものだ。 昨日、電車の中で揺られながら思ったこと。 二度あることは三度ある。 それがまさしく今、現実へとなってしまう。
「よう、チャラ男」
どうしてここにだとか、何で場所が分かったとか、そういうことを言う前に、俺は葉月の前に立っていた。 十さんとこうして対面するのは三回目になるが、前の二回とは違って今回ばかりは逃げられそうにもない。 いつだって突然に訪れるそれらとは、いつか向き合わなくてはならないんだ。
「遊びで逃げるのも大概にしとけよ。 あまり大人を舐めるんじゃねぇ」
「遊びじゃ、ないですよ。 俺も葉月も本気だ」
殴られたって良い。 それくらいの勢いでなければ、この人と向き合うのは無理だ。 正直怖くて怖くて堪らないけれど、葉月のために。
「そうか。 けどそんなのは関係ない。 私は葉月を連れて行く」
「……」
なんとかする方法はないのか。 何かうまいことを言って……というのはさすがに無理、だろうな。 今まで二回騙していて、この人もそこまで馬鹿ではないだろう。 それにこの状況ではどうやっても、納得してくれるとは思えない。 かと言って逃げようにも逃げられない。 走っても追いつかれるのがオチだと思うし。
「私と話をしたそうな顔だな。 良いぞ、聞いてやっても」
「なら」
何か言わなければならないと思って、俺は言う。 しかしその声を遮るように十さんは言った。
「ただし、お前とサシでだ。 葉月は違う場所に居てもらう。 逃げられないようにな」
しめたと思った。 その状況になれば、例え俺が捕まったとしても葉月は逃げられる。 そうすれば御の字だ。
「ちなみに逃げられると思うなよ。 葉月の口座は止めた。 お前の親とは会っているからな、頼んで止めてもらったよ」
やはり、この人は一筋縄ではいかない。 残された方法は俺が話し、説得させること。 そうしなければ本当に、終わりだ。
「さーて、何を話そうか」
それから、葉月は一旦部屋へと戻した。 意外にも素直に応じた葉月は「また」とだけ言い、歩いて行く。 そんな葉月を見送って、俺は旅館の外にあるベンチへと十さんと並んで腰をかけている。
ここまで近いとさすがに威圧感は半端なく、少々身じろぎしてしまう。 が、いつまでもそうやってびびっているわけにはいかないか。
「まず、さっき聞き忘れたことを。 どうやって俺たちの場所が分かったんですか?」
その質問に、心底つまらなさそうに十さんはこう返す。
「お前、あの茶髪と電話していただろ? 盗聴した」
何してんだよこの人!? 犯罪だぞそれ!?
「言われる前に言うぞ。 お前がしていることも同じレベルだからな。 未成年だけで家出なんて」
昔はよっぽど悪いことをしていたそうな見た目なのに、よく言う。 しかし、言い返したいのに言葉がでない。 十さんが言っていることは間違っていないから。
「……それは分かりました。 なら次の質問です。 葉月を沖縄に連れて行って、一緒に暮らそうとしているってのは本当ですか?」
違うと言ってくれれば、全てが終わる。 そうなれば俺だって、別に葉月を連れて逃げまわる必要だってなくなる。
「そうだ。 私の家で、あいつは一緒に住まわせる。 今の状況が良いとは言えない」
「分かりますよ、それくらい俺にだって。 でも、葉月はそれを嫌がっていて」
「お前もだろ?」
「……まぁ、はい」
十さんはそれを聞いて、ふと笑う。 悪い笑い方ではなくて、ほっとしたような……そんな笑い方だった。
「安心した。 お前は本当に好きなんだな、葉月のこと」
「それは……一応」
「あ? 一応?」
「いや! 好きです!」
なんだこれ。 無理矢理言わせられてる感が半端ない。 事実はそれで違いないから良いんだけど、羞恥心というのがあってだな……。
「なら良い。 で、そんな好きな葉月のためにお前はこうして逃げているってことだな」
「ええ、そうです。 それが葉月は良いって言っているし、やっぱり離れるのは寂しくて」
本音で、偽りなく俺の本心。 葉月と離れるのが嫌で嫌で仕方ない。 いつからなのか、居なくてはならないほどに大きな存在へとなっていて。
「今はそうかもな」
「……今は?」
「ああ、今は。 現時点で言えば、それが一番良いのかもしれない」
現時点では。 つまり、未来を考えるとそれは違うってことだ。 十さんが言いたいのは多分、未来の話。
「このままこうして俺がやっていたら、葉月にとって良くないってこと……ですか?」
「……」
無言で、十さんはこくりと頷いた。 そんな仕草はどこか葉月っぽく、否が応でも従姉妹というのを認識させる。
「だから、葉月を連れて行くってことですか」
「そうだ。 長い目で見れば、その方が絶対に良い。 それは勿論葉月のためにも、チャラ男のためにも」
そろそろ俺のことをチャラ男と呼ぶのはやめて欲しい。 言っても聞かなさそうだから言わないけど。 しかし、俺と葉月のためにも……か。
「なぁ、両親が居ないってのは予想以上に悪影響を与えるんだよ。 お前には分からないだろうけど、そういうのの存在はとても大きいんだ」
確かに、俺には分からないことだ。 生まれてからずっと両親と一緒に居る俺には、分からないこと。
言いたいことは分かる。 十さんが言いたいのはつまり、あるべきものの話。 俺が両親からもらっている物。 葉山が祖母からもらっている物。 天羽が凛さんからもらっている物。 そういう、家族にしか与えられなくて、家族にしかもらえない大切な物の話。
それが十さんの言うところの存在ってやつだ。 いくら仲が良かったとしても、俺ではあげられない物。 それがきっと、十さんならばあげることができる。 そんなのは俺にだって分かる。
でも、そうだとしても。 俺が諦めて良いのだろうか、そんな簡単に諦めて。
「……分かりますよ。 分かりますけど、俺は葉月のことを諦めたくない」
「頑固だな。 そういう奴は人をまとめるのに向いている。 けど、お前のそれは考えなしって言うんだよ」
十さんは言い、続ける。
「何が一番葉月のためになるか考えろ。 お前たちはまだ若い、多少の失敗だってそりゃあ、あるだろうさ」
「俺のそれを失敗だと、そう言いたいんですか? 十さん」
十さんは俺の顔を見て、頷く。 自分の言葉に迷いがないような真っ直ぐとした瞳と、真剣な顔付き。
俺とは違うなと、思った。 迷って悩んでばかりの俺とは、全然違う。 それが俺と十さんの違いだ。 今まで生きてきた重みが全然違う。
俺には知る術はないけれど、十さんにも様々な想いがあるんだ。 そして、経験してきたことだって。
「例えば」
十さんは俺の顔を見たままで続ける。 さすがに十さんには、葉月のような顔を見ただけで考えが分かるなんてことはないと思うが、まるでそれは俺の考えを読み取っていたかのようだった。
「お前が今している行動のままで、何年も先になったことを考えろ」
「……何年も先」
「高校を卒業して、大学に入って。 その間、何年もあいつは一人っきりだよ」
「俺が」
言う俺の言葉を遮るように、十さんは言う。
「居てもだ。 居ても事実は変わらない。 葉月には必要なんだ、心を休める場所が」
「……はい」
その通り、かもしれない。 葉月がそれでどれほど悩んでいるのかなんて、俺にはやっぱり分からない。 俺は自分の家があるから良い、けれど葉月の場合はそれがなくて。
「私も小さいときは一人だった。 葉月の場合とは違って、ただ単に私の両親は多忙だったんだ。 だからこんなんになっちまって……。 ってのも言い訳か。 葉月はそれでもしっかりとやっていけると思ってる。 けどな、それでも休める場所ってのは必要な物なんだ」
何も言えない。 その言葉はきっと正しくて、間違いなんてない。 間違えてばかりの俺ではとても……言い返せる言葉なんてなかった。
「そこで、頼みがある」
「頼み……? 俺に、ですか?」
「ああ」
そして、十さんは言う。
「葉月を説得してくれ。 あいつが納得しないままってのは、私も嫌なんだ。 お前が言えばきっとあいつは分かってくれる」
そんな十さんの頼みにも、俺はすぐに答えが出せない。 少し考えさせてくれと言うだけで、精一杯だった。




