俺と葉月が進む道【12】
こうして、話は冒頭へと遡る。 その日は必死に走り回って逃げ続け、寝ずに一夜を過ごし、始発の電車で行く当てもなく、俺と葉月は揺られていた。
大晦日だというのに落ち着ける場所もなく、ゆっくりと過ごしたかったんだけどな。
「……にしても、葉月は寝てないのに結構元気だよな」
俺はまだ、昼間に寝ていたから平気といえば平気。 しかしこいつは寝ていないと思うのにやけに元気だ。
「眠いけど、眠すぎてテンションが高い」
「なるほど」
逆にか。 逆にそこまで行ってしまっているのか。 だとすると、とりあえずは寝れる場所探しだな。
「んじゃ次の駅で降りるか。 てか俺たちはどこを目指しているんだよ」
「大丈夫。 裕哉に任せる」
「だから俺に任せるなって……」
座席に膝で立ち、窓の外を眺めながら葉月は言う。 始発ということもあり、この車両には俺たち以外に人は居ない。 なのでそういう行儀に欠けた行為も別に良いかと思うのである。
次の駅までは……数分くらいはかかるか。 一度、状況を整理しよう。 何か解決の糸口が掴めるかも分からないし。
まず、俺と葉月は追われている。 それは借金取りとか警察とかそういうものではなく、葉月の従姉妹に。 名前は十火湖というヤンキーに。 ある意味で一番怖い人だ。 俺の中ではあの人は人間じゃないんだよな。 そういえば葉山は大丈夫なのだろうか。 今更ながらに心配だ……後で電話でもしておこう。
んで、この旅の目的。 それは未だに見えない。 とりあえずは逃げることを最優先として、そうやって逃げながらでも見つければ良い。 一番の目的は、葉月を両親から引き離すこと。 または、両親を説得することだ。
最善ともいえる道筋は、やっぱり葉月の両親を説得できるということだな。 そうすれば葉月は沖縄に連れて行かれることもなく、全てが丸く収まってくれる。 けれど、それは少し楽観的すぎる。 葉山の言うとおり、そんなに物事が上手くいくとは思えないってのが、俺の本心だ。 話をするにはするが、それで丸く収まってくれるとは思っていない。 ただ、俺の気持ちをぶつけたいだけで。
そのためにも、まずは葉月の両親を引っ張りだすことが先決。 十さんに俺たちが見つかる前に、それはやらなくてはならない。 でないと、問答無用で葉月は連れて行かれてしまう。
「……そういえば、何日くらい過ごせるんだろうな」
俺が言っているのは、資金的な問題。 持ってくるものは全て持ってきているので、ある程度の日数を二人で過ごす分くらいはあるが……。 そんなに長く保つとも思えない。 寝る場所の確保だってできていないのだから。
「それなら心配ない。 見て」
葉月は言いながら、ポケットから通帳を取り出して俺に見せる。 それだけで理解してくれたのか。
「いち……に……さん……すげえ! ゼロがいっぱいあるぞ! てかこれいくらあるんだよ……?」
「私の一円貯金の成果」
「嘘吐くなッ!」
「いたっ」
一体何歳まで生きればそれだけ貯まるんだよ。 絶対に一円貯金の成果ではないだろうが。
「……うそ。 今月の分が入ったばかり」
今月の分ってのはあれか。 食費とか生活費的なやつか。 それならば納得だ。
「なるほどな。 だからそんなにあるのか……。 てかさ、毎月それだけ入って、葉月はよく俺の家に飯を食いに来れるよな」
「任せて」
何をだ。 なんで自信満々にない胸を張って言うんだ。 ああいや、ない胸というのは余計だったな。 一応撤回しておこう。 こいつの図々しさは時々尊敬に値する。
「でも、とりあえずそれだけあれば心配ないか。 後で葉山と天羽には連絡しておくとして、まずはやっぱり寝る場所だな」
「了解」
とりあえずの目的を決めた俺たちは、宿探しを始めるのだった。
「それでここか?」
「うん。 泊まるならやっぱりここ」
俺と葉月が辿り着いたのは、結構立派な旅館。 時期が時期だというのに予約なしで部屋は取ることができたのは、街外れの田舎にあるからだろう。 さすがに予算的な問題で部屋を分けるなんて贅沢なことはできずに、一つ部屋だが。
「いやお金は出してもらってるから俺は文句言えないけどさ……」
金使いが荒い奴だなとつくづく思う。 結構良い値段だぞ、一泊。 普通に民宿とかにしたほうが良かったんじゃないだろうか。
「田舎は好き。 アニメの舞台に持ってこい」
「そりゃ良かったな。 でも田舎が良いってのには同意。 空気が綺麗だよなぁ」
「最高」
葉月は言うと、ベランダへと出る。 目の前には森が広がっており、空気はやはり、とても澄んでいた。
「てか寝なくて良いのか? 少し休んだ方が良いぞ」
「ふぁあ……」
そういえばと思い、言った直後にあくび。 分かりやすいなおい。
「……分かった。 少し寝る」
「はいよ。 俺はちょっと散歩してくる。 何かあったら電話してくれ」
「御意」
「なんだその返事……」
ツッコミを入れるも、葉月は既に布団の中。 行動が早いのか遅いのか、自分のために動くときは物凄く手早い。 普段から是非、そうして欲しいものだ。
「さて」
一度、葉山に連絡を取ろう。 あの十さんに捕まったとなってはただでは済んでいなさそうだし、葉山の身が心配だし。 後で思いっきり絞られるのは既に覚悟しているから、問題なし。
『……なによ』
「うわ、元気ないな」
旅館のロビーへと移動し、そこにあったソファーへと腰をかけ、俺は葉山へと電話をかけていた。 そして、その返事がこれ。 死にそうな声と、感じられない覇気。 やつれている顔が目に浮かぶ。
『そりゃないに決まってるでしょ……。 一体何時まで話を聞かされたと思ってんのよ……』
「は、はは」
『ついさっきよ!? ついさっきまでずーっと! 正座させられて足が痛いったりゃありゃしないわよッ!!』
ついさっき……。 今は丁度昼くらいだから、約十二時間か。 最早、監禁レベルだな。
『ああ、ちなみにうまいこと言ってなんとか帰ってもらったわよ。 けど、諦めたわけじゃないみたいだから気を付けてね。 で、今あんたらどこにいんのよ』
「ああ、それは」
俺は経緯を話す。 あれから始発が出るまでの間、街中を逃げまわって、今は地元から結構離れた田舎まで来ていることと、旅館にとりあえずは入ったこと。 そして葉月は今、寝ていること。
『駆け落ちね!』
「いやそういうわけじゃないって……」
なんで嬉しそうなんだお前。 俺はこれからどうしようと頭を悩ませているというのに。
『とまぁ、冗談はここまでにして。 そんなの長くは続かないわよ。 どうするつもりなの?』
「それは……。 まずはやっぱり、葉月の両親と話さないと」
『そりゃね。 だけど、そんなにうまく行くかしら』
どうだかな。 そればっかりはやってみないとなんとも言えない。 俺だって葉月の両親と話したことはあるけど、それもかなり昔の話で……それこそ、引越しの挨拶のときくらいのものだ。
話した感じは本当に普通の人で、仲の良い夫婦という感じだったのだが。 まさか、子供が居るとも思っていなかった。
『……ま、その時点で変だけどね。 しっかしよくもまぁ八乙女君は頑張るわよね』
「そりゃそうだろ。 葉月がそうしたいって言うんだから、俺はやっぱりそれの力になりたいんだ」
俺が言うと、葉山は数秒の間を空ける。 電波が悪いのかと思い、何かを言おうとしたところで声が聞こえてきた。
『ならさ、聞くけど。 八乙女君って、あのときなんて言おうとしたの?』
「あのとき?」
『私の家で、三人で話したときよ。 神宮さんの言葉を聞いて、八乙女君はなんて言おうとしたの?』
俺の、答え。 葉山が聞いてきているのはそれだ。 俺が昨日、葉月の言葉と想いを聞いて、どうなるかを聞いて、それで出そうとした答え。 それは。
「……葉月がそう言うのなら、俺はどこまでも付いて行くって」
『そ。 まーそんな感じだとは思ったけど。 でもさ、八乙女君』
――――――――――それって、自分のためなんじゃない?
そんな風に、言われてしまった。
自分のため。
そう、なのかもしれない。 俺は葉月と離れるのが嫌で、今こうやってしていることは間違っていることだと分かっているのに、そうしている。 それは葉月のためにならなければ、みんなのためにもなりはしない。 考え方によっては葉月の両親のためにもならないし、あの十さんのためにもならない。
だとすると、俺がしているのは結局、自己満足なのかな。
……いつもと一緒で、いつもとなんら変わらない自己満足。 そこにあるのは俺の想いで、葉月の想いではない。 葉月には葉月の考えがあるように、俺にも俺の考えがある。 それは表向きは一緒だったとしても、その核心は違うものなのかもしれない。
分からねえよ。 分からない。 俺は何をすべきで、何を選べば良いのかが分からない。 俺は葉月と離れるのだけは、嫌なんだ。 それだけは確かで、それだけが俺が今こうしてここに居る理由にもなっている。
たった、それだけでしかないのだ。
人を好きなるっていうのは、こうも考えさせられるものなのだろうか。 その人のために何かしたいといくら思っても、それは自分の想いでしかなく、本当に絶対にその人のためになることなんて、できやしないのだろうか。
例えば、その人が何かを食べたいと言ったとする。 しかしそれを叶えたいというのは結局俺の気持ちで、その人が本当はどう思っているかなんてことは、本人にしか分からない。 だから今回のことだって、俺が勝手にそう思っているだけで……。
思いは嫌な方向にしか動かなかった。 一度そうやって考えてしまったら、泥沼にはまるようにどんどんと、嫌な方向へと進んでいく。
やめた方がいいのだろうか。 諦めた方がいいのだろうか。 十さんに全て任せてしまった方が……良いのだろうか。
葉山との電話を終えて部屋に戻ってから、俺はずっとそんなことを考えていた。 百パーセントその人のために何かをすることなんて、できない。 そう思い知らされるような出来事。 葉山の言葉は重く、俺の心に食い込んでくる。
あいつはきっと、俺のためを思って言っている。 そして、葉月のためや天羽のため、自分のためを思って。
やっぱり俺は、葉山ほど格好良くはなれそうにない。 考えるべきところで考えずに、動くべきところで動かずに、伝えるべきところで伝えられずに。
葉山のことも、天羽のことも、葉月のことも。
いつだってどんなときだって、俺が動いていた最大の理由はそれだったのかな。 自分が嫌な思いをしたくないから、そうしていたのかな。
もしもそれだけでしかなかったら、俺は最初から最後まで、人のために何かをできたことなんてないんじゃないのかな。
「裕哉」
「……お。 やっと起きたのか」
二人揃って、すっかり昼夜逆転になりつつある。 まぁそれも、連休とかの場合は葉月がアニメを無理矢理見せてくる所為で慣れたものだけど。
「うん。 裕哉、何かあった?」
「いや、別に……って、嘘吐いても仕方ないか。 あったっちゃあったよ。 色々と、考えさせられることが」
「そう」
葉月は俺が何にに悩んでいるのか理解したのか、しないのか。 布団から出ると椅子にちょこんと座り、コップにお茶を入れてそれを飲む。
「……良かったのかなって」
「今、こうしていることを?」
葉月はいつもみたいに首を傾げる。 そんな純粋な仕草が少し、ちくりと痛む。
「ああ」
それだけしか言えずにいた。 しかし、葉月はそれを気にも止めずにこう言った。
「たとえ」
「……たとえ、何があっても。 私が裕哉に感謝していることには変わりない」
そんな、優しくも冷たくもないありふれた言葉でどれだけ救われたのか、俺はこのときに再度、葉月が居てくれたことを幸せに感じる。
長かった一年はこうして終わり、最悪な年末だと思っていた俺にも少しだけ、良いことはあったかな。




