俺と葉月が進む道【11】
夕飯も終えて、風呂にも入り、今は居間で雑談中。 葉山の祖母は既に寝ており、時刻は九時を回ったところ。
しっかし、葉山の作った料理だったが……意外にも美味しかった。 葉月の料理とは違って、なんだか田舎のお婆ちゃんの味みたいな感じ。 言ったら間違いなく殴られるな。
「ふうん。 それじゃあその十さんって人とは、昔はよく遊んでたんだ」
そして今話しているのは、葉月の昔の話。 まだ葉月が本当に小さい頃はよく面倒を見てくれていたとのことだ。 怖いけど面倒見が良いとは、まさにヤンキー。
「うん。 昔は優しかった」
それなら今は優しくないってことだな。 まぁ、あの人の態度からして予想はできるけど。
「なんで今は優しくないんだ? なんかしたのか?」
俺の問いに、葉月は若干言いづらそうに答える。
「私の所為で、迷惑しているから」
「……葉月の所為で?」
「うん。 私の両親と、火湖は仲が悪い」
……そうなのか? だとすると、強ち十さんは両親側の人間というわけでもないのか。 だったら。
「っていうと、避ける理由なくない? だって両親の味方になるってわけでもないでしょ、それなら」
俺が言おうとしたことを葉山は言う。 なので俺は、黙って葉月の答えを待った。
「ある。 火湖は、私を連れて行こうとする」
「連れて行こうと? それって沖縄にだろ? 正直、一年に一回だけなら行っても良さそうだと思うんだけど……そんなに苦手なのか?」
「私が苦手なのは、連れて行こうとするところ。 行くの自体は別に嫌じゃない」
「それなら、どうしてよ? そんな無理矢理な態度が気に食わないってこと?」
葉山が珍しく、葉月の言葉の意味がまったく分からないといった様子で尋ねる。 それは俺も同じで、葉月の言葉の意味が分からずにいた。 さすがに今葉山が言ったような捻くれた理由ではないと思う。 なら、どうして。
「違う。 裕哉、葉山」
そして、葉月は言った。 その本当の理由。
「多分、今年は行ったら戻って来れない」
……は? 行ったら戻って来れない? それは、どういうことだ?
「今までも、火湖は私のことを心配していた。 両親から引き離そうとしていた。 それで、最近は私に対する扱いが特に酷かったから……火湖は、火湖の家で、一緒に住まわせると思う」
それは。
それは……良いこと、だよな? 絶対にそうだ。 葉月にとって本当に良いことってのは、それだ。
けど。
どうしてか、それを聞いたときに俺は、葉月を十さんに絶対に会わせてはいけないと、強く思った。
「なるほどね。 けど、それなら尚更会わないと駄目じゃない? 私たちには出来ない解決方法をあの人は持っていて、それには欠点だってないじゃない」
「葉山」
やめてくれと、言おうとした。 もしもお前がそれを肯定して、葉月の気持ちが変わってしまったら。
俺は一体、どうすれば良いんだ。
「私としては、十さんに会わせたくなったかな。 でも一つ教えてくれる?」
止めることはできない。 そんな葉月の幸せを否定するような言葉は、言葉にできない。 言っては駄目だと言い聞かせる。
「だとしたら、神宮さんが十さんに会いたくないのはなんで?」
「……私は」
葉月は顔を伏せて、目の前に置いてあったコップを両手で掴む。 その手は少し、震えているようにも見えた。
「私は、みんなと離れるのが嫌。 もしも離れるくらいなら、お母さんとお父さんと今のままでも良い。 葉山と離れるのも、天羽と離れるのも嫌。 裕哉と離れるのは……もっと嫌」
「そ。 って言ってるけど、どうする? 八乙女君」
……意地が悪い奴だ。 こいつ、最初から分かっていて言っていたのか。 どこかわざとらしいと思ったけど、そういうことか。
「なら」
一体何が正しいのか。 葉月を十さんに任せることか? それとも、このまま一緒に逃げ続けることか?
分からない。 葉月は俺たちと離れたくないと言ってくれて、けれどそれだと……現状は変わらない。 変えることができない。
くそ……どうすりゃ良いんだよ。 逃げ続けることができれば、それが最善だとは思うけど。 そんなのは絶対、いつまでも続けられるわけがない。 俺も葉月もまだ子供で、成功する確率なんてゼロに等しいんだ。
「八乙女君。 別に間違えたって良いんだよ、それは分かる?」
次の言葉を出さない俺に向け、葉山は言う。 また、助け舟を出してもらった形だ。
「俺は」
何が正しく、何が間違えか。 俺のことはどうでも良い、葉月のために何が良いのかを考えるんだ。 それで、百パーセント葉月のことだけを考えて、その場合に俺がしてあげられることは。
頭の中に浮かんできた答えを言おうとしたところで、不意にチャイムが鳴り響く。
「回覧板でもきたのかな」
葉山はちょっとムッとした顔をして立ち上がり、すぐそこにあったインターホンで要件を聞く。 けど、このパターンは恐らく。
『十だ。 連日わりいな、葉月は居るか?』
「あ、えーっと……神宮さんは、来てませんけど」
マズイといった顔をして、葉山は俺と葉月の方を見ながら言う。 で、そのまま目で合図。 隠れていろってことか。
「葉月、行くぞ。 葉山の部屋に隠れとこう」
まさかここまで嗅覚に優れているとは。 この分なら恐らく、天羽の家にも行っているのか。 それとも、既に寄った後だったか? いや、今はそんなことを考えている場合じゃないか。
「了解」
そうして、俺は葉月の手を引いて部屋へと向かう。 葉山はどうやら、インターホン越しではなく直接十さんと話をすることになったらしく、玄関へと向かって行っていた。 嫌な役回りばかりさせてしまい、これは後の埋め合わせが心底大変そうだ。
「さて……まさかまた来るとはな」
「火湖ならありえる。 しつこいから」
「ていうか、やっぱり葉山の家は教えるべきじゃなかったろ。 あんな人って分かっていれば、天羽も教えなかっただろうに……くそ」
葉山の立場からしたら、迷惑だろうな。 前の葉山ならば、こうやって俺たちに協力もしてくれなかったとも思う。 そりゃ多少は手助けしてくれただろうが、今みたいに全面的にってことはなかったはずだ。 これもまた、一年近く過ごして変わった俺たちの関係ってことになる。 気付かないだけで、変わっていったんだ。
「どうせ火湖なら、分かったと思う。 裕哉のことも、葉山のことも、天羽のことも」
部屋に入ると、葉月は葉山のベッドの上へと座りながら言う。
「それは、調べてってことか……?」
「うん」
どこまで恐ろしい人なんだ。 個人情報なんてないようなものだぞそれ。
「ちなみに、火湖は地元でバイクを乗り回している」
「本物じゃねぇか!?」
ヤバイ。 本当に大丈夫か俺。 土下座したら許してくれるのかな。
と、そんな風に弱気になっていたところ、玄関の方から物音がする。
「……」
葉月の方を見ると、若干嫌そうな顔付き。 考えていることは一緒か。
「ちょっと見てくる。 待ってろ」
言ってから、まるで泥棒に入られたときのような反応だなと思った。 まぁそれも強ち間違いってわけでもない。 ていうか、ひょっとしたら泥棒よりもタチが悪いかもしれない。
……泥棒というよりは、借金取りに近いな。
「……」
そして、頷いた葉月を確認してから廊下へ。 ここからだと、玄関は突き当たりなので見えるのだが……まず、目に入って来たものだ。
こちらに顔を向けている葉山。 顔付きは……如何にもヤバイ、といった感じ。
このとき、葉山同様俺もヤバイと思った。 その原因は、俺と葉山の間に立っていたのが――――――――十さんだったからで。
「よー。 また別の女と居るのか、チャラ男」
ニタリと笑い、十さんは一歩前へ。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ! どうする!? 逃げるか!? 逃げられるのか!?
けど、まだ見られたのは俺だけだよな? なら案外乗り切れるか……?
「ま、靴があったからすぐに分かったけどな。 チャラ男のと、葉月の」
そこまで見てたのかよ! ていうかやっぱ駄目じゃん! どうするよこれ!?
そう焦っている間にも、十さんは一歩、また一歩と距離を詰めて来る。
……威圧感が半端ない。 間違いなく、このまま行けば俺は殺されるッ!
「っ! おーらぁあああああ!!」
叫び声をあげたのは葉山。 なんと、無謀にも葉山は十さんに飛びかかったのだ。 そしてそれが幸いにも足をもつれさせ、十さんはその場へと倒れる。
「八乙女君! 今の内にッ!!」
葉山は言い、俺に靴を投げつける。 葉月の分と、俺の分。 どんな状況でもしっかりしている奴だ。
「助かった!!」
俺はそれを受け取って、部屋の中へ。 確か窓があったはずだから、あそこからなら逃げることができるだろう。
「葉月! バレた!」
葉月は中で既に逃げる準備を済ませており、脱出経路として使う予定の窓は開かれている。 さすがの葉月でも類を見ないほどに準備が良いな。 それくらいは長い付き合いの葉月なら予想ができていたってことか。
「いけいけいけっ! 早く!」
「わかってる!」
葉月も俺も相当慌てながら、家の外へ。 最初に葉月で、次に俺。
「あ、裕哉、ペンダントが……」
抜けてるなぁ! こいつは本当に抜けてやがる! こんなときに忘れるとか勘弁してくれよ!?
「外で待ってろ! 俺が捕まったら一人で逃げろ!」
言い、俺は再び部屋の中へ。 ペンダントペンダントペンダントは……。
「あれか!」
床に落ちているそれを拾い上げたと同時、部屋の扉が開かれる。
如何にも不機嫌そうな顔をしている十さんと、その足に必死にしがみついている葉山。
……こええ。 化け物かこの人。 もしくはターミネーターか。 人間じゃないだろ、人を引きずりながら来るって。
「おいチャラ男、てめぇ、ただで済むと思うなよ」
「ごめんなさいごめんなさい!」
「なに謝ってんのよ! 良いから早く逃げなさいよっ!!」
葉山のひと言でなんとか正気を取り戻し、俺は再び窓へ。 しかし、そんな俺の肩を十さんは掴む。
「逃げられると思ってんのか」
その言葉に、俺は反射的に答える。 逃げられると思ってるのかなんて問いは、即答ができてしまう。
「思ってねえよ! でも、諦めたくないんだッ!」
肩を掴む力は強く、振りほどけそうにはない。 くそ……駄目か。
「どうして?」
掴む手の力を弱めずに、十さんは俺に聞いてくる。
……どうして、か。
「分からない。 だけど、葉月が嫌だって言ってるんだ! なのにそれを無視なんてできるかッ!!」
俺がそういったその一瞬、十さんの力が弱まった。 そんな絶好のチャンスを逃すわけにはいかず、俺は全力でその手を振り払う。
意外にも呆気なく振りほどくことはできて、自由を得た俺は再び窓へ。
「……チッ」
そんな舌打ちを背中に受けながら、窓の外へ出た 葉月は一人で逃げておけば良いものを、律儀にも外で待っている。 心配そうとも怯えているとも見える表情で。
「行くぞ!」
その手を掴み、俺は走り出そうとする。 しかし、葉月は一度立ち止まった。 まだ何かあるのか? てか、更に忘れ物とかは勘弁してくれよ。
「待って」
言うと、葉月は数歩後ろへと戻って部屋を覗き込む。 そして中に居る十さんに向けて。
「ふぁっくゆー」
と言った。
「挑発すんなアホっ!」
「いたっ。 またいじめる……」
「良いからさっさと逃げるぞ!」
頭を抑える葉月の手を取り、走り始める。 旅行鞄も一緒に持っている所為で、かなりキツイ。 キツイけど、今は捕まるわけにはいかないんだ。
そんな思いはきっと、逃げたい一心から。 それは十さんからというわけではなく、色々なものから。 まだ高校生で、問題と向き合うのには勇気がいる。 だから少しくらい我侭を言わせてくれ。 今はただ、目を背けたい。 目を瞑って、後ろに向かうとしても。 どこか落ち着ける場所が欲しかった。
十二月の終わり。 一年の終わり。 果たして俺と葉月は無事に新年を迎えることができるのか。 そんな心配はとりあえず、一段落付いてからするとしよう。
ともあれこうして、俺と葉月の逃亡生活は始まったのだった。




