俺と葉月が進む道【10】
「それじゃ、またねー!」
元気良く手を振る天羽に見送られ、俺たちは葉山の家へと向かうことになった。 あれから結局俺は寝ることができず、体は果てしなくだるい。
天羽と葉月には葉山の家に行くことを話し、てっきり天羽も付いて来ると思ったのだが、どうやら凛さんが帰ってくる都合で来れないとのこと。 話せば泊まりなら許可が降りそうだけど、あまり心配はかけたくないらしい。
ってなわけで、俺と葉月と葉山の三人で移動だ。 目的地は葉山の家。 なんだかこうして人の家を渡り歩いていると、家出をした感覚だな。 周りから見ればそうなんだけど。
葉山の家は天羽の家からそれほど遠くもなく、歩き始めてからすぐに見慣れた家が目に入ってきた。 案外溜まり場になりつつあるここだが、泊まるために来るというのは初。 変に緊張するな……なんか。
「裕哉、眠い」
「俺の方がよっぽど眠いわ。 葉月は結構寝てたじゃないか」
あくびをしながら言う葉月。 そんな仕草はやはりどこか猫っぽい。 ちなみに俺は寝てないが、葉山はあれから家に戻って熟睡している。 現在の時刻は昼前くらいだから、睡眠時間は十分かと思われる。
「それよりさー、お腹減ったんだけど。 八乙女君、私お寿司食べたいなぁ」
「なぜ俺に言う!?」
奢らせる気じゃあるまいな。 奢らせる気じゃあるまいな。 奢らせる気じゃあるまいな!!
「え? だって八乙女君って私たちのお財布でしょ?」
「お前と友達やめようかなぁ!」
予想以上の答えが返って来たよ。 お財布ってお前な。
「裕哉、私もお寿司食べたい」
「あのなぁ!?」
寝ずにこいつらにツッコミを入れるのはほんと疲れるな……。 正直かなりしんどい。 既に我が家の暖かい布団が恋しい。
「ま、とりあえずお昼はその馬鹿でかい荷物をうちに置いてからかな。 邪魔でしょ?」
葉山は言い、俺がガラガラと引いている旅行鞄に目を向ける。 まぁ確かにこれは邪魔だ。 そんな邪魔な旅行鞄だが、中に何が入っているかというと、葉月のアニメグッズだ。 それを俺が運んでいるという構図だ。 マジで邪魔だなこれ。 捨ててやろうかな。
「そんなことはない。 裕哉も楽しそう」
「どこが!? ねえ葉月さん、俺のどこをどう見てその結論になりました!?」
「問題なし。 裕哉は私のことがす……す、す、好き、だから」
「言って恥ずかしいなら言うのやめなさいよ」
葉山が止めるも、葉月は続ける。
「だから、そんな私のためになることをできる裕哉は幸せ」
確かに好きだ。 葉月のことはそりゃ好きだけど。 けどなんか、今このときに限っては素直にこいつうぜぇと思う俺だった。
それからすぐに、葉山の家へと到着。 十さんが待ち構えていたらどうしようかと危惧していたが、そんなことはなく、待っていたのは葉山の祖母。
ぶっちゃけ、葉山とは似ても似つかないほどに穏やかな人だ。 いきなり友達が二人も来て、更に旅行鞄なんて持って来たら不審に思いもするだろうに、葉山の祖母はそれに関して何も言わず、ただ俺たちを奥へと通してくれる。
そんな些細な気遣いというか気配りというか、それがやっぱり俺は嬉しい。 いろんな人に助けられながら、俺は生きているんだなって思えて。
「んじゃ、私はお昼にするけど……八乙女君はどうする? 一回寝とく?」
葉山の部屋に入り、荷物を置くと葉山がそう尋ねて来た。 うーん、どうするかな。 俺はそこまでお腹が減っているってわけじゃないから、ここは素直に寝とくか。
「わり、ちょっと横になる。 さすがに眠い」
「そ。 んじゃ私と神宮さんはお昼にしよっかな」
「そうする」
頷く葉月と、それを聞いて部屋を後にしようとする葉山。 待て待て。
「なぁ、どこでどうやって俺は寝れば良いんだ?」
「ん? そこにベッドあるじゃない」
……。 いや、マズイだろ。 それはさすがにマズイだろ。 だって、ここはまず葉山の部屋で……それで、そこにあるベッドって普段お前が使っているもので。
そう言おうとしたところで、葉山はハッとする。
「は!? あんたなに考えてんのよ!? 私のベッド使うとか正気!?」
「お前が言ったんだろ!?」
どうやら、葉山は俺のことを男だと認識していないように思える。 こうしてそういうことに気を遣わないってことは、そうなのだろう。 なんだかそれはそれで気兼ねなく俺もいられるから良いんだけど、同時に悲しくもあるな。
「……っ! 今から布団持ってくるから待ってろッ!!」
「いてっ!」
勢い良く投げられたのは、エアコンのリモコン。 見事に頭へと命中し、俺は後ろへと倒れる。
というか容赦ないな……。 俺って今、何か悪いことしたっけか。
「裕哉」
「……いてて。 ん? どうした?」
額を擦りながら天井を見上げる俺に、葉月が声をかけてくる。 ちなみに今日の服装はひらひらとしたスカートにトレーナー。 あんま気合いが入った格好ではないけど、容姿のおかげで良く似合っている。 というか、基本的にはどんな服でも着こなす葉月だ。
「きっと、私は逃げられない」
言っているのは、十さんからってことだろう。 俺の顔を覗き込みながら、葉月はそんな思いを吐露する。
「弱気だな。 大丈夫だよ、葉月」
そう、大丈夫。 それだけは言える、たったそれだけだけど、しっかりと言えるんだ。
「今まで、逃げられたことはない。 絶対に火湖は私のことを見つける」
「恐ろしいなほんとに……。 見つかったらどうなるんだ、特に俺」
「多分五発くらい殴られる。 最後には脛蹴り」
「葉月の得意技はその人からだったのか!?」
衝撃の事実だ……。 なんて酷い技を教えたんだよあの人。 おかげで俺の脛は日々、変形していないかという葛藤と戦っているんだぞ。
「私の十倍は痛い」
「よし、絶対捕まらないようにするからな」
それか、プロテクターでも買っておこうか。 葉月の十倍って骨が折れるんじゃないのか……。 嫌だなぁおい。
嫌だけど、本当に嫌だけど。 けど、いざというときはこいつの前に立ってやろう。 そのくらいの決意というか決心というか、そんなものはもう、とっくに付いている。
「うん。 けど、裕哉」
そう、葉月が何かを言いかけたところで頭に衝撃。 とは言っても痛いとかそういうのではなく、ふわっとした感触。
その頭にぶつかってきた物体を見ると、少し大きめな枕だった。
「なにぼけっとしてんのよ。 ほら、布団持ってきたやったわよ」
言いながら、葉山は続いて布団を俺に投げ付ける。 大雑把な奴だな。
「サンキュ。 あー、この感触がすごく気持ち良い……」
まともに敷いていない形だが、このままでも充分寝れる勢いだ。 それほどまでに眠気は限界へと達している。 こんな眠気を物ともせずに一週間動けるという十さんは、本当に化物だな。
「ったく。 んじゃ、適当に時間経ったら起こしにくるから。 それまで休んでなさいよ」
その言葉に軽く手をあげて返事をして、それを見ていた葉月は葉山の元へと行く。 ようやく、二日間ほどの休憩を取れそうだ。
俺はすぐに布団を適当に敷き、その上へと寝転がった。 するとすぐにドアを閉める音が聞こえてきたので、葉山も葉月も部屋から出て行ったのだろう。
そんな音を聞きながら、目を閉じる。
これからのことを少し考えようとも思ったんだけど、眠気はどうやら予想以上で……気付いたら、寝てしまっていた。
「……」
意識は薄っすらと、段々と覚めてくる。 あれからどれほどの時間が経ったのだろうか? ゆっくりと瞼を上にあげて顔を窓の方へと向けると、目に入ってきたのは真っ暗な外で、数時間は経っているのが分かった。
「……寝過ぎたか」
真冬でこの暗さになっていれば、恐らくはもう夜といえる時間だ。 夕方でも暗いものは暗いだろうけど、それよりもまた一段と暗くなった感じ。 あいつらは……どうしているんだろう。
ゆっくりと睡眠を取れたおかげか、体は軽い。 普段なら寝起きは結構だるいんだけど、この日は不思議とそれがなかった。
そんな体を起こして、まずは布団を畳む。 それを隅に置いて、俺は葉山の部屋の扉を開ける。
「いよっしゃああ!! 私の勝ち! はい罰ゲーム!」
「……いじわる」
……遊んでんなぁ。 ていうか葉山すげえ楽しそうだな。
声が聞こえてきたのは、居間の方向。 俺はゆっくりとそっちへと足を向けていく。
「んじゃ、どーぞー!」
「いつか仕返しする」
「はいはい。 分かったから早く言いなさいよ、八乙女君の好きなところ」
……ん? なんつった、今。
「……毎日おやすみって言ってくれるところ」
「なにしてんのお前らッ!?」
一気に覚醒した。 俺の居ないところでなんの話をしているんだこいつら。 驚きすぎて思わず大声を張り上げてしまったぞ。
「お、八乙女君起きたんだ。 なにって、罰ゲームよ罰ゲーム」
「あのなぁ!」
まったく……そういうのは、本当に聞かれる恐れがないときにやって欲しい。 葉月が動作を停止してしまったじゃないか。
「ふーん。 けど八乙女君、わざと神宮さんのそれを聞いてから入ってきたでしょ」
「……へ? いやいや、そんなことはないぞ」
「ふぅううううん? だとしたら凄いタイミングね、あはは」
「そ、そうだな。 はは」
今度何かしらの口止め料を払う必要があるかもしれない。 これだから鋭い奴は嫌なんだ。
てかな、別にそれくらい良いじゃないか。 俺だって気になるんだよ、葉月がどう想ってるかとか。 聞く権利くらいあるだろうし……。
「あ、そういやさ。 それなら逆に葉山が負けた場合って俺の好きなところを上げてくれたのか?」
冗談混じりに言うと、葉山は素でこう返してきた。
「ん? 私が負けた場合は八乙女君のウザい部分を言うってゲームだったから」
「最悪なゲームだな!!」
「ちなみに「勢いだけは良いのに基本はへたれ」ってのが私の言おうとしたことね」
「言わなくて良いからな!?」
どうして言った。 どうして言った! 俺はそれを聞かずに済んだはずなのに、どうして言いやがった!? しかもそれって、冗談とかじゃなくてマジで思ってることだろ!?
「まぁまぁ、別に聞いたって減るものじゃないでしょ。 それより八乙女君、お腹空いてない?」
……なんだか話を逸らされている気がしなくもないが、腹減ったな。 そういえば朝に天羽の家で食べたっきりだったっけ。
「うんまぁ、空いてるけど。 あれ、てか今何時?」
「七時。 八乙女君、随分お疲れだったみたいね」
やっぱり、かなり寝てたんだなぁ。 おかげで疲れっぽいのは取れたみたいだし、それはそれで良いのだが。
「んじゃ、神宮さんも私もご飯まだだから、適当に作っちゃうわ。 神宮さんに作ってもらおーとか思ってたけど、使い物にならなさそうだから」
言われて、俺は葉月の方へと顔を向ける。 確かに使い物にはならなさそうだ。 動作は未だに停止をしている。 その原因は俺と葉山か。
「おう。 じゃあよろしく頼む」
「はいはい。 まっかせなさーい」
それから、俺と葉山と葉月は少しだけ遅い夕飯を摂ることにしたのだった。




