俺と葉月が進む道【9】
「さっむ……! ちょっと八乙女君、どうにかしてよ」
「無茶振りだな!?」
外へ出るなり、葉山はそんなことを言う。 寒さをどうにかしろってどんなお願いだよ。 葉月かお前。
「あーあ、使えないなぁ」
「はいはい……」
葉山は少しだけ前を歩きながら。 俺はそのすぐ後ろを歩いていた。 葉月とならば逆の立ち位置になっていたと思うが、葉山相手だとどうにもこうなる。
「前も似たようなことあったよね。 私と八乙女君だけが起きていて、神宮さんと天羽さんは寝ちゃってて」
「ん? あったっけか、そんなこと」
上着のポケットに手を入れながら葉山は言い、俺はそんな葉山の言葉を聞きながら手と手を擦り合わせる。 夜中ともなると、冷え込みも相当なものだ。 それは葉山も分かっているだろうし、寒いのが嫌いな葉山がこうしてそんな中俺に話があるってことは、どうでも良いことではないだろう。
「あったわよ。 前に、天羽さんが倒れちゃったとき。 まー、天羽さんは寝てるとは少し違ったけど」
……そのことか。 確かにそうだな、あの日も俺と葉山だけが起きていて、こうして外で話したのも同じか。
「そんなこともあったな。 思えば、なんか葉山には相談に乗ってもらってばかりだよ」
「今更? 今更やっと気付いた?」
「その代わりに俺も色々やってるだろ。 だからおあいこってことにしてくれ」
思えば葉山とは、だいぶ不思議な関係になったものだ。 こいつの良さとか悪さとか、そういうのはやっぱりあるけども……本当に頼れる友達は誰かと聞かれれば、俺は真っ先にこいつの名前をあげるだろう。 それほど助けてもらっているし、頼りにしているのだ。 そしてそんな関係になれたのがちょっとだけ嬉しくもある。
「で、話ってのは?」
俺が聞くと、葉山はその場で立ち止まる。
「やーっとその話か。 いつ聞いてくるのかなって思ってたけど」
そして振り返り、言った。
「あの人のこと。 神宮さんの従姉妹の」
十火湖。 喧嘩がめちゃくちゃ強そうな葉月の従姉妹。 似ても似つかない、従姉妹。
「……だろうな。 あの人をどうやって納得させるかってことだろ?」
そんな俺の問いを葉山は否定する。 的外れだと言わんばかりに。
「私が気になるのは、そっちじゃない。 あの人がどっち側の人間かってことよ」
「どっち側? それってどういうことだよ?」
「そうね、分かりやすく言うと……神宮さん側なのか、神宮さんの両親側なのかってこと」
葉月の両親側ってのは分かるけど……葉月側ってのはどういうことだ? 葉月はあの人を苦手としていて、だからこうして逃げているのに。 それなのにそんなことってあるのか?
「さすがに葉月側ってのは考えられないだろ。 もしもそうなら、葉月が逃げる理由にならないし」
「そうね。 だとすると神宮さんがまだ何かを隠しているのかも」
「なんでそうなる? 普通に両親側ってことも考えられるだろ」
そう考えるのが一番納得できるし、得心が行く。 筋も通っている。 だから葉山のそれは、少々疑いすぎというか、信用しなさすぎというか、そんな感じを受けてしまう。
「それが一番楽よ。 そうやって考えるのがね。 けど、もっと複雑な気がしてならないのよ」
「そりゃ、いろんなことを考えておくに越したことはないけどさ……」
まぁ、葉山の言うことにも一理ある。 仮に考えるとして……もしもそうなら、どういうことになるんだ? 葉山の言う通り、葉月が未だに何かを隠していて……そうだとすると。
もしかして、俺のしていることってのは。
「葉月のためにならないかもしれない。 でしょ? 分かりやすいなぁ、八乙女君は」
「……そりゃ悪かったな」
事実、そうだ。 葉月のためにと思ってやっていることが、あいつのためにならなかったら。 そのとき俺は、胸を張って歩けるのだろうか。 葉月と一緒に、歩いていて良いのだろうか。 そんな風に、考えてしまう。
「おらッ!!」
「ッ!? いってぇえええ!!」
脛に激痛。 ああ……今となっては懐かしい痛みだ。 全然感傷に浸れなければ、思い出深くもない思い出。 最悪な思い出。
「おまっ! お前なぁ……! うう……!」
「おお……本当に痛そうね。 けどなんかムカついたんだから仕方ないでしょ」
お前がムカつくのは一向に構わないけど、俺に攻撃を加えるのはやめろ。 せめて頭の中だけにしてくれ。
「まず、八乙女君が悩む必要はないから。 八乙女君は八乙女君が信じる道を進めば良いの。 私が今言いたいのは、もしかしたらそういうパターンもあるかもしれないってだけの話なんだし」
「その原因はお前だろ……。 話があるって言ったのは葉山じゃないか」
「それは……そうだけど。 心配だったのよ、八乙女君が。 すぐにそうやって悩むから、ちゃんと歩けるのか」
葉山は居心地が悪そうに顔を逸らして、最後に言う。
「やっぱ寝ないと変なこと言うわね私……。 思ってもいないこと言うとか」
そんなのは、すぐに嘘だと分かる。 とどのつまり、葉山は葉山なりに気にかけてくれているのだ。 俺のことも、葉月のことも。
「……わり、もう大丈夫だ」
「そ。 なら良いけど」
今回もまた、助けられる形だな。 この恩はいつかしっかり返すとしよう。 俺も葉月も自分の道をしっかり見つけて歩いていき、その先で。 俺と葉月が進んだ道の先で。
その先でまたこいつらと一緒に歩けるのなら、必死こいてそれを目指すというのも悪くはない。
「それじゃ相談料ね。 どうしよっかなぁー」
言いながら、葉山は自販機の前で立ち止まる。 なんか今日は奢らされてばかりな気がしてならない。
「んじゃ俺から買うぞ。 決まったら言ってくれよ」
言い、俺は自販機の前へ立ち、硬貨を投入。 結構寒いから、なんか暖かい飲み物でも買おう。
「えい」
「ん?」
悩んでいたところ、押されるボタン。 出てくるのは冷えた水。 横を見ると満足気な葉山。 なるほど。
「お前何してんだよ!?」
「あはは! なにその顔! 笑えるって! あっはっは!!」
悪魔だ。 悪魔が俺の目の前に居る。 あろうことか水って。 そこは百歩譲ってお茶にでもしてくれよ。
「……一生恨むからな」
「なんか神宮さんに似てきたわね、八乙女君」
それは気のせいだ。 そう思いたい。 冗談でもなんか嫌だぞそれ。 そりゃ葉月のことは好きだけど、それとこれとは別問題だし。 似てるって言われるのはなんか嫌なんだ。
「まぁ冗談よ冗談。 私は水で良いから」
俺が持っていた水を取り、葉山はそのキャップを開けて口の中に含む。 珍しいな、こんな寒い中で冷たい飲み物をこいつが飲むなんて。
しっかし……あれだな。 このままやられっぱなし、からかわれっぱなしってのは納得いかない。 何かしら仕返しをしよう。
「葉山ってさ」
「んー?」
水を飲みながら、葉山は俺の方に向けて言う。 そんな葉山を横目で確認して、俺は言った。
「飲み物の飲み方、なんかエロいよな」
「……っ! げふっ!」
よし、勝った。 葉月、天羽、やったぞ。 俺は葉山に勝ったぞ。 お前らの無念を晴らしたぞ!
「げほっ! げほっ……! ん、んん! よっしゃ死ね!」
ペットボトルの水を一旦地面へと葉山は置き、俺の顔めがけて蹴り。 勢い良く放たれたそれは俺の顔寸前、僅かあと数センチといったところで止まる。
「五」
……なんだ? 五って、なんのことだ?
「四」
あ、分かった。 カウントだ、これはなにかのカウントダウンに違いない。 ってことは、このカウントダウンが終わる前に何かをしなければいけないんだが……。
「三」
ヤバイヤバイヤバイ。 笑顔でカウントする葉山がとても怖い。 ええっと、この場合俺がするべきことは。
「二」
……そうだ! さっきの失言を謝罪すればいいんだ! 葉月と天羽の無念なんてこの際気にしていられるか! 俺は自分の身が一番大事だ!
「ぜーろっ」
「一は!?」
「あはっ」
葉山は最初から許す気がなかったらしく、そのまま足を振り抜く。 寸前で止めた状態からの蹴りだったので威力はさほどないが、それでも痛いものは痛い。 というか容赦がないなこいつ。
「……もう帰りたい」
「良いよ帰っても。 その代わりあのヤンキー女居ると思うけどねー」
地面に倒れ、泣きそうになりながら言う俺のことを見下して、葉山は楽しそうに言う。 ほんっと、人の不幸は蜜の味を地で行くやつだ。
「てか、そもそも私の家に寄越すってのがあり得ないでしょ。 マジで何事かと思ったんだけど」
「それは天羽に言ってくれよ。 その件に関してはノータッチだぞ、俺も葉月も」
「さっきも言ったでしょ。 連帯責任だって。 天羽さんが犯した罪は皆で共有しないとっ。 だからほら、さすがに天羽さんの家に何日も泊まるわけにもいかないから、明日は私の家に来なさいよ」
酷いやつだ。 酷すぎて酷すぎて、優しすぎる。 そんな、俺の大切な親友。 変わっていて、人当たりがキツくて、暴力的で。
それでも本当に優しい、親友の一人。 俺はこのとき、葉山とそういう関係になれて良かったと素直に思った。
葉山だけじゃないか。 天羽とも、葉月とも。 それぞれにはそれぞれの関係があって、それは時に複雑に入り組んでしまうけど。 それでもやっぱり、俺はこいつらとのこういう関係が好きだ。
「なに笑ってんの。 もしかしてマゾ?」
「うっせ。 寝てない所為でテンションがおかしいんだよ」
「ふうん。 ま、それは私も一緒かな。 今はなんだか、ちょっと嬉しいから」
人のことを蹴って嬉しいとか、こいつやべえな。 将来が心配だ。
「なんか勘違いしてるでしょ? それと失礼なこと考えてる気がする」
「いや気のせいだろ」
「……なら良いんだけど。 で、私が言ってるのってあれよ。 天羽さんがあの女を私のところへ向かわせたことに関して言ってるの」
ん? 天羽が十さんを葉山の家へ行かせたことに関して……と言ったか? いやけど、それについては怒っているんじゃないのか? しかし葉山の言い方からすると、それが嬉しかったと言わんばかりだぞ。
確かにそうだとすると、寝てない所為でテンションがおかしいというのには納得できる。 だって、こいつがそんなことを言い出すなんてありえない。 一般常識的に。
殺したいとかぶっ飛ばしたいとかなら言いそうだけど、嬉しいってな。 ありえんありえん……天文学的確率だ。
「またなんか失礼なこと考えてるでしょ。 神宮さんじゃないけどさ、八乙女君って顔に出やすすぎるからすぐ分かるんだけど」
「マジか。 それなら正直に言うけど……頭大丈夫か? 葉山」
「ん」
地面に座る俺のことを見下して、葉山は頬を一瞬だけぴくりと動かす。
「すいません」
「よろしい。 そんで、八乙女君の疑問だけど」
なんだ。 やっぱりこいつ変だな。 たったひと言謝っただけで許してくれるなんて。 いつもなら絶対にあり得ないことだ。 今日はあり得ないことが起きすぎている。
「私が嬉しかったって感じたのはきっと、頼りにされたからかな」
「……そりゃ、お前ってなんだかんだいってすげえ頼りになるからな」
いつだって、葉山に陰ながら支えられていた気がする。 時には引っ張りあげてくれることもあったし、背中を押してくれたことだってあった。 それと、俺の知らないようなところで手助けをしてくれていたことも。
葉山にとっては、俺たちってのはどんな認識なんだろう。 それを少し知ってみたいとは思うし、その半面……知りたくないような気もする。
「そんなのは知ってるって。 でもさ、前までみんな、どこか一線を引いていた気がするから。 今日の天羽さんみたいに、遠慮とか一切考えずに私に投げてくれたってのは、正直嬉しかったんだ」
「へぇ……」
……俺と葉山は、どこか似ている気がする。 俺が葉山の立場だったとしても、同じ気持ちになっていただろうから。 そんな面倒事を押し付けられたようなものでも、頼られるってことが分かってさえいれば、案外嬉しいものなんだ。
人は誰かを必要とするし、必要とされるものでありたいとも思う。 そんな風に支えあって生きているからこそ、人は弱いし強いんだ。 中には、花宮のように一人でも強い奴だって居るかもしれないけど。
大多数の人間は、弱くても弱くても必死に懸命に、寄り添い合って生きている。 それはきっと、誇らしいことだ。
「そりゃ、良かったよ」
「……うん。 こんな気持ちになるなんて、思いもしなかった」
葉山は言うと、俺の植え込みの縁に腰をかけた。 そして、空を見上げる。
「なーんか、八乙女君とは一番話してる気がするなぁ。 会ったばかりの頃も、色々話したっけ」
「ああ、急に家に来たりな」
「うん。 あったね、そんなことも」
懐かしい話だ。 今では、俺も葉山も何の気兼ねもなく話せる話。
「私さ、八乙女君」
「ん?」
葉山は空を見上げて、薄っすらと明るくなり始めている空に手を伸ばし、星に触れようとする。 そんなことをしながら、言った。
「怖いんだ。 なんでか知らないけど、どうしようもなく」
「……弱気だな、いつになく」
「私でも分からないんだって。 どうしてそんな気持ちになるのか。 けど、なんか二人とも居なくなっちゃいそうで、怖いんだ」
いつか、いつか言っていたことだ。 あれは、葉山の誕生日会を開いときだったっけ。
ふと、こいつは本音を漏らしていた。 この先の遠くない未来、みんな離れ離れになってしまうんじゃないかと。
「大丈夫だ」
「……どうして?」
「知らないよ。 けど、大丈夫なものは大丈夫なんだ。 俺はそう信じているから」
そのくらいしか、俺には言えない。 気休めかもしれないし、その場凌ぎの言葉かもしれない。 でも、今はそれで良い。 そんな無責任な言葉に責任を持って、しっかりと葉山の気持ちにも答えれば良い。
「頼りにならないんだかなるんだか、分からないよね。 八乙女君っていっつもそう」
「悪かったな。 でも、安心できるだろ? そうやって言っておけば」
葉山だけではなく、俺も。 自分に言い聞かせ、自分の道を進む。
「……ま、そうなんだけど」
俺は笑っていて、葉山は俺から顔を背けてしまっていたけど、きっと笑っていたんじゃないだろうか。
そんな感じをしっかりと、俺は受けていた。




