俺と葉月が進む道【7】
「どうすんだよ!?」
「いやあたしに聞かれても!?」
俺と天羽は冬の真夜中、家へと向かって走っていた。 こんな寒い中で汗をかいて体を冷やして風邪でも引いたら馬鹿な話だが、状況が状況だ。 そうなってしまったら仕方なかったと思おう。
「葉月ちゃんは!?」
息を切らせながら、隣で同じ速度で走る天羽は言う。
「今は俺の部屋に居るらしいけど、最悪バレるかもしれない!」
葉月からあった電話。 それはとある人物が部屋にやって来たというものだった。
……迂闊だった。 俺も葉月も、両親のことばかりを気にしていてすっかり忘れていたんだ。 この時期に来るのは葉月の両親だけではない。 葉月の親戚の人が、やって来たんだ。
葉月が苦手と言うからには、それ相応な人だと思う。 それにわざわざ沖縄から本当に出向いて来るとはな……。
「とりあえずはダッシュだね! あたしが一緒に行ってどうするんだって話だけど!」
「俺もそれは思ったけどもう勢いだろ! ここまで来たんだから一緒に行くぞ!」
と、そんな話をしながら、俺と天羽は冬の真夜中に必死に走るのだった。
「……あの人か?」
「……あの人っぽいね」
エレベーターから降り、廊下を少し歩いたところで葉月の部屋の前に立つ人物が目に入って来た。
俺たちは物陰に隠れていて、その人物を遠巻きに見ているのだが。
「……ヤンキーだな」
「……ヤンキーだね」
金髪、ピアス、スカジャン。 三拍子揃ったヤンキーだ。 女の人ではあるけど、そういうグループに居ても違和感がないほどのヤンキーだ。
葉月の部屋の前で腕組みをして、何かを思考しているような素振りを見せているが……あの人が、本当に葉月の親戚なのか? 葉月とは真逆って感じだ。
「よし、天羽。 ちょっとここに隠れてろ。 俺は無関係装って家の中に行くから」
「わはは。 却下だよ。 バレるときは一緒だよ」
分かっていたことではあったけど……こいつも大概、お人好しだ。
「……分かったよ。 それじゃあ行くぞ、天羽」
天羽はにっこり笑って、立ち上がる。
それを見て俺も額の汗を拭って、立ち上がる。 そして、一歩ずつ歩き始めた。
大丈夫大丈夫、何も知らない風を装っておけば問題はない。 俺は関係ない俺は関係ない俺は関係ない……。
「おい」
「はいっ!?」
やべえ、終わった。 そりゃそうだよな、隣の奴がこんな夜中に帰ってきたら声をかけるよな。 葉月は家の中に居なかったんだもんな。
「お前、そこの家の奴か?」
「え、ええっと……はは。 まぁ」
……こええ! 睨むな睨むなやめてください! さすがに葉月の親戚というだけあり、かなりの美人だが……なんというか、威圧感が半端ない。 例えるなら、凛さんをもっと鋭くした感じだ。
「歳は一緒くらいか。 なぁ、私の従姉妹がここに住んでるんだけど、知らねえか?」
「へ、へえ……そうなんですか」
「おい、私は知ってるか知らねえか聞いてんだよ。 質問に答えろ」
怖い怖い怖い! なんで初対面なのに、こんなに喧嘩売られているんだ俺!?
「いえ! 知りません!」
と、自信満々で嘘を吐く俺。 仕方ないだろ、もしも本当のことを言ったら、それこそ何をされるか分かったものではないし。 殴られるのは嫌だ。
「へえ。 ところでお前、高校は?」
「え? 箱山高校ですけど……」
そこまで言ってから、マズイと思う。 この流れで唐突にその質問をしてきたってことは。
「そっか、私の従姉妹と一緒だな」
こうなるということだ。
「……あ、あー。 はは、そうなんですか。 偶然ですね」
「お前面白いな、私に嘘を吐くとは。 それでそっちの女は? 彼女か?」
ヤンキー女さんは言いながら、俺の隣に立つ天羽のことを見る。 まぁ、そう思うのが普通か、この状態なら。
「へ? いえいえいえ! 八乙女くんは葉月ちゃんと付き合ってますから!!」
……最悪だ。 最悪の状況だ。 やっぱりこいつ連れてくるんじゃなかったよ!
「なるほどねぇ。 おい、もう一回だけチャンスをやる。 この家に住んでいる私の従姉妹のこと、お前らは知っているか?」
最早、言い逃れはできそうにない。 だったらせめて、話せるだけのことは話し、本当に隠さなければいけないことは伏せておくか。 それが一番良さそうだ。
「……あー、はい。 知ってます」
「だろうな。 で、今家に居ない理由は? お前が葉月と付き合ってるなら、居場所くらいは知っているだろ?」
「それは……」
どうする、どうするどうする。 確かに居場所は知っているけど……本当のことは先ほども思ったように言えない。 葉月が嫌がることはしたくない。 だから、うまいことここから離れた場所へと行かせることができれば良いんだけど……。
そんな風に思い、何を言おうか考えている間にも、このヤンキー女さんは目を細めて俺のことを睨むように見ている。 マズイ、早く答えないと殴られかねない勢いだ。
「あ! あたし知ってます知ってます。 えーっと、あの……あなたは」
天羽が何かを思い付いたのか、口を開く。 するとすぐに天羽の方に顔を向けて、口を開いた。
「ん、私の名前は火湖だ。 十火湖。 そんで、居場所を知っているって言ったな、お前」
「あ、あはは……。 天羽です、天羽羽美」
「……んじゃ、天羽。 葉月の居場所を教えてもらおうか」
俺にはとても真似できないな。 自己紹介とか絶対したくない。 下手なことを言ったら殴られるだろ絶対。
「はい。 えーっと、葉月ちゃんは……」
そして、天羽は言った。 葉月の居るという場所を。 しかし、その言葉を聞いて俺は安心するどころか冷や汗を更に掻くことになる。
だって、こいつ葉山の住所を言っているんだもん。
「よし、分かった。 今からそこに行ってみることにする。 サンキュー」
言って、十さんは俺と天羽の横を通り過ぎて行く。 天羽のおかげで後ほど葉山に何を言われるか分かったものではないが、まあこの場を凌げたことには感謝をするしかなさそうだ。
「あーっと、そうだ。 お前の名前を聞いてなかったな」
「へ? 俺ですか?」
「お前以外に誰が居るんだよ、ぶっ飛ばすぞおい」
だからそういうの止めてくれよ……。 全く冗談に聞こえないんだって。 いや多分冗談じゃないんだろうけどさ。
「はは……。 八乙女です、八乙女裕哉」
「分かった。 お前、葉月と付き合っているんだってな?」
結局お前呼ばわりか。 名前を教える必要あったのかな……。
「……まぁ、はい」
「なのに女連れか」
「あ、えーっと……これにはその、深い事情がありまして。 本当に、やましいことはないですよ」
「ってことは、葉月にそれを言っても問題ないと?」
迷うな迷うな。 葉月にだけは、何一つ嘘は吐きたくない。 俺がこうしていることを伝えられるのを隠そうとしたって、それは結局あいつに嘘を吐いていることになる。 だから。
「ないです」
俺がそう答えたそのとき、一瞬だけ……十さんは笑った気がした。 葉月ほどに無表情ってわけじゃないけど、この人も無愛想な感じっぽかったから、俺は呆気に取られてしまう。 それに。
「……そっか。 葉月は、私にとって娘みたいなものなんだ。 泣かせたりしたら覚悟しろよ」
そんなことを言われてしまっては、分からなくなってしまう。 その言葉は本当に、娘を想う母親みたいな言い方で……俺と天羽は、この人から葉月を庇って良かったのだろうかと、思ってしまう。
「あの」
「ん?」
「……いえ、何でもないです」
言おうとして、その言葉を寸前で飲み込んだ。 言ってしまえば楽だけど、それは天羽に対して失礼なことだから。 葉山の住所を教えるという暴挙に出たこいつではあるけど、それは葉月のことを想ってしてくれたことだから。 そんな行動を否定するような真似は、さすがにできなかった。
「だったら呼び止めるな。 舐めてんのか?」
「……すいません」
本当に、最後まで威圧感たっぷりで怖い人であった。
「浮気者」
それから十さんは、天羽に言われた通りに葉山の家へと向かって行った。 ここからだと三十分はかかるだろうから、最低でも俺と葉月に用意された時間は一時間。 その間に何か手を打たなければ。
だと思ったのに、俺の部屋に入って中に体育座りで座っている葉月に声をかけた瞬間、こんなことを言われてしまう。 横に居る天羽は苦笑い。
「……ごめん、悪かったよ葉月」
「浮気者」
「あーもう悪かったって! ごめん! ごめんなさい!」
手を合わせ必死に謝る俺と、そんな俺を無表情で見つめる葉月。 そしてそんな光景を見て笑う天羽。 なんだよこの構図は……。
「わはは! 既に上下関係はできているんだね、八乙女くんに葉月ちゃん」
「うっさいほっとけ!」
しかし、そうは言ってもどうしたものか。 葉月の言った通り、あの十さんという人は結構厄介そうにも思える。 葉月のことを大切にしているような感じは受けたが……実際問題、葉月があの人を苦手としているってことがあれだ。
「葉月、頼むから機嫌を直してくれって。 今度お菓子なんか奢るから」
「分かった」
直すの早いなおい! お菓子か? お菓子に釣られたのか? 現金な奴だな。
けどま、許してくれたなら是非もないか。
「裕哉、火湖と会ったの?」
気持ちを切り替えたのか、葉月は立ち上がって俺に問う。 この質問には……嘘を吐く必要はないな。 それに、葉月に対しては嘘を吐きたくない。
「部屋の前でな。 なんか色々と凄い人だな。 殴られる勢いだったよ」
「あのクソ女め」
「怖いなおい!?」
やはり、仲が良いってわけじゃないのか? それとも、もしかして……ああいや、そんなのは考えるだけ無駄か。 葉月は答えないだろうから。
「まーまー、あたしの機転が効いた嘘によって追っ払ったよ! 褒め称えて良いよ!」
「そのおかげで葉山にぶん殴られると思うけどな」
「……気にしないッ!!」
恐らく、葉山の鉄槌を受けるのは天羽と俺と葉月だろう。 葉月なんて、その嘘には殆ど関係ないが、葉山の手にかかればそんなのは関係ないのだ。
「ま、やっちゃったものはもう仕方ないから良いけどさ……。 それより、その秘密の通路がバレないで良かったよ」
「大丈夫。 火湖は怖いけど馬鹿だから余裕」
酷い言い方だな。 俺が話した限りじゃ、そこまで頭が悪い人には見えなかったけど。 怖いってのには同意だ。 全面的に同意だ。
「にしても、問題はこの後どうするかだよ? お二人さん、どうするつもりなのさ?」
言いながら、天羽は俺と葉月の間に入って、それぞれの顔を見ながら言う。
「やっぱそれだよな。 あの人、こんな時間に葉山のとこまで行ったってことを考えると……居ないってのが分かったら、絶対戻ってきそうだ」
「戻ってくる。 火湖は一週間寝ないでも動ける怪物」
本当に怪物だな。 そして見つかったらぶっ飛ばされるな。 だったらどうするのかって話だが。
「裕哉」
俺も天羽もどうしたものかと頭を悩ませていたとき、葉月が顔を真っ直ぐ俺の方に向けて、口を開いた。
「逃げよう。 一緒に」