俺と葉月が進む道【6】
「うっし、こんなもんか?」
「うん。 これで大丈夫」
葉山との話し合いを終えた俺は、まず自分の家へと帰った。 そして秘密の通路を使って葉月と合流。 今はこうして、葉月の荷物を旅行鞄へとまとめている最中だ。
別に駆け落ちをしようだなんて大胆な案ではない。 年末には毎年、葉月の両親が帰ってくるということなので、葉月がそのタイミングで家に居なければ……葉月の両親だってこいつのことを探すだろう。 さすがに本当にいなくなることはできないから、俺の家へと避難をするというわけだ。 俺の家族は今、毎年恒例の旅行で家には居ないから。 その恒例行事は結構楽しみにしているのだが……まぁ、今年は仕方ない。
「明日の夜だよな?帰って来るのって」
「うん」
今日の昼にあった電話は、明日帰るというのを伝えるものだったらしい。 だからそれまでに荷物をまとめて、一旦俺の部屋に置いておこうという作戦。 葉山には話したが、あいつは「私と天羽さんは、八乙女君の案に協力するだけ」とのことだ。 やる気がないのか、それとも違うものか。 恐らくは後者だろう。 そんな期待はやっぱり、少しばかり重くもある。
「あ。 裕哉、これも」
「おもむろにテレビのコード外すな! そんなもん運んで引っ越しかよ!?」
70インチ大型液晶ワイドテレビ。 さすがは金持ちと言わんばかりのサイズだ。 けどこれもまた、今となっては少し……悲しい物にも見えてくる。 葉月の部屋にある物全てから、温もりは何一つ感じられない。
「……私が死んでも良いの?」
「大丈夫だ絶対に死なないから」
テレビを見れなくて死ぬ奴が居るか。 こいつはお菓子が食べられなくても「死ぬ」と言うし……ちょっとか弱すぎる。 本当に死ぬわけじゃないと思うけどな。
とまぁ、こんな感じでぐだぐだな荷物整理。 ある程度は既にまとめ終えて、俺の部屋へと運び終わった。 まるで同棲するような感じだけど……今も似たようなものだし、別にいっか。
「しっかし、なんか旅行に行くみたいな量だな」
入ってるのは殆どアニメ関係のものだけど。 葉月らしいと言えば葉月らしい。
「女の子は荷物が多い」
「……別に女の子だからってわけじゃないと思うけど」
明らかに女子だからっていう荷物殆どないじゃん。 アニメアニメアニメ、服、アニメアニメアニメ、お菓子。 こんな感じだ。
「それは気のせい」
言い、葉月は窓の外を眺める。 窓に手を置いて、遠くを見ているようで。
「裕哉」
「どうした?」
そして、葉月は俺の顔を見て言った。
「……本当に大丈夫?」
その顔は……表情は、いつもの無表情とは違って、心配そうな表情だった。 少しずつだけど、葉月も進んでいるんだ。 今までは分かりにくかった葉月の気持ちも、段々と分かるようになったのがちょっとだけ、嬉しい。 その心中を予想することしかできなかったけど、こうやって葉月が少しずつだけど、顔に出してくれるようになって。
「大丈夫大丈夫。 心配すんなって」
どうなるかは分からない。 けど、もう進むしかない。 目的地は見えないけれど、歩き出してしまったら。
「うん。 信じてる」
そんなひとつひとつの言葉が、自分でも驚くほどに嬉しくて。 驚くほどに力になる。
「俺も、葉月のことは信じてるから。 なんとかしよう」
「了解」
そして、その日は葉月と別れる。 時間も結構遅かったし、明日も色々と準備があるので。 別れるとは言っても、お互いに隣同士だからあんまそういう実感はないんだけどな。
「また明日、葉月」
「うん。 ばいばい」
葉月は、一人が寂しいと言っていた。 今まで葉月が感じた気持ちや想いを聞いて、最後にこいつは謝ったんだ。 嘘を吐いてごめんと、悲しそうに。 そんなのは謝ることではないと思ったけれど、葉月のそんな気持ちも大事に受け止めたくて、俺はそれを聞いて。 そんな話は、俺の心の中にしまっておこう。
「さて、寝るかな」
家族は旅行で家を空けているので、今は一人っきり。 こう広い部屋に俺だけというのは、なんとも落ち着かない。
……あいつはずっと、こんな感じで暮らしていたのかな。
それはやっぱり寂しくて、人と話したり触れ合ったりするのが好きな俺としては、結構辛い。
葉月もきっと、本質的な部分では俺と同じなのかもしれない。 あいつはただ、それを出来なかっただけで、本来ならば人が好きなんだ。
「……ん?」
そんなことを思いながらベッドに横になったとき、携帯に着信。
「……天羽?」
どうやら、俺と話をしたかったのは葉山だけではなかったらしい。
「わはは。 ごめんね、こんな時間に」
「いや良いって。 なんか人と話したかったし、丁度良かったよ」
時刻は日付が変わる少し前。 こんな夜遅くに出歩いて警察にでも捕まったら面倒なことになりそうだが……そのときはそのときか。
「あたしも似たようなものだよ。 なーんか、寝付けなくて」
天羽に呼び出されたのは、俺と天羽の家の丁度中間辺りにあるファミレス。 来るのには電車だったから楽だったけど、この時間だと帰りは歩きかな。 まぁ、最近運動不足気味だったし丁度良いか。
「そっか。 なんか食べるか? 日頃のお礼で、ひとつくらいなら奢るけど」
「お、気前良いねぇ。 ならそうだなぁ、アイスティーでも貰おうかな」
「デザートとかじゃなくて?」
「おいおい八乙女くん、この時間帯のデザートほど危険な物はないんだよ」
そうなのか。 葉月は時間帯に関係なく食べているから、知らなかった。
……言ったら言ったで、葉月が理不尽な恨みを受けそうだから言わないでおこう。
「そりゃ悪かった。 じゃあアイスティーな」
「うんっ。 それでオッケー!」
それから天羽のアイスティー、俺のコーヒーを注文して、待つこと数分。 やがて届いたアイスティーをひと口飲み、天羽は口を開いた。
「そいえば、振られてからこうやって二人で話すのって初かな?」
「……かもな」
反応しづらい質問をするなよ。 俺は一体どんな顔をして返せばいいんだ。
まあ、こうやって天羽が気にしないで話しかけてくれるおかげで、気まずい感じにはならないで済んでいるんだよな。 その部分には感謝しているよ。
「ほんと、色々あったよね。 あたしとか死にかけたし」
「笑って言うな、笑って。 本当に心配したんだからな」
「知ってるよ。 だから、みんなには感謝してるんだ」
天羽のそんな言葉を聞きながら、俺はコーヒーをひと口飲む。 葉山がよくやっているミルクだけを入れてみたんだけど、俺はもうちょっと甘い方が好きかなぁ。 かと言って、葉月ほど甘くしようとは思わないけども。
「もしも匿ってるのがバレそうになっちゃったら、あたしの家に来ると良いよ」
にっこり笑い、天羽は言う。
「気持ちは嬉しいよ。 けど、お前の家にはもっと恐ろしい人が居るからなぁ……」
「わはは、違いない。 でもでも、ああ見えて結構優しいところもあるんだよ、お姉ちゃん」
それは俺も知るところだ。 特に天羽に対しては、かなり甘いように見えるしな。 ちなみに、凛さんに対して俺は、天羽の病死を装ったことを未だに恨んでいる。 あんなドッキリはもう二度と御免だ。
「かもな」
そこで、一旦間ができた。 それは別に嫌な間ではなく、どちらかと言えば心地が良いくらいのもの。 葉月と一緒に居るときは、こうしてお互いが黙るってことは良くあることだけど……天羽と居てこうなるのは少し珍しい。
天羽もそう思ったのか、アイスティーに刺さっているストローで氷をかき回しながら、話しかけてきた。
「しかしさぁ、大丈夫なの? 八乙女くん」
「ん? 葉月のことか?」
俺が尋ねると、天羽は首を横に振って否定する。
「んーや、こう言っちゃあれだけど、そっちはあまり心配してないんだよね。 八乙女くんに任せておけば、大丈夫だろうし」
葉山と言い、天羽といい、どうしてこうも俺を評価しているんだろ。 大したことなんて今までしていないのに。
「そりゃどうも。 けど、なら何を心配しているんだ? 天羽は」
「多分、歌音ちゃんも同じこと言ったと思うんだけどなー」
天羽は苦笑いをして、続ける。
「特定の女の子と付き合ってる人が、こうやって別の女の子と会うのってマズイでしょ?」
……まさしく、似たようなことを言われたな。 葉山も天羽も本当に仲が良い。 裏で口裏合わせでもしているんじゃないかと疑いたくなるほどだ。
「いや、そりゃそうかもだけどさ。 葉月は特に気にしてないから大丈夫だよ」
「わはは。 そりゃ、歌音ちゃんだったからかもよ?」
葉山だったから? と言うと……どういう意味だ?
「あたし、八乙女くんに告白してるしね。 歌音ちゃんの場合はそれが違うでしょ?」
「それは確かにそうだけど……」
天羽が言いたいのは、そういうのに気を遣えということだろう。 けど、葉山や天羽の場合は違うんじゃないだろうか? 他の誰かだったらまだ分かるけど、仲が良いこいつらに限っては。
「お前も葉山も友達だからさ、大丈夫だって」
「よっし! じゃあ八乙女くん、逆になって考えよう」
天羽は言いながら、アイスティーを再びひと口飲む。 そして少しの間を空けて、口を開いた。
「葉月ちゃんが、八乙女くんに言わないで男の人と会ってたらどう思う?」
「……それは」
ここで強がっても意味はない、か。 正直に答える方が良さそうだ。
「嫌、かな。 確かに」
「でしょ? なら、八乙女くんに言って会っていた場合は?」
「……それも嫌だな」
思いの外、俺は嫉妬深いのかもしれない。
「だよね? なら、それは葉月ちゃんも一緒だよ。 そんなのは当たり前だし、悪いことじゃないんだから。 八乙女くんが思っている以上に、女の子は繊細なのだ!」
……反省するべきだな。 天羽の言う通りだ。 俺が思うように、葉月も思っている。 そんな当然のことに気付かなかった。
「葉月ちゃんもストレートには言えないだろうから、そういうのには八乙女くんが気付いてあげないと。 じゃないと破局だ! 終わりだよ!」
「笑顔で言うなよ!?」
恐ろしいことを平気で言いやがるな! ぶっちゃけ今は葉月と別れるってことは考えられん。
「……まぁでも、良く分かったよ。 ありがとな」
「わはは。 お礼はこのアイスティーってことで! まーけど、あたしや歌音ちゃんとなら全然平気だとは思うけどね、言わないで会っても言って会っても」
天羽が俺に伝えたかったのは、それに限ったことではないな。 他の色々な、様々なことに対して、常に葉月を気にかけていろという、メッセージだ。
「そんなお礼じゃ安すぎるくらいだな」
「そうかい? それなら今度、歌音ちゃんと葉月ちゃんも一緒に何か奢って貰おうかなー」
天羽がそんな冗談を言ったその時だった。 携帯の着信音が聞こえてくる。
「ん? 俺か」
ポケットから携帯を取り出して見ると、画面には葉月の名前。
それも、メールではなく電話。 あいつは用件の殆どをメールで済ませるから、いきなり電話というのはかなりのレア。
「もしもし?」
俺がそれに出ると、葉月の小さな消え入りそうな声が聞こえてきた。
『……裕哉、大変』
そして、俺と天羽は慌てて会計を済ませて、葉月の元へと走って行ったのだった。




