俺と葉月が進む道【5】
それから、俺たちがしたこと。
まずはとりあえず、葉山の家へと戻り、葉月を説得できたことを説明。 葉山も天羽もそのこと事態については、あまり驚いた様子を見せなかった。 葉山曰く「そうなるだろうと思っていたから」とのこと。 信頼されているというか、期待されすぎているというか、必死にそれに応える俺の身にもなって欲しいと、無責任ながらに思ったりもする。
そして、葉月は結構動揺していたこともあって、今日は一旦天羽が家まで送って行ってくれた。 俺でも良かったんだけど、葉山の「天羽さん、神宮さんを送って行ってあげて」との言葉によってだ。 わざわざ天羽に任せるということは、恐らく葉山は俺に話があるってことだろうな。
そんなこんなで、今は葉山の部屋に二人きり。
「にしても頭に来るわね」
イライラしている様子を隠すわけでもなく、葉山は言う。
「葉月の両親のことか。 まぁ怖がるって気持ちも分からなくはないけどな」
「はぁ!? それでも娘よ!? なのにそんな扱いをするなんて、あんまりじゃない!」
「分かったから殴ろうとするなよ!? 俺だってそりゃ、頭に来てるよ。 でもさ、自分の考えとか気持ちとか、そういうのが全部バレてしまうのって……やっぱ怖いんじゃないかなって、思ってさ」
友達という関係ならば、接する機会は限られて来る。 けど、それが同じ家で家族で毎日会うような間柄だったなら、どうだろうか。
一年間三百六十五日、そうだったなら。 少しだけ、葉月の両親の気持ちも分かってしまう気がする。 そして、そう思ってしまう自分が、嫌いだ。
「……まぁね。 私も最初は怖かったし。 でも、一緒に居れば分かるものでしょ?」
「ああ。 葉月の両親はそれが出来なかったから、今のこの状態なんだろうな」
葉月を放置して、生活には充分すぎる金を与えて、嘘を吐いて。 そして真実は葉月も知っているのに、気付いていない振りをして。
そうやって、今の状況だ。 葉月の両親は後ろ向きで、葉月自身もまた、後ろ向きだった。 普通に考えれば、そんなことをしていたらいつまで経っても、歩み寄れるはずがないんだ。
「あ、てかなんか勘違いしてない? 私がイラついてるのはそっちじゃないんだけど」
「え? 違うのか?」
だったらなんだ? 他に葉山がイライラしそうなことと言えば……思い当たることが多すぎて、見当が付かないな。 こいつのイライラ要素は酸素のように存在しているから。
ううむ……参ったな。 葉山が機嫌を悪くするようなことだろ? ええっと。
そこまで考えて、奴隷根性が染み付いていることを実感する俺である。 必死に原因を考えるあたり、俺の立場がよく分かるな。
「なんか失礼なこと考えてそうな顔ね」
「いやいや、全然」
……やっぱり、顔に出やすいんだな俺。
「私がイライラしてるのは、神宮さんも八乙女君も今のこれをなんとも思ってないことよ」
「ん? だから、今のこれって葉月の両親の件だろ?」
俺のその言葉に、葉山は深くため息。 心底呆れたような、そんなため息だ。
「待ってね八乙女君。 ゆっくり今居る場所を考えてみて?」
今居る場所? 何を言っているんだこいつ? 普通に葉山の家で、葉山の部屋だが。
「うーん?」
「ふ、ふふ。 分からないかなぁ?」
……ヤバイな。 なんか知らないけど、明らかにキレかけている。 笑顔がすげえ引き攣っている。
「今居るここは……葉山の部屋だろ?」
「うんそうだね。 それで?」
「それでって……わり、分からない」
言った瞬間、俺の顔のすぐ横を拳が突き抜ける。
「っておい!? マジで危ないって! 風切る音聞こえたぞ!?」
当たってたら平気で鼻が折れてそうなレベルだった。 こいつって意外と喧嘩強いのかな……。
「ふっつうだったら気にするでしょうが! 私だって一応は女子なのよ! 女子!! なのに八乙女君はまるで気にしていない様子だし、神宮さんだって心配するような素振りも見せなかったし! 私だって女の子なのにッ!!」
……そういやそうだったっけ。 すっかり忘れていた。 女友達というよりは、男友達って感じだしな。
「それは悪かったって言えば良いのか……? けど、逆に聞くけどそういう風に意識して欲しいってことか?」
「は? 嫌よ、気持ち悪い」
だったらどうしろって言うんだよ……。 帰りたい、切実に帰りたい。 なんで俺はこんな理不尽な拷問みたいな目に遭っているんだ。
「じゃあどうするのが正解だったんだ? 今度似たようなことがあったときの参考にするから、教えて欲しい」
生きる上での、身の安全を守る上での参考になる。 そりゃあもう、とても。
「うーん、そうね。 適度にそれを意識して、んで適度に気持ち悪くない程度にって感じかな」
「……その適度ってどのくらい?」
「決まってるでしょ。 私が思う丁度良いくらいよ」
この世で一番難しい注文きたな。 それが一定ならまだ頑張りようはあるんだけど、葉山の場合ってその日の気分で変わるからな。 手の打ちようがない。 要するに、大人しく殴られろってことか。
「……適度に頑張るわ」
「うん、そうして」
最早、苦笑いしかできない俺であった。
「おっし、んじゃあイライラもある程度解消できたところで、本題に入るわよ」
俺に当たり散らすことで発散できたか。 良かった、今日のそれはまだ良い方だ。 ただ罵詈雑言を浴びせられるだけなら、全然良い。 むしろ嬉しくなるくらいだ。
……慣れてきてるのが、嫌になる。
「本題?」
「そう、本題。 てか分かってないの?」
「おう、勿論」
「自信満々で言うな。 殴るわよ」
叩くとか怒るとかならまだ分かるけど、殴るってお前な。 本当にやりそうだ、こいつの場合。 というか構えを取るのはとりあえずやめてくれ。
「私が言ってるのは、どうするかってことよ」
「どうするかって、そりゃ葉月のことをどうにかすれば良いんだろ?」
俺の言葉を受け、葉山は本日二度目のため息。 心底呆れたようなそれだ。
「じゃあ聞くけど、どうやって?」
「それは……どうにか?」
「……」
「だから顔を狙うのやめろよ!?」
危ねえ。 今のは本当に当たりそうだった。 ちょっと頬の部分を掠めたぞ。
「その「どうにか」が分からないから苦労しているんでしょうが。 もっと具体的な方法よ、具体的な」
「と言われてもな……」
具体的……具体的。 ううむ……。 確かにこれは葉山の言う通りか。
いくら葉月を助けると言っても、その具体的な方法が分からないとただの行き当たりばったりになってしまう。 それだと何も解決しないのは目に見えているし……どうしたものか。
「まず、考えるのは最終的な目的よ。 そうやってゴールを決めて、そこに行くまでの過程を考えるの。 八乙女君、あんたは神宮さんと最終的にどうなりたいわけ?」
迷わず結婚したいと言いそうになり、止める。 葉山が聞きたいのはそういうことじゃないだろうから。 というか、それを言ったら今度こそ殴られる気がしてならない。
「最終的な目的か。 それは、葉月が両親とうまく打ち解けて……あいつが幸せになること、かな」
円満な解決。 それが、一番の望みだ。 しかし、そんな俺の望みを葉山はかぶりを振って否定する。
「無理ね」
「否定が早いなおい……」
「事実よ。 八乙女君が言っているそれは不可能。 高望みって言ってもいいわね」
「……どうしてそう思う?」
最終的な目的って、そういうことじゃないのか? 葉月の両親を説得して、あいつのことを分かってもらって。 それで葉月が貰うべき本当の気持ちを両親から貰って……。 それが、一番なんじゃないのか?
「なんだか花宮さんが言っていることが分かる気がするわね。 八乙女君、それはさすがに夢見がちって分かる?」
「それは」
「八乙女君の場合は、分かってなくて言っているんじゃないのよね。 分かっていて言っているから厄介なのよ。 ねえ八乙女君、八乙女君が思っているほど、人は優しくないんだよ」
……分かっているよ、そんなことは。 葉月の両親と話したところで、解決なんてしないことは。 何年も葉月に対して酷いことをしてきた人達が、俺一人の言った言葉でそれをやめるだなんて、希望的観測に過ぎないことくらい、俺だって分かっているんだ。 でも、そう願わずにはいられない。 そうなるのが最良で、本来ならばそうあるべきなのだから。
あいつは、葉月は言っていたんだ。 ここへ戻ってくるまでの道のりで、俺が尋ねた一つのことに対して。
俺は葉月にこう聞いた。 葉月は、両親のことをどう思っているんだ? って。
それが、もう一つの大事なこと。 葉月がどう思っているかによって、葉月が両親のことをどう思っているかによって、やり方は色々と変わってくるものだから。 けど。
葉月はそんな質問に対して、こう答えたんだ。
『分からない』
そう、ひと言だけ。
それだけで充分だった。 実の両親に対して、そう言ってしまうだけで、もう充分だった。 それが葉月の本当の気持ちで、両親に対して思っている感情の答えなのだ。 そんなのはやっぱり間違っているし、正しくあるべきだと俺は思う。 貰うべき物を全く貰えていなくて、それで葉月が悲しんだり、辛かったり、悩んだりしているならば、それは正すべきなんだ。 当たり前の物を当たり前に貰う、それがきっと、一番良いことじゃないだろうか。
「俺はそれでも、話すよ。 変わってくれると信じて」
夢見がちだと言われても、俺はそうなって欲しい。 俺の正直な気持ちは、それだけだ。
「……何を言っても無駄ってことは、分かっていたけどね。 八乙女君って結構頑固だからなぁ」
葉山は優しそうに笑う。 俺にはそんな笑い方に見えたが、葉山の次の言葉を聞き、もしかしたら違うんじゃないかと思った。
「けどさ、けどさ八乙女君。 八乙女君が信じる道を歩くなら、私はそれを応援するし協力もするよ。 でも、その結末はきっと良いものではないと思う。 それでも、良いの?」
葉山なりの、精一杯の優しさ。 それはもう、充分すぎるほどに伝わってくる。 何もかもがうまく行くなんてあり得ない、だから葉山は……こうして、俺に諭しているんだ。 そんなありったけの優しさだ。
「ああ、分かってる。 もしもそうなったら、慰めてくれるか?」
冗談混じりで俺が言うと、葉山もまた、冗談混じりでこう返した。
「は? 私がそんなことするわけないでしょ。 殴ってやるわよ、思いっきり」
「……相変わらずだな、お前は」
そして、最後に。
「けどま、天羽さんと一緒に話くらいは聞いてあげても良いかな。 勿論笑いながら」
「そっか。 それじゃあそのときは、よろしく頼む」
さて、長々と葉山と話していたおかげか、一つ思いついたことがある。 葉月の両親と話すための方法。 あいつの両親は家をほとんど空けているから、会うのにも一苦労だが……うまく行けば、てっとり早く会える方法だ。
そのためにはまず、葉月と話をしなくてはな。




