俺と葉月が進む道【2】
「神宮さん、私たちに嘘吐いてるでしょ」
話し合いは、そんな葉山のひと言から始まった。
退路を塞がれて、行き場をなくした俺と葉月は結局、葉山と天羽に挟まれる形となる。 天羽がこうやって葉山に協力をするということは、葉山の行動は織り込み済みってことか。 だとすると、こうやって話し合いに持って行くのも計算済みだったってことだろう。
「というかその前に、八乙女君。 神宮さんのためにってのは分かるけど、そういう思い付きの行動はそろそろやめてくれない? 私たちも居るんだからさ」
「……思い付きって」
否定は、できない。 葉月の顔を見て、そうしようと思ってそうしていたのだから。 俺自身でも驚くほどに勝手に体が動いていたというか、口が勝手に動いていたというか。 葉山が言いたいのは、もっと頼れだとかそういう意味のことかとは思うんだけど。 頭では分かっているつもりなのに、中々どうしてうまくいかない。
「……悪かったよ。 これで良いか?」
「うん、オッケー。 それじゃ話戻すけど……神宮さん」
満面の笑みで葉山は言い、葉月へと顔を向ける。 むしろこっちが本題なのだろう。
「私は嘘なんて吐いてない」
矛先が自分に向くと、すぐに葉月はそう返した。
まぁでも、俺だって葉山が何のことを言っているのかは分からない。 それに、葉月が嘘ってのはどういうことだ? 俺が思い当たる限り、そんな嘘なんて言えるようなことはない気がするんだけど。
「そこが問題よね。 神宮さんがそれで良いと思っている辺りが」
「……」
そこで、葉月は葉山から顔を逸らす。 まるで、図星だったかのように。 葉月が良いと思っているってのはどういうことだ? 葉山の言い方からして、何か確信を得ているのは確実だと思うが。
「八乙女君、今から私、色々酷いこと言うかもしれないけど勘弁ね」
「そりゃいつものことだろ」
むしろ酷いことを言わない場合の方が少ないくらいだ。 こと葉山に関しては。
「だったら問題なし。 神宮さん、まず私が言っている嘘ってのは、あなたの両親のことよ」
葉山は葉月の方に顔を向け、続ける。
「そのことに関して、嘘を吐いてるでしょ」
「いやちょっと待てって。 葉月の両親? それって、よく出張に行っている母親と父親だよな?」
「……私は神宮さんに言ってるんだけど。 まいいか」
悪かったな口を挟んで。 けどそれはお前だっていつもしていることじゃないか。
そう言おうとしたのだが、次の葉山の言葉を聞いて俺は何も言えなくなってしまう。
「そう。 その両親よ。 けどさ神宮さん、それって本当のこと?」
「……どういう意味?」
葉月は首を傾げ、葉山に向かって言う。 まるで、本当に何も知らないように。
「そのままの意味。 まさか知らないわけじゃないでしょ? 神宮さん、あなたの両親って」
「――――――――――出張に行っているわけじゃないんだってね」
は? いや、葉山は何を言っているんだ? こいつの言っている言葉の意味が全く飲み込めない。 だって、葉月の両親は仕事が忙しくて、それで出張に行っているから家に居ないんだろ? 少なくとも俺はそう聞いているし、葉月だって周囲にそう言っているはずだ。 なのに、葉山の言葉をそのまま鵜呑みにすると……それは。
「違う。 出張に行っているだけ」
葉月は淡々とそう返す。 しかし、そんな声色はどこか上擦っているようにも聞こえる。 葉月の感情が少し……乱れている?
「違わない。 神宮さんの両親って、物凄いお金持ちなんだってね。 それで、二人して旅行しているんだってね」
「違う。 違う違う違う。 そんなことは、ない」
「違わない。 一人娘である神宮さんを置いて、二人は仲良く旅行をしているんだってね。 神宮さんが今住んでいるあそこも、ただあなたを置いておくだけの場所なんだってね」
「……そんなこと、ない。 うそ、葉山が言っていることは全部嘘ッ!」
それは、初めてだった。 俺も長いこと葉月とは一緒に居るけど、それこそ、中学からの付き合いである蒼汰よりも一緒に居る時間が長いほど、一緒に過ごしているけれど。 葉月がここまで感情を表に出したのを見たのは初めてだった。 それを見て俺は何も言えずにいて、葉月がどうしてこんなにも声を荒げているのか、どうしてここまで動揺しているのか、考える。 葉月がここまで必死に否定するということは……つまり。 それは逆に言えば、当たっているということで。
「なくはない。 あんたの親は実の娘を放ったらかしにしてる最ッ低のクズよ!! あんただってそんなの分かってるでしょ!?」
「違う!! そんなのはでたらめッ!! 嘘を吐かないでッ!!」
頭を抑えて、かぶりを振りながら、否定する葉月に対して葉山は続ける。
「いい加減止めろって言ってんのよ!! そうやっていつまでも嘘吐いて、解決するとでも思ってんの!? あんたがいくら一人で抱えたって、そんなの一生解決するわけないでしょ!? そんくらい分かれっての!!」
「歌音ちゃん落ち着いて! ストップストップ!」
「うっさい黙れッ!」
葉月の両肩を掴み、壁に押し付けながら言う葉山の体を天羽が必死に抑える、しかし、そんな天羽のことを振り払って、葉山は言葉を続ける。
「バッカじゃないの!? 何が「両親は出張」よ! あんたは両親に捨てられてるんだっての! それなのにあんたはいつまでそんなクズのことを庇ってんのよ!? いい加減、目ぇ覚ませッ!!」
「やめてッ!!!!」
今までにない大きな声で、葉月は言う。 もうそれは、叫ぶと言った方が正しいかもしれない。 そしてそんな叫びを葉山に浴びせて、葉月は葉山のことを突き飛ばす。 その反動で葉山も体を必死に掴んでいた天羽も後ろへと転んで、そして。
「……ッ!」
俺が止める間もなく、葉山も天羽も止める間もなく、葉月は部屋から飛び出していった。
思えば、変だったんだ。
あんな集合住宅の一室に、高校生の女子が一人で暮らしているなんて。 それで普通の両親なら、安心していられるはずがない。
たった一人の娘だけを残して、出張なんて行けるはずがない。
誰かに預けることもなく、親戚を一緒に住まわせるわけでもなく、何ヶ月も放置して、平気で居られるはずがない。
……普通の、ごくごく普通に、子供のことを想える両親だったなら。
毎月振り込まれているといっていた金。 生活する分には困らないだろう金。 きっとあれだけが、葉月と両親を繋いでいる物だったのかもしれない。 葉月はどうやらそれを違う形で繋がっていると思っていたようだが、真実は違う。 葉月がいくら想っても、そう思い込んでも。
葉月の両親にとっては、金だけを渡しておけば良い存在だった。 そういう、ことになる。 そんなことはないと俺も思いたいけれど……事実はそうでしかない。
「……やっぱ言い過ぎた。 言い過ぎた」
葉月がいなくなり、部屋に残されたのは俺と葉山と天羽。 そんな部屋の中、葉山は壁に背中を預ける形で座りこみ、呟く。
「なんで八乙女君は、私のことを殴ってでも止めなかったのよ」
「……できるわけないだろそんなこと」
さすがに女子を殴るのは無理だって。 無茶を言う奴だな。 それに殴ったら殴ったで後が怖すぎるんだよ。
「わはは。 あたしは一応止めたんだけどなー」
「……そう言えばそうだったわね。 もっと必死に止めなさいよ」
「いやいやいや。 これでも結構必死だったんだけど……」
葉山も悪気があったわけじゃない。 葉月のことを想って、言ってくれたんだ。 それはいつかはぶつかる問題で、それが今になっただけで……葉山が悪いなんてことは言い切れない。 そして、葉月も悪いわけじゃない。 悪いのは、こんな状況に追い込んだ葉月の両親……ということか。
「あの馬鹿……。 ほんと、馬鹿。 あそこまで否定されちゃったら、私だって何が良いのか分からなくなっちゃうわよ。 何が正しいのか、見えなくなるって」
項垂れて、葉山はそう漏らす。 いつもの傲慢な感じは微塵もなく、ただ一人の友達を思っているだけの女子。 葉山に初めて出来た友達と言っても良い存在の葉月を大切に思っている姿。
そんな葉山のために、俺ができることと言えば。
「葉山はさ、それが良いと思って言ってくれたんだろ?」
「そうだけど。 でも……ほんとムカつく。 分かる? 私の気持ち」
ああ、分かるよ。 お前ならきっと、こう思っているんじゃないのかなってのは一つある。
「まず、あの馬鹿が心底ムカつく。 私たちに何も頼らないで、一人で抱え込んで。 あいつだって絶対に気付いているはずなのに、そうじゃないって強がって。 今の状態なんて、絶対に良くないのに」
「そうだな」
「それに、八乙女君にもムカついてる。 あんたあいつの彼氏でしょ。 それくらいとっとと気付いてなんとか言っておきなさいよ。 今まで気付けることは沢山あったはずなのに」
「そうだな」
葉山の言う通りだ。 踏み込めずにいて、それが今になってこうして、悪い形で現れて居るのだから。
「……天羽さんも。 ヒール役は全部私じゃない、泥をかぶらせておいて笑ってんじゃないわよ」
「わはは。 そうだね」
こんな状態でも笑っていられるこいつは、本当に強い。 天羽の前向きな姿に、一体どれほど救われたことか。
「そんで」
最後に、葉山は言う。
「そんで……何より。 私が私に一番ムカつく。 今までずっと、友達だと思ってたのに。 なのに何で頼られないのよ。 そこまでの存在になれなかった私が、一番ムカつく。 頼られなかった私がムカつく」
だろうな。 お前はそう言うと思っていたよ。 だから俺も、するべきことにようやく気付けそうだ。 そこまで人を想えるお前を見て、ようやく決められそうだ。 俺はいつだって、誰かのために動いていたい。 葉山が自己中に見えて、いつも誰かのために動いているように。 天羽が何も考えていないように見えて、いつもみんなを元気付けて居るように。 俺も俺で、人のために動いていたい。 それは時に葉月のためだったり、時に葉山のためだったり、時に天羽のためだったり。
そうやって人のために動くのが一番、突き進めるんだ。 今回で言えば、皆のために。
「よし、葉山、天羽」
「お前たちの気持ち、絶対に間違ってないって俺が証明してやる。 葉山がそこまでの存在だったって、絶対に証明してやる。 天羽がみんなを気にかけているって、証明してやる。 だから、少し待っててくれないか」
少しでは終わらないかもしれないけど。 そのときはそのとき、約束を破ってしまった罰として、何か美味しいデザートでも奢ってやろう。
「……うっさい。 けど、そうね。 やっぱり八乙女君に頼るしかないかな」
葉山は言って、そっぽを向く。 それがなんだか葉月っぽくて、ついつい笑ってしまう。
「わはは。 あたしもさ、あまり考えるのって好きじゃないけど……葉月ちゃんのことだったり、歌音ちゃんのことだったり、八乙女くんのことだったらいくら考えても、頭を悩ませても良いって思うんだ。 だから、さっさと連れてきてよ。 それでいっぱい、皆で話そう」
天羽は笑って、俺の顔を真っ直ぐ見る。 いつでも真っ直ぐに、正々堂々生きている天羽の言葉は、すんなりと心の奥に入り込む。
「ああ、任せとけ。 それじゃ、ちょっと行ってくる」
何を言えば良いのかなんて、分からない。 あいつと会って、何を話せば良いのかも分からない。 葉月が抱えている問題は大きくて、俺だけの力じゃ絶対に解決できないほどのものだ。 でも、こいつらが居ればなんとかなるかもしれない。
いや、正直に言ったら高校生が数人集まったところで、たかが知れているのかもしれないけど。 それでも今は、そう信じたい。
何も面白いことがなかった日常で、こいつらに貰った沢山の物。 こいつらは俺に助けてもらったって言うけれど、俺はその何倍も救ってもらっているんだ。 恩返し、ではない。 見返りなんてのはいらない。 ただ、友達のために何かをしたい。 そして、大切な一人の彼女のために。
この問題に首を突っ込めば、大変なことになるのは馬鹿な俺でも分かる。 家庭の問題はデリケートで、俺一人なら勿論だし、それに葉山や天羽が加わっても簡単に解決できるものでもない。 それは認めないと駄目だ。 でもな。
どんな大きな決意でも、それを決めるのはいつだって人の想いなんだ。 それだけは、絶対に否定されてはいけない。 今で言えば、俺たちが葉月に向けている想いだ。
だから後悔はしたくない。 最後までやり通して、最後まで走り抜けて、それでみんなでまた笑いあえるなら。
俺は何を捨てたって構わない。




