俺と葉月が進む道【1】
「……これからどうすっか」
頭を抱えながら、俺は隣に座っている葉月に尋ねる。 藁にもすがる思いで、何か妙案を出してくれるのを期待して。
「大丈夫。 お菓子ならある」
言いながら、葉月はでかい旅行鞄から菓子袋を取り出す。
「いやそういうことじゃないからな?」
どう考えたら俺がお菓子の心配をしているとの解釈になったんだ。 お菓子の心配なんてこれっぽっちもしてないっての。
「そう。 てっきりそうだと思った」
横に座る俺の顔を見ながら、葉月は言う。
「……はぁぁあああ。 本当にどうなることやら」
心配だ、実に心配だ。
十二月の三十一日。 俺と葉月は電車に揺られていた。 つい三日前に花宮との話を終えて、ひと段落付いたと思った矢先の出来事。 まさしく一難去ってまた一難状態な俺。 それが二度ある事は三度あるとならなければ良いのだが。
「大丈夫。 頑張って、裕哉」
「俺任せかよ!?」
俺の肩をぽんぽんと叩き、葉月は飴をひとつ口に入れて言う。 マイペースな奴だな……まったく。
「まぁ、なるようになれか」
「そういうこと」
話は遡ること二日前。 花宮との話し合いを終えて、そのことを次の日、葉山と天羽に説明した直後からだ。
「へえ。 それじゃあなんとか納得したって感じなのね、花宮さんは」
今日の集まりは葉山の家。 前回でぬいぐるみを大量に所持していたのがバレてしまったからなのか、今日は至るところにぬいぐるみが飾られている。 それにしても、物凄い量だな。
「納得した、とは少し違うけどな。 でもまぁ、丸く収まった感じだよ」
俺もあの話し合いで、過去とは色々ケリを付けられたと感じている。 この件に関しては、素直に葉月に感謝といったところだろうか。 当の本人である葉月は、別に何もしてないといった態度を俺に取ってくるけど、やっぱり葉月の存在が大きかったと思う。 俺一人だったらきっと、あいつと話しても話し合いにすらならなかったかもしれない。
「とにかく一件落着ってことだね。 ま、全部が全部上手く行くわけないし、人生なんてそんなもんだよ」
そう言う天羽は、何やら葉月と一緒にスマホを見ている。 恐らく葉月のおすすめアニメ紹介と言ったところだな。 昨日の夜、俺がやられていたことだ。 てか、そろそろ無断で部屋に居座っているのは止めて欲しい。 部屋に戻ると当然のように居るからな、こいつ。 まぁ……以前までのなんとなく気まずい感じよりは何倍もマシだけど。
「そうかもな。 けど、とりあえずは三人共、色々と助かったよ。 ありがとう」
花宮風に言うならば、弱い俺たちだからこそ。 こうやって頼って頼られて、手を取り合って悩んだり話し合ったり、そういう風にできているんだと思う。 そして、そんな関係がやっぱり俺は好きなんだ。
「別に良いって。 私も天羽さんも今回はそんな手助けしたなんて思ってないし、一番協力してくれたのは神宮さんでしょ?」
「私も別に」
スマホの画面を見たままで葉月は言う。 素っ気ない言い方だけど、多分照れているんだ。 なんとなく分かる。 そして、それに気付いたのはどうやら葉山も一緒だったようで、こいつはそんな葉月を面白がって追い打ち。
「へぇええ。 そんなこと言ってぇ? 愛する人のために頑張ったんだよねぇ? 神宮さんはぁ?」
すげえ楽しそうだな……。 やっぱり葉山は人に嫌がらせをするときが一番活き活きしているよ。
と、ここでいつも通りならば、葉月が葉山に対して攻撃を仕掛ける流れ。 しかし、今日の葉月はそれを聞いてしばらく固まった後、すっと立ち上がる。
「……」
「葉月?」
俺が呼びかけるも、葉月はそのまま無視してすたすたと歩く。 そして、葉山のベッドに倒れこんで布団に包まった。
「ちょっとそこ私のベッドなんだけど。 おーい」
「歌音ちゃんがいじめるからだー。 折角面白いアニメ教えてもらってたのに!」
それはともかくとして、なんだか今日は反応が違うな。 葉山に蹴りの一発や二発、いつもの葉月ならやっていそうなんだけど。 そこまで思い、いつもの葉月が如何に酷いかを噛みしめる。 俺は良く我慢しているものだ。
「はーづきー。 どうしたんだ?」
そのベッドへと近づいて、俺は問う。
「……なんでもない」
しかし返ってきたのは、果てしなく素っ気ない返事。 布団の中からの声のせいで聞き取り辛いが、なんとか伝わった。 葉月がこう言うときは大抵の場合は何でもなくはない。 だけど問題は、葉月がそれを言おうとしないということだ。
「……ちょっとちょっと、八乙女くんや」
布団を引き剥がそうか考えていた俺の肩に手を置くのは天羽。 振り返ると、その天羽の後ろで葉山も手招きをしている。
「……なんだよ?」
呼ばれてしまっては仕方なく、一旦は葉月を諦めるか。 それに時間が経てば出てくるだろうし。
結論を出し、俺は先ほどまで座っていた場所へ腰をかけた。 すると、すぐに口を開いたのは葉山。
「ねえねえ、そう言えば全然聞いてなかったことなんだけどさ、神宮さんってどれくらい八乙女君のことが好きなの?」
「はぁ!? そ、それを俺に聞くなよッ!!」
「……馬鹿ッ。 声がでかいっての」
「……あ、ああ。 ごめん」
……あれ、なんで俺謝ってんの。 なんかおかしい気がしてならない。
「それでそれで、実際のところ……八乙女くんはどのくらい好きって思われてると思う?」
また難しい質問だなおい。 俺が葉月のことをどれくらい好きか、なら分かるけど……葉月が俺のことをどれくらい好きか、ときたか。
「そんなの分からないって。 てか、なんでまたいきなりそんなことを?」
「ん? だって、神宮さんの八乙女君に対する好き度が上がってるんだったら、今のアレも納得でしょ?」
「どうしてそうなる……」
まず好き度ってなんだ。 そんなパラメータがあったのか。 ……それ、見れたら良いな。 なんて思う俺である。
「だから、前までならある程度の恥ずかしさでも我慢できてた。 けど、今はそれが無理だからああやって隠れている。 そう考えれば納得じゃん?」
ふむ、なるほど。 そういう考えか。 確かにそうだとすれば、葉月が葉山に対して攻撃をしなかったのも納得が行く。 それをすることさえできないほどに、恥ずかしがっていたのだとしたら。
「そういう風に考えると……筋が通る感じだな。 けど、どのくらい好きって思われているとかは難しいって」
「まそうだよね。 なら、八乙女君はどのくらい好きなの?」
「めちゃくちゃ好きだけど」
即答する俺。
「へえ」
ニタニタ笑う葉山。
「……」
嵌めやがったなこの野郎ッ!! なんて酷いことをする奴なんだッ!!
「いやぁ、八乙女くんは本当に好きなんだね、葉月ちゃんのこと」
「……ああ、まぁな」
笑いながら言うのは天羽。 天羽とは色々あったけど、そう言うこいつはなんだか、とても晴れ晴れとした表情だ。
「そかそか」
天羽は言い、俺の肩を叩いて続ける。
「それなら、頑張らないと。 葉月ちゃんって結構抱え込んじゃうタイプだから、しっかりとね」
「おう。 分かってるよ」
俺と同じように、葉月にだって抱えている問題は恐らくある。 俺が目を逸らし続けてきたこと、棚上げにしてきた様々なことが、ここに来てゆっくりと崩れ始めている。 そんな予感は、なんとなくしている。
一番最初は、葉月が俺を川沿いへ呼び出したときだ。 学園祭の準備に追われていた俺にかかった呼び出し。 あのときは全く意味なんて分からない呼び出しだったけど。 今となれば、それも分かる。 そして俺はその問題を棚上げにした。
次に繋がるのは、葉月が学園祭のときに俺に言った言葉。 アニメを見ても楽しくないと言った、あの言葉だ。 どうして葉月は、そんなことを言ったのか。 そして、俺はそれすらも棚上げにしていた。
……そのタイミングで起きていたこと。 それは葉月の両親が帰ってきてたこと。 事情も状況も分からないけれど、それがもしかしたら切っ掛けだったのかもしれない。 俺が踏み込んでいたら、何かが変わったのかもしれない。 葉月の抱えているであろう問題に、もっと早く踏み込めていたのかもしれない。 けれど、俺は全部全部、棚上げにしていたんだ。 気付かない振りをして、気付かないように。
けど、もうそれも止めだ。 もう、距離を取っちゃいけない。 俺は俺がするべきことをするんだ。
その一歩目。 これはあくまでも俺の予想だが、葉月は両親に何かを言われたんじゃないだろうか? そしてそれを受けて、アニメを見るときに楽しく感じなくなった。 それが一番しっくりくるし、飲み込める。
問題は、どうすれば良いのかが分からないってことか。 俺が何かを言ったところでそれが劇的に変わるわけはない。 もしもそうなら、それほど楽なことはないんだけど。
万が一にでも、そんな劇的な方法を見つけるとするなら、葉月が直面している状態を知らなければならない。 俺が考えているのはあくまでも予想でしかなく、事実ではない。 これにもまた、切っ掛けが必要なんだ。
「うおっと! あれ? 電話?」
唐突に、天羽は持っていたスマホの画面を見て、首を傾げる。
「えええっと……どうすればいいのこれ?」
「使い方知らないのか。 通話っての押すだけだよ」
自分の物なんだから、使い方くらい覚えておけと思いながら俺は言う。 けど、天羽ってスマホだったっけ? 携帯変えたのか?
「なるほどなるほど……よいしょ」
「ちょ、それ神宮さんの!」
葉月の……うわマジだ!? そうか、さっき一緒にスマホを見ていて、それで葉月がそれを置いて布団に包まったから、ずっと天羽が持っていたのか!
「へ? えっと……つ、繋がってるんだけど!」
時既に遅し。 誰からかかかってきた電話を天羽は取ってしまう。
「と、とりあえずなんか言わないと……何でもいいから、天羽さん早く!」
パニクりながら言う葉山と、パニクりながらそれを耳に当てる天羽。 勿論俺もパニクっていて、何を言えば良いのか分からない状態。
「も、もしもし。 あの、えっと……」
「あ、いえ……葉月ちゃんは今、ちょっと席を外してまして……あたし? あたしは、天羽です。 お友達の」
テンパりまくっている天羽というのも結構珍しい。 まあ誰でもそうなるか、知らない相手といきなり電話をすることになったら。
「え? そうなんですか? ええ、はい……はぁ」
何やら、天羽が大分歯切れの悪い様子だ。 というかそもそも、誰からの電話なのだろう?
「いや、それは……えっと……わっ!」
「葉月?」
電話をしていた天羽の背後から、いつの間にか布団から出ていた葉月がスマホを奪い取る。 見た感じ……少し怒っている……のか? 滅多に怒らないだけあり分かりにくいけれど、きっとそうだ。
「……もしもし。 うん、私」
「そうじゃなくて。 うん……うん」
「……分かってる。 うん、ばいばい」
そして、葉月は通話を終える。 葉月がこうやって人と話すところは初めて見たかもしれない。 いつもの上からの態度とはまるで違い、なんとなくだけど……葉月がもう一人居るような、そんな錯覚を受けてしまう。
俺の目の前に居るのは、ただの年相応の……普通の、女の子にしか見えない。
「誰から?」
尋ねたのは葉山。 聞きにくいことでもずばずばと聞けるのはこいつの長所だよな。 考え方によっては、失礼だとも取れるけど。
「……」
聞いてきた葉山の顔を葉月はしばし見つめて、口を開く。
「……知らない人」
「なわけないでしょ! あんたは知らない人とどれだけ親しげに話すのよ!?」
葉山は一度机を叩き、続ける。 こんな状況でもいつものツッコミを忘れない辺り、同じツッコミ役としては見習いたい。
「どうせ親でしょ。 母親か父親か、どっちかは知らないけど」
親? 葉月の親か? 俺自身、数えるほどにしか会ったことはないが。
「……」
一瞬だけ、葉月は居心地が悪そうな顔をした。 それは本当に些細なものでしかなく、天羽も葉山も気付いた様子はない。 けれど、俺にはそれが伝わった。
「あーっと、悪い二人共。 俺と葉月、これから用事があるんだよ」
言いながら、俺は立ち上がって葉月の手を取る。 そしてそのまま勢いに任せて部屋を出ようとしたのだが。
「はいストーップ。 そんなの通じるわけがないでしょ。 タイミング的には不本意だし、八乙女君には立て続けで申し訳ないんだけど」
葉山は俺たちが出ようとしたドアの前で立ち塞がり、皮肉なことにもあの花宮のように笑って、こう言った。
「話し合い、しよっか」
俺は一体、いつになったら休めるのやら。




