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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺と○○の関係とは
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昔話【9】

「……とまぁ、こんな話だよ」


俺はコタツの中に入り、意外にも真剣に話を聞いていた三人に向けて言う。 葉山(はやま)は何か思考を巡らせているように、天羽(あもう)はうんうんと頷きながら、葉月(はづき)は無表情で。


「それで、裕哉(ゆうや)はどうするつもりなの」


これは本当に意外なことで、その長い昔話が終わって俺に向けて最初に口を開いたのは葉月だった。 いつの間にか体を起こしていた葉月は、俺の顔を真っ直ぐに見ながらそう言ったのだ。


「どうする……か。 俺は、あいつと話をしようと思ってるよ。 あいつだって当然、そのつもりで俺に話しかけて来たと思うから」


葉月との初デートの日。 あいつは俺に声をかけてきたんだ。 いきなり消えて、いきなり現れた花宮(はなみや)鏡花(きょうか)はあの日、程なくして帰っていった。 俺に一枚のメモを渡して。 そこに書いてあったのは「五日後にいつもの公園で」という簡素なもの。 時間も決まっていなければ、場所の指定も曖昧なもの。


でも、俺には分かった。 場所は勿論、俺と花宮が毎日のように会っていたあの公園だ。 そして時間は……まぁ、行けば居る。 その日に行けばあいつはきっと居る。


「そんなのはみんな分かってるわよ。 八乙女(やおとめ)君とどれだけ一緒に居たと思ってるの? 神宮(じんぐう)さんが聞きたいのは「何をどう話すか」ってことでしょ」


葉山のその言葉に、葉月は二回首を縦に振る。 その質問に対する俺の答えは……。 花宮風に言うならば、そのクエスチョンに対する俺のアンサーってところか。


「分からない。 話してみないと、あいつがどう思ってるのかも分からないしな」


「分からないって……あんたね」


半ば呆れたように、葉山は言う。 この反応は演技ではなく、素だな。 無理もない反応だけど、その冷め切った目は結構心にぐさっと来る物があるんだぞ。


「まぁまぁ、歌音(うたね)ちゃん落ち着いて。 八乙女くんがいつも何も考えていないのはあたしたちも分かってることじゃん?」


「お前酷いな」


葉山と仲良くしすぎて性格が移ったか。 だとしたらすぐに矯正してくれる施設を勧めてあげたい。 それに俺だって一応悩んだりするんだからな。 その頻度が他の奴に比べて極端に少ないだけだ。 具体的に言えば、他の人が百回悩む間に一回悩むかどうかくらいだ。


「けど、そうやって普段から何も考えてないから、たまーに来る一回がめんどくさ過ぎるのよね、八乙女君の場合は」


「……否定はしないよ」


その一回を延々と俺は引きずっている。 忘れてはいけないこと、考えなければいけないこと、悩まなければいけないこと。 そうやって今日まで持ち越して、持ち続けてしまったことだ。


「それでもさ、八乙女くんは話そうとしているんでしょ? 何を話さなきゃいけないのか分からなくても、話そうとしているんでしょ? それって、凄いことだと思うよ。 少なくともあたしは」


「大事なのはそうしようとする姿勢だ……ってことか? 天羽」


「ううん。 そうじゃなくて、そう思えることがって意味だよ」


どうだろう。 少なくとも、今日まで逃げ続けて居た俺としては、そんな風には思えない。 棚上げにした問題はいつか必ず落ちてくる。 それが今だったというだけで、それから目を逸らしていた俺にそう言って貰える権利はない。


「だってさー、それってまだ諦めてないってことじゃん。 でしょ?」


「……なのかな。 いやでも、諦めてないって言うよりかは、諦められないが正しい」


俺は言いながら、葉山が持ち込んできた和菓子を一つ口に運ぶ。 葉山の祖母が持たせてくれたらしいそれは、甘すぎもせず、丁度良い味だった。


「ああそれ一個五百円だから」


「金取るのかよ……」


それより反応早いな。 俺がいつ手を出すのか見張ってたのかもしや。


「ちなみに神宮さんは十個食べてるから五千円」


いつの間にそんな食べてたんだ。 さっきから和菓子の包装紙が俺の前に大量に置かれていると思ったらそれか。 自分で片付けろよ……。


「裕哉が払う」


「あはは。 そうだよねぇ、未来の旦那さんだもんね」


葉山がからかうように言った直後、コタツ内から鈍い音が聞こえてきた。 今の音はかかと落としだな。 しかしまぁ、よくも見えない位置に正確に攻撃ができるものだ。


「あいったぁ!! ちょっとなにすんのよこのチビッ!!」


「葉山の足がでかすぎてたまたま当たった」


「んだとコラッ!!」


「わはは! 始まった始まった! 二人ともファイト!」


……俺の話、真面目に聞いてたのかなこいつら。 なんでいつもの流れになっているんだ。


そしてそんな俺の考えを知ってか知らずか、葉月に葉山は飛びかかる。 見たところ華麗なヘッドロックを決めている場面である。 対する葉月は葉山の足に自らの足を絡ませ対抗。 なんでこいつらプロレスしてるんだよ。


それに、それになんだが……二人とも今日はスカートなので、目のやり場に困る。


「おお……ぉおお……なんかエロいね八乙女くんっ!」


「俺に振るんじゃねぇ!」


そしてその後。 数分続いたプロレスごっこは葉山の勝利で終わる。 華麗なる絞め技……それも首に対するそれで、葉月がギブアップしたのだ。


「……んん、よし。 はいそれで話戻すけど、八乙女君は行くんだよね? 話をしに」


葉山は乱れた服を直し、咳払いを一つしてからそう言った。 ほぼ葉山の所為で話が逸れたというか、プロレスが始まったと思うのだが、ツッコミを入れたら殺される。 やめておこう。


「ああ」


「あっそ。 なら」


葉山は葉月の方に一瞬顔を向けた後、再度俺の方に顔を戻し、言った。


「神宮さんが八乙女君に行って欲しくなくて、今日こうやって集まってるんだとしたら、どうするの?」


葉月が……? そんなことって、あるのか? そりゃなくはないかもしれないけれど、考えづらいことだよな。 だって、葉月は人の行動にあまり口を出す奴ではないし。


「私と天羽さんにも話を聞いてもらって、それで八乙女君を止める立場に回って欲しかった。 でしょ? 神宮さん」


葉山のその言葉に、葉月はしばし黙り込む。 そして、やがてゆっくりと口を開いた。


「……一番は、みんなにも聞いて欲しかった。 友達だから」


そういう聞いている側が恥ずかしくなるような台詞を平気で言ってしまうこいつは、ちょっと凄い。 それが葉月で、葉月だからか。


「でも、葉山が言ったようにそういう思いがあったのも本当」


騙すようなことをしてごめんと、葉月は続ける。 いつになく真剣に言う葉月を見て、葉月がどれだけ俺のことを考えてくれていたのかがなんとなくだけど、伝わってきた。


葉月はどういう想いで、今日の行動を取ろうと決めたんだろう。 俺のことを心配してそうしてくれたのか? だとしたら、ちょっと嬉しい。


「ま、そういうことね。 そんで八乙女君。 私と天羽さんは、実はもうどうするかは決めてあるんだ」


「わはは。 んだねぇ」


葉山と天羽は俺の顔を見て、こう言ったのだ。


「今回は神宮さんの味方に付こうって。 だから言うよ。 行くのはやめなさい、八乙女君」


「……俺は」


正直、葉山たちがこうやって俺のことを止めるのは予想外だった。 きっとこいつらなら、何も言わずに行ってこいと言うだろうと思っていたから。 しかし、今はこうして俺のことを止めようとしている。 それはきっと、葉月の存在が理由だよな。


「それでも行くって言ったら、どうするんだ?」


俺の言葉に真っ先に反応したのは葉山。 怒りとも取れる表情で立ち上がると、俺のことを見下ろしながら、語気を強めながら葉山は言う。


「別に意味もなく止めようとしてるわけじゃないわよ。 八乙女君のその話を聞く前だったら、普通に見送ってたと思う。 けど、今はその話を聞いちゃった。 だから私は、八乙女君が花宮さんと会っても良い結末になるとは思えない」


まあ、そうだろうな。 俺も全く同意見だ。 ハッピーエンドにはとてもなるとは思えない。 よくてバッドエンド、最悪はゲームオーバーってところだろうか。 でも、会わないわけにはいかないんだ。 それが俺がしたことの罪滅ぼしで、ケジメなんだから。


「葉月のことを気にかけてくれているのは分かったよ。 お前も天羽も、良い奴だしな」


「……うっさいわね。 良い? もしも行ったら私が八乙女君のことをぶっ飛ばす。 手加減無しで」


こいつの場合、それが冗談ではなく現実になるからな……。 でも駄目だ。 例えそうされたとしても、俺はあいつと話をしなければならない。


「行くよ、俺は」


「……ッ!」


俺の意思を聞き、葉山は身を乗り出す。 今すぐにでも殴りかかる勢いだ。 数秒後には殴られているだろうとそのとき俺は思ったのだが、その葉山を止めたのは天羽。


「はいはいストップストップ。 歌音ちゃんは落ち着いてって。 それに八乙女くんも、もうちょっと歌音ちゃんの性格理解してあげてよ」


「俺は、一応は分かってるつもりだけど」


そう言う俺に対し、天羽は笑って返す。


「いや全然分かってないよ。 だって、歌音ちゃんが心配してるのは葉月ちゃんだけじゃなくて、八乙女くんもなんだからさ」


俺も? 葉山が? だから、こんなに怒っているのか?


「歌音ちゃんは歌音ちゃんなりに、八乙女くんのことも同じくらい心配してるんだよ。 だからさ、そういう気持ちにもしっかり気付いてあげないと」


元気良くではなく、諭すように笑いながら、天羽は言う。 その笑顔は花宮のそれとは全く違うものだ。


「でしょ? 歌音ちゃん」


「……私は別に」


葉山はさぞ不機嫌そうな顔を作りながら、顔を俺たちから逸らす。 その横顔は若干赤くなっていた気もしたけれど、葉山のためにそれは言わない方が良いだろう。


しかし、そうだとしても。 いくら葉山や天羽が俺のことも心配してくれていたとしても。 こればっかりは……。


「それでもって顔ね。 けれど、いくら八乙女君が行くって言っても私は止めるから」


このままでは埒が明かない。 俺はそう思っていたし、葉山も天羽もそう思っていたはずだ。 そしてここで口を開いたのは、葉月。


「それなら、私も付いていく」


「へ? 葉月が?」


俺の顔を見ながら、葉月は無表情で。 でもそこには何か大きな想いのようなものが詰まっていて。 こいつはこいつで、もしかしたら考えがあるのかもしれない。


「わはは。 だってさ、歌音ちゃん。 どうする?」


「……神宮さんがそれで良いなら、私に文句が言えるわけないでしょ」


「いやちょっと待てよ。 俺はそんなのは」


あいつと葉月は、あまり会わせたくはない。 人に悪意だけしか向けない花宮と、人の顔を見れば気持ちを察することができる葉月。 きっと相性は最悪だ。 俺や他の奴には善意とも思えるあいつの行動が、葉月には違って見える。 全てが悪意で全てが偽り。 俺は嫌なんだ。 人の悪意を見続けて、高校に入って部活を作って、ようやく落ち着ける場所を見つけた葉月が、その塊のような奴と接触するのが……嫌なんだ。


「裕哉、お願い」


葉月は言い、俺に頭を下げる。


常に俺に対して、あまり低姿勢とは言えない態度を取っている葉月が頭を下げたのだ。


「やーおとめくん。 お願いだって、葉月ちゃん」


「私、彼女の頼みごとを無碍にする彼氏は嫌いだなぁ」


「勝手なこと言うなって……」


人の気持ちを知らずに良く言うよ。 俺が葉月を大切にしたいという気持ちは、今となっては人に唯一自慢できるものなんだ。 この気持ちだけは絶対に、誰にも負けないと思える。 だから。


「……分かったよ。 俺の負け」


だから俺は、その葉月の頼みごとを聞く。 こいつの気持ちを大切にするために。


もしも悪意が向けられたのなら、守れば良い。 彼女の一人守れなくて、何が彼氏だ。


「葉月」


俺が名前を呼ぶと、葉月はようやく顔をあげる。 真っ直ぐ俺の顔を見る瞳からは、迷いは全く感じられない。


「俺は葉月とはさ、頼んだり頼まれたりって関係にはしたくないんだ。 だから」


「葉月、命令だ。 俺と一緒に来てくれ」


いつも言われるように、何度も言われてきたように、俺は葉月に向けて言う。 今まで散々従ってきたんだ。 このくらいの()()()()は許してくれよ?


そして、葉月は俺にそう言われた一瞬、笑った。 しかし、それもすぐに消えて無表情に戻っている。 気の所為だったのかもしれないし、そうではなかったかもしれない。


だけども、葉月はこう言ったんだ。


「了解。 裕哉にそう言われたら、仕方ない。 付いて行ってあげる」


こうして、俺は葉月と共に、花宮との話し合いをすることになったのだ。

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