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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺と○○の関係とは
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昔話【6】

裕哉(ゆうや)、大丈夫か?」


昼休み、毎日の恒例行事として俺の席へとやって来るのは蒼汰(そうた)。 前の一件で頭を叩かれたのを反省していないのか、適当にあった近くの席へと腰をかけている。


「ん、ああ。 別に大丈夫だよ」


「なら良いんだけどよ。 お前ってほんと、そこまで馬鹿だったとはなぁ」


クラス内では現状、俺と花宮(はなみや)は避けられつつある。 それは無論、もしも関われば自分がターゲットになるのかもしれないという思いからだろう。 その点で言えば、蒼汰はこうやってなんの考えもなしに話しかけてくるから素直に尊敬だ。 もしかしたらただの馬鹿なだけかもしれないけど。


「俺だって自分でも意外だって。 関わらなかった方が絶対良かったんだろうけどさ」


助ける必要はなかった。 手を差し伸ばす必要もなかった。 本人がそれを必要としていなくて……あいつはきっと、一人でも問題なく生きていける奴なんだ。 だから俺のしていることなんてのは、結局無駄なことなんだろう。


桜夜は「いつかその有り難みが分かる」という言い方をしていたが、それは果たしてどうだろうか。 他の奴、例えば桜夜とかなら分かるかもしれない。 でも、花宮に関しても同じことは言えるのかな。


「ねーねー裕哉くん、ちょっとシャーペン貸してくれない?」


「うわ! びっくりした……花宮かよ」


「うん花宮だよ」


そして、一旦関わりを見られたからには仕方ないということになり、花宮とは教室でも普通に話す仲となっている。


「で、なに? シャーペン」


俺が花宮に聞いている間にも、蒼汰は自分の席へと戻る。 さすがにあの馬鹿も俺と花宮のダブルと一緒に居たらマズイと思ったのだろう。 それに関しては薄情だとは思わないし、むしろ蒼汰まで巻き込まれたらと考えると、そうしてくれた方が俺にとってもありがたい。 もしかしたらあいつも、俺のそんな気持ちを汲み取ってくれたのかもしれない。 それを本人に聞くほど、無粋なことはしないけどな。


「うんそう。 ほら、見てこれ」


言いながら、笑いながら花宮が俺に見せたのは、無惨にも折れたシャーペン。 花宮らしいシンプルなシャーペンだ。


「うわ酷いな……。 はいよ」


「ふふ。 助かるよー。こういう直接的じゃない嫌がらせだと、ほんと面倒だよねー」


花宮が言っている「面倒」とは、恐らく仕返しができないことに対してだ。 犯人が分からない以上、やり返しのしようがないことに対してだ。


「まだそんなこと言ってるのかよ。 てか、もし犯人が分かったらどうするつもりだ?」


尋ねる俺に、花宮は即答。


「決まってるじゃん。 わたしが受けた嫌がらせをそのまま返すんだ。 と言ってもそのままじゃつまらないし、すこーしプラスしてだけどね」


こいつの場合、その「プラス」というのが恐ろしいからなぁ。 まぁ、犯人が割れる前にこの問題はどうにかしないとならないだろう。 勿論、犯人……犯人達に対しては情けをかける必要もないと思う。 それほどのことをしているのだから、それ相応の報いを受けるのは当たり前だ。 でも、花宮の場合はそれが少しやり過ぎなんだ。


「あーそれとさ、夏休みはどうするの? 裕哉くんのお勉強、わたしはどうせ暇だから会っても良いけど」


「お、本当か。 それなら頼む。 俺もなんか面白そうな話を用意しておくから」


「ふふ、オーケーオーケー」


そして、俺たちは夏休みを迎える。 俺はまぁ、前回のテストの成績がすこぶる悪かったため、一週間ほどの補習となってしまったが。


このときは何も気付いていなかった。 ゆっくり解決していけば良いと思っていた物事は既に大分進んでいて、既に手遅れだったことに。 それにはきっと、俺もあの花宮ですら、気付いていなかったんだ。




「いやぁ、補習って一回は受けてみたいなぁ」


「嫌味たっぷりだなお前」


とは言っても、補習も残すところ一日のみ。 幸いにも点数が悪かったテストが数学を含めて三つほどだったので、蒼汰よりは幾分かマシだ。 あいつの場合、全教科をコンプリートする勢いだからな。


「取り柄ですから。 ふふ」


桜夜と同じようなことを言う奴だな……。 俺が苦手なわけだ。


「嫌な取り柄だな。 てか補習が終わってすぐに勉強ってのもなんだかなぁ」


「お、挫折かな?」


にこりと微笑み、花宮は言う。 楽しそうな笑顔だ。


「そういうのじゃないって。 ただ、息抜き的な物も欲しいなって話」


「良いじゃん別に。 人生そのものが息抜きでしょ? 裕哉くんの場合」


「もっとオブラートに言えよそういうのは!!」


なんだろう。 花宮も結構酷いことを言う奴だけど、この先、高校生くらいのときにもっと酷い奴に出会う気がする……。 気の所為だと良いけど。


「んー、じゃあもう仕方ないなぁ。 そんな裕哉くんに配慮して、少し雑談でもしようか」


「雑談?」


「うん雑談。 雑に談話で雑談だよ」


いやそれは分かるけども。 俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな。


「なんの雑談をするかというクエスチョンだね。 簡単な話さ、わたしの質問に答えて欲しいんだ」


相変わらず、俺の考えを読んだかのような先回りだな……。


「了解。 そんくらいなら良いよ」


そう返す俺の顔を見て上品に花宮は笑い、その質問とやらを始めた。


「まず、裕哉くんはわたしをどうして助けようと思ったの?」


それにはしっかりと理由がある。 だから答えには悩まない。


「間違っていることだからだよ。 嫌な思いをしている奴を見過ごしたくはない」


「オーケー。 まぁそう言うだろうと思ったよ。 だから次のクエスチョン」


そして、花宮は言う。


「どうして裕哉くんは自分も巻き込まれるという、ある意味で最悪な方法を選んだの? 助けるって言っても、他に方法があったでしょ?」


それは。 その質問に、俺は一瞬悩む。 けど、真っ直ぐに俺を見る花宮に黙っていることはできない。


「それは……お前だけが痛みを知るのは、平等じゃないと思ったんだ」


「へ? え? あは。 あはは! なんだよそれ! ははっ! アハハハハハハ!!」


花宮は笑う。 楽しそうに嬉しそうに。


「ひっ……ひぃ……。 ん、んんん。 ごめんごめん。 裕哉くんがまさか、そんな馬鹿みたいな理由で動いているなんて思いもしなくて。 いやぁ、裕哉くんはほんっと、面白いなぁ」


失礼な奴だな。 何もそこまで笑わなくたって良いじゃないか。


「あー面白い。 んじゃ、次の質問ね」


指を一本立てて、花宮は表情を笑顔のまま、口を開く。


「それをすることで、被害を受けるのは誰だと思う?」


「は?」


そんなの、決まっているし分かっているじゃないか。 勿論それで被害を被るのは俺と花宮で……。 でも、花宮がわざわざこういう言い方をするってことは、何か違う意味が含まれているような気がする。


「あーあ。 やっぱり分かっていないか。 まぁ人が大好きな裕哉くんには、思い至らない発想だろうし仕方ない。 それとも考えないようにしているだけか……あぁ、これはどっちでも良いことだったね」


「花宮? お前、何を言っているんだ?」


花宮の思考は分からない。 こいつはきっと、俺が想像する以上に頭が良いのだ。 だからどうしても、馬鹿な俺は馬鹿正直に聞くしかない。


「裕哉くん。 わたしが言った悪意、覚えているかな?」


それは、出会ってすぐにした会話だ。 あのときのことは、今でも鮮明に覚えている。


「努力をした奴が向けられる物、だったよな?」


「イエス。 そしてその悪意は、既にわたしと、その仲間である裕哉くんにも向けられている。 分かる?」


それは、分かっているつもりだ。 周りの奴から見たら、俺は花宮と唯一仲良くしている奴なのだから。


「ああ、それは分かるよ。 けど、結局何が言いたいんだよ?」


答えを急ぐ俺に対し、花宮は指を振ってそれに対抗。 焦るなと言わんばかりに。


「順を追って考えよう。 まず、その悪意。 分かりやすく例えると感染病……ウィルスみたいなものだ。 広がり、蔓延し、伝染する。 その悪意にかかったわたしに近づいて来た裕哉くんにそれが移ったようにね」


ウィルス……。 なるほど、確かにそういう考えもできるのか。


「そして」


花宮はニヤリと笑って、こう言った。


「普通のウィルスと違うのは、意思を持ったウィルスってことだよ」


「……意思を持った?」


「そう。 そのウィルスにかかる人間を選べる病気さ。 今回で言えば、田野村(たのむら)さんがわたしに向けたウィルスだね」


花宮は続ける。 今度はニヤリとした表情を崩すことなく。


「問題はそこさ。 意思を持ったウィルスは人を選べる。 裕哉くんが感染してしまったように」


「まぁ、そうだな。 悪意は明らかに俺にも向けられているし」


まだ大きな被害は受けていないが、小さな嫌がらせはちょくちょく起きている。 それがつまり、悪意を向けられているということだろう。


「そこでクエスチョン。 その悪意は、そこでとどまると思う?」


「……それって」


嫌な予感がした。 正体不明の悪寒。 何やら、話の雲行きが怪しい。


「アンサーはノー。 そこでとどまるわけがない。 裕哉くん、例えばの話をしようか。 裕哉くんの大切な家族が何者かに殺されたとしよう。 そして、裕哉くんはその犯人を知っている。 そんなとき、裕哉くんがウィルスに感染させられる能力を持っていたらどうする?」


「……使う、かな。 俺は確かに人が好きだけど、好きかも知れないけど、家族を傷付けられるのは嫌だ」


「ベストアンサーだね。 それが普通で、それが当たり前だ。 だからここで一つ補足をしよう」


花宮はニヤリとした笑みを消し、上品に笑う。 その違いは些細なものだったけど、俺には全然違った表情に見えていた。


「その犯人と仲良くしている人がいたら、裕哉くんはどうする? 友達でもその犯人の家族でも良いよ。 犯人が仲良くしている人物を思い浮かべてくれればそれで良い」


犯人の友人やら、家族やら。 もしも親友がいて、もしも子供がいて、もしも母親がいて、もしも恋人がいて。 そう考えて、結論を出す。


「その人は……関係ないだろ。 犯人はどうしようもない奴かも知れないけど、共犯とかそういうのじゃなかったら、その人自身には俺は何もしないよ」


「あは。 そう言うと思った。 そこが違いだね、裕哉くんと他の人達との」


どういう意味だ? てか、こんな話が一体何に繋がるんだ?


「他の人はね、その人にもウィルスを向けるんだよ。 今回の状況で言えばそうだねぇ。 差し詰め、裕哉くんがとても仲良くしている人。 誰か分かるかな?」


俺が、仲良くしている人。 花宮……は違うよな。 こいつにはもう既に、その悪意が向けられているのだから。


だったら蒼汰か? ああいや、違う。 別に俺は蒼汰とだけ特別仲が良いというわけではない。


だとしたら、残る人物は……俺が特別、仲良くしている奴は。


「……桜夜(さよ)?」


「正解! いやぁ見事な答えだよ。 クイズ番組なら大盛り上がり間違いなしだね」


嬉しそうに喜ぶ花宮に対して、不思議と怒りは浮かばなかった。 それは俺が花宮鏡花(きょうか)という奴がどんな奴なのかを知っているからか、それとも他の何かをしなければならないと思っているからか。


「そんな……だって、桜夜は関係ないだろ? あいつは、お前とは繋がりがないし……それに、ただ俺の妹ってだけで」


言って、気付く。


そうだ。 それだけなんだ。 むしろ、それだけで充分なのだ。


「気付いたかな? 裕哉くん。 悪意ってのはつまり、そういうものなんだよ」


笑う花宮に別れの挨拶もせず、俺は気付けば背中を向けて走り出していた。

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