活動開始!
「部室?」
「そ。 いくら部活を作ったって言っても、部室を確保しないと何も出来ないでしょ? だから、とりあえず昨日の昼休み先生たちに聞いてみたんだけど」
「へぇええ……。 お前って案外真面目なんだな。 てっきり、どっか違う部活から部屋を脅し取ったりするのかと思った」
「あはは。 八乙女君、死にたいの? ねえねえ」
言いながら俺の頭をペチペチと葉山は叩く。 笑顔と行動とその性格が相まって、物凄い威圧感だ。
「……いやすいませんでした」
部活が設立されてから早くも数日が経過。 内容的には面白い物を纏めて記事にして、学園祭やら体育祭のように、イベントの時に新聞を発行することで了承は得られた。 部名は葉月が決めた「面白研究部」である。 何でも、非常につまらない毎日をぐだぐだ無駄に消化して、食っては寝て食っては寝てを繰り返している裕哉の為に付けた名前。 とのことらしい。 マジでそう言われた時は殴ろうかと思った。
だが、そんな風に思い付きと勢いで作った所為で未だに部室は無し。 下手をしたら俺か葉月か葉山の家で活動をすることになるのだが……。
「それは却下。 だって、私の家遠いもん。 面倒臭いから嫌でーす」
と葉山に言われてしまったのである。
そして今。 最近ではこの校舎裏のベンチで一緒に昼飯を食べるのは、葉月と葉山と俺。 三人で並んで食べることが多い。
葉山に他の奴と食べないのか? と聞いたことがあるが、その時葉山は「まだ部室も決めてないのに、空いてる時間で話さないでどうするのよ」とのことだった。 真面目か。
まぁ、とにかく今、俺達に課せられた新たな課題は部室の確保。 それが出来なければ、満足に活動も出来ないと来たもので。 一難去って一難とは良く言うけれど、これほどこの言葉の重みを実感させられたことは今まで無い。
その一難である今回の部室捜し。 本来ならば教師たちが見つけてくれるのだろうが……生憎時期が悪く、そんな親身になってくれる教師はいない。 顧問は一応、副担任である宮沢美希だけど……あの人に任せたら、本当に厄介な事になりそうだからな。 自分達でどうにかしないといけないのだ。
「裕哉、葉山」
「ん? 何だ?」
いつもの焼きそばパンを食べ終えて、俺は包装袋をまとめながら返事をする。 一方葉山は顔だけを葉月の方へと向けていた。
「見て。 夏スタートのアニメ一覧」
「……で、葉山。 部室のことなんだけどさ」
「うん。 今は一応、空き教室が無いか探してる段階。 なんか、柔道とかやる建物あるじゃん。 えっと、なんだっけ」
「あーっと、精進館?」
精進と書いて精進と読むらしい。 この場合の精進は精一杯進む。 で、それをしながら精神も同様に鍛えて行こうとの意味があると聞いたことがある。 まぁ、その名前の由来なんて物は今はどうでもいいか。
「そうそう。 そこの二階に、空いてる教室があるとか聞いたかな。 まーでも、柔道部とか剣道部も一緒みたいだけどね。 うるさいし汗臭そうだし私は嫌」
「で、後はあの建物」
言って、葉山は真後ろを指さす。 そこにあるのは、俺達の教室からも見える綺麗な建物。
「あれって……そういえばあれって何の建物だ? 一回も行ったこと無いけど」
てっきり何かの移動教室で使う物だと最初は思っていたけど、今に至るまで一度も行ったこと無いよな。 そういえば。
ちなみに葉月は、先ほどから俺と葉山の袖を引っ張っている。 それを俺と葉山は無視。
「あれはね、呪われた建物って言われてるんだよ」
「……呪われた? 何でまた」
「実は、結構昔の話なんだけど……十年前に一人、この高校にどうしても入学したかった女の子が居たの。 髪が真っ黒で、腰までのストレート。 で、顔はまぁそれなりに可愛くて。 だけど、その子は残念ながら落ちちゃったんだ。 入学試験に」
「で、悔しくて悔しくて、あそこの建物から飛び降り自殺。 以来、あの建物にはその女の子の幽霊が出るってウワサ。 名前はなんだっけかな。 えっと、確か神宮……」
「いやいい。 お前が何て言うか予想が付いた」
「あそう? なら良いけど」
名前はともかくとして、その話が本当だとしたら。
「でも、あそこで飛び降り自殺ねぇ……あの建物って結構新しい風に見えるけど、意外と前に作られてたんだな」
「そんなことないよ? 作られたの去年だし」
「おい」
どれだけ適当な怪談話だったんだよ今の! そうもあっさりとネタばらしをするな。 せめて、もう少しで良いから焦らしておけ。
「ま、ただ単に使われてないってだけ。 今使っている校舎が古くなってきたから、徐々にあっちの校舎を使うようにしようって話。 だから、一番有力な部室はあの校舎かなぁ、やっぱり」
「へえ、なるほど。 てか、すごい情報量だな。 軽く感心したぞ、今」
「内緒の情報なんだけど、先生に「お願いしまぁす」って言ったら教えてくれちゃった。 バカだよね、あいつら」
悪そうに笑う葉山。 いつも皆に向けている笑顔とは正反対だ。
「……やっぱ性格悪いな。 痛い目に遭っても」
「あはは! 元からの性格なんて簡単に変わるわけないでしょ。 八乙女君だって、神宮さんだって相変わらずだし? ていうかさっきからあんたは引っ張るな!! 袖伸びるでしょ!!」
ついにキレた。 俺はいつキレるか若干楽しみに待っていたんだけど、持って五分だったか。
「話、聞いて」
「アニメの話なんてどうでも良いっての! 私はそんなのに興味無いんだから、八乙女君に話せば良いでしょ!?」
葉月のアニメ趣味は、葉月が全く隠そうとしない所為で葉山にはバレている。 というか、葉月は葉山までも一緒に見ようと誘ったりしている。
「違う。 葉山が好きそうなアニメもある」
「はぁ? 私が好きそうなって……どれ?」
で、案外こいつも一緒に見ているんだよな。 昼休みの空いた時間とか、放課後の時間で葉月のスマホを使って。 ちなみにその間、俺は待たされている。 何をするわけでもなく、ただ待たされている。 帰っても良いんじゃないかと思う。
「これ」
「えっと、何々? 妖怪大変化、優等生が頭を打って最悪な性格になっちゃった。 へえ、結構面白そうじゃん! ってなんでよ!? あんた絶対私に喧嘩売ってるでしょ!?」
ノリが良いな。 見ていて随分面白い奴だ、こいつもまた。
「八乙女君! この子ひょっとして私より性格悪くない!?」
「……うーん、どっちもどっちだろ」
俺はこの答えが限りなく正解に近いと思っていたのだが、どうやら二人はその答えに納得出来なかったらしく、見事に左足と右足の脛を同時に攻撃される。 そろそろ脛ばっかりを攻撃されている所為で、足の形がおかしくなってしまいそうだ。
「っいってえ! 少しは手加減しろよ……」
「裕哉が悪い」
「私も同意~。 あ、神宮さんちょっとそれ見せて」
葉山は言って、葉月のスマホを受け取る。 画面には、先ほど葉月が言っていた夏スタートアニメの一覧。
「ほら、これこれ! 神宮さんが好きそうな奴!」
「お前、葉月の趣味とか分かるのか? どれ」
……。
こいつは酷い。 もうお前ら一生二人でそうして争っておけ。
「ほら! 神宮さんも見て! ここ!」
「……見せて」
葉月は葉山の横から、画面を覗き込む。 葉山が指差すアニメ、そのタイトルはこうだ。
「夏の怪談。 腰までの黒髪を振るう幽霊人形」
葉月がそれを読み上げると、すぐさま葉山は嬉しそうに言う。
「ね!? 神宮さんが好きそう!」
本当に嬉しそうだなぁ、葉山の奴。 やられっぱなしじゃ嫌な性格なのだろう。
「葉山」
「ん? どしたの? 楽しみ? やっぱそうだよね! あはは! 私良い事しちゃった? やっぱ良い事すると気分良いなぁ!」
「死ね」
「……げほっ! いったぁあ! ちょっといきなり暴力とか意味分からないんだけど!?」
葉月の淡々とした攻撃、避けれないと結構マジで痛いからな。 俺も何度食らったことか。
今回のは簡単な鳩尾攻撃だが、酷い時は喉元を狙ってきたりもするから気を付けた方が良い。 葉月の攻撃には段階があって、自分がどれだけ嫌だったか、又は恥ずかしかったかで攻撃のレベルが変わってくるんだ。
ちなみに今のは第二段階ってところかな。 第一段階は葉月が良く使う脛蹴りである。
「葉山が悪い。 ね、裕哉」
「俺は知らん」
「はぁ!? どう考えても先に手上げたほうが悪いでしょ! 八乙女君!」
「俺は知らん!」
「手下の分際で逆らうな」
「何それ? アニメの台詞? でもどっちかって言ったら神宮さんの方が手下だよね。 だって、私部長だしぃ」
「表向きはそう。 でも本当はただの駒」
「どっちがよ! 八乙女君、この黒髪人形ちゃんと躾けておきなさいよ!」
「俺は知らん!!」
「裕哉、この性格ブスの性格直して」
「だから俺は知らん!! 俺に一々振るのを止めてくれ!!」
「性格ブスってどっちが!? もしかしてそれ自虐ネタ? あはは! そっかそっかあ!」
気付いたらいつもこんな感じ。 喧嘩する程仲が良いとは誰が考えやがったんだ。 明らかに二人共敵意剥き出しで、最初の方こそ俺も止めてはいたが……約半日でそれは無駄だと気付き、もうこうなった場合はほとぼりが冷めるまで放置しておくことにしている。
「裕哉、やっぱ葉山クビにしよう」
「私が部長だから神宮さんがクビだっての! 副部長の分際でッ!!」
「……最悪だ、何で俺はこんな奴らと一緒に居るんだ」
結局、昼休みの半分はずっと喧嘩をしている二人であった。
「ん? 新校舎の教室使いたい?」
「はい。 神宮さんと八乙女君と部活を作ったんですけど、部室が無くて……どうにかなりませんか? 大藤先生」
その後、俺達三人は職員室に居る大藤共治の元を訪ね、交渉を始めた。 宮沢先生の方に言っても良かったんだけど、ついでで厄介な事を押し付けられてもそれはそれで面倒だから。
そしてその交渉を主に進めるのは葉山。 こういう場合、一番上手く物事を進められるのがこいつだ。 葉月じゃまともに話せないだろうし、最悪な場合「命令」とか言い出し兼ねない。 さっきも葉山にその「命令」をして、ここに来るまでの間もああだこうだやっていたしな。
「んー、別に良いんじゃね? 勝手に使っても」
「いやそれはマズイでしょ……。 ほんと適当ですね、先生」
「まあな! でもそっちの方が生徒受けは良いんだぞ? 八乙女」
「生徒受けなんてどうでも良いんで、頼むから真面目に教師やってください」
「きっついひと言だなぁ、なあ、葉山はどう思う?」
「私は良い先生だと思いますよ。 いつも生徒のことを考えてくれている、立派な先生だと思います」
良くもまぁ、心にも無いことがすらすらと言えるな。
「ははは! そうかそうか! んじゃあ、そんな葉山の為に少し頑張るかな俺も!」
「あはは。 大藤先生がお力添えして頂くなら、何でもしますよ! 私達!」
勝手なことを言ってくれる。 とんでもないことを押し付けられたらどうするつもりだ? 葉山め。
……その場合、多分こいつは真っ先に逃げそうだな。
「本当かぁ? あ、じゃあさ、あれやってくれよ」
「アレ?」
葉山が問うと、大藤はすぐさま口を開く。
「うん、あれ。 実はさ、俺すっかり忘れてたんだけど、夏休みが終わってすぐに学園祭があるだろ? で、その学園祭が終わった後に修学旅行があるんだよ」
「修学旅行? 一年生で?」
疑問に思った俺が聞くと、またしても大藤はすぐに口を開く。
「あれ? 違ったかもしれない。 えっと、なんだっけ。 修学旅行じゃない奴。 名前ど忘れしたな」
「体験学習? のことですか?」
「ああそれそれ! それがあるんだよ!」
本当に心配になってくるな。 後になってから「実は無かった」とか笑いながら言いそうだ。
「確か二泊三日でな。 良いよなぁ、俺もお前らの歳に戻りたいもんだ……羨ましい」
「でも、先生って結構若いですよね」
「そう見えるか八乙女! お前さっきは駄目な奴だと思ったけど良い奴だなぁ! 今度何か奢ってやる!」
「期待しないで待っておきます」
絶対、明日には忘れてるよな、この人。 というか生徒に向かって正面から「駄目な奴」とか言うなよ。 録音して教育委員会に訴えるぞ。
「で、大藤先生。 それで私達に頼みたいことっていうのは?」
若干逸れていた話を葉山が戻し、大藤もそれに気付いて、話を元に戻す。
「ああ、そうだったそうだった。 その話だったな。 で、お前らに頼みたいことなんだけど」
「実はさ、その行き先を決めて欲しいんだよ。 難しい話じゃないだろ?」
そんなのを勝手に俺達で決めて良い物なのか? まぁ、確かに大藤の言うように難しい話では無いけど。
「行き先。 私はあそこがいい」
「あそこ? あそこってどこだ? 葉月」
「裕哉の部屋」
「却下だ!」
俺のあの小さな部屋に何百人って集まってどうするんだよ。 絶対に入りきらないし、まずそこで何を学ぶっていうんだ。 壁に穴を開ける方法か? 壁に穴を開ける方法なのか?
少し想像してみたけど、絶対にやめて欲しい。
「私は沖縄かなぁ~。 暖かいし、海あるし、食べ物美味しいらしいし、やっぱ旅行って言ったら沖縄でしょ!」
「旅行じゃないからな、葉山」
「チッ。 まぁでも、別に寒くないところならどこでも良いかな。 八乙女君はどこが良いの?」
「俺? 俺は……あ! 温泉行きたいな! 箱根とか!」
「おっさんくさ」
うるさい。 疲れが取れるから良いんだよ、温泉って。 こいつらと居るとどんどん疲れが蓄積されるしさ。 家の小さな湯船じゃ間に合わないんだ。
「盛り上がってるところ悪いが、お前らだけで決めるわけじゃないぞ。 アンケートだし」
「アンケート? えっと、生徒全員から?」
まー、それもそうか。 そうやって希望のところを募って、学習面とか行きやすさとか、そういうのを含めて先生方で決めるのだろう。
「そうそう。 で、俺のクラスだけまだ終わってないって昨日美希ちゃんに言われちゃってさー。 別に良いじゃんな、そんなの勝手に決めちゃえば」
「……一応聞いておきますけど、そのアンケートって締め切りいつまでなんですか?」
「ん? 四月末だったかな。 すっかり忘れてたんだよ。 あっはっは!」
「ありえないありえないありえない。 ありえない! あいつとっとと辞めれば良いのに!!」
「それには同意だけど、そう怒るなよ……葉山」
「だってありえないでしょ! 四月のアンケートを今やらせるって! 今何月が分かってるの!? 八乙女君!!」
「六月だな」
「そう六月!! ああもう……だらし無さすぎてムカついてきた」
葉山は本当に我慢ならないといった感じで、先ほどから手をわなわなさせている。 悪い性格の癖に、変に真面目な部分がある奴だ。
「葉山、私は北海道が良い」
「絶対嫌。 神宮さんの希望通りのところってのも嫌だし、何より私が寒いの嫌いだから嫌。 沖縄にする」
そんな話をしながら、教室の前へ。 昼休み明け一発目は大藤が受け持つ英語であるが、その時間を十分ほど頂いてアンケートを取ることになっている。 多分あの人は、ただ授業をするのが面倒なだけかもしれないが。
「よし。 じゃあさっさと話纏めちゃいましょ。 神宮さんも八乙女君も横で見ているだけで良いから」
ま、こいつに任せて置けば大丈夫か。 一応クラス内での人気は確実にダントツだし、皆も素直に言うことを聞くだろうしな。 こんな時、葉山の存在はありがたい。
「皆ー! ちょっといいー?」
葉山は言いながら教室へと入る。 ちなみに、大藤は「一服してから行くわ」とのこと。 早くクビになってしまえ。
「なになに? 歌音ちゃんどうしたの?」
「おい! お前ら静かにしろよ! 葉山さんの演説だぞ!」
など、教室内は一気に騒がしくなる。 それを見て本当に人気がある奴なんだなぁと再認識させられて、その裏の性格を知っている俺からしたら、恐ろしい以外に感想は無いけど。
「あはは。 実はね、体験学習の行き先でアンケートを取るんだって。 本当だったら、四月の終わりには集めて無いと駄目だったんだけど……」
「どうせあの大藤の所為でしょー? まーた適当なことやってさー」
「そうだけど、あまり悪く言わないであげて。 大藤先生も忙しいんだから」
「やっぱ葉山さんは天使だなぁ! 大藤まで庇うなんて!!」
……こいつらが葉山の本性を知ったら一体どんな反応をするんだろう? それには少し興味がある。
「それで、今から紙を回すのでアンケートを取りまーす! ちなみに、私は沖縄が良いな~」
「おい」
「……何よ? ただ、私がなんて答えるか教えてあげただけでしょ。 文句ある?」
「もっと平等にやれよ、平等に……お前がそう言ったら皆沖縄にするだろ」
「チッ。 はいはい、分かったわよ。 ったく」
油断も隙も無いな。 どれだけ沖縄に行きたいんだこいつ。
「えーっと、でもやっぱり北海道も良いかな? とか思ったり思わなかったり。 皆はどっちが良いの?」
「んー、いきなり言われてもなぁ」
「……どうせなら海外とか?」
「お、良いねそれ! ハワイ行きてえ!」
「あたしはヨーロッパがいいなぁ」
話はどんどん広がっていく。 放っておいたら宇宙旅行になりそうだ。 高校生の思考回路は恐ろしい。
「はいはい! 国内だから!」
「って言っても、いっぱいあるし難しいよな。 どうせなら葉山さんが絞ってくれないか? それで皆が選ぶって感じで」
「うーん……。 じゃ、そうしよっか」
そして、葉山は黒板にでかでかと書く。 前に自分の名前と葉月の名前を書いていた時は筆跡を作っていたようで、今回のは恐らく普段の葉山の字なのだろう。 しっかりとしているけど、どこか女子っぽい丸文字。 そんな字体だった。
「はい! この二つね!」
一つは自分が推している沖縄。 もう片方は葉月が推している北海道。 確かに平等だが……葉山のことだ、何かしらの作戦があるはず。
「それじゃあ……沖縄が良い人! はいはい!」
そう来たか! 先に沖縄を言って、自分が手を上げる戦法か!! 全っ然! 平等じゃねえ! やっぱこいつ性格最悪だよ!
「はい! ほらお前らも手上げろよ!」
とまあ、こんな感じで話はどんどん纏まって行く。 気付いた時には、クラスの全員が沖縄と回答していた。
「あはは。 沖縄多くて嬉しいなぁ。 それじゃ、一応……北海道が良い人?」
「はい! はい!」
俺の横で懸命に手を上げる奴がいた。 こいつもこいつでどこまで北海道が良いんだ。 ぴょこぴょこと飛び跳ねながら手を上げている姿はなんとも健気で涙が出てくる。
「えーっと、神宮さんだけかな?」
「……はぁ。 はいはい、俺も北海道が良い」
「それじゃあ北海道は神宮さんと八乙女君で、他の人は沖縄ね。 私が書いて先生に出しておくから」
こうして、クラスのほぼ全員は葉山の作戦通りの行動を取ったわけだ。 まぁ、そうは言ってもこのクラスだけで結果が決まるわけでは無いし、他のクラスで北海道という意見が多ければ北海道にもなるだろうさ。
「はい、先生終わりました」
「おおー。 ご苦労だったな、葉山。 それじゃあ部室の件、約束だし何とかしておく。 俺は約束はしっかり守る男だしな」
「いえいえ。 本当にありがとうございます。 先生も是非、沖縄を薦めておいてください」
さり気ないフォローも忘れない。 しっかり者の葉山。
「あれ? 言ってなかったっけ? アンケート集めはするけど、結果はもう決まってるって」
「……は?」
「いやだから、元はと言えば四月のアンケートだしなぁ。 提出していないってのがまずかったんだよ。 で、もう行き先は決まってるんだ。 俺のクラスだけじゃ結果も変わらないだろ? たった三十人だし。 だからもう決まってるってことだな」
「……八乙女君、こいつ張り倒していいわよ」
大藤には聞こえない声で、葉山は俺に耳打ち。 自分でやれ自分で。
「張り倒さねえよ……。 てか、先生。 行き先ってどこになったんですか?」
「ん? ああ、北海道」
そうして、俺達の殆ど意味が無い手伝いは終わりを迎えた。 引き換えに部室と、葉山を抑える労力と、心底嬉しそうな雰囲気を出している葉月を見れたことで。 アニメなら葉月の周りに花が咲いているな。 きっと。
ああ、ちなみに葉山はその後、しばらくの間は大藤に対して素っ気ない態度を取っていたことは言うまでも無いか。
「というわけで! 部室ゲットー! 結構広いし綺麗だし、かなり良くない?」
体験学習の件は葉山の中では無かったことになったらしく、次の日の放課後にはもう、いつも通りのこいつへと戻っていた。
「良い。 床暖房付き」
「おお! 本当じゃん! 冬もこれで余裕だなぁ」
「寒いの嫌いな私にとっては最高! ていうか、普通に教室より過ごしやすいし。 どうせならこっちを教室にしてくれればいいのに」
床は綺麗。 上履きで上がるのを前提としていないのか、しっかり靴入れまで完備。 それに床暖房とクーラー付き。 言うこと無しだな。 ただ問題があるとしたら、教室がある旧校舎とこの新校舎までの距離が少しあって、その間には道もまだ出来ていないってことくらいか。
「葉山、裕哉」
「何よ、黒髪人形」
「お前はすぐに喧嘩を売るな。 もう少し仲良くしてくれ……頼むから」
まぁ、それでもこうして一緒に行動をしてくれるってことは、もうそこまで嫌いってわけじゃないのかもしれないけど。 喧嘩するのだけは勘弁してもらいたい。
「写真撮ろう。 記念に」
「写真? 別にそれくらいなら良いけど……」
「じゃあ、裕哉撮って」
「おう……ってそれだと俺だけ写らないじゃねえか! タイマーセットしろよ!」
「仕方ない。 分かった」
葉月は言って頷くと、机をひとつ持ってきて、その上にスマホを置く。 本を挟み、固定して。
「完璧。 並んで」
「はいはい。 で、何で私が神宮さんの横なわけ?」
「私の手下だから」
「手下じゃないっての! ったく……この減らず口」
「だから喧嘩するなって……。 折角の思い出だろ? しっかり撮ろうぜ」
「「思い出じゃない」」
変なところで息を合わせてくるな! どうしてこう、もっと上手くやれない物かね。
そして結局、葉山と葉月は互いに互いを押しのけつつ、俺はそんな二人をちょっと離れた位置で苦笑いをしながら眺めつつ、シャッターが切られる。
そんな風に撮った写真は、まるで事情を知らない奴が見たら仲の良い奴らにも見えるのだろう。 俺から見たら、もうやめてくれって感じだけどな。
けどまぁ、こうして色々と揉めたり喧嘩したり、叩き合ったり悪口を言い合ったり、それでたまには、思い出作りなんかもして。
そうやって俺達三人の部活はスタートした。 新たな関係と、新たな仲間と、新たな部活。 多分きっと、それは楽しい物になるのだろう。 俺にもひょっとしたら、面白い事の一つや二つ。 もしかしたらそれよりももっと沢山、ここでなら見つけられるかもしれない。
葉月と葉山と俺と。 性格は合わないしグダグダだし、顔を見ればすぐに喧嘩をして、俺が必死にそれを止めたり、傍観したりして。
ぎこちない感じではあるが、ゆっくりとゆっくりと進んで行く。 一歩一歩、自分の道を進んで行く。 その先にあるのが楽しくて、明るくて、面白い未来ならば。
俺はそれだけで、この一ヶ月と少し、葉月に振り回されて良かったと思えるのかもしれない。