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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺と○○の関係とは
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昔話【4】

「やっほー」


「……よう」


学校が終わり、俺はいつも通りあの公園へとやって来ていた。 目の前にはブランコに座る少女、花宮(はなみや)鏡花(きょうか)。 今日はあんなことがあったというのに、平然とした顔をしている。


あれから保健室に連れて行かれた花宮だったが、幸い目立った傷はなく、多少頬の辺りを切っただけで済んだとのこと。 しかしそれでも、普通はあんなことをされたら指導室に呼ばれたりで色々言いたいこともあるだろうに、こいつはたったひと言「別に良いよ」だけで済ませたのだ。 本来ならば怒るべき場面でも、こいつからは怒りとかが全く感じられない。


「なんで裕哉(ゆうや)くんが暗い顔をしているの? 今日のことを気にしているのかな?」


「いやまぁ……止めれば良かったかなとか、思ってるよ。 それと、助けてくれてありがとうな」


「ん?」


俺が頭を掻きながら言うと、花宮は首を傾げる。 何か変なことでも言ったか? 俺。


「……あー分かった。 それは勘違いだよ裕哉くん。 わたしは別に、あなたを助けたわけじゃないし」


「そうなのか?」


てっきり、多少仲が良かったから助けてくれたのではと思っていたんだけど……。


「そうだよ。 わたしはただ、田野村(たのむら)さんの傲慢っぷりに腹が立っただけ。 それで後は……私怨ってやつだね」


「……私怨?」


花宮の横にあるブランコへと俺は腰掛け、尋ねる。 どこかで田野村と揉めたりしているのかな。


「んや、やっぱ良いや。 どうせ今日分かることだしねそれは。 それよりも言っとくけど裕哉くん、別に君がどうなろうとわたしは知ったこっちゃないよ。 でも、わたしの行動が結果的に君を助けたっていうのなら、その好意は受け取っておこう」


指を一本立て、花宮は俺に笑顔を向ける。 上品な笑い方ではなく、ニヤリとした笑い方だ。


「良く分からないけど……受け取ってくれるならそれで良いか。 それで花宮、今日は話があるんだ」


俺が言うと、花宮は「だろうね」と返す。 なんだか掴みどころのない奴ではあるけど、もしかして俺が言おうとしていることまで予想していたのか。


「人間関係の悩み」


……言ったのは俺ではない。 花宮だ。 こいつには一体、どこまでの物事が理解できているんだろうか。


「その顔だと、当たってたみたいだね。 裕哉くんってほんと、顔に出やすいなぁ。 んでそして、それに対するわたしの返答。 答えは」


――――――――――イエスだ。


今度は上品に笑って、花宮はそう言うのだった。




「……それって、いじめだろ?」


俺が聞いた話。 とてもそれは簡単には済ませられないこと。


花宮に対するいじめが、俺の通う中学では起きているというのだ。 その中心人物は田野村。 直接的な物というのは、今回が初めてだったらしい。 そういった意味も含めての「私怨」ということか。


「ふふ。 そう思う? でもね裕哉くん、その原因はわたしにあるんだ」


「それは」


俺が言いかけたところで、やはり花宮は口を挟む。 被害者がそう思っているってことは……結構深刻な問題ってことだよな。


「わたしが努力をしすぎたんだ。 前に話したよね、努力をした人がその後貰える物について」


花宮は言う。 なんともないように、あっさりと。


「いつの時代でも、どんな世界でも、それは一緒だよ。 いくら本人が血反吐を吐く思いで取った物でも、他者から見たらそれは突然神から与えられた物のようにも見えるんだ」


例えば、スポーツ選手が栄光を獲得した瞬間。


例えば、宇宙飛行士が偉業を達成した瞬間。


例えば、勉学に励んだ者が新たな発見をした瞬間。


数え上げれば、キリはない。 そう言った物を掴むまでに本人がいくら頑張って、いくら努力をしていたとしても、俺たちからしたらそれは花宮が言っている「神から与えられた物」にも見えるのだと。


「わたしの場合は、この頭かな」


そう言いながら、花宮は自身の頭を指さす。


「……頭が良いってことか?」


「そう。 寝る間も惜しんで勉強した結果だよ。 知識を蓄えるのが好きなんだ、わたしは。 本を読むのも大好き」


しかし、そうは言っても俺から見たら、それは確かに花宮が元より持っている物にしか見えない。 こいつがどれだけの努力を重ねたのかを知らない所為で。 要するにこいつは、そういうことが言いたいんだ。


「んでさぁ、そういうのを馬鹿が見ると、嫉妬するんだ。 そこで生まれるのが悪意ってわけだね」


「……俺のことか? それって」


「ふふ、違う違う。 それともわざと? いやまぁ、それはどうでも良いか。 わたしが今指し示している人物は田野村さんだよ。 彼女は馬鹿だからねぇ」


花宮は言い、笑う。 心底人を馬鹿にした笑み、とでも言えば良いのだろうか。 そんな笑顔だ。 こいつが田野村に向けているのは怒りとかではなくて、もしかして。


「だから、原因はわたしなんだ。 知っているかい、裕哉くん。 この世にはねぇ」


そして花宮は言う。 その頭の良さ故の、発言。


「あー、まぁさすがの裕哉くんでも知っていると思うけどね。 わたしは今日、()()()を出したんだ」


「は?」


「あれ? まさか知らなかった? 便利な世の中のシステムなんだけど……」


いや、いや違う。 そうじゃないんだ。 俺が理解できないことってのは、その言葉自体ではなくて。


「……こう言っちゃあれだけど、それだけのことで出したのか?」


状況を整理するため、今聞いた日常では聞き慣れない言葉の意味を理解するため、俺は問う。


「……ふ、ふふふ。 あはは! 面白いなぁ裕哉くんは! あっはっは!」


しかし花宮は笑う。 抑えきれないといった感じで、大声で笑う。 その笑い方は……こうは思いたくないのだが、違っていて欲しいのだが。


悪意に満ちていたと、そう思う。


……そうか。 花宮が田野村に向けていた物、それは怒りではなく、悪意だ。 ただの悪意なんだ。


「面白いでしょ。 頭にきて投げたシャーペンがわたしに当たった所為で。 少しでも蓄積されたストレスを発散しようと、目の前に居たわたしに傷を負わせた所為で。 あの子、終わっちゃった。 あはは。 明日からどうするんだろうねぇ。 気になるよねぇ」


「……」


何も言うことができない。 その行動が俺には正しいのか悪いのか、判断ができないから。


「だから馬鹿だと苦労するんだよ。 あーあ、あの子どうなるんだろ? 楽しみだなぁ」


花宮は笑う。 上品に、ニヤリと、悪意を込めて。


少しだけ、花宮を勘違いしていた。 それがきっと、花宮鏡花という奴なんだ。 向けられた悪意をそっくりそのまま返す、そういう奴なんだ。


「わたしが怖い? 裕哉くん」


依然として花宮は笑いながら、俺に尋ねる。


「ああ、そうだな。 おかしいと思うよ」


「そうか。 それじゃあ裕哉くんはどうする? もう、ここには来ないかな? ふふ」


口を抑えて笑い、花宮は俺の顔を見る。 その目は気を抜いたら吸い込まれてしまいそうな程に黒い。


「……いいや、来る」


「へえ。 それならわたしからのクエスチョン。 どうして?」


意外そうな顔をしている花宮に向け、俺はこう言ってやった。


「ここで俺がお前のことを嫌いになったら、お前はきっと人を好きになれないだろ。 だからだよ」


「……ふふ。 勝手にするといいよ、わたしはいくら裕哉くんに好かれても、売られた喧嘩は買う主義なんだ」


その日の会話はそこで終わり、俺と花宮はそれぞれの家へと帰っていった。 俺が花宮のことを見ていけば、もしかしたらあいつは変わるんじゃないかと思いながら。


何ができるのかも、何をしてやれるのかも分からない。 けれど、放っておくのは嫌だったんだ。


そして、次の日から田野村が学校に来ることはなかった。 それが嫌というほど、俺に花宮の取った行動を実感させる。




「そう言えばさぁ、にぃに」


「ん?」


七月のある日の夜、ソファーに座り何をするわけでもなくぼーっとしていた俺に、桜夜が話しかけてきた。 さっきまではドライヤーで髪を乾かしていたのだが、なんでそんな面倒なことをするんだろうな? 自然乾燥で良いだろ。


「田野村さん? だっけ。 引っ越しちゃったみたいだね」


「……そういやあいつ、妹が居たっけか」


田野村にも俺と同様に一個下の妹がおり、その妹が桜夜と同じクラス。 そういうわけでの情報網。 まぁ、桜夜はそういう噂とか個人情報的な物が大好きっていうのもあるかもしれないけれど。


「なーんかお姉さんの方は良い噂聞かなかったし、この前のあれが原因だろうね」


この前のあれ。 花宮が被害届を出したというあれだ。 そのことについては桜夜も知るところである。


「まあそうだろうな」


「……」


そう言った俺の前へ回りこみ、桜夜はグイッと顔を近付ける。 クリッとした目と小さい顔を。


「な、なんだよ?」


「んー、やっぱりにぃにはにぃにだなー」


そりゃそうだろ。 逆に俺じゃなかったらどうするんだ。 大丈夫かこいつ。


「何言ってるんだ?」


「いや、にぃにはやっぱり自分の所為でそうなったって思ってるでしょ?」


……それはまぁ、そうかもしれないけど。 だって多少はそういう面もあったはずだし。 俺があの時、もっときっぱりと田野村の要求を断ることができていたら、結果は違ったのかもしれない。


「別にそれが悪いこととは言わないけどさー。 にぃにはいつも思い詰めすぎなんだよ。 悪いのは明らかに田野村さんのお姉さんなんだから」


「分かってるよ。 そんなことは」


けれど、田野村もしっかり話せば分かり合えることだってできたんじゃないだろうか? いきなりあんな行動を取った花宮が悪いとは言わないけど……。 まだ話し合う余地もあったんじゃないかと、そう思う。


「ま。 もう終わったことだからどうしようもないけどね。 問題はこの後かな」


「この後?」


俺がそう聞くと、桜夜は「うん」と言い、続ける。


「にぃにの話だと、花宮さんって人はいじめにあってるんでしょ? ならこの先にありそうなことって言えば」


「……報復か?」


田野村を学校に来させなくするまでのことをした花宮に対しての、報復。 考えてみれば当然だ。 何も田野村が一人で花宮をいじめていたわけではないのだ。 花宮の言葉から考えるに、あいつをいじめていた奴は複数。 そしてそのリーダー格が田野村だったというだけで。


「一応気を付けた方がいいかもね」


そんな桜夜の言葉は俺の頭の中に残り、そしてそんな危惧は見事に命中する。


ことが起きたのは、夏休み一週間前の水曜日。 その朝の出来事だった。

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