昔話【2】
「へえ。 それじゃあ花宮は親が帰って来るまで暇なのか」
「そうそう。 だからこうして、毎日公園で暇潰し。 幽霊だと思った? ふふ」
まあ最初はな。 そーっと帰ろうかと思ったよ。
あれから俺と花宮は公園で雑談をしていた。 聞けばどうやら、花宮の家は共働きらしく、帰って来るまでの間は暇とのこと。
一応は家の鍵も渡されてはいるらしい。 だが、花宮自身が家に居てもすることがないと言って、今だにその鍵を使ったことがないとも言っていた。 こうやって公園で過ごしているよりかは、することってあると思うんだけどな。
「まーな。 俺ってホラーが苦手なんだよ……だから、まだ明るいのに結構ビビった」
俺が言うと、花宮はにっこり笑って言う。
「そっか、それは良かった」
どこがだ。 なんだか掴み所のない奴だな……。 ひょっとして、本当に幽霊なんじゃないか?
「それで、裕哉くんはここで何をしているの? わたしのテリトリーなんだよ、この辺り」
「犬か」
もしくは猫か。 公園をテリトリーにするなよ。 公共の場だぞ。
「わんわん。 ふふ、どう? 犬っぽい?」
「いや全然」
せめて似せる気があるのなら、もっと心を込めてくれ。 棒読みすぎて逆に俺が馬鹿にされているようじゃないか。
「つまらない反応。 それで、もう一度聞くけど……裕哉くんは何をしているの?」
「ん? だからさっきも言っただろ? 俺は友達との約束をドタキャンされて……」
俺の言葉に、花宮は途中で口を挟む。 最後まで聞いてからにしろと言いたくなったが、今言ったら俺も同様のことをしているってことになるので、とりあえずは花宮の話を最後まで聞くことにする。
「いやいやだから、違うでしょ? わたしが聞いているのは、どうして公園に居るのかってこと。 オーケー?」
「だからそれは……さっきから言ってる通りだよ。 オーケー?」
花宮の喋り方が少々馬鹿にしているっぽかったので、俺もその真似をして返す。 オウム返しとかまではいかないが、これで花宮も俺の気持ちが分かるだろう。
にしても、ますます変な奴だな。 会話するのが困難だなんてこの先が心配だ。
「んん?」
そして当の花宮は俺の言い方を気にする素振りも見せない。 俺としては、もっと面白い反応を期待していたんだけど。
「……なんだよ?」
顎に手を当て、俺の顔を見ながら花宮は首を傾げる。 そしてそれを数秒続けた後に、口を開いた。
「あー分かった! 裕哉くんって馬鹿なんだ!」
「やかましいわ!!」
それを今日言うか!? 数学のテストが返ってきて、酷く落ち込んでいる今日言うのか!? のほほんとした雰囲気のくせに悪魔みたいな奴だなおい!
「いやいや、まさかここまでとは……。 しっかたない。 それじゃあ、わたしが懇切丁寧に教えてあげるね」
「はいはい」
半ば投げやりに言うと、花宮は座っていたベンチから立ち上がり、その懇切丁寧な説明を始める。
「まず、わたしのクエスチョン。 どうして裕哉くんはここに居るのかってクエスチョンね」
何故か言葉の中に英語を混じえながら、花宮はジェスチャーを交えながら続ける。
「それに対する裕哉くんのアンサー。 友達がドタキャンをしたから。 ここまでオーケー? 日本語だよ」
……待てよ。 もしやこいつ、外国人に接するノリで俺に話しかけているのか? 上手く花宮の言っていることが理解できない俺への高度な皮肉なのか? 日本語がうまくない外国人に向けるような感じで。 なんたる馬鹿にされっぷりなんだ俺。
「あー。 オーケーオーケー」
そして不本意ながらそれに乗る俺である。
「うんうん。 でもそれはアンサーになってないよね? オーケー?」
「……ノー、だな。 それで答えになってるだろ?」
「ふふ、やっぱり馬鹿だ」
もう馬鹿でもいいや。 だから、そんな馬鹿な俺にでも分かるように解説してくれよ。 それでもしも俺が納得したら、認めてあげよう。
「まずねぇ、それ理由になってないよ。 友達にドタキャンされたからってやつね。 例えるなら、そうだなぁ……。 学校や会社に遅刻した言い訳が「道路を渡れなくて困っているお婆さんを助けていて」ってくらい、理由になってないよ」
「は? どうして?」
意味が分からない俺。 そしてそんな俺を見て、上品に笑う花宮。 なんだこの格差。 それよりその例え結構分かりやすいな。
「だって、もしもそうなら帰れば良いじゃん。 ここに留まる理由が皆無なんだよ。 なのに君はここに居る。 幽霊が出るかもって噂になっている公園に、ホラーが苦手なのに。 不思議だなぁ」
花宮は「不思議だなぁ」との言葉を数度繰り返し、首を左右に振っている。
ムカつく仕草だが……確かに、それは言えているかも。
「あー、先に言っておくよ? 今から帰るところだったって言い訳は却下。 理由は、わたしの方がこの公園に先に居たから。 裕哉くんが電話をし終えた後に、いつまで経っても動かなかったのはわたしが証人」
そして、最後に花宮はこう言って締めくくる。
「理由としては、わたしの方がしっかりしてるよね。 裕哉くんでも分かるかな? その辺」
「……」
俺馬鹿だったなぁ。 悲しいなぁおい……。 中学二年生で、同学年にこれほど丁寧に説明させている俺がなんか情けない。
「それでねぇ、わたしの推理が正しければ、裕哉くんが動かなかった理由は『テストの点数が悪かった』からかな?」
「どうして」
そう思うのか。 そう言い終わる前に、花宮は言葉を重ねる。
「だって、今日はテストの返却日だったじゃん。 国語と数学と、後は歴史だっけ? それで具体的に言うなら、裕哉くんの点数が悪かったのは数学かな」
「……数学って分かった理由は?」
「ん? 今だよ。 今、わたしが数学って聞いたときに、裕哉くんがマズイって顔をしたからね。 それで分かったんだ」
……嵌められたのか!? なんたる策士だこの女!! 純粋な俺に嘘を吐くなんて!! やっぱ悪魔だ!!
「……はぁ、分かった分かった。 本当の理由を話すよ」
「ふふ、よろしく」
そして、俺は家に帰らない理由を話すことになる。 テストの点数が悪くて、それがバレるのが嫌で家に帰れないという小学生並みの恥ずかしい理由を。
「なるほどー。 わたしには一生縁のない悩みだね」
「やかましい」
そう言うってことは、花宮は頭が良いのか。 まあ、さっきの名推理とも呼べるものを披露していたことを考えると、そうなのだろう。
「ふふ、それならこうしない? 裕哉くん」
言いながら、花宮は自身の口を手で押さえながら上品に笑う。 そんな笑い方がとても良く似合う奴だ。
「どうするんだ?」
まさかとは思うが、それを俺の親に言わない代わりに何かさせる気ではあるまいな。 だとしたら甘い、俺はその件については既に半分くらい諦めているからだ! だっていくら隠したところで、いずれバレてしまうことだしな。 それが早まるかどうかの違いでしかないんだよ。
と、そんな俺の思考をよそに、花宮は言った。
「わたしはこれでも、毎日ここで結構暇しているんだ。 だから交換条件といこう」
「交換条件?」
「そう、交換条件。 わたしは裕哉くんの勉強を見てあげる。 これでも頭めちゃくちゃ良いからね、わたしは」
頭が良い、なら分かるが……めちゃくちゃ良い、と来たか。 やけに自信たっぷりだな。
「……一応確認な。 今回のテストで、一番低かった点数は?」
「97点」
「ぜひお願いします」
こうして、俺は期間も決めないままに、その花宮という少女と勉強をすることになった。 ちなみに俺の方が提供するのは「なんか面白い話」という酷く曖昧なものである。 そしてもう一つ。
人の居る場所では絶対に関わらないという、良く分からない約束も俺は交わしたのだった。
「よう。 今日は結構冷えるな」
「そうだね。 わたしとしてはこのくらいが一番良いんだけどね」
その約束をした日からは、既に一週間が経過。 花宮はやはり言うだけのことはあり、勉強を教えるのが物凄く上手かった。 そのおかげと言うべきか、以前まではつまらない物でしかなかった学校での勉強も中々に面白くなってきている。
「今日は、昨日わたしが勉強を教える日だったからー、裕哉くんが面白い話をする番だ。 どうぞー」
「あのさ花宮、そろそろネタが尽きてきたんだけど……」
ちなみに俺がした話は、蒼汰が馬鹿なことをした話。 隣の部屋からたまにドンドンという物音がする話。 後は俺の妹の話。 などなど。
蒼汰関連のことはまあ、あいつはかなりの馬鹿だから豊富である。 次に隣の部屋については、あの家は確か夫婦の二人暮らしで、その夫婦はよく家を開けているのだが……その時に物音がする辺り、ホラーなのだ。 そして妹の話については、主に俺が貶されるという、プライドに関わる話でもある。
「ええ? まだ少ししか聞いて無いのに。 どれだけつまらないの? 裕哉くんの人生」
「……お前って結構毒吐くよな」
「ふふ、まあね。 性格だからなぁ」
そう言った後に、花宮は小さく声を漏らしながら、伸びをした。 そのまま後ろに倒れるんじゃないかと思うほどに。
「そういやさ、聞くタイミング逃して聞けなかったんだけど……人目があるところで関わるなっていうのは、なんで?」
普通ならば、それを言われた時に聞けば良かったことだ。 だが、あの時は勉強を教えてもらえるという喜びが先に来ていてすっかり聞けずにいたんだ。 そんな質問を後ろに倒れそうな花宮に向けて俺は飛ばす。
「ん? あー、それはね。 あれだよ、あれ」
「……わり、俺馬鹿だから「あれ」だけじゃ分からないんだけど」
頭を掻きながら言うと、花宮は倒れそうになっている体を引き起こし、答える。
「あえて言うなら、そうだね。 裕哉くんを守るため……かなぁ」
「俺を?」
なんだ? 俺は別に守られるようなほど、か弱い存在なのか? なわけないな。 疑問から否定まで僅かコンマ数秒の出来事だ。
だとしたら……俺を守るという言葉の意味。 うーむ……。 よし、一旦置いておこう。
次に考えるのは、関わらないことで守るっていうのはどういう意味だろうか? ということ。 俺が人目に付く場所で花宮と関わることによって、俺が危ないって意味だろうな。 えーっと、それでそのことが指し示していることは……。 やっぱ分からない。
「うんそう。わたしと関わっているのがバレたら、裕哉くんも被害者になっちゃうかもだしね」
「被害者って……なんの話だよ? なんでそうなる?」
意味が分からずに尋ねると、花宮はこう返した。
「んー、なら問題。 一生懸命努力して、何かを得た人はその後、人々から何を与えてもらえるでしょーか?」
ナゾナゾ……か? 一生懸命努力をした人が、人々に与えられる物……。
「幸せ、か?」
「ぶっぶー、ハズレでーす。 チャンスは後二回だよ」
全部で三回しかなかったのかよ、それを先に言え、先に。
「……名誉」
「ぶっぶー、裕哉くん適当に言い過ぎでしょ。 もっと考えて言ってよ」
これでもわりと考えてはいるんだけどな。 えっと、努力した人のその後……その後。
「栄光、とか」
「しゅーりょー。 あーあ、やっぱ裕哉くんはお馬鹿だなぁ」
馬鹿馬鹿言われすぎて、それが俺の名前なんじゃないかって思い始めてきた。 それを素直に受け入れている俺を誰でも良いから褒めてくれ。
「ふふ、ふふふ。 でもさ、裕哉くんって面白いね」
「いやそんなつもりはないんだけど……」
「なくてもそうなんだよ。 だって、裕哉くんはきっと人を愛しているんだ。 人というのが好きで好きで仕方がないんだ」
花宮は言い、目を細めて空を見上げる。 太陽が眩しいのか、それを手で遮りながら。
「それも、違うと思うって」
「思ってもそうなんだって。 だってさ、裕哉くんは今のわたしの質問に対して、プラスな方でしか考えないんだもん」
プラスな方で? ん……? それが普通なんじゃないのか? だって、まず努力するってことは良いことだろ。 だから、その結果も当然そうあるべきで。
「ある意味で、夢見がちなのかな。 裕哉くんはね、悪意を知らないんだ」
「……悪い、やっぱ意味が分からない」
俺が花宮の横顔を見ながら言うと、花宮は俺の方に顔を向けて答えた。
「裕哉くんのクエスチョンに対しての、わたしのアンサー。 努力のおかげで大切な物を得た人が、人々から与えられる物。 それはね」
「悪意だよ」
その時の花宮は笑顔で、俺はなんだかそれが怖かったのを今でもしっかりと覚えている。




