デート大作戦 【6】
観覧車は下る。 俺の目の前には葉月。 どこか嬉しそうにも見えて、どこかボーっとしているようにも見える俺の彼女だ。
今、葉月は一体何を思っているのだろうか? 何を感じて、何を見ているのだろうか?
それは聞けないし、聞いてはいけないことだろう。 俺が分かってやらなければいけないことなんだ。
全てが分かるわけじゃあ無いし、全てを分かってやらなければならないというわけでも無い。 けど、最低限……最低限のことだけは、分かってやりたい。 それが俺の率直な気持ちで、率直な想いでもある。
世間一般で言うような、彼氏彼女な関係。 そういうのとはきっと、少しズレているのかもしれない。 なんつったって、俺と葉月なわけだしな。
だけど良いさ。 俺は俺なりに、葉月は葉月なりに、俺達の関係というのを築いていけば良いんだから。
「そういや、今年ももう終わりだな」
「うん。 早かった」
二人して外を見ながら、話す会話。 なんとも無いこうした雑談が、結構嬉しかったりする。
この一年は驚くほどに早かったなぁ。 葉月と出会って、葉山と出会って、部活を作って、天羽と出会って。 色々と大変だったし面倒だったし疲れることばっかだったけど。
面白かったし楽しかった、かな。
「暮れは何か予定あるのか? 葉月」
「特に無い」
「そっか」
一緒に年越しでもするかと言おうと思ったが、どうせ言わなくてもそうなるんだろうな。 下手をしたら年越しアニメの危険性もあるっちゃあるな……気を付けないと。
あ、それを回避する方法を見つけた。
「ならさ、あいつら呼んで一緒に年越しするか? 葉山と天羽」
「四人で?」
「おう。 そっちの方が楽しそうだしさ。 あいつらもどうせ暇だろ」
結構失礼な発言かと思うが、今この場にあいつらはいない。 よってセーフ。
「聞いてみる。 どうせ暇でしょって」
「それは言わなくて良いからな?」
思わず苦笑い。 いや、まさか言うわけないだろあははみたいに笑っているが、こいつマジで言いそうだな……失言だったか、今の。
「あ」
そして、何かを思い出したのか、葉月は言った。 その言葉と同時に顔は俺の方へ向いていて、その顔はやはり無表情。
「暮れは、親戚のところだった」
……あー、そう言えばなんか、そんな話を結構前に聞いた気がするな。 あれは確か、天羽の別荘に行って、そこの祭りに行った時だっけか。
葉月は結構苦手としているように俺は感じたんだが、実際のところはどうなのだろう?
「あの時そう言えば、匿ってとかなんとか言ってたよな? 嫌なのか? その親戚のところって」
「うん」
観覧車の窓ガラスに手を当てながら、葉月は言う。 即答か……。 相当嫌と見た。
「だったら家に残っていれば良いじゃんか。 断れる物だろ? そう言うのって」
「迎えに来るから無理」
「……なるほど。 ちなみにその親戚の家ってのは?」
「沖縄」
……なるほど。 なるほどなるほど。 葉月が体験学習で北海道推しだった理由がなんとなく分かったな。 ていうか、沖縄から迎えに来るって相当だな……どんだけパワフルな人なのだろう。
「ま、それなら仕方無いか。 来る日とか決まってるなら、その日に俺の家に来とけば良いよ」
「……良いの?」
「事情が事情っぽいしな。 良いよ」
俺が言うと、葉月は大きく頷いた。 一体どれだけ嫌なんだ、その親戚とやらが。 なんだか俺も、会ったことすらないのに恐怖を覚えてきたぞ。 本当に匿ってしまって大丈夫か?
……ま、いっか。
それから、俺と葉月は観覧車から出る。 十五分ほどのそれで、多少なりとも葉月との関係は深まったような……そうでないような。 けど嬉しそうなオーラを放っている葉月を見ると、割りとそんなのはどちらでも良い気がしてくる。
「裕哉」
少し前を歩いていた葉月は足を止め、俺の名を呼ぶ。 それに合わせて俺も足を止め、葉月の次の言葉を待った。
「……今日は楽しかった」
「お、おう。 そりゃ良かった」
なんか……改めて言われるとやっぱり恥ずかしいな。 でも、楽しかったのは俺の方もだ。 少しくらいは後押ししてくれた葉山と天羽に感謝しておくとするか。 とは言っても頭の中で、だが。 だって面と向かって言ったら、特に葉山なんてどんな対価を要求してくるか分かった物じゃないからな。 あくまでも、思うだけにとどめよう。
「ゆ……」
そしてそのまま、葉月は俺の方に振り返る。 何やら言おうとしたみたいだが、停止。
「葉月?」
「……」
無言のまま、バッグを寄越せとの合図。 今日のデート中、重いだろうと思ってずっと俺が持っていたこれだが……もう良いってことか?
「はいよ」
言いながら手渡すと、葉月はひと言。
「覗いた?」
「俺をなんだと思ってるんだよ……。 さすがにいくら葉月のだって言っても、勝手に見ないよ」
というか、そう思われていたことがショックだ。 葉月なりの冗談なら良いのだが、俺でも分かりにくい冗談があるからな……。 今回のが冗談だと、切に願うばかりだよ俺は。
「なら良い」
葉月はそれだけ言い、俺に背を向ける。 そのまま歩き始めた……というわけでは無いし、何だ?
「どうかしたか?」
少し心配になって尋ねるも、無言。
何か気に障ることでも言ってしまったか? それとも、俺が気付かない内にとんでもない失敗をしていたとか。
ぁぁあああ!! 駄目だ、マイナス方向ばかりに考えてしまう。 こんな時に葉山の一人でも居てくれれば良いのに!
……あいつって、本当に頼りになる奴だったんだなぁ。
「裕哉」
そんな頭の中で大騒ぎをしていたところ、背中を向けたままの葉月が口を開いた。 そして、何やらバッグをがさごそと漁っていて。
「……これ。 私からの」
依然、背中を向けたまま。 葉月は小さな包みに入った四角い箱のような物を俺に突き出している。
「え?」
えっと……。 なんだ? 葉月は何やら、不機嫌なんだよな? 俺が何かをした所為で、不機嫌になってしまって。
「……クリスマスだから。 プレゼント」
「……プレゼント」
と、言うことはつまり。
葉月から俺への、プレゼント? クリスマスだから?
「あ……っと……。 お、おう……」
うまく返事ができないまま、俺はその箱を受け取る。 小さくて軽く、まるで葉月のようだなと、俺は思う。
葉月からの、プレゼント。
初めての、プレゼント。
俺が、嬉しくないわけなんて、無かった。
私は裕哉の方を見ずに、プレゼントを手に持ち、それを差し出した。 だって、顔を見ることなんて不可能だったから。 それすら出来ない程に、私はその「プレゼントを渡す」といった行動がこの上なく、恥ずかしかったのだ。
「……ありがとう」
その声を聞き、私は無言で頷く。 未だに背中は向けたまま。
こんな、あり得ない程に恥ずかしいことを平然とやってのけてしまう裕哉には素直に感心する。 こんな、あり得ない程に怖いことを平然とやってのけてしまうこの世界に住んでいる「女子」と言う人達は、どれだけたくましいのだろうか。 私の感覚で言えば、最早畏怖さえしてしまうレベルだ。
「開けても、良いか?」
その言葉に、私は首を振った。 帰ってから開けろ。 ばか。
「……」
そして聞こえてきたのは、包装を剥ぎ取る音。
え、ちょっと待て!
「だめ!」
思わず私は、声を張り上げて振り向く。 自分でも驚くほどに、大きな声で。 しかし、時すでに遅し。 目に入ってきた光景は、無残にも包装が剥ぎ取られたプレゼントの箱と、今まさにそれを開けようとしている裕哉の姿。
「さっき、俺も駄目だって言ったのに葉月は開けたからな。 おあいこだろ?」
一般的な理論で言えばそれは正しい。 この上なく正論で、間違ってはいない。 けれど、今この場では私が正論だ。
「……」
でも、私は何も言えずにそれを見ていた。 心の奥底で、裕哉はどんな反応をするのだろうかという、期待とも呼べる感情が渦巻いていた所為で。
「これって……」
裕哉はそれを見て、しばらく固まる。
私とお揃いの、ペンダントを見て。
「……葉月」
私の名を呼び、裕哉は。
その目から、一筋の涙を零したのだ。
その時、裕哉は一体何を感じたのだろう。 何を想ったのだろう。 何に対して涙を流し、何に対して感動したのだろうか。
知りたい。 裕哉のことを私は、もっと知りたい。
「俺……俺さ。 葉月と会えて、本当に良かったよ。 こんな嬉しいこと……今まで無かった。 好きな人から貰える物ってさ、こんなに嬉しいんだな」
裕哉は右手にペンダントを乗せて、それを眺めながら言う。 知っている、私もその気持ちは知っている。 ついさっき、それを嫌というほど教えて貰ったから。 私はそれを知っているよ。
だから言える。 同じだと。 私も全く同じ気持ちになったのだと。
「……あーくそ、悪いな、いきなり泣いたりして」
「裕哉でも泣くことあるんだ」
「俺を何だと思ってんだよ……。 あはは」
裕哉はいつも、笑って私にお礼を言う。 ありがとうとか、助かったとか、嬉しいとか。 けれど、それとは違っていて。
そんな裕哉がどこか、面白い。
「……うっし。 んじゃ今日は帰るか。 なんか、一日で色々ありすぎて疲れたなぁ」
「うん」
私と裕哉は並んで歩く。 手は自然と繋がれていて、自然と一緒に歩いている。 そんな些細なことが私は嬉しい。 幸せだ。
「さーて、帰ってご飯食べて風呂入って、その後はどうする? アニメでも見るか?」
私の右手を掴みながら、裕哉は言う。 最初はこれでもかと言うほどに恥ずかしかった「手を繋ぐ」という行動だったが、もうそれはなんとも無いように思えた。 恥ずかしいことには変わりないけれど。
「今日は良い」
「そうか? 珍しいな」
そんな言葉に、私は裕哉の左手を掴む手の力を少し強めた。 そしてそのまま、裕哉の顔を見て口を開く。
「今日は、話したい。 色々なこと、話したい」
「……んじゃ、そうするか」
裕哉は笑い、私の頭を空いている手で撫でてきた。 私も自然とそれを受け入れていて、嫌な感じはこれっぽっちもしなかった。
そんな時。
「こんばんは」
背中に声が掛かる。 私は全く見に覚えの無い声。 けれど、裕哉はその声を聞いて目を見開く。 そしてそのまま、裕哉はゆっくりと振り返る。
「そんな……お前……」
知り合いなのだろうか? 私も裕哉に釣られて、後ろを振り向く。 すると、そこに居たのは美人な人。 髪は薄っすらと茶色がかっていて、背中の辺りまで伸びている。 頭にヘアピンを付け、白いブラウスを身に纏った綺麗な人だ。
そして、私は顔を見た。 正確に言えば、その人の目を見た。
「う」
思わず声が漏れる。 なんだ、この人は。 あり得ない。 今まで見たことが無いタイプだ。 人間誰しも、絶対に確実に、好意を寄せている人が居る物。 あの葉山でさえも、祖母に好意を寄せていたように。 天羽が姉に好意を寄せていたように。 裕哉が殆どの人間に対し、好意を寄せていたように。
けれど、違う。 この人は違う。
「久し振りだね、裕哉くん」
この人は、全ての人間を恨んでいる。 恨んで、妬んで、憎んで、そして。
恐れているのだ。
「こんなところで会うなんて、偶然だ。 懐かしいなぁ。 そっちの子は、お友達さん? それとも、彼女さんだったり」
そんな感情とは裏腹に、この人は笑う。 とてもとても優しそうに笑う。 狂ったように、優しそうに、怯えるように、楽しそうに。
「私は神宮葉月。 裕哉の彼女。 あなたは?」
分かっていることだ。 後回しにした問題は、必ずいつかツケが回ってくる。 世界はそういう風に出来ているのだ。
そして今回、私が後回しにしていた問題。 それは。
「へぇ、彼女さんなんだ。 意外だなぁ……裕哉くんって、そういうのに興味無さそうだったから」
やはりにこにこと、その人は笑って続ける。
「わたしは花宮鏡花。 裕哉くんとは、中学の時に仲が良かったんだ」
高校一年生の冬。 一年の終わり。 どうやら片付けなければいけない問題は、未だに残されているようだ。
裕哉がいつも助けてくれたように。 いつもどんな時でも、手を差し伸ばしてくれたように。
今度は、私が助ける番だ。
以上で第三章、終わりとなります。
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次回から、第五章となります。




