私が想う日々【4】
「それにしても、本当に日本人形みたいだよな」
「褒めてるの。 それとも貶してるの」
「褒めてる褒めてる。 だからその態勢で脛を蹴ろうとするのは止めろ。 また転ぶぞ。 てかそこから蹴ろうとするって凄いな……」
あれから数日経ったある日。 私と裕哉は地元から少し離れた場所にあるお祭りへと足を運んだ。 私と裕哉の家の近くでもお祭りはあったのに、裕哉はここを選んだ。
その理由が気になり、尋ねた時の裕哉の返事。
「いやだってさ、俺と葉月で一緒に祭り行って、誤解されたら嫌だろ?」
うん確かに。 それには同意。 私もそれは嫌。
そういうこともあったから、今日は地元からは離れた場所のお祭り。 具体的に言うと、自転車で三十分程のところ。
「二人乗りは法律で禁止されてる。 裕哉は犯罪者」
「葉月が電車は嫌だって言うからだろうが!! 漕いで貰っておいてその態度は尊敬レベルだぞおい!?」
裕哉が前で、私が後ろ。 浴衣なので、荷台に横向きで座っている。 割りと怖い。
それにしても、そんなしんどそうに漕がないで欲しい。 まるで私が重いみたいに思えてしまう。 裕哉はそんなこと、まったく気にしていないだろうけれど。 八乙女裕哉という私の友達は、女心が分からない人なのだ。
「そういやさ、葉月」
「なに」
裕哉は前を向いたまま、私に言う。 私はそんな裕哉の姿を見ながら、何を言うのか少し、楽しみにしていた。
「お礼言っておこうと思って。 色々ありがとな」
「……なんのこと?」
何か、裕哉にしただろうか。 いや、むしろされてばっかな気がする。 お礼をされるようなこと、お礼をされるようなこと……。 思い当たること、ゼロ。 自信満々で、胸を張って言える。 私は裕哉に感謝されるようなことを一切した覚えが無い。
「俺を部活に誘ってくれたこと。 あの時はなんか変な部活に入っちゃったなーとか思ってたんだけど、こうやって今みたいに面白いことが増えて、俺の毎日が本当に楽しいんだ」
「別に。 私だけのおかげじゃない」
葉山も天羽も居て、きっとそうなんだ。 私だけではきっと、裕哉の毎日を楽しくするなんてことは出来なかった。 皆が居たからこそ、それは面白い物になったのでは無いだろうか。
「それでもだよ。 最初に誘ってくれたのは葉月だろ? だから、俺の中では葉月は恩人なんだ。 あ、だからつって命令は良しとしていないからな」
恩人。
それを言うなら、私もだ。 私は裕哉が居なければ、今頃どこで何をしていただろうか。
こういう風にお祭りに行くことも無ければ、この浴衣だって着ることは無かったかもしれない。 今頃、クーラーの効かせた部屋でアニメを見ていただけかもしれない。
葉山にも、天羽にも……会うことは無かったかもしれない。 会って、友達になった今だからこそ言える言葉。 私は葉山と天羽、裕哉と知り合えて、友達になれて、本当に良かったと思っている。
良かったし、嬉しいと。 皆といる毎日は、とても楽しい。
「まー、そういわけだから。 これからも宜しくな、葉月」
そして裕哉は、私の方を一瞬見た。
その顔は笑っていて、その顔はとても綺麗で、その顔はとても不思議で。
なんだろう。 分からない。 どうして。 怖いような嬉しいような。 気持ち。
この気持ちは、なんだ? この感情は一体何だろう?
どうして私は、こんなにも胸が高鳴っているんだ?
「……よろしく」
そう、呟くように。 消え入りそうな声で返すだけで、私は何故か精一杯だった。
「おう。 んじゃ、もうちょいで着くからなー」
それもどうしてか、裕哉にはしっかりと私の言葉が届いていて。
気付けば私は、景色を見るわけでも空を見上げるわけでも無く、自転車を漕ぐ裕哉の姿だけをジッと、見つめていた。
「やっぱ、夏と言えば祭りだよなぁ」
目的地へと着き、私と裕哉は並んで歩く。 駐輪場から程なくした場所でお祭りはやっていて、少し離れたこの場所からでも、楽しそうな音が聞こえてきていた。
夏の終わりの、小さなお祭り。 人は多く、そこへと向かっている。
「夏と言えば、夏アニメ」
「それは葉月の場合だけだな……」
失礼な、私以外でもそういう人は大勢居るはずだ。 私と同じ趣味を持つ人たちにとっては、夏と言えば夏アニメ。 秋と言えば秋アニメ。 冬と言えば冬アニメ。 春と言えば春アニメだ。
区切り区切りで始まるそれらは、私に新しい感動を与えてくれる。 まぁ、不作の時は暇な時間が思い切り増えるから悲しいけれど。
「なんか食べたい物あるか?」
丁度、お祭りの場所へと着いたと同時に裕哉は言う。 その問いに、私は予め用意しておいた答えを返すことにした。
「りんご飴」
あの味は、忘れられない。 甘くてすっぱくて、不思議な味だ。 一日一個食べたい。
「言うと思った。 あそこにあるぞ、それなら」
裕哉が指さす先には、りんご飴の屋台。 予想されていたらしい。 裕哉は一枚上手だ。
「買ってきて」
「いや葉月も一緒に行くんだよ。 パシリにするな」
「冗談」
そんな会話をしながら、私と裕哉は並んで歩く。 こういう場面では普通、気の利いた人ならば私が迷子にならないように手を引いてくれると思うのだが、生憎裕哉はそこまで気の利く人では無かった。
それこそ、私が良く知るアニメの主人公ならば、そういう行動を取ってくれただろう。 けれど、別にそれが残念というわけでは無い。 この友達という居心地の良い関係には、私も気に入っている。
私『も』だ。 つまり、裕哉も恐らくはこの関係が気に入っているのだ。
「……なんか不機嫌か? 葉月」
「別に」
本当にそんなつもりは無いのに、何故か裕哉はそんなことを言う。 それとも或いは、私が知らない内に私は不機嫌になっているのか。
……理由は見当たらないし、分からない。 だから多分、裕哉の勘違いだろう。
「すいません、りんご飴一つください」
裕哉は私の横で、屋台の人に向けて言う。 口下手な私の代わりとしては、都合の良い存在だ。 代弁者である。
「はいはい、一つね。 妹さんかい?」
屋台のおばさんは、そんな摩訶不思議なことを言いながらりんご飴を一つ、私に手渡した。
妹……に見えるのか。 背だ。 絶対に背の所為だ。 悔しい。
「友達ですよ、友達。 こいつが妹とか……怖いな」
「はは! そうかいそうかい。 それじゃあ、デートってわけだね」
「……いや別にそういうわけでも……っていってぇ!? 何だよおい!?」
「足が滑った」
「意味分からねえ!? マジで脛狙うの止めてくれませんかね葉月さん!?」
癖なのだ。 仕方無いことだから諦めて貰うしか無い。 それに、デートと勘違いされたことは腹ただしい。
でも、私は気付かない。 それならば怒りの矛先は屋台の人に向けられるべきで、デートというのを否定した裕哉に対して向けられるのは筋違いだということに、気付かない。
「それより裕哉、花火をみたい」
「花火? まぁ祭りって言えばそれだよな。 でもやるのかな?」
そんな会話が聞こえたのか、屋台のおばさんが口を挟む。
「やるよ、花火。 後一時間くらいまだあるけどね。 それまで適当に楽しんでおけば良いんじゃないかね」
「そうですか。 ありがとうございます。 ってことだから葉月、適当に回るか」
それに私は頷いて、裕哉と再び並んで歩く。 私の手にはりんご飴。 美味なり。
「次、どっか行きたいところあるか?」
裕哉は右隣を歩く私に向けて言う。 そんな姿を横目でちらりと見て、私は返す。
「特に無い。 目的のりんご飴は食べられた」
「……まさかその為だけに俺は必死に自転車を漕いでいたのか」
「そう」
苦笑いをする裕哉。 ここで怒らないのは、素直に心が広いと感心しておこう。
裕哉の場合、本気で怒る場面が中々想像出来ないので、もしかしたらそういう感情が存在しないのかもしれない。 だとしたら可哀想な人だ。
……そう思ってから、私も大概似たような物だと気付いた。
「裕哉は?」
「ん? あーっと……俺が行きたい場所か」
さすがは私の下僕なだけはある。 それだけで理解出来てしまうとは、凄い。 もしも私が逆の立場だったら、無視しているだろう簡素な台詞だったのに。
「あ、じゃあさ、あれやりたいな、射的」
「子供」
「うっせ。 別に良いじゃん、射的……楽しそうだし」
言い方から推察するに、裕哉は射的をやったことが無いのだろう。 最早、無趣味人というよりは限りなく無気力な人と言った方が近いかもしれない。 そして、そんな裕哉が活力に溢れるのが、人の為に動く時だ。
やっぱり、アニメに出てきそうなキャラ設定である。
「……なんかその横目、すげえ失礼なことを考えられている気がする」
「そうでも無い。 むしろ逆」
「って言うと?」
「アニメに出てきそうなキャラだと思ってる」
「うんやっぱり失礼なことだった」
そんなことは無いのに。 最大級の褒め言葉だ。 裕哉は何も分かってはいない。
「まあ良いや。 とにかく射的だ、射的。 葉月もやるよな?」
「私はプロ」
「おお! それなら頼りがいがあるよ。 葉月と来て良かった」
ちなみに、私も射的はやったことはない。 私の頭の中では私はプロというだけで、裕哉は勘違いをしたようだ。 可哀想な人だ、やっぱり。
「裕哉、早くあれ取って」
「……一度引き受けた以上、後には引けないな」
かれこれ三十分程だろうか。 裕哉は射的に熱中している。
……嘘。 実は、射的の屋台に着いた時、ある物が私の目に飛び込んできたのだ。 何を隠そう、アニメグッズ。
能力物バトルアニメのマスコットキャラクターである「ららんちゃん」のぬいぐるみだ。 その等身大人形があったのだ。
そしてチャレンジした私だったが、脳内射的プロというだけではやはり無理で、結局裕哉任せになった。 とは言っても、裕哉も射的は初めて。 裕哉のお金がどんどんと消えていっている。
「……くそ、駄目だ。 ていうかさ、あれって本当に等身大なのか?」
裕哉は眉間に皺を寄せながら、私に問う。 何を言うか、等身大に決まっている。
「どう見てもそう」
「めちゃくちゃでかいマスコットキャラクターなんだな……。 葉月と同じくらいあるんじゃないか、あれ」
「……」
「待て待てッ! 蹴ろうとするなって! 別に馬鹿にしてるわけじゃないから!!」
ならよし。 でも、頼んでおいてこう思うのは些か礼儀に欠けるというか、私が思ってはいけないことなのかもしれないが。
……あのでかいぬいぐるみをその小さなゴム弾で落とすのは、限りなく不可能だと思われる。 だって、当たった弾の衝撃も、ららんちゃんのふかふかの体に吸収されてしまっているし。
そう言えば、ららんちゃんが敵能力者の「城壁を一撃で破壊するパンチ」を体で受け止めたことがあった。 あれはネット上で物凄い議論になっていたっけ。 ららんちゃん最強説、なんていうのも囁かれていた気がする。
そう考えれば、今のこの裕哉が発射したゴム弾をニコニコ笑顔で弾き返しているその様は、ある意味本当にららんちゃんらしい。 可愛い。
「けど葉月、あれ取るのって相当キツイんだけど……」
「気合い」
「……はい」
それから更に、二十分程経過。 使用した額は、およそ三千円程。
「ギブアップしていいか?」
「……うん」
さすがに私も見飽きてきた。 ららんちゃんのぬいぐるみは欲しいが、無残にゴム弾を弾き返す姿を見ていると、裕哉がとても可哀想に見えてくる。 やっぱり、色々と可哀想な人だ、裕哉は。
「へへ、毎度。 でも兄ちゃん、結構頑張ってたから、これはやるよ。 彼女さんにあげるんだろ?」
そう言う屋台の若い男。 私たちの担任である大藤と同い年くらいだろうか。 大藤が三十前ということを踏まえてだけれど。
そして何やら勘違いをされているようだ。 彼女に見えるのか、私は。
「……良いんですか? なんか、悪いような」
「良いって良いって。 そんな頑張ってる若者の姿見て、はいありがとうございましたーって帰すわけには行かないだろ」
言いながら、ほぼ無理矢理にららんちゃん人形を裕哉に手渡す若い男。 見た目は捻くれていて、朝からパチンコ三昧といった感じだが、結構良い人かもしれない。 人は見かけによらず。
「なら、ありがとうございます」
裕哉は頭を下げて言うと、そのららんちゃん人形を両手で持つ。 ふかふかだ。
そしてそのまま、私と裕哉は再び歩き始めた。 目的地は、特に決まってはいない。
「ほら、葉月」
「ありがとう」
手渡されたのは等身大ららんちゃん人形。 やはり、予想通りのふかふか具合。
私と裕哉はあれから、花火が見えそうな場所を探し彷徨って、最終的に神社の横にあるベンチへと腰を掛ける。 少々疲れた。
「俺のおかげじゃないって。 まぁ喜んでくれるなら良いけどさ」
裕哉は笑いながら、言う。 一体何を考えながら言っているのだろう?
……そうだ。 最近、というか結構前から。 裕哉の考えていることが分からない。 どうしてか、裕哉の顔を見ても何を考えているのかが分からないのだ。
「裕哉。 面白かった?」
だから私は聞く。 裕哉が本当に楽しんでいるのか、面白がっているのか、分からなくて。
「ああ、そりゃな。 やっぱり祭りって楽しいもんだなぁって思った。 あんまり騒いだりするのって好きじゃないからさ、大人しい葉月と一緒だと尚更な」
「そう」
本当だろうか。 私に気を利かせて嘘を吐いてはいないだろうか。
そんなことばかり、考えてしまう。
「葉月はどうだった? 楽しかったか?」
「うん」
私はららんちゃん人形を抱きしめながら、言う。 本当だ。 本当に楽しかった。 今日という日に裕哉と一緒にお祭りに来ることが出来て、本当に楽しかった。
そうやって、思い切り伝えたい。 私がどれだけ楽しかったのか、どれだけ嬉しかったのかを。 だけど、上手く言葉に出来ない。
「そりゃ良かった。 もう夏も終わりだなぁ」
裕哉は言いながら、空を見る。 既にそこは真っ暗で、夏の夜空には星がきらきらと輝いていた。
「次は学園祭」
「……んだな。 それまでには天羽も戻って来れれば良いな」
「うん」
そして、学園祭が終われば体験学習で北海道。 イベントは目白押し。
……楽しみだ。 素直にそう思う。
中学生までの私だったら、絶対に思わなかった感情。 思おうともしなかった感情。 私はきっと、変わったのだ。
「裕哉」
「ん?」
果たしてそれが私だけなのか、裕哉もなのか、それが気になり、私は問う。
「裕哉は、中学の時はどうだったの?」
「……中学か」
私の言葉に、裕哉は目を細める。 何だろう。 何か妙な違和感だ。 違和感……とは少し違う? 裕哉は、この話題を嫌がっているのかもしれない。 普段ならばそれは分かるのに、今は分からない。
「葉月になら、話しても良いかな。 俺の中学であった話」
裕哉は再び空を見上げて、口を開く。
「俺が、約束を守れなかった話」
それはきっと、裕哉が今でも忘れられない話だ。
私はららんちゃん人形を抱き締める力を少しだけ強めて、その話に耳を傾ける。 この話題を振って正解だったのか不正解だったのか、それもまた、分からない。




