私が想う日々【1】
存外、話すというのは嫌いでは無い。
言葉を交わすのは好きな方だ。 会話も気が合う人とするのは悪くないと思う。 遊ぶのも然り、同じ趣味で一緒に遊べる人というのはずっと求めている物で、探し続けている物である。 今となったからこそ言えるけど、探し物は意外と身近にある物。
良く言われる言葉は無愛想で、好きな言葉は月。 月は綺麗だし、太陽が無ければ輝かないという中途半端で不安定な存在が人間地味ていて面白い。 まるで、私みたい。
一応明記。 私が月みたいに綺麗な少女云々という意味じゃないことは言っておく。 そういう意味では無くて、いつも同じ面しか見せず、いつも誰かが居ないと存在感すら無いという意味で。
あ、忘れていた。 自己紹介。
私は神宮葉月。 歳はもう少しで十六歳。 身長は150センチ。 嘘。 本当は148センチ。 体重は41キロ。 これは嘘じゃない。
思えば、名前にも『月』が入っていた。 そう考えると、私は自己愛が強いのかもしれない。 或いは、両親から貰った大切な名前だから……かも。
そう、両親。
私の、母親と父親。 私は「お母さん」と「お父さん」と呼んでいる。 二人共、多分私のことを嫌っていると思う。 いや、それも嘘だ。 二人は私のことを確実に嫌っているし、気味悪がっている。
小さい頃から、なんとなくその人が何を考えているのかが分かった。 うまくは表せないけど、嫌な感情というのは伝わりやすい。 友達に関しても、赤の他人に関しても、両親に関しても。
最初に気付いたのは、中学一年の時。 朝、起きて両親に会って、その顔から伝わってきた感情。
怖い。 気持ちが悪い。 消えて欲しい。 産まなければ良かった。 普通の子が良かった。 早く――――――くれないか。
とにかく、黒い感情だった。 黒くて暗くて、冷たくて痛い。 そんな感情だらけだった。
原因は勿論私。 私が人の考えに気付くのが得意で、それを知った両親は、そう思ったのでは無いかと思う。
だからと言って、私は二人に対して何かを言うわけでも無かった。 言ったらそれこそ、その言葉は現実となって私に向けられそうだったから。 そういう風に考えている時点で、間違えようのない現実ということは、考えないようにしていた。
「葉月、また出張に行かなければならないんだ。 ごめんな」
そう言って、お父さんは笑いながら私の頭を撫でる。 冷たい手。 周りから見たら、娘を想う良き父。 私から見たら、私の所為で私を嫌いになってしまった、私のお父さん。
「うん。 分かった」
それに私はそう答える。 中学一年生くらいの時には、それに対してまだ笑っていた。
顔に出さなくなったのは、いつからだったか。 そうなったのは小さなことで、偶然見てしまった最悪の物が原因でもある。 それについては割愛。
ともあれ、私はそうやって中学校生活を過ごしていった。 一人になる時間が増えるのに伴って、夜更かしをすることが結構増えたんだっけ。
私が運命の出会いをしたのは、そんな毎日を送っていたある日のことだ。
深夜二時。 特にすることも無く、したいことも無く、ただただ自分の部屋にあるテレビのチャンネルをぐるぐる回す作業をしている途中だった。 暇潰しの方法としては、これは案外良い方法。 たまに、面白い番組がやっていることもあるから。
「……アニメ?」
しかし、その日に私の手を止めたのは、この時間にやっているのには相応しくない絵柄の物。
私が知っているアニメと言えば、夕方にやっている子供向けのやつ。 カードバトルやら、良く分からない格好をした人達が戦ったりしているアニメだ。
そんなアニメが、どうしてこんな時間に? 再放送だろうか? けどそれにしても、こんな真夜中にやって誰が見ると言うんだろう?
疑問を解消すべく、私はそれを見る。 見ている内に分かったが、どうやら一番最初の所謂、第一話らしい。
舞台は高校で、主人公っぽいのは男。 困っている人を見かけたら助けずにはいられないという、絶対に居そうに無い高校生だ。 そして、そんな高校に転校生が現れる。 黒くて長い髪の、凄く美人な人だった。 その転校生は、家の決まりごとで絶対に異性と恋に落ちてはいけないという、とんでも設定。
最初は馬鹿だなぁと思って、次の週も一応見た。
とまぁ、気付けば毎週見ている私。 暇な時間を使って色々と調べたが、どうやら今私が視聴しているようなアニメは『深夜アニメ』と呼ばれているらしい。 基本的にはワンクール、十二話編成。 タイミングよく一話が見れたことには感謝しよう。
そして、三ヶ月の時が過ぎ、最終話。
これまであった思い出、出会い、それらを思い出しながら、ヒロインに想いを伝える。 そして、ヒロインは家を捨てる覚悟で主人公と結ばれる。 分かりやすいくらいのハッピーエンド。
落ち着いたエンディングの曲と、最終回ならではの映像。
……泣いた。 自分でも驚く。 気付いたら、涙が溢れ出てきていた。
もしも、それにハマった時というのが存在するならば、私はこの瞬間だったと思う。 言いようのない喪失感と、虚脱感。 感動的と銘打った映画やドラマは腐るほどあるが、こんなただの青春恋愛アニメで泣くことになるとは露ほども思わなかった。
「すごい」
素直に感じた感想はそれ。 それから一週間ほど、学校の授業は耳に入って来ない。 続編は出ないのかとか、映画でやったりしないかとか、そんなことばかりを考えてしまう。 そしてネットで情報を集めたりしている内に、違うアニメを発見。
もう一瞬だった。 坂道から転げ落ちるように、私はアニメにハマった。 それと同時に、グッズやフィギアにもハマる。 アニメの場面を自分で描いてみたく、絵も勉強以上に集中して描いていた。
その趣味は、一人きりの私にとってはこの上なく都合の良い物。 だけど、それと同時に周囲と壁が出来ていくのを感じる。 こういうのを好きな人は、世間一般では避けられる存在ということくらいは理解していたから、その趣味は誰にも話せなかった。
友達と呼べるような存在もおらず、家に帰っても私を迎えてくれる人は居ない。 でも、アニメを見ている間はとても、とても心が落ち着いた。
アニメに出てくるキャラクターは、何を考えているのか全く分からない。 次にどんな行動を取るんだろう? このキャラクターは、どんな言葉で想いを伝えるのだろう? そんな、誰もが思う疑問を同じように私も持って、それがとても新鮮で、とても衝撃的。
解決が困難そうな難題が出てきた時は、次の週まで気持ちが落ち着かなかったりもした。 悲しい話の次の日は、目が赤くなっていたりした。
面白い。 本当に、面白い。 こんな面白い物がこの世にあったなんて。
それを周囲の人間は全く話さず、私から見たら彼らは人生の半分程は損しているのだ。 こんなにも素晴らしい物があるのに、それを知らないで生きているなんて。
そんな気持ちは、私に優越感的な何かを与えるのと同時に、孤独感を与えてもいた。
……誰かに話したい。 この面白さ、楽しさを誰かと話したい。 一話一話、じっくりと思ったことを話し合いたい。
当然、ネットでは感想をまとめているサイトなどを見て回った。 アニメを実況しているスレッドも覗いたりした。 けれど、違う。
私がしたいのは、もっと身近で、もっと思いっきり意見をぶつけ合えるような、そんなこと。
「……難しい」
言わずとも、理解はしている。 私の性格と、私の無愛想さ。 中学三年生になる頃には既に、私は一切表情を出さなくなっていた。 それは周囲との壁をより強固に、高くそびえ立たせる。
そんな私が、話せる相手。
「居ない」
居るわけが無い。 新しいクラスになれば、最初こそ話し掛けてくる人はいる。 私も友達になりたいと思った人だって、中には居る。 でも、しばらくの間話しているとどうしても伝わってきてしまう。
普段ならば、それは伝わらない感情。 伝わらず、だからこそ、そこから関係を続けることが出来るんだ。 全てを本音で相手に伝えてしまったら、この世には良好な関係を築ける人間なんてきっと居ない。
それが残念なことに、私には伝わってしまう。 考えていることが、想っていることが全て、伝わってきてしまう。 だから私には、そんな良好な関係を築ける友達は出来ないのだろう。
正直に言おう。 怖かった。
怖かったんだ。 笑顔で話し掛けてくる裏で、何を想っているのかが見えてしまい、怖かった。
気付けば、私に話し掛けてくる人も、私に興味を抱く人間も居ない。 まるで空気のような扱い。 あいつはああいう奴だから、別に無理に関わる必要は無いという、そんな存在に私はなっていた。
高校に入ってもそれは一緒で、最初の一ヶ月の内にそれは完成された。 中学生の時と一緒で、通学路はいつも一人。 私の名前を覚えている人間すら、居ないだろう。
ああ、でも一人面白い人が居た。 これでもかというくらい、酷い性格をした人だ。 とても美人で、クラスでの人気も高そうなのに……恐ろしいほどに性格が悪い。 そんな人が一人だけ居た。
けれど、私には関係の無いことだ。 どうせ関わることも無ければ、話すことだってこの先無いのだろうから。
そんなことを思っていたある日、私はアニメを見るという大義名分を持ち、学校を早退することにした。 まだ高校生活が始まったばかりだし、一日くらいサボっても良いという結論を出して。 その為に保健室へ行き、体調不良の振り。 それが実り、午前最後の授業で無事に早退となった。
授業は確か数学だったけれど、不思議なことに教室には誰一人居ない。 疑問に思うも、早退する私には関係の無いこと。 手早く荷物をまとめて、教室から出よう。 万が一誰かが戻ってきたら、私の状況を説明するのは億劫だ。
「……」
手元には、ノート。 私の宝物だったりする。 授業中や暇な時間にだらだらと絵を描き続け、今ではノートの半分程を占めている。 絵を描くのはとても楽しく、最高の暇潰し。 やっぱり好きなことを好きなようにできるというのは、幸せなこと。
「……帰ろう」
だけど何故か、心にはポッカリと穴が開いてしまったような気分だ。 何故か……じゃない。 理由は分かってる。 せめて共通の趣味の人が一人でも居たら、もう少し違った私だったのかな。
……馬鹿なことを考えるのはやめよう。 早く帰らないと、見る予定のアニメに間に合わなくなってしまう。 そう思い、私は駆け足で教室から出ようとする。
その時だった。
「……いたっ!」
ゴツンと、頭が何かにぶつかる。 頭どころか、体も。 その所為で私の体は容易く傾く。 そしてその場に尻餅。
「おわ! ごめん、大丈夫?」
声が聞こえた。 男の人の声だ。 手を差し伸ばしているのか、私の目の前にはガッチリとした手。
反射的に顔を見そうになったが、見ないように。 上にジャージで下に制服を着ているから、この人は生徒だ。 なんとも珍妙な格好。 そしてこの教室に入ってきたことを考えると、同じクラスの人間か。 だとしたらやっぱり、顔は見ない方が良い。
相手も、自分のことなんて分からないだろうし、このまま無視して帰ってしまおう。 その方が絶対に楽。
けれど、私は次にその人が発した言葉で、顔を見てしまった。
「神宮さん、だっけ?」
……私の、名前? つまり、クラスの人。 同じクラスの人。 でも、なんで私の名前を知っているんだろう?
「……」
黙って、顔を見る。 見てしまった。 黒い髪の、なんだかアニメの主人公っぽい見た目。 背は高くも小さくも無い。 顔は……なんだ、この人。
それは初めてだった。 この人は私に対して、何も思っていなかったのだ。 悪い感情を何一つ、持っていなかった。
私の名前を知っているということは、私のことを知っているということ。 なのに、クラスの殆どの人間が持っている嫌な感情を持っていない。 私に対してだけでは無い、誰に対しても、何も悪いことを思っていない。 そんな顔だ。
「……大丈夫か?」
その言葉は、本当に真っ直ぐと純粋で、真っ白。 一点の汚れも無い言葉。
「……」
気のせいだ。 気のせい。 今日の私はきっと、どうかしている。 そんな人が存在するわけない。 人間誰しも、心の奥底では何を考えているのか分かった物では無い。 そんなの散々、今まで思い知っている。
帰ろう。
私は結局、その手を掴まずに辺りに散らばった自分の私物を掴み、横を通り過ぎ、廊下を駆けて逃げる。
大丈夫。 こんな反応を取られたら、あの人だって明日には皆と同じになっているはずだ。
つまり、私を避けるべき存在だと認識するはずだ。
私はそんなことを考えながら、家へと帰る。 私が唯一、気を抜ける場所へ。 誰の顔も見なくて済む場所へ。
思えば、私は知らない内に自分から壁を作っていたのだろう。 周りから突然に現れたと思っていた壁は、私が作っていた物だったんだ。
それに気付くのは、もう少し後のこと。
とにもかくにも、これが私と彼の出会いだった。




