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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺と彼女の関係とは
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あたしに課せられた難題の解決方法 【5】

「それにしてもさぁ、歌音(うたね)ちゃんは一体どこからそんな話を拾ってきたの?」


駅から少々離れた郊外。 時刻はお昼頃。 道路を挟んで向かい側にある猫カフェ。 それを見ているあたしと歌音ちゃん。


「んー? あー、チビの親の話?」


「うんそうそう。 葉月(はづき)ちゃんに直接聞いたってのはあり得無さそうだし、親の情報なんてそうそう入手出来ないよ?」


あたしの言葉に、歌音ちゃんは得意げな顔をあたしに向ける。 ちなみに今の歌音ちゃんの格好は帽子に地味めな上着とパンツ。 普段のお洒落星人とはかけ離れた格好だけど、それでも似合っているのが凄い。


いやでも、わざわざ双眼鏡を持って来ている辺り、ただの変人だ。 気合いの入りっぷりがあたしは怖いよ。


「ふふん。 実は葉山(はやま)歌音ファンクラブの子に、偶然神宮(じんぐう)さんと同じ中学校の子が居たのよ。 それでそれを聞いたってわけ」


ほうほう。


「あ。 勿論裏付けも取ったわよ。 中学校の教師とか、後他の同級生とか。 調べるなら徹底的にね」


怖いなぁ。 将来有望なストーカーだよこの人。


それにしても、出たな葉山歌音ファンクラブ。 なんとも恐ろしい響きだ……。 今鳥肌が立っているのは寒さの所為だけでは無いよ、マジでマジで。


噂程度には聞いたことがあるけど、なんでも前の体験学習の時に本庄(ほんじょう)と対決したことが好評だったらしい。 そのおかげで今ではクラスの表の顔でもあり、裏の顔でもある歌音ちゃんだ。 いつか学校を制圧されそうだから誰か助けてください。


とまぁ、その一件でそんな奇妙なファンクラブが設立された。 一年生の女子が中心らしい。 そう言えばあたしも誘われたっけ……興味無さすぎて忘れてたよ。


「まーあいつらあたしのこと大好きだからね。 良いように使わせて貰ってるわけ。 天羽(あもう)さんも入る?」


地獄への片道切符をいるか? と言われて「はい」と答える人はいない。 だから丁重にそれをお断り。 マジ入ったら高校生活が終わる。


「か、考えとくよー」


かと言って、正面から「入らない」との意思を伝えるのは危険だ。 何が起きるか分からない。 それが葉山ルール。 八乙女(やおとめ)くんが恐れるのも無理はない。


「そっか。 お、なんか面白そうなことになってるわよ」


幸いにも、本日の歌音ちゃんの興味は「八乙女くんと葉月ちゃんのデート」に集約されているようだ。 助かった。


「なになに?」


「えーっと……」


歌音ちゃんは双眼鏡を覗き込み、猫カフェに居る八乙女くんと葉月ちゃんを見る。 八乙女くんはどうやら今日、あたしと歌音ちゃんが付けていることは知っているみたいだけど……まさかここまで本気装備で見ているとは思っていないだろうな。 付けている側のあたしでさえ恐ろしいよ。


「……いつも通りね。 八乙女君がなんかツッコミ入れてるわ」


「ほうほう」


「うーん、さすがに口の動きだけじゃ分からないけど……多分、別れの危機ね」


「早いね!?」


いやいやぁ、まさかそんなはずは無い。 ていうかもしも本当に別れでもしたら、あたしがこれでもかってくらい惨めじゃん!!


「ったくあいつら何してんだか……。 ねえ、あれってデートなの?」


「あたしが聞きたいよそれ」


歌音ちゃん的には、もっとイチャイチャしているところを見たかったのだろう。 そういうの好きそうだからなぁ、この人。 それで、今の八乙女くんと葉月ちゃんの状態を表すなら、ズバリ「ボケとツッコミ」だ。 夫婦漫才だ。


「次ね次。 まだデートは始まったばかり! まだ何が起きるか分からないわよ」


「そうだねぇ」


うーん、お腹減った。 ここら辺には美味しいパスタ屋さんがあったんだよねぇ。 食べたいなぁ。 あーでも、お財布事情的にどうだろう……。 新しい服買っちゃったしなぁ……ううむ、こうなったらいっそのこと、バイトでもしてみようか。


「天羽さん、一応聞くけど今関係無いこと考えてないわよね?」


「へ? おう! 勿論!!」


「なら良し」


あぶねっ! 歌音ちゃんの鋭さはお姉ちゃんに通じる物があるよ……。 気を引き締めないとバレて殺されてしまいそうだ。 殺され方はきっとぬいぐるみによる圧死だ。


……案外幸せな死に方かもしれない。




「お昼ね」


次に二人が向かった場所は、駅周辺だ。 どうやら歌音ちゃんの言う通り、お昼ご飯にしようと二人も話したのだろう。


「お昼だねぇ」


「天羽さん、ちょっと食べ物買ってきてよ。 私温かい物ね」


「……え? あたしが行くの?」


「そうよ、当たり前でしょ」


……何だか良いように使われている気がしてならない。 いや、間違いなく良いように使われている。 むむむむ。


「じゃんけんで決めようよー。 あたしもお腹減ったんだよー」


「仕方無いわね。 ほら、行くわよ」


言い、歌音ちゃんは右手を出す。 おお、珍しく勝負に乗ってくれた。 勝負せずに勝つことを常としている歌音ちゃんが! 珍しいこともある物だ。


「よっしゃ! 負けないぞー!」


そんなこともあり、ノリノリで勝負を始めるあたし。


「はいはい。 最初は……」


グー、と言ってあたしは拳を出す。 そして歌音ちゃんはパーと言って拳を出す。 ん、なんだこれ。


「はい私の勝ち。 行ってらっしゃい」


……覚えとけよこのバーカ! アホー! マヌケ!!


頭の中ではそんな悪口を歌音ちゃんにぶつけ、あたしは素直に温かい食べ物を探して歩くのだった。 ちなみに買ったのは出店で売っていたうどん。 それを歌音ちゃんに渡したところ、なんて言ったと思う?


「私そばの方が良かった」


もう、逆に褒めてあげたい。 どうやったらそこまで人をコケにできるんですか? とも聞いてみたい。 あたしはどうして歌音ちゃんと親友になったのか疑問に思えてきた……。


「んでー、二人は……居た居た。 何やってんの? あれ」


「うーん……あれは多分、お昼ご飯探しだね。 出店を見て回っているんだ」


「そんなの見れば分かるわよ。 何言ってんのあんた」


……帰りたいよぉ! あたし帰っても良いんじゃないかこれ。 こんなことをするより、家に帰って部屋で壁と話していた方が絶対楽しいよ。


「私が言ってるのは「いつになったらデートを始めるのか」ってこと。 まぁー、あの大馬鹿八乙女君は頭の中じゃ「葉月とのデートがやっと始まった!」とか思ってるんでしょうね」


実に当たっていそうだ。 ていうか、歌音ちゃん的には一体どうなったらデートなんだろ?


「まったくもう……見ていてイライラする」


「わ、わはは……抑えて抑えて」


植え込みの影に隠れながら、片方は双眼鏡を持って、片方は相方を宥めている。 その光景はさぞ不審だろう。 そして現代の駅周辺でこういうことをすると、どうなるか。


「君達、ちょっと良いかな」


「あ?」


歌音ちゃんは今にもキレそうな声で……いや今も半ギレ状態だけど。 そんな声を出して、振り返る。 それを見てあたしも振り返る。


わぁ……物凄く真面目そうな方が、あたし達に話し掛けてきた。 腰に何やら警棒みたいな物と拳銃みたいな物を付けている素敵な方だぁ。


「何をしているのかな?」


「あ……っと……それは……その……」


歌音ちゃんよわっ!? 国家権力に弱すぎるよ歌音ちゃん!? さっきまでの勢いどこ行った!?


「すいませんすいません、怪しい者では無いんです……」


しゅんとなる歌音ちゃん。 あれ……ちょっと可愛いかもしれない。 いやいや、目を覚ませ天羽羽美。 目の前に居るこいつは美少女の皮をかぶった悪魔だ。


ふう……危ない危ない。 もう少しで騙されるところだったよ。


「その格好で言われてもねぇ。 ちょっと君達、事情を聞かせて貰うよ」


それから事情を話すこと三十分。 お巡りさんの「怪しまれるようなことはしないように」との言葉で締め括られ、あたしと歌音ちゃんは解放された。




「ったく何よあのクソ警察。 マジ舐めてんの」


「……さっきまでめちゃくちゃ低姿勢だったのに」


「あ? なんか言った?」


何も言ってませんごめんなさい。 あたしは何も見ていませんし、聞いておりません。 帰ったら自己暗示を掛けよう。 あたしの性格だとついつい、口が滑って葉山の刑に処されるのが目に見えている。


「八乙女君と神宮さんも見失っちゃうし……っはあ」


そんなこんなで、今は再び郊外へと来ている。 あれから散々二人を探したけど、結局見つからずにこうして途方に暮れているのだ。


「あ、そう言えば八乙女くんさ、観覧車に行きたいとか言ってたよねぇ」


「……ん?」


結構前のことだけど。 八乙女くんが葉月ちゃんへのプレゼントを決める時に、そんな話をしていた気がする。 あの時って歌音ちゃんは席を外していたんだっけ?


「いやだから、観覧車だよー。 駅近くの公園にでっかいのあるでしょ?」


「……観覧車。 それだッ!! 天羽さん、今何時!?」


「うおう!? 今? 今は……午後四時かな」


「まだ間に合うわね……行くわよ、その観覧車に」


ほぼ無理矢理、あたしは歌音ちゃんに手を引かれてその観覧車へと行くのだった。 これだけ力強く八乙女くんも葉月ちゃんのことをリードしていれば良いんだけど……無理だろうなぁ! 歌音ちゃんが一番男らしいよ……。




そしてやってきた公園。 目の前にはでかい観覧車と……人だかり。 人だかり? 確かに日曜日でこの時間なら人が多いのも頷けるけど……にしても、多くない? それに観覧車とは別の場所に集まっているようだし。 有名人でも来ているのかな?


「やってるやってる。 時間的にも丁度良かったわね」


歌音ちゃんはどうやら、そのワケを知っているようだ。 人だかりの方を見て、腕組みする姿はとても男らしい。


「あれってなに? なんかのイベント?」


見ているだけじゃ分からないので、あたしは尋ねる。 すると歌音ちゃんはすぐに答えた。


「イベントと言えばそうね。 といっても、十二月のこの時期しかやらないイベントだけど」


「観覧車の下にイルミネーションがあるでしょ? あれに好きなメッセージを映し出せるってイベントなのよ。 そんで、今日恐らくあいつはここに来る! つまり!?」


「おお! そのイベントに参加して、八乙女くんと葉月ちゃんにメッセージを見せれば! そしてそのメッセージが感動的な物なら!」


「そういうこと! ふふふ、さっすが私!」


いやぁ、恐れいったね。 悪知恵ばかり働く歌音ちゃんだけど、その回転の良さが良い方に働くとこうなるのか。 普段からそうして欲しいよ。


「あのチビ、きっと喜ぶわよ。 どれだけデレデレするのか楽しみね」


そういう歌音ちゃんの横顔は、プレゼントを貰った子供みたいだ。 嬉しそうに、楽しそうに笑っている。 勿論、あたしも笑っていた。 きっとあたしも歌音ちゃんも、思うことは一緒だろう。


「いひひ、歌音ちゃんは大好きなんだね。 葉月ちゃんのこと」


「うん、まぁね」


反射的に歌音ちゃんは言い、数秒何も言わなかったと思うと、慌ててあたしの方へと向き直る。


「あ、ちがっ! 今のはナシ!! 間違えたッ!!」


「えぇ~? 聞いちゃったもーん。 わはは!」


「良いから忘れろッ!! 適当に言っただけだから!!」


そんな風に、ぎゃあぎゃあと騒ぐあたし達。 歌音ちゃんはそう言うけど、あたしはそれが聞けて本当に良かったって思うんだ。


皆の関係が変わっていくように、あたしと歌音ちゃんや、八乙女くんと葉月ちゃんの関係も変わっている。 それはあたしと八乙女くんの場合でも、あたしと葉月ちゃんの場合でも一緒。 歌音ちゃんにとっても、一緒だと思う。


そうやって触れ合って、成長して。 自分が自分に向き合うこともできるんじゃないかな。 いざというときは皆が居てくれるから、そういう大切な一歩も恐れずに踏み出すことができるんじゃないかな。


自分と向き合うというのは、とても怖いことだ。 自分のことだから、良く分かってしまう。 良いことも悪いことも全部。 でも、自分のことだから分からないことだってきっとある。


そんなのはどんな人でも一緒だろう。 その問題の大きさがそれぞれ違うだけで、根底にあるのは一緒だ。


自分の醜さとか、恐ろしさとか。 向き合えば必然的にそれらも見ることになるんだ。 それは本当に怖くて、心細い瞬間なんだよね。


でも、そんな時に声を掛けてくれる人が居るだけで、考えられないくらいに気が楽になるんだ。 あたしの場合はそれが3人も居てくれて。


今は、感謝しよう。 皆の存在と、この場に立っていられることに。 あたしの難題は続いていくし、今まさに取り組んでいる難題だって無事にクリアすることが出来るかどうか分からない。


それが終わったとしても、次の難題は来るんだろうな。 もしかしたら今のこれよりも、もっと難しいこともあるかもしれない。


でも、でもね。 怖くないんだ。 何にも、怖くないんだよ。


「よっしゃー! じゃあ歌音ちゃん早速突撃だ!!」


「あんたも一緒に行くに決まってるでしょ! イベントって言ってもただ頼めばやってくれるってわけじゃないの。 大会的な物で優勝した人が、その権利を与えられるのよ」


ちなみに、その内容は腕相撲だった。 そしてなんと、驚いたことに歌音ちゃんはその大会で優勝したのだ。


……いやまぁ、正攻法では無いけどね。 その話はまた、機会があればするとしよう。


とにかくこの日、あたしと歌音ちゃんはもぎ取った権利でイルミネーションで文字を出す。


しばらくの間、ここで待っていて……八乙女くんと葉月ちゃんが乗った観覧車が、丁度真上に行った時。


あたしと歌音ちゃんは、二人の友人にささやかなプレゼントを送る。


少しだけ早い、クリスマスプレゼント。 しっかり届いていると良いな。 メッセージも、あたし達の気持ちも。

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