あたしに課せられた難題の解決方法 【3】
「あったぁ!!」
いくつのお店を回ったのかはあまり覚えていない。 結局デパート以外の場所も回りに回って、最後に見つけたのはあたしと歌音ちゃんの地元にある、小さな装飾品店だった。
そして今、今までに見たことが無い程の笑顔で喜んでいるのは歌音ちゃん。 目的を達成した時の喜びなのか、それとも葉月ちゃんの望みを叶えられたからなのかは分からない。 それでも、あたしもあたしで歌音ちゃんと一緒の顔をしていたと思う。
だって、すっごい嬉しいし。 葉月ちゃんも少し、驚いたような顔をしているし。
大きな目を更に見開いて、口もぽかーんと開いている。 嬉しいんだな、葉月ちゃんも。
「おぉ!! マジじゃん!! 一緒だこれ!!」
あたしがそれを見て、葉月ちゃんもそれを見て。 3人で顔を見合わせて、あたしと歌音ちゃんは笑う。 まさにこれぞ「やった!」って感じじゃないかな。 もう結構遅い時間になってしまったけど、そんなのも気にならないくらいに嬉しい。 本当に。
「……ありがとう、葉山も天羽も」
「別に良いっての。 今度手料理ご馳走してくれるんでしょ? めちゃくちゃ手の込んだやつ」
どさくさに紛れて、歌音ちゃんはそんな約束を取り付けようとする。 油断も隙もないなぁ。 最早、そういう部分を見習った方が賢く生きられるんじゃないかとさえ思うよ。
「それくらいでいいなら、いくらでも」
対する葉月ちゃんは、ようやく見つけたペンダントを手に取り、眺めて、言う。
「……冗談だって。 調子狂うわね、なんか」
「わはは。 照れてる歌音ちゃんは可愛いなぁ」
「照れてないっての! ぶっ飛ばすわよあんた」
「うひぃ、あたしのも冗談冗談。 だから、ね?」
「私に冗談は通じないの。 ごめんなさい、天羽さん」
触らぬ神に祟りなしってところだね……。 歌音ちゃんに関して言えば、神というより悪魔だけど。 そう言えば、結構前に八乙女くんは「葉山に関しては、とりあえず怒られたら「ごめんなさい」か「すいませんでした」か「申し訳ありません」のどれかしか言うな」と言っていた。 聞く所によると、それ以外の返答をすると恐ろしいことになってしまうらしい。
ううむ……一体八乙女くんは何をされたのだろう。 気になるなぁ。
かと言って、あたしがその葉山ルールに逆らおうとも思わないけどね。
「私、これ買ってくる。 待ってて」
「はいよ! んじゃ歌音ちゃん、あたし達は外いこっか」
「だね。 神宮さん、私と天羽さん先に外出てるからー」
その言葉に葉月ちゃんはこくりと頷いて、あたしと歌音ちゃんは外へと出る。
12月にもなると、やっぱり寒さは本格的だ。 身を刺すような風と、夜の気温はとても低い。 あたしが震える横で、死にそうな顔をしているのは歌音ちゃん。
本当に寒いのが嫌なんだなぁ。 歌音ちゃんの弱点だ。
「そういえば」
そんなことを思いながら歌音ちゃんの横顔をチラチラ見ていたら、歌音ちゃんは口を開いてそう言った。 見ている先は、どこか遠い場所のようにも思える目付き。
「んー? どったの?」
「いや、あの件はどうなったのかなって思って。 天羽さんの中で、ちゃんと整理出来たのかなって」
「あの件って何のこと? もっとハッキリ言ってくれないと……ってのはやめよっか。 あたしと、八乙女くんと葉月ちゃんのことだよね」
あたしが言うと、歌音ちゃんは無言で首を縦に振る。 その仕草を見て、心配掛けてるなぁと思ってしまう。 歌音ちゃんに限らず、お人好しの集まりだからね。 そういう問題で心配しちゃうのは仕方無いことなのかもしれないよ。
「まぁ……そうだね。 今日一日、葉月ちゃんと一緒に居て分かったよ」
「分かった?」
「うん。 あたしじゃきっと、あそこまで純粋に想えないな、って。 そんなあたしと違って、葉月ちゃんの頭には一つのことしか無いんだよ。 もしも葉月ちゃんじゃなくてあたしだったら……色々なこと考えちゃうからさ」
「ふうん……」
歌音ちゃんは体をブルブルと震わせて、呟くように相槌を打つ。 声と共に見えた白い息は、冬の寒空に消えていく。
「色々ほんと、難しいけどさー。 あたしにとっては全部大事なんだ。 八乙女くんを好きっていう気持ちも、皆を好きっていう気持ちも。 だから、決めたんだよ」
「決めた? っていうのは、何を?」
「――――――――ありのまま生きるってことを」
笑って、言う。 いつもみたいに、いつからだったか……ずっとそうだったように。
どんな時でも笑って、笑顔で、元気いっぱいで。 泣きそうな時だって、あたしは笑っていられる。 昔はそうするしかなかったから。 けど、今は少し違う。
「おまたせ」
そう言いながら、お店から出てきたのは葉月ちゃん。 抱き締めるように持っているのは、ペンダントだ。 今は綺麗な包装紙に包まれて、買い物袋に入っているけど。
「わはは、待ち過ぎて歌音ちゃんが寝ちゃうところだったよー」
「失礼ね……。 寒すぎて寝そうにはなってるのは間違い無いけど」
「葉山、死ぬの?」
今は、皆が居るから。 あたしはやっぱり、皆のことが大好きだ。 そして、その『皆』の中には八乙女くんも含まれていて。 そんな『皆』が、あたしは好きなんだ。
「ご心配どーも。 で、神宮さん。 これだけ付き合わせたんだから、お茶くらい奢ってよ」
「良かった、いつもの葉山」
「それってどういう意味……?」
そしてこの関係と言うのが大好きだ。
だから、違うんだよね。 あたしが好きなのは八乙女裕哉という一人の人間では無くて……皆が居る場所が好きなんだ。
それはケジメを付ける言い訳かもしれないし、自分を納得させる理由なのかもしれない。 けどさ、それで良いんだよ。
勝負なんて、片方が勝てば片方は負けるんだ。 喜ぶ人が居るすぐ傍に、悲しむ人が居るんだ。 笑う人が居れば、泣いている人が居るようにね。
あたしは負けた。 葉月ちゃんとの勝負に負けた。 この世にはきっと、諦めなきゃいけない恋だって……あるんだな。
「おっしゃー! じゃさ、今からファミレス行かない? お腹も減ったから夜ご飯も含めて! ね?」
「私は別に時間的にも大丈夫だけど……神宮さんは?」
歌音ちゃんの言葉を受けて、あたしは葉月ちゃんに顔を向ける。 寒さの所為か、耳は真っ赤になっていて、絶対に確実に寒いはずなのに、表情にそんなのは出さない葉月ちゃんの方を見る。
「私も行く。 お腹空いた」
「決まりだね! それじゃあ次の目的地は……ファミレスだぁ!!」
それからファミレスへと行って、皆で談笑をしながら食事を済ませる。 お腹が減ってたのもあって、とても美味しかったけど……葉月ちゃんの手料理の方が、やっぱり美味しいなぁ。
「えと、歌音ちゃんと葉月ちゃんは何にする?」
そして、今から決めるのはとても重要なことだ。 ズバリ言うと、食後のデザート決めである。
「んー、どうしよっかな……なんか甘い物の誘惑が凄いんだけど」
分かる。 分かるよ、その気持ち。 このちょっと夜遅い時間帯での甘い物の誘惑は物凄い物があるんだよね。 そして、食べたら食べたで悲惨なことになるのだ……。
「私はチョコパフェ」
「躊躇い無いね!? 葉月ちゃん良いの? 太っちゃうよ……?」
「大丈夫。 私は食べても太らない」
そんな葉月ちゃんのひと言を受けて、眉をぴくっと動かすのは歌音ちゃん。 葉月ちゃんにそんな気は無いのだろうけど、これはあたし達に対する宣戦布告か!?
「じゃ、じゃあ……私はこのチョコレートラテにしようかな」
おお、無難だ。 無難な選択で、更に甘い物の欲求も満たせる最善の選択だ。 さすがは歌音ちゃん……! よし、あたしもその策で……。
「飲み物?」
「え? あ、う、うん。 まぁ……」
「デザートはいらないの?」
「……」
もう一度言おう。 多分、葉月ちゃんに悪気は無い。 本当に不思議に思って聞いているだけだ。 多分ね。
「……じゃあ、チョコレートバナナパフェで」
「歌音ちゃん!?」
落ちた。 歌音ちゃんが落ちてしまった。 それは罠だよ!?
「……で、天羽さんは?」
「へ? あ、あたしはぁ……クリーミーラテかなぁ……?」
「は?」
怖い。 怖いよ歌音ちゃん。 そこをあたしに強要するのか。 参ったねこりゃ。
「……じゃあ、いちごゼリー」
「うんっ」
にっこり笑う歌音ちゃんが、これでもかというほどに嬉しそうだったのは、言うまでも無いことだ。
それにしても、自然とこんな流れに持って行ってしまう葉月ちゃん恐るべし……。
と、ここでテーブルの上にあった葉月ちゃんの携帯が鳴り響く。 前に聞いた話だと、電話番号やアドレスを交換しているのはあたしと歌音ちゃんと八乙女くんだけらしいので、八乙女くんかな?
しかし葉月ちゃんは携帯をチラリと見て、バッグの中へと仕舞ってしまう。
「メール?」
そう聞いたのは歌音ちゃん。 すぐに取らないってことはそうなのかな?
「電話」
答える葉月ちゃんの顔は少しだけ暗いようにも見えた。 声のトーンも気持ち、いつもよりも低い。
「……出なくていいの? 八乙女君でしょ?」
「違う。 お母さん」
……お母さん? それって、いつも出張に出てしまっているお母さんのことだよね? それなら尚更出た方が良いんじゃ。
「ああそう。 んでさ、神宮さんがプレゼントを渡すタイミングなんだけど」
ううむ。 歌音ちゃんは何かを知っているのだろうか? 明らかに適当に話を逸らした感じだけど……。 歌音ちゃんがこうやるときは、決まって何かしらの考えがある時だし。
「やっぱりデートの最後が良いわよね。 また明日ーってする時に、さり気なく「はい」って感じが良いと思うわけ。 どう?」
「あ、良いんじゃないかな? そっちのが雰囲気良いだろうし!」
ついそのことについて聞いてしまいそうになった言葉をギリギリのところで飲み込み、話を合わせる。 そしてその流れには葉月ちゃんも乗る。 乗るということはつまり、何かしらの事情があるということだ。
「分かった。 そうする」
頷いて、運ばれてきたパフェをひと口。 実に美味しそうだ……あたしもパフェにすれば良かった。
「葉山、天羽」
一度スプーンを置き、同じようにデザートを食べていたあたし達の顔を真っ直ぐ見て、葉月ちゃんは口を開く。 なんだろう……?
「今日は本当にありがとう」
その言葉に、あたしも歌音ちゃんも顔を見合わせる。 それが数秒続いた後、堪え切れなくなったのは歌音ちゃんだ。
「……あは、あははは! 何よ急に? あはは!」
「お礼」
「お礼って。 あんたそんなキャラじゃないじゃん。 ふふ、あははははは!! あいったぁ!!」
ゴツンとの鈍い音がしたなぁ、テーブルの下から。 そして足を抑える歌音ちゃんを見るに、恐らく葉月ちゃんの必殺技が炸裂したのだろう。
「笑いすぎ」
「だからって蹴るな!! そんなことばっかしてたら八乙女君に振られるわよ!?」
瞬間、固まる葉月ちゃん。 よくよく見ると肩の辺りが少し震えている。 これはあれだ、あたしが一度見たことのある前触れだ。
「……歌音ちゃん、葉月ちゃんが泣きそうだよ!?」
「は? まさかそんなので……」
しかし、正面に座る葉月ちゃんは唇を噛み締めている。 泣くのを堪えているのだ。
「わ! 冗談だって!!」
そしてそれを慌てて宥める歌音ちゃん。
そんな二人を見て、あたしは想う。
あたしにとっては、一番掛け替えの無い物はこれなんだなと、そう思った。
いつか八乙女くんがそうだったように。 八乙女くんは「この場所」という物よりも葉月ちゃんとの関係を取ったわけだけど。
それとは逆で、あたしにとって本当に大切な物は、これなんだろうな。
「ちょっと天羽さんボーっとしてないで宥めるの手伝いなさいよ!!」
「あ、あたしかい!? なんかめちゃくちゃ巻き込まれてる気がするんだけど!?」
「良いから早くしなさいよ! 命令よ命令ッ!!」
「……それは私の持ちネタ」
持ちネタだったのか。 びっくりだよ羽美ちゃん。
……ともあれ。 これにてあたしに課せられた難題は解決されたのだ。 あたしの心に燻っていた想いと、葉月ちゃんの悩み。 こーんな綺麗に解決出来ると、何だか次の難題がやってきそうで怖いけど。
大丈夫、だよね?
そんな思いがあっさり砕かれたのは、八乙女くんと葉月ちゃんのデート前日の夜のことだった。




