あたしに課せられた難題の解決方法 【2】
次の日の放課後。
あたしが加わって初日の会議は見事に空振り。 その日はいつの間にか雑談になっていて、気付いたら夕方になっていて、気付いたら家で天井を眺めていた。 ヤバイね、これは確実にヤバイ。
そんな昨日のこともあり、今日は一つ作戦を持ってきたのだ。 聞いて驚け、作戦名は『もう本人に聞けば良くない?』作戦だ。 ちなみにこの作戦を今目の前に居る歌音ちゃんと葉月ちゃんに話したら、無視された。 酷くない?
だったらどうするのさ!! また今日もこうやって雑談して終わりにする気!? っと、危ない危ない。 何だか歌音ちゃんのキレ具合が移ってる気がする。 気をつけよ。
「じゃ、こうしよう」
三人で腕組みをして、ファミレスで頭を悩ませていたところで歌音ちゃんが口を開く。 歌音ちゃんが出す案は大体いつも二択だ。
めちゃくちゃ良い案か、めちゃくちゃ悪い案。 これのどっちか。 ちなみにめちゃくちゃ悪い案を出す時は、本人は真面目に考えていない場合。 そして今回の場合は、どうやら前者の方だったみたい。
「プレゼントを考える会議じゃなくて、どうやったらそこのチビが納得するプレゼントを選べるのかを考える会議。 どう?」
「うん、良いかも」
その案にすぐさま賛同したのは葉月ちゃん。 一応言っておこう、この会議は葉月ちゃんの為にやっている物である。
そう言えば、昨日痛めてしまっていた喉はもう大丈夫なようだ。 良かった良かった。
「あたしも良いと思うかな。 てゆか、まずはそれを考えないことには進めないしね」
「おっけ、じゃあそういう会議ね。 それじゃあ神宮さん、どういう物ならあんた納得すんの?」
あたしと葉月ちゃんの向かい側に座っている歌音ちゃんは、自分が頼んだアイスコーヒーを一口飲み、葉月ちゃんに問う。 聞き方が怖いのはいつものことだね。
「私は……」
言いながら、段々とあたしの方へと体が傾いてくる葉月ちゃん。 そしてそのまま、あたしの膝の上へと倒れた。
「……葉月ちゃん?」
何事かと思って尋ねると、すぐに返答あり。 弱々しい声で。
「……分からない。 裕哉が喜ぶ物が良い。 それは分かる。 でも」
「でも……どうすれば良いのか分からない」
あたしの膝に顔を埋めて、葉月ちゃんは言う。 ヤバイ、抱き締めたくなってきた。 小動物すぎる……!
「ったく……。 んじゃ止める? 八乙女君にプレゼント渡すの」
「それはだめ」
それを聞き、歌音ちゃんは大きなため息を一つ吐く。 気持ちはまぁ、分からなくも無いかな。 あはは。
葉月ちゃんは可愛いし、性格も歌音ちゃんみたいに悪くない。 それにこの弱々しさが、守ってあげたくなってしまう。 だけど、一旦面倒臭いモードに入ると、とことん面倒な子になるのだ。 ちなみに今は5段階で分けると第3段階くらいの面倒臭さだ。
「だったらどうすんのよ。 そもそも、何でそんな頑なにプレゼントを決めないの?」
「……だって、渡す場面を想像したら恥ずかしい」
「……めんどくさ!!」
うーむ……。 これは難題だね。 かなりの難題だ。
葉月ちゃんはプレゼントを八乙女くんに渡したい。 けど、それをするのは恥ずかしい。 分かりやすくしてみたけど、何だか葉月ちゃんが頑張れば良いだけの気がしてきたのは秘密。
そしてこんな時、パッと思いついたことを言うのがあたし。 そして案外、本当に案外。
「あーじゃあさ、もうとりあえずプレゼントは決めちゃわない? で、それでね、そのプレゼントを持ってデートしておけば、その内どこかで頑張れるんじゃないかな? って思うんだけど……」
「……なるほどね。 まぁ、確かに言われて見れば、今の今までプレゼントすら用意していないってのはさすがにマズイわね。 次の日曜日なんでしょ? デート」
「……うん」
「よし、じゃあ決定。 まずはプレゼントの確保。 で、その後のことは成り行きで考えていく。 天羽さんは当然その案で良いとして、後は神宮さんだけど……オッケー?」
「……分かった。 とりあえず、プレゼントは決める」
葉月ちゃんはようやくあたしの膝の上から起き上がると、目を擦りながら言う。 まさかとは思うけど、寝かけてたのだろうか……。 あたしの膝の上って、そんな快適な場所だったりしちゃうのか!?
「うし、じゃあ今からデパートへゴー。 二人ともちゃっちゃ荷物持って行くわよ」
「はーい」
「了解」
……案外、こうしてあたしが出した案に決まることが、結構あったりするのだ。
そうして、とりあえずの方向性を決めたあたし達三人は近くのデパートへと向かう。 まずは、プレゼントの確保だ。
「おお! 歌音ちゃんみてみて!! この靴可愛くない!?」
「今日はそういうのじゃないでしょ……あ、でもちょっと可愛いかも」
「でしょ!?」
盛り上がるあたしと歌音ちゃん。 そんな二人を眠そうな眼で見つめているのは葉月ちゃんである。
「はーづきちゃんだいじょぶ? てゆか、なんか今日ずっと眠そうじゃない?」
「ふぁ……アニメ、見てたから」
小さなあくびをして、葉月ちゃんは言う。 なるほどなるほど、いつも通りってことか。 にしても、葉月ちゃんは結構夜更かししているイメージなのに、その肌と髪のツヤは一体何なんだろう……羨ましい。
「ねね、神宮さん。 この靴私達にプレゼントしてよ」
「嫌な友達だね!?」
凄い物を見た気がする。 まさかこんな身近に「友達ヅラをして物を奢らせる悪友」が居ただなんて……。 いや、歌音ちゃんなら言っても不思議では無い台詞だけどさ。 それでもビックリだよ羽美ちゃん。
「冗談冗談。 まーとりあえず……そうね」
歌音ちゃんは、冗談とは思えない笑みを浮かべる。 歌音ちゃんのことなら結構理解していると思うけど、この言葉ばかりは信じてあげたくなるな。 もしも違ったらあたしは友達になんの躊躇いも無くタカる人と付き合っていることになっちゃうし。 怖いよ。
「よし決めた。 まずは」
「クレープ」
そんな歌音ちゃんの声を遮ったのは、葉月ちゃん。 整然と並ぶお店の数々の中、一箇所を指さしながら。
「……神宮さーん、今日は何の為にここに来てるんだっけー?」
「私が裕哉に渡すプレゼントの為」
「あは。 なら今なんて言ったのか、もう一度言ってみよっか?」
「クレープ食べたい」
両手を握り締め、自分の顔の前へ。 こうやってジェスチャーで表す時はよっぽどのことらしい。 八乙女くんから聞いただけだけどね。 つまり、葉月ちゃんは今、めちゃくちゃクレープが食べたいということだ。
「お! あたしもあたしも! クレープ食べたい!」
そして、あたしもだった。
「……あんたらねぇ」
「クレープ! クレープ!」
「クレープ食べたい。 クレープ食べたい」
良い感じだ。 見事なタッグプレイがここに来て発揮されている。 あたしと葉月ちゃんの友情は伊達じゃないね。 あっはっは!
「……あーもう分かったわよ!! けどクレープ食べたらしっかりプレゼント探すからね!! 神宮さんもそのつもりで!!」
「うむ」
そして諦める歌音ちゃんと、貫禄ある返事をする葉月ちゃん。 その顔は気のせいか、少し嬉しそうな気がしなくもなくもない。 いや、やっぱり無表情か。 多分八乙女くんがこの場に居たら、嬉しそうにしている顔だ、とか思ってそう。 葉月ちゃん鑑定人だね、あの人は。
「おいしー!」
「んだね、ここのって結構有名らしいよ? お姉ちゃんが言うには、クレープ好きな人達の隠れた名所だとかなんとか」
「んむ」
何だかんだ言いつつ、一番嬉しそうにクレープを頬張っているのは歌音ちゃんである。 歌音ちゃんが食べているのはサラダがこれでもかってくらい入っているやつで、何だかあたしの苺が入ったやつと葉月ちゃんのバナナとチョコが入っているやつと比べて大人っぽい。 ファミレスに行く時も、殆どアイスコーヒーだし……ぬいぐるみマスターとは思えないなぁ。
あ、ぬいぐるみマスターというのはあれ。 あたしが頭の中で勝手に付けているあだ名。 目の前で言ったら叩かれそうなので、最重要機密だったりする。 でもあたしって結構口を滑らせてしまうからな……気をつけよ。
「んで! 葉月ちゃんはそろそろ何が良いか決めた? 良さそうなのあった?」
「微妙」
ううむ……。 葉月ちゃんの御眼鏡に適う物は中々に無いようだ。 まー、あれだよね。 そのプレゼントを貰う人ってのが無趣味人だから、余計に難しいのかもしれない。
「もうこれで良いんじゃない? このクレープ」
そう言うのは歌音ちゃん。 諦めモードに入るのが物凄く早い。
「歌音ちゃーん、しっかりー」
「だって決まらないんだしもう諦めたくもなるっての。 ったく神宮さんも神宮さんで優柔不断よねー」
「……」
少々イライラとしてきた歌音ちゃんが言うと、葉月ちゃんは顔を伏せてしまう。 むう……歌音ちゃんも本気で言っているわけじゃ無いと思うけど、少し可哀想にも思えて来る。
「ちゃっちゃ何でも良いから決めちゃえば良いのに。 本とかー、何か手作りするとかー、アクセサリーとかー」
「それ!」
その時だった。 葉月ちゃんは思いっきり顔を上げて、歌音ちゃんに掴みかかる。 おお……なんだかパワフル。
「へ? な、なに?」
「それ。 今、葉山が言ったのが良い。 アクセサリー」
「アクセサリー? って言っても、色々とあるじゃない」
その言葉に、葉月ちゃんは口を開く。 どうやら、葉月ちゃんの中では何を上げたいのか、既に決まったようだ。
「ペンダントが良い。 裕哉が、私にくれたのと同じのが良い」
なっるほど……。 そういうことか。 でもまぁ、確かにそれなら……八乙女くんは喜ぶかもしれない。 恥ずかしがるだろうけど、嬉しい気持ちにもなるはずだ。
あたしも伊達に、彼のことが好きなわけだしね。 そのくらいの気持ちなら、読み取れる。
「同じのって……今付けてるそれでしょ? それってそもそも、あの時の大会のやつじゃない。 そんなの見つけられるなんて……」
「探そう!! おっしゃ決めたぞー!! 歌音ちゃん、それを探そう!!」
「探す」
「……っはぁああああ。 見つからなくても知らないからね。 探すだけ探す、んでどうしようも無かったら諦めて。 神宮さん、分かった?」
またしても、あたしと葉月ちゃんのタッグプレイ。 案外良いコンビが組めるかもしれないね。 問題は基本的にあたしと葉月ちゃんが共にボケという部分だけど。
「分かった。 もし見つからなかったら私のこれを渡す」
「いやそれ本末転倒でしょ……」
「かもしれない」
「わはは! まーまー、なんとかなる! ってわけでどうする? 手分けして探す? それとも3人で探す?」
「本来なら手分けした方が良いだろうけど、天羽さんは神宮さん1人にして不安じゃないの?」
……不安だ。 物凄く不安だ。 迷子放送とか、絶対ありそうだ。 何だろう、この物凄い不安感は。
「よし、3人で探そうか!」
うん、それが良い。 というかそれしか無さそう。
「……馬鹿にされてる気がする」
「あは。 気のせい気のせい」
文句を言いたげな葉月ちゃんの頭を撫でながら言う歌音ちゃん。 もうめっちゃ馬鹿にしている顔だ。
いや、そんなことより……あたしも葉月ちゃんの頭撫でたい!! 触り心地超良さそう!!
「うひひ、葉月ちゃん撫で撫で~」
そして、葉月ちゃんの頭をしばらく歌音ちゃんと一緒に撫でていた。 ちなみに気付いた時には外は暗くなっていた。 恐るべし、葉月ちゃんの触り心地。