葉山歌音奮闘記 【3】
「とーちゃく! ここ、最近だと殆ど毎日来ているんだよね。 どうかな?」
「寒いし帰る」
「待った待った待った!! ちょっとさ、お話しようよ、お話」
天羽さんは私の手を取り、ぶんぶんと振り回す。 なんだなんだ、そこまで私に居て欲しいのか。 仕方無いなぁ、じゃあ帰るか。
「一分500円ね。 今もう既に会ってから30分は経ってるから、15000円になります」
「たかっ!! ボッタクリも良いとこだ!?」
「ちなみに天羽さんとの毎月のお友達料金もあるから。 そっちは別途月50000円ね。 で、友達になったのが今年の7月だから……5ヶ月で200000円ね」
「お友達料金を請求してくる人は初めてだよ……。 てか、計算間違えてない? 250000円じゃない?」
「サービスよ。 初月は無料。 嬉しいでしょ?」
「おお! やった!」
……馬鹿だなぁ。 つくづく、馬鹿だなぁって思う。 自分が損をしていることに全く気付いていない様子だ。 さすがの私でも、この子の将来が心配になってしまうぞ。 将来、悪い人に騙されるんじゃないだろうか。
しかし、そんな心配をよそに天羽さんは「うぃー」とか言いながら、四角いベンチの上へと寝転がった。
「んで、話って? こんな所まで連れて来て大した話じゃなかったら怒るわよ」
「ん、あー。 そんな大した話では無いかも。 わはは」
「よし、帰ろう」
私が言って立ち上がると、天羽さんはその腰に抱き着く。 やめろ鬱陶しい。
「ストップストップ!! てか歌音ちゃんどれだけ早く帰りたいの!? マジでっ!」
「言ったじゃん、寒いのは苦手なんだって。 だから早く帰りたい」
「分かった、それじゃあこうしよう。 せめて後10分だけお願いします!」
そう言い、天羽さんは頭を下げる。 寝転がったままなので、それが果たして頭を下げているのかどうかは定かでは無いけど、多分頭を下げているつもりだ。
まぁ、仕方無い。 こう頼まれてしまっては、仕方無い。 なんだか最近、仕方無いと諦めてしまうことが多いなぁ。 これも全て、皆の影響なのだろうか?
「っはあ。 んじゃ10分ね、よーいどん」
「いきなり始めないでよ!? あ、えーっと、まずはだね」
ツッコミを入れつつも、その話を始める天羽さん。 何だか滑稽だ。 あはははは。
「あたしさ、まだ八乙女くんのこと、好きなんだ」
「……ふうん」
これは参った。 その言葉を聞いて、私が感じたのがそれだ。 仲間内同士で恋愛になっちゃうと、こうも面倒臭いというのは、私がここ最近で充分体験したこと。 んで、それはどうやら未だに続いているらしい。
「面倒ね、それは」
「うん、そうなんだよ。 面倒で、自分でも嫌になっちゃうよ」
天羽さんは言いながら、体を起こす。 夜空を見上げる横顔は、少し悲しそうにも見える。
「辛くないの? 今の状態が」
「うーん……。 それに関しては、正直言って微妙かな。 普通だったら、二人の仲が裂けますように! って神頼みでもするべきなんだろうけど」
手を合わせ、星を見ながらそんな冗談を天羽さんは言う。 それとも、案外本気?
……いやぁ、無いな。 それは無い。 天羽さんに限ってはあり得ないことだ。
「……普通? それって」
「わはは。 分かんない」
だって、そんなことを真面目にするのは、私くらいの物じゃないかなって思うから。 間違っても他の人達は、しないと思う。
「でもね、それ以上に、二人には仲良く居て欲しいんだ。 きっと、あたしが八乙女くんのことを好きって気持ち以上に、皆を好きって気持ちの方が大きかったんだよ」
だから、か。
だから、その気持ちは報われなかったのかな。 天羽さんはそれに納得しているのだろう。 それに関して、私は一体何を言えば良いのだろうか。 私が何かを言ったところで、天羽さんの気持ちが報われるわけじゃない。 それに、第一私のキャラじゃないし。
「あっそ。 なら仕方無いわね」
「うん、仕方無いんだ」
そうやって、諦める。 それはもしかしたら、悪い意味では無く、良い意味なのかもしれない。
そうすることで前を向けるなら、そうすることで進めるのなら、悪くは無い。
「星、綺麗でしょ? ここ」
「星? あー、確かに良く見えるわね」
横で寝転がっている天羽さんに一度視線を向けた後、私は空へと視線を移す。
何でだろうか。 冬って、星が一段と輝いて見えるよね。 冬は寒くて大嫌いだけど、それだけは……嫌いじゃない。
「最近は、いっつもこうやって星見ながらさ、考えるんだ」
天羽さんは星に手を伸ばすようにして、続ける。
「今日はうまくやれてたかなぁ、とか。 不自然じゃなかったかなぁ、とか」
「くだらないわね」
「うん、そうなんだ。 でもね、歌音ちゃん。 そういう風に思うんだけど、いざ八乙女くんや葉月ちゃんに会ってみると、自然になれちゃうんだよ」
「自然に?」
「そ。 何も考えないで、自然になれるんだ。 いつものように笑って、いつものようにお話できる。 そうやって、いつも通りで居られる」
そして、天羽さんは言う。 起き上がって、私に笑顔を向けて。
「だからあたしは、全然平気だよ」
もしも私が男だったら、きっと「星よりも綺麗な笑顔だな」とか思っていたくらいに、その笑顔は輝いていた。 多分、私には一生かけても出来ない顔。
そんなのをあっさりとやってしまう天羽さんを羨ましくも思い、同時に誇らしくも思う。
「あ」
そして、最後に私はあることを思い出した。 とっても大切な、とある一つのこと。
「んん? どしたの、歌音ちゃん。 いきなり立ち上がったりして」
それは守らなければいけない約束で、私が自身に対して決めたことでもある。
私は天羽さんの顔を真っ直ぐに見て、こう言ったのだ。
「10分経ったし帰るね。 また明日」
「……マジで!? マジでこのタイミングで帰るのっ!? 羽美ちゃんビックリだよさすがに!?」
そして、私は家へ帰った。
「うう……寒かったなぁ」
湯船に浸かりながら、そう呟く。 まったくあの女は良くもまぁ、私をここまで冷えさせてくれた物だ。 一度冷え性になれば良いんだ。 辛いんだぞ、冷え性。
天羽さんは渋々、私は早足で、あれからそれぞれの家へと帰った。 唐突に別れたわけだけど、天羽さんに関しては、意外と私自身「大丈夫だろう」と高を括っている。 あの子の性格はそれなりに分かっているつもりだし、わざわざ私に嘘を吐いたわけじゃあ無いと思う。 そういうことはもう、今年の夏で終わりにしたのだから。
本当に色々あった一年、だったかな。 まさか高校一年にして、私が長年作り上げてきたイメージやら地位やらを粉砕されるとは、本当に思いもしなかった。
全てはあいつだ、あいつに出会ったことから、全て始まったんだ。 あの女、神宮葉月。
無表情で口下手で、無感情なあの女。 ちょっと可愛いからといって、私は気に入らなかったんだっけ。 今思えば、神宮さんに変に絡んだりしていなければ、今はもっと違う場所に居たのだろうか?
八乙女君と知り合うことも無く、天羽さんとも出会わなかったかもしれない。
もしも、そうだったとしたら。
「あーがろっと」
何だか、原因の分からない寒さを感じて、私は湯船から上がる。 髪を拭き、体を拭き、着替えてドライヤー。 結局かなりの時間を要してしまい、私がその後ご飯を食べて、ベッドの上に横になった頃には12時を回っていた。
あ、そう言えば神宮さんが言っていた「髪を早く乾かす方法」を実践し忘れていた。 全ては天羽さんの所為だ。 明日は幸い学校あるし、会ったらとりあえず叩いておこう。
うん、そう考えたらなんだか明日が楽しみになってきたぞ! 歌音ちゃんファイトだ。
……アホらしい。 皆と知り合ってから、私のキャラがブレまくっている気がするんだよねぇ。 ブレているというよりかは、落ち着いているという感覚になるのが不思議で仕方無いけどさ。
そんなことを思いつつ、私はいつもの日課である一つのことをする。 これは誰にも話していない、絶対に秘密のことだ。 秘密度合で言えば、最高機密レベル。
「……よっし」
お婆ちゃんにもバレたくは無い。 私は扉の外を確認して、再度自室へ。 机の前に座って、一番上の引き出しを引く。 そこにはノートが何冊か入っていて、それらを全て一旦外へ。
そしてその一番下。 板になっているが、それを外す。 カモフラージュとして作った物だ。 何だか男子がそういう系の本を隠しているようにも思えるその場所に、私が大切に仕舞っている物。
まぁ、簡単な日記みたいな物だ。
この日記には、主にその日あったことを書いている。 いや、日記なんだからそれが当然だけどね。
でも、この日記に書く内容は一つだけ。 一つのことに関して、私は書き続けている。
その内容は……秘密。 女の子には秘密が多いのだ。
一つだけヒントを出しておくとしたら、この日記を書き始めたのは、今年の五月からってことくらいかな。
「いよっし、んじゃそろそろ寝るかなぁ」
日記を元あった場所へと仕舞い、その上にノートを敷き詰めて、引き出しを閉める。 私はそのまま一度伸びをして、ベッドの上へと再度移動。
今日は色々と働いた所為で、少々疲れているようだ。 それを示すように、眠気は結構な物。 布団をかぶって、ぬいぐるみを抱き締めて目を瞑れば、数分で眠りに就けそうな程のそれ。
んで、そういう時に限って、面倒なことは発生する。 皆と一緒に居るようになってから、それは嫌というほど経験してきた物だ。
そして今回で言えば、面倒なことはその持ってきた相手の名前からして、余計面倒なことになりそうである。
「神宮葉月……。 何だろう?」
鳴り響いているのは携帯電話。 そして、その画面に映し出されている名前がそれだ。 タイミングがタイミングだけに、変に勘ぐってしまう。 神宮さんから電話が来るというのは、結構レアだしなぁ……。 私からはちょくちょく電話をしているけど、向こうからってのがレアなのだ。
なんかそう考えると、私が神宮さんのストーカーみたいじゃん……。 別に特に用事があるってわけじゃないけど、神宮さんは一々反応が愉快だから、からかっているだけだよ? 特に深い意味は無いんだよ? なんて、自分に言い聞かせつつ、うるさくも鳴り響いている携帯を手に取った。
まぁ、とりあえずは取らないことには始まらない。 そう思い、私は通話ボタンを押してみる。
『葉山、命令』
電話を切った。 おやすみなさい。




