葉山歌音奮闘記 【2】
「んで、歌音ちゃんはエロ本買いに来たんだっけ?」
「……」
「あいてっ! くぅ……歌音ちゃんのツッコミって、なんかズドンって感じで響くんだよね……」
「失礼なこと言わないでよ。 ぴよんって感じでしょ」
「ぴよん……? その擬音、何だか凄い気になるよ……」
そうは言われても、本当にぴよんって感じなんだから仕方ないでしょ。 ズドンってなによ、ズドンって。 そっちの方が絶対におかしいっての。
「そんでそんで、結局何を買うのさー? そろそろ教えてくれても良くなくなくない?」
「どっちよ。 別に何でも良いでしょ? 天羽さんには関係無いしー」
そんな会話をしながら、書店の中をぶらぶらと並んで歩く私達。
天羽さんは先程から、私の顔をちらちらと覗き込みながら。 私はそんな天羽さんをガン無視しながら。 熾烈な戦いを繰り広げる私達である。
「何よもうッ!! あんた一体いつまで付いて来る気なのよ!?」
で、先に痺れを切らすのは私だ。 こう見えて、意外に意外、私は短気だったりする。 意外でしょ? 我慢強い時もあれば、短気の時もある。 まぁ要するに、その時の気分次第。
「あたしは歌音ちゃんを愛してるからねぇ~。 いつまでも付いてくよ?」
「将来有望なストーカーね。 ったく、あんたがこうやって付いて来てると、欲しい物買えないんですけど」
「なになに? あたしが見てたら買えないって、やっぱエロ本か!?」
どこまでそれにこだわるのよ。 そういうのを持っているのは男子だけでしょ。
「……はぁ、じゃあ一つだけ約束して」
「お! 任せて任せてっ!」
神宮さんの次に心配になるな、この子の「任せて」は。
「絶っ対に、このことは八乙女君には黙っておくこと。 守れる?」
「うーん……内容を聞くまでは、なんとも? わはは」
頭を掻きながら、天羽さんはそんなことを言う。 分かってないなぁ、分かってない分かってない。
「私の言うことは絶対よ。 もしも口外したら一週間、様付けで呼ばせるから。 分かった?」
「……よっし、そこまで言うなら分かったよ! 守ってみせよう!」
……酷く心配だ。 酷く心配だけど、まぁ口を滑らせた場合はどうなるかの約束も取り付けたことだし、良いか。
「じゃあ、言うけど……」
「……うん」
「私が買おうとしているのは、八乙女君と神宮さんのデートの参考になりそうな本よ。 二人共なんっか危なっかしいし、このままだと自然消滅なんてこともありそうだから。 別に二人のことがどうなろうと良いんだけどね。 って聞いてるの?」
「うむ勿論! わはは! 歌音ちゃんはやっぱ優しいなぁ、とか思ってさ。 あはは!」
「うっさいしばくわよ。 一応もう一度言っておくけど、口外したら有る事無い事言い触らすから」
「それさっきの約束と違くない!?」
「は? さっき言ったじゃん、私の言ったことは絶対だって」
「……あ、あはは」
苦笑いをする天羽さん。 そんな彼女に、私はとびっきりの笑顔を向けてあげる。 優しいなぁ、私。
で、それからは二人で参考になりそうな本探し。 出来れば、八乙女君でも理解出来るような軽い内容の物が良いかな。
「お、これなんてどう?」
「んー? なになに」
天羽さんが持ってきた本。 タイトルは……。
『彼女の作り方、入門編』
「二人はもう付き合ってるでしょ……。 それに入門編って何よ、入門編って」
「いやぁ、だって八乙女くんも葉月ちゃんも付き合ってるって感じじゃなくない? だから、逆にこういうのが良いかなーって思ったんだけど」
「……否定出来ないのが悲しいわね」
事実、そうだ。 あの二人は見て分かるほどに気まずい雰囲気を放っているのだ。 前までは、暇があれば二人で話をしていたし、お昼ご飯だって、毎日神宮さんは購買まで行く八乙女くんに付いて行き、その後は仲良く校舎裏のベンチで食べていたし。
今の付き合っているという状態よりも、前の付き合っていない友達同士って時の方が、断然仲良くしていたからなぁ。 そういうのを意識してしまい、恥ずかしい気持ちになるのは分かるけどさ。
「うーん……難しいね、中々」
唇を尖らせながら、天羽さんは言う。 天羽さんは仮にも八乙女君に振られているわけだけど……。 なのにこうやってその相手の為にって思えるのは、凄いなぁと思う。 もしも私だったら、面倒になって放置してしまいそうだ。
誰しも自分のことが一番大切だろうに。 それでも天羽さんはこういう行動が取れるのだ。 それが何だか、一人の友達として素直に嬉しくも感じる。
「あ、これなんてどう? 天羽さん」
「んんん? えっとなになに」
考え込んでいる天羽さんに何かしら話を振りたくて、私は咄嗟に手短にあった雑誌を手に取り、天羽さんに見せた。 表紙がそれっぽかったから、適当に取っただけだけど。
そして、私と天羽さんはそこに書いてある名前を確認。
『女の子同士の付き合い方。 気になるあの子ともっと親密に』
「……歌音ちゃんってそっちの人だったのか!? もしかしてあたしの貞操が危なかったりするの!?」
「……んなわけあるかぁ!!!!」
「……酷いよ歌音ちゃん、本気で叩くんだもん」
それから私と天羽さんは、結局のところ無難なタイトルの雑誌を購入。 後はこれを参考にして、八乙女君にアドバイスをすれば良いだろう。 そしてそれでも上手くいかないようなら、この雑誌を押し付けて任せてしまおう。
「あは。 ごめんごめん、ついね」
「歌音ちゃんは「つい」で叩きすぎなんだって! あたしが馬鹿になったらどうする!?」
「良いじゃん、今も充分馬鹿なんだから」
「ひどっ! あーやっぱ歌音ちゃんは悪魔だ!」
「うっさいわね、叩くわよ」
そんな会話をしながら、街灯が照らす歩道を歩く。 裏道なので車通りは少なく、人気もあまりない。 意外と私と天羽さんの家は近いので、途中までは一緒とのこと。 だけど、気になることが一つ程ある。
「そういえばさぁ、天羽さんってさっき「最近ずっと帰るのは夜」とか言ってたけど、この辺通ってるの?」
「んー? あー、まあね。 色々考えることとかあってさ、それで外に居ると、ひんやりしてて気持ち良いんだ」
「考えることねぇ……」
私は言いながら、天羽さんの顔を凝視。 うーむ、この馬鹿に考えることはあるのだろうか?
「……今、絶対歌音ちゃんは「この馬鹿に考えることはあるのだろうか」とか思ってるでしょ!?」
「あはは、すごいすごい。 大正解」
「酷いなぁ、歌音ちゃんはほんっと、酷いや」
そして、天羽さんはそんなことを言いながら、空を眺める。
今日は雲もなく、空には星が点々と輝いていた。
「そだ。 そんな酷い歌音ちゃんに、とっておきの場所を教えてあげよう!」
「いや良いって。 寒いし早く帰りたい」
「またまた、そんなこと言って本当は行きたい癖に。 遠慮しなくて良いんだよ?」
天羽さんは言い、私の手を握る。 手袋をしている私に対して、天羽さんは素手だ。 私から見ればそれは、最早自殺行為なのだけど……。 寒さに強いのかな? 天羽さんって。
「遠慮してないよ。 マジで早く帰りたい」
「……わはは。 って言いつつ、実は?」
「帰ってお風呂に入りたい」
「そんなこと言わず来てよぉ!! 折角誘ってるんだからさぁ!!」
そこまで来て欲しいなら最初に言え。 何だか焦らしているように感じて、イライライライラだ。
まぁ、けど。 そういう風に頼まれてしまったら、仕方無いか。
なんだか私も、八乙女君のような性格になりつつあるな……。 影響、受けてるのかなぁ。
「ったく、分かったわよ。 で、そんな遠いところじゃないでしょうね?」
「うん、全然近いよ。 というか、あそこだね」
そう言いながら、天羽さんは左側を指さす。 そこにはいつも通りがかるでかい公園……公園とは言っても、人口芝に人口の山があるだけの公園だけど。
そんな公園にある、人口の山を天羽さんは指していた。 高さ的には大体70メートル程のそれだ。
「あそこ? 何かあるの? あそこに」
「うーん、行けば分かるよ。 だからほら、早くっ!」
言って、天羽さんは私の手を引いて走りだす。 一体何だと言うのだろう? まだ小学生とかの時は興味本位で登ったことはあるけど、大して面白い物が見れるわけでも無く、すぐに降りたことしか覚えていない。
「分かったっての! ちゃんと行くから引っ張るなッ!!」
まぁ、少しくらい寄り道しても良いか。 早くお風呂に入りたいという気持ちは変わらないが、少しくらいならこのうるさい友達に構ってあげても悪い気はしないしね。




