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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺と彼女の関係とは
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葉山歌音奮闘記 【1】

放課後のある日、私が寒さにぶるぶると震えながら、床暖房と毛布で体を暖めている時だ。


「よー、葉山はやまだけか」


そう言いながら部室に入ってきたのは、八乙女やおとめ裕哉ゆうや。 馬鹿男だ、馬鹿男。


「挨拶なんて良いからさっさと閉めなさいよ。 寒くなるでしょ」


「相変わらず寒がりだな……」


言いながら、八乙女君はサッと扉を閉め、いつもの位置にある椅子へと腰を掛ける。 そして、何かを言いたそうにしながら、ちらちらと私のことを見る。


それにも大体の見当は付いている。 大方、神宮じんぐうさんとのことだろう。 私が知っている限り、二人の関係は付き合う以前より、確実に悪化しているからだ。


八乙女君は知らないだろうけど、神宮さんも神宮さんで、女の子らしいところがしっかりとあるんだから、グイグイ押していけばデレデレするだろうに。 予想だけどね。


まー、あの子もあの子でかなりの恥ずかしがり屋だから、一筋縄では行かないというのは分かるけども。 にしても、このヘタレ男は一度死んだほうが良い。 私や、神宮さんや、天羽あもうさんの時みたいに、人の為なら馬鹿をするし無茶をするしで、正直に言って頼りになる奴だけど、自分のこととなるとこれだ。 もっと自分を大切にするということを覚えた方が良いだろう。


「何よ。 何か言いたいことでもあるわけ?」


そんなムカつきもあり、多少乱暴に私は聞く。 すると、八乙女君は「あーっと」と言葉を濁す。 相談相手に私を選ぼうとしているのは褒めて良いけど……それ以外は、てんで駄目ね。 ほんと、いつもとは別人のようだ。


「神宮さんのことでしょ。 何か言いたそうにしてることって」


「……まぁ、そうだ。 実は、ちょっと相談があってさ」


ようやく本題か。 ま、私としては聞いても良いかなとは思っていたし、ここで断るようなことはしないけど。


「神宮さんのことで相談ねぇ。 ってことは、恋の悩みってわけね」


「何か嬉しそうだな、お前」


うるさい。 だって、人の恋の悩みとか聞くのって面白いでしょ。 焦れったいのとか見ていると、ワクワクしない? 今の八乙女君と神宮さんの関係がそんな感じで、実を言うと私としては結構面白そうだと思っているのだ。


「で、何で私なのよ」


私がそう問うと、八乙女君は「葉山は可愛い」とのことを別の言葉で言ってくる。 ほほう、ほう……。 なるほど、うふふ。


ま、そんな風に言われてしまったのもあって、私は嫌々仕方なく、その日は八乙女君にアドバイスをしてあげるのだった。 内容は、雑誌とかでちらほら見掛けていたことを適当に。 いや、私だって真面目だったよ。 でも、そういう経験が無い以上、そうするしかなかったし。


とりあえず、その葉山歌音様ご相談コーナーで決まった私がするべきことは、神宮さんが行きたい場所の特定。 それを八乙女君に教えれば、後はあの馬鹿次第だ。




「じーんぐうさっん! おっはよ!」


次の日の朝。 遅刻をせずに、いつもより少し早く教室に入ってきた神宮さんに、私は元気良く声を掛ける。 一緒に登校してきた八乙女君は、私の行動の意味を察して、先に席へと向かっていった。 仲良く話すのを見掛けなくなってしまった二人だけど、こういう生活サイクルというのは、中々どうして崩れない物のようで。


ちなみに八乙女君の席は廊下側の前から二番目。 神宮さんの席は窓側の一番後ろで、その丁度中間辺りに私だ。 そして、やかましい天羽さんは神宮さんの隣である。 この教室で一番静かな神宮さんと、一番うるさい天羽さんが隣同士ということもあり、あそこだけ時空が歪んでいるという噂も実はある。 当人達は知らないと思うけど。


「おはよう」


元気の良い挨拶に、元気無く返事をされる。 挫けない挫けない、まだ作戦は始まったばかりよ歌音! 神宮さんなんていっつもこんな感じじゃない!


「ねぇねぇ、ちょっとだけ良い? 神宮さんとお話したくて」


「気持ち悪い」


神宮さんの肩に手を回してそう言ったら、そう返事をされた。 泣かせてやろうかこのクソチビ。 下手に出ていれば良い気になりやがって……! あろうことか、この私に向かって「気持ち悪い」だと!? ちょっと可愛いから調子乗ってない!? 彼氏出来たからって調子乗ってない!?


「あ、あはは。 ちょっとだけだから。 ね?」


だけど私は諦めない。 我慢よ歌音。 我慢我慢。 我慢我慢我慢我慢我慢我慢……。


「分かった。 特別」


「……どうも」


ここでキレてしまったら駄目だ。 血圧上がっちゃうからね。 意外と忍耐強い私だ。 さすが歌音。


「なに」


神宮さんは自分の席へ座り、隣に立つ私にそう尋ねる。 話の切り出し方としては、そうだなぁ。 とりあえずは。


「たまにはさ、二人で遊ぼうかなーって思って。 最後に二人で遊んだのってもう結構前でしょ? だからね」


「別に良い。 でも、どこで?」


よし、来た。 こうなればこっちの物だ。 後は「神宮さんはどこで遊びたい?」と聞けば完璧。 当然私と二人で行きたい所と、八乙女君と二人で行きたい所は違うとは思うけど、あくまでも参考までに、ってことだ。


「神宮さんはどこで遊びたい?」


「どこでも」


「そ、そう……」


何よ!? もっとこう、行きたい所あるでしょ!? その返事って一番しちゃいけないパターンじゃない!! そう雑誌に書いてありましたぁ!!


「あーっと……あ! じゃあさ、何して遊びたい?」


我ながら、完璧な返しだ。 そこから神宮さんの行きたい場所を探れば良いのだ! アニメを見たいと言ったら、映画館に連れて行けば良いし、ゲームをしたいと言ったらゲームセンター! 体を動かしたいと言ったら、確か地区センターに温水プールがあったはず! よりどりみどりだ!


「何でも良い」


「ああん!?」


おっと、危ない。 思わず神宮さんの机を思いっきり叩いてしまった。 八乙女君が物凄く心配そうにこっちを見ている。 大丈夫大丈夫、ちょっとイラッとしただけだから大丈夫。


「でも」


神宮さんは私のそんな行動にも動じず、口を開く。 肝が座っているというか、その辺りはさすが鉄仮面少女。


「葉山の家に行ってみたい」


「……私の家?」


「うん。 裕哉の部屋と、私の部屋では遊ぶけど、葉山の家で遊んだことは無い」


あー、確かにそうだ。 天羽さんの家でも遊んだことは無いけど、ここからだと少し距離があるしね。 それにあの姉が一緒だと考えると、気後れしてしまうのは事実だし。


「それじゃ、今度私の家で遊ぶ? 何も無い家だけど」


「それが良い。 そうする」


「オッケー。 んじゃそういうことで!」


「了解」


そして、私は自分の席へと戻る。 なんか忘れている気がするけど、ま良いか。




「ヤバっ!! 八乙女君の件すっかり忘れてた!!」


家に帰って、ベッドの上に寝転がった時にそれを思い出し、私はぬいぐるみを抱えたまま起き上がる。


あのチビめ、よくも私を嵌めてくれたな……。 いつの間にか、神宮さんのペースにすっかり飲まれていたようだ。 私としたことが!


と考えても仕方無い。 過ぎ去ったことはどうしようも無いからね。 人生、諦めが肝心肝心。


「ふぃー、こんな時、このサッパリした性格楽だわー」


そのままもう一度ベッドに倒れ込み、一人で呟く。 楽に生きている私にとって、この性格は大変ありがたい物なんだ。 こうやってすぐに物事を切り離せるし、忘れることだって出来る。 大切なことはもう忘れないけど、今回の八乙女君の件はそこまで大切じゃないし別に良いでしょ。 元はと言えば、八乙女君がだらしない所為でこうなっているわけだし。


……とは思っても、この一年近くの時間が失敗だった。 一年近くあの人達の傍に居て、切り離そうと思っても中々頭から消えていかない。


「まだご飯まで時間あるか」


ぬいぐるみを枕の横に置いて、私は再度起き上がる。 制服からは着替え終わっているし、このままで問題無いだろう。


そして、私はお婆ちゃんに「ちょっとだけ出掛けてくる」とだけ伝え、家を出るのだった。


向かう先は、家から少し離れた場所にある書店。 最近は殆どの買い物はコンビニで済ませていたので、あまり立ち寄ることは無かった場所だ。




「さっむ……」


まだ日は落ちていないのに、この寒さ。 さすがは冬。 これだから冬は嫌なんだ、以前までは色々な理由から冬は嫌いだったけど、今では寒いから嫌なだけ。 不思議と皆と居る時は大して気にはならないのに、一人の時は何倍にも感じるこの寒さだ。


それに加えて私は冷え性だから、帰ったらとりあえずゆっくりお風呂に入ることにしよう。


……そう言えば、お風呂と言えば以前、神宮さんが興味深い話をしていた気がする。 女子にとってお風呂あがりのドライヤーは最重要なんだけど、時間ばっか掛かって仕方無いと言う話をしていた時だ。 私みたいに肩より少しあるくらいでも大変なのに、神宮さんはそのロングヘアで面倒じゃないの? と聞いたんだっけ。 その時確か、神宮さんはこう答えたんだ。


「えーっと、タオルを当ててドライヤーをする。 だっけ」


そうだそうだ。 何でも、乾いたタオルを濡れた髪の上に当ててドライヤーを使うと、乾くのが早いらしい。 あの子はやけに髪質が良いし、手入れに大変気を遣っているようだから、結構参考になるんだよね。


それでまぁ、その教えて貰ったことはとりあえず、今日帰ったらやってみるとして……今こうして、私が書店に足を運んでいる理由。


別にあの二人がどうなろうと知ったことでは無いけど、部室で気まずそうにされるのは迷惑なのだ。 なので、ここは私がもっとサポートに回り、円満な雰囲気にしたい。 との理由で、何か参考になりそうな雑誌を探すというわけ。


あくまでも、私が嫌な気分になりたくないから。 あの二人の為じゃなくて、私の為だ。


……こんな風に言うと、何だか八乙女君っぽいな。


そんな風に考えながら歩いていた途中で、何やら見慣れた栗色髪の女を発見。


「おぉ!? わはは! 歌音ちゃんだ!!」


「……」


面倒くさっ! 気付かない振りしておこ。


「無視しないでよぉ!! 歌音ちゃん、歌音ちゃんってば!!」


泣きそうになりながら叫び、私の体に抱きついてくる。 こうされてしまっては無視は出来ないか。


「……あー、人違いじゃないですか?」


「うわひどっ!! まさかの返答だよそれ!? いいよいいよ、明日学校で葉月ちゃんに言いつけてやるッ!!」


「別に神宮さんに言い付けたって何もならないでしょ……。 で、何で天羽さんがここに居るのよ?」


「あたし? あたしは散歩だよ、散歩」


「散歩? あれ、そう言えば天羽さんってどこに住んでるの?」


付き合いは結構長かったけど、そう言えば一度も聞いたことが無かった気がする。 で、私はなんとなーくそれを訪ねてみた。 すると、天羽さんから返って来た言葉は私も良く耳にする場所で……。


「まさか近くだったとはね……。 あーでも、中学一緒だったし当然っちゃ当然か」


「わはは! 実はたまーに、電車乗ってる時に歌音ちゃん見かけるんだよね。 ほんとたまにだけど」


「その時に声掛けなさいよ。 通学中とか暇で仕方無いんだから」


「いひひ。 じゃ、今度からそうするよー。 それで、歌音ちゃんは何しているのさ?」


にっこりと笑いながら、首を傾げながら、天羽さんは言う。 神宮さんとはまた違った可愛さだ。


神宮さんのを「何だか守ってあげたくなる感じ」だとするなら、天羽さんのは「こっちまで元気な気分になってくる感じ」だ。 事実、さっきまでよりも幾分か、足取りは軽い気もする。


「私はちょっと、野暮用かな。 書店に行く途中」


「ふうん? んじゃあたしも付いて行こーっと」


「へ? いやいや、良いって。 そろそろ暗くなってくるし、帰らないとマズイでしょ? りんさんも心配するだろうし」


「うーうん、心配しなくてもだいじょーぶだよ。 最近はずっと帰るの夜だしね」


そういう問題じゃない! 私が心配しているのは、私がこれから買おうとしている本についてだッ!! 知られるのだけは避けなければ……。 なんとしてでも!!


「本屋本屋~。 あたしってさ、こう見えて結構本読むんだよね。 読むっていうか、読んでたんだよねぇ」


当然のように付いて来ているこの女にそれがバレないよう、如何に上手く隠すか考えないと……。 天羽さんだけにバレるならまだ良いけど、問題はこの女がとても口の滑りやすい性格ということだ。 それさえ無ければ、別に話しても良いくらいには思っている。


「どうせ漫画とかでしょ? 天羽さんが読むのって」


「違う違う、しっかりとした小説とかだよ。 ま、入院してる最中だけだったけど。 本を読むのと、後窓の外をボーっと眺めるくらいしか、することなくてさぁ」


「ふうん。 何度聞いても、退屈な毎日ね」


「わはは! ほんとそれ! だからこうして、今は毎日が楽しくて仕方無いんだ。 皆と遊んで、一緒に帰ったり、一緒に学校行ったり、お昼も一緒に食べて。 部活やったり、歌音ちゃんと葉月ちゃんの喧嘩を見てたり。 葉月ちゃんが持ってきたアニメを見たり」


目を細めて、横で天羽さんは言う。 儚げな表情で、楽しいと言う割には、そんな風に見えなかった。 だから私は言ってやる、私らしくね。


「後は、恋をしたり。 あはは」


「うっ……。 いきなり直球すぎだよぉ。 歌音ちゃんはほんと、デリカシーが無いよねぇ……」


はいはい、悪かったわね。


「良いじゃない、別に。 天羽さんがそれで納得してるなら、それで」


「まーね。 あ! 歌音ちゃん歌音ちゃん、見えてきたよ本屋さん! あそこでしょ?」


「そうそう。 天羽さん、行ったことあるの?」


「たまーにね。 それじゃ、おっさきー!」


言って、走って、天羽さんは書店へと向かって行く。 全く、本当に子供っぽいというか、無邪気というか、馬鹿というか。


でも、気付いたら私はそんな天羽さんの背中を見て、追い掛けているのだった。

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