表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉月と俺の関係とは
6/100

夜の会合

「今日は、これ」


朝。 もうこいつと毎日一緒に登校するのがお決まりになっている。 話していると結構楽しいから文句は無いのだが、一つ言わせて貰えば疲れる。 それだけだ。


「これは? どんなアニメなんだ?」


スマホの画面を慣れた手つきで操作して、葉月はづきは俺にその画面を見せてきた。


「……なんかエロいな」


可愛らしい背の高くスラっとしたキャラクターが水着を着ていて、俺に向けて胸を強調している。 いやてか、これを一緒に見ろって言われても嫌なんだけど……。 色々気まずくないか? これは。


「そう。 可愛いの」


「確かに可愛いけど……なんでこのキャラ、目が青い?」


「理由は知らない」


「……ふうん。 まぁ、こっちの方が確かに可愛くは見えるな」


アニメ版葉山(はやま)だな。 性格も良さそうなキャラだ。


「ちなみに、このキャラは主人公を殺そうとする」


「マジかよ!? こんなに笑ってるのに!?」


「うん。 笑いながら、刺そうとしてくる」


「こわっ! 良くそんなアニメ見てられるな!?」


「……キャラは可愛いから。 それに、憧れる」


「憧れる? 憧れるってのは?」


葉月はスマホの画面を見たままに、物悲しそうに呟いた。


「大きいのは、憧れる」


「大きいの?」


「そう」


葉月はスマホから視線を外すと、俺の方を向いてきた。 俺を見上げながら、丸くて大きな目で俺のことをジッと見る。


「……」


俺はそんな葉月の顔から胸に視線を移す。 ああ、なるほどね。 納得した。


「……まぁ、頑張れよ」


一応情けとして言ってやると、葉月は少々ムッとした様子で言う。


「待って、裕哉ゆうや


そう言いながら掴むのは胸倉である。 どうせなら腕とか掴めよ、怖いな。


「今、どこを見てたの」


「どこって……色々と残念なところ?」


「裕哉は勘違いしてる。 私が言っているのは、背のこと」


「背? ああ! そっちか! てっきり胸のことだと思った!」


「……裕哉。 こっちを向いて」


立ち止まって言う葉月の命令。 こんな風に簡単な命令は日常茶飯事で、特に断る理由が無い場合は大人しく従うことにしている。 逆らってもメリットがあまり無いからな。


「はいはい。 何だ?」


そして俺は今回の命令にも従い、葉月の方に体を向けたのだが……。


次の瞬間、脛に激痛。


「いってぇえええええええ!!! な、なんだよ!?」


「腹が立った。 裕哉のせい」


「は、葉月が勘違いされるような言い方をするからだろ……ああ痛え!!」


「ちなみに、今のは必殺技」


「……わ、技名は?」


「弱点攻撃」


そのまんますぎる! もっと捻れよ!!


「で、でもさ、葉月」


「なに」


「俺は胸だけが全てじゃないと思っているぞ。 だから」


「裕哉、もう一度立って。 次は反対の足に攻撃する」


そして俺は二度目の弱点攻撃を食らって、葉月のおかげで学校を遅刻することになった。 葉月も葉月で俺のことを放って先に行けば良いのに、学校はつまらないとの理由で、俺の痛みが引くまで一緒に居たのは……まぁ、ちょっとだけ嬉しかった。


元を辿れば全て葉月の攻撃の所為だけどな。 それは決して忘れないよ。




「完全に授業始まってるな、この静けさ」


「うん。 だから昼休みまでアニメ見たい」


「今からのこのこ帰れるか! ここまで来たんだから、教室行くぞ」


下駄箱でそんな会話をしながら、俺は自身の靴入れを開ける。 名前順に並んでいるから、俺は右下の位置で、葉月は真ん中の上。 その小さな背の所為で、背伸びをしないと届かない位置だ。


「葉月。 一応授業中だから、静かに行くか」


「う、ん。 分か……った」


一生懸命に靴を取ろうとする姿はなんとも健気だなぁ。 そしてそんな姿を見て、手伝わずに横で眺めているのも少し楽しいかもしれない。


「……裕哉はやっぱり、私をいじめる」


そんな俺を横目で見ながら、葉月はいつもの台詞を言う。 心外だな。


「いじめてねえ! ああもう分かったよ、取れば良いんだろ? 靴」


「よろしく。 命令」


「はいはい分かりましたよ……ったく」


俺は言いながら、葉月の靴入れの前へ。 どうしていつもは自分で取れているのに、今日に限って取れないのか。


少し考えれば、すぐに分かることだった。 俺の背だと靴入れの中は見えて、葉月の位置からは見えない。 それも相当後ろに下がらない限り。


まぁ、簡単に結果だけを言ってしまえば……葉月の靴入れの中には、あるはずの上履きが無かったのだ。


「……葉月、上履き持って帰ったか?」


「持って帰るのは一週間に一回。 休みの前だけ」


「いやでも、葉月の上履き無いんだけど……」


「ほんと?」


「ああ、本当に」


「なるほど。 隠されたみたい」


「……なのかな?」


「前のことと、今日のこと。 一緒」


前のこと……っていうのは、あの人気投票の一件か。 それと今日のこと、この上履きを隠されたっていうのも、同じ犯人だと言うのか。


「多分、上履きはあそこ」


言って、葉月はすぐ傍にある空き缶入れを指さす。 俺はその言葉に従って、その中を覗きこんだ。


「……くだらないことするよな、ほんと」


葉月の言った通りに、上履きはその中にあった。 しかもご丁寧にも一番下で、飲みかけのジュースまみれときたもんだ。


「仕方無い。 今日は無くて良い」


「仕方無くない。 廊下冷たいだろ? そのままじゃ足冷やすぞ。 とりあえず俺の貸してやるから使えよ」


スリッパの貸出でもしていれば良かったのだが、生憎この学校ではそれが無いようだ。 客用であるとは思うが、あまり事を大きくはしたくない。 葉月もそれは嫌だろうし。


「でも、それだと裕哉の上履きが無くなる」


「なーに人のこと心配してるんだよ。 いっつも命令命令ばっか言う癖に。 俺は平気なんだって」


「どうして?」


「別に良いの! 俺が平気って言ったら平気だ!」


「……うん、分かった」


「分かってくれたなら結構。 ほら、俺の履いて先教室行ってろ」


葉月に上履きを脱いで渡して、俺は再び空き缶入れの前へ行く。


「なに、しているの?」


「なにって、このままじゃいつまでも上履き使えないだろ。 今から洗って屋上に干しとけば、帰る頃には履けるんじゃないか? 今日、日差し強いしさ」


「……」


腕を捲って空き缶の中に手を突っ込むのを葉月はジーっと眺めている。 見ているだけなら手伝えよ!!


「うわ、やっぱベトベトだ……保健室に行けば洗剤くらいあるかな」


「……裕哉」


「ん? 何だ?」


「……」


「何だよ?」


「なんでも、無い」


それだけ言って、葉月は階段を上って行ってしまった。 サイズが合わない上履きをぺたぺたと鳴らしながら。


「……よく分からない奴だな」




保健室へ行って、幸いにも誰も居なかったこともあり、勝手に洗剤を拝借してそのまま洗う。 で、無事に屋上へ辿り着いて干し始めた頃には、昼休みのチャイムが鳴り響いていた。


「俺は学校に何をしに来たのか……」


一人っきりで呟き、綺麗に澄み渡っている青空を見ながら横になる。 ただ上履きを一足洗っただけなのに、割りと疲れるもんだなぁ。 まぁ、あれだけジュースまみれになってれば無理もないか。


「……うおっ! つめたっ!!」


後ちょっとで夢の世界へ行きそうなところで、突然頬に冷たい感触。 驚いて目を開け、そこに居た人物を視界に捉える。


「葉月? びっくりさせるなよ……」


「……」


「なんだ? それ」


「……あげる」


顔を伏せて、俺の方にすっと缶ジュースを一本差し出している。 お礼……と思って良いのかな。 この場合って。


「お、おう。 悪いな、なんか」


「良い。 別に」


「はは、そっか。 今日はあそこ行かないのか? あのベンチ」


「今日はここが良い。 裕哉のパンもある」


「マジか!?」


大変ありがたい。 時間も時間だったし、昼飯は諦めようと思っていたところだったよ、丁度。 こうやって改めてみると、葉月が天使にも思えてくる……。


「いつものパン。 えっと、コロッケパン?」


「焼きそばパンだけど!?」


「冗談。 はい」


おお、しっかり焼きそばパンだ。 ありがたやありがたや。


「今細かいの無いから、帰ってからお金渡すよ。 ありがとな」


「良い。 お礼だから」


「お礼?」


「上履き洗ってくれた、お礼」


「その……ありがとう」


こうやって、恥ずかしいことがあるときは顔を伏せてしまうのは癖なのだろう。 俺としては顔を固定して思いっきり見てやりたい気持ちに駆られるけどな! さすがにそんなことをして泣かれでもしたら後味が悪すぎるので、やらないぞ。


「……別にお礼なんて良いって。 俺が勝手にやったことだし、それで葉月が苦労したらさ、なんか負けた気分にならないか?」


「負け?」


「そう。 だから被害者じゃない俺が苦労するんだ! んで、葉月は何も苦労しなければ良い! そうすればさ、どっかで見ている犯人もきっと悔しがるだろ? 犯人は俺じゃなくて、葉月に嫌がらせをしたいんだからさ」


「でも、それだと裕哉が大変」


「うーん……まぁ大変だけど、俺はそれで葉月が我慢する方が嫌だ。 俺が知る限り、葉月に落ち度なんて無いじゃないか」


俺が葉月に言うと、葉月は珍しく、目を少しだけ細めた。 もしかしたら初めて見るかもしれない表情の変化。 一体、何を思っているのだろうか?


「……裕哉、話がある」


「話?」


「うん。 今日の夜、話す」


「あ、おい! 葉月!」


それだけ言い残すと、葉月はさっさと屋上の扉を開いて、校舎内へと戻って行ってしまう。


「別に行くのは良いんだけど……弁当どうするんだろ」


取り残された弁当箱。 それを眺めながら葉月から貰ったパンを頬張る。 今日のパンは気持ち、いつもより美味しい気がした。




「そういえば、裕哉」


「ん?」


あの後、すぐに葉月は弁当箱を取りに来て、何故か俺に一発チョップをして、再び校舎内へと戻って行った。 可愛くない奴だよ、全く。


で、無事になんとか上履きも乾き、今は二人で下校中。 六月の風は暖かく、半袖でももう問題は無いだろう。 葉月は未だに長袖のワイシャツにカーディガンを着ているけど、暑くないのかな。 まぁ、半袖にするより先に、その長い髪をばっさり切った方が涼しげに見えそうではある。


「裕哉は携帯持っている?」


「そりゃな。 それが?」


「番号教えて。 すぐに呼び出せるように」


「待て、葉月。 呼び出すって言ったか? 今」


「うん。 呼び出す」


「……例えば、どんな用事の時?」


「食器棚の上にあるのが、取れない」


「台を使えッ!」


「お腹が空いた」


「自分で料理しろッ!!」


「靴の紐が結べない」


「小学生かよ!?」


「良いツッコミ。 将来大きくなれる」


ムカつく奴だな……。 なんか上から目線というか、真顔で言うから殆ど冗談に聞こえないんだよ、本当にさ。


「へえ、胸がか?」


「……」


「いってえ! だから脛を蹴るんじゃねえよ!!」


どれだけ気にしているんだ。 無言で脛を狙って蹴りを繰り出してくる姿は、まるで映画に出てくるアンドロイドだぞ。 恐ろしい奴。


「今のは、裕哉が悪い」


「どっちもどっちだろ……で、なんだっけ。 番号だっけ?」


「そう。 教えて」


「……はいはい分かったよ。 でも、変な用事で呼び出すなよ?」


「いざという時は、秘密の通路を使う」


「使うな! というかな、朝俺の家に来るのは良いけど、勝手に部屋に入るんじゃねえ! ちゃんと玄関から来いよ!!」


「やだ。 面倒」


「バレた方が確実に面倒だッ!」


あれからあの秘密の通路は、俺の部屋からと葉月の部屋からで簡単に蓋をしている。 ただ、木の板を少し加工して貼り付けているだけだけどな。 その上からカレンダーを掛けて、完璧ってわけだ。 捲られたら一発でバレることには変わり無いけれど。


「でも、便利」


「……反論出来ないのが悔しいな」


事実、あの通路は結構便利なんだよなぁ。 葉月の部屋に遊びに行くにしても、わざわざ一旦外に出ずとも、あそこからそのまま行けるし。 だから何だかんだ言いつつ、俺も結構利用しているのだ。


「というわけで、携帯」


「どういうわけだよ……ほら、送るぞ」


赤外線通信で俺のアドレスと番号を送る。 で、葉月の方はその番号にワン切りをして、俺に空メールを入れる。


「これが番号で……これがアドレスか」


「……ん?」


「どうかした?」


いや待てよ。 もしかしたら胸の件のように、俺の勘違いって可能性も無くは無い。


だって葉月は「何か問題が?」といった顔……じゃなくて雰囲気で俺のことを見ているし。 もしも俺の予想通りだったとしたら、それは大変マズイことになる。 色々と、色々とな。


「どうかしたっていうよりかは、どうかしてるというか……」


俺が困惑したのは、葉月のメールアドレス。


こいつのことだから、アニメのキャラクターだとかタイトルだとか、もしくは初期の状態から変えてないか。 そんな辺りだと思っていた。


「……なあ、これってどういう」


葉月のアドレス。


『yuuya.sukisuki-daisuki』との表記。


「あ、それは」


そして、葉月は言う。


「私の、本音」


「……はぁ!?」


今日って四月一日だっけ? いや六月だよな。 ってことは……六月の今日がエイプリルフールになったってことか!?


「私は、好き、裕哉のことが」


待て待て待て。 確かにこいつとは仲良くなったし、部屋も隣同士だし、何回も二人で遊んだりしている。


しかし、俺のそれは恋愛感情とかじゃなくて、ただの母性本能的な物で……困っているこいつを放っておくことが出来なかっただけだ。


「裕哉は?」


葉月は言い、俺の顔をジッと見つめる。 大きな目と、小さな唇。 そして整った鼻。 はっきりとしていて、どこか幼さも残る顔立ち。


俺はついにそんな視線に耐え切れなくなって、顔を逸らした。


「私の勝ち」


「……勝ちってなんだよ」


「私は好き、裕哉のことが」


「友達として、好き」


「……友達?」


「そう、友達として」


「……おい葉月ッ!!」


それなら最初からそう言え!! すっっげええええびっくりしたじゃねえかよ!!!!


「勝手に勘違いした裕哉が悪い。 間抜け」


「恋愛的にはありえない。 ゴミ以下」


ゴミ以下ってそこまでなんすか!? さすがに葉月にどう言われても気にならなくはなってきてたけど、それはかなり傷付くぞ!?


「てか、それならこのアドレスは何だよ!? さっきのアドレス!!」


「この為に変えた」


「暇人だなおい! 全く……驚かすんじゃない!」


「……いたっ!」


デコピンをしてやったところ、綺麗に葉月は仰け反る。 こいつと一緒に過ごしていると、こういう小技がどんどん強くなりそうだな。


「ほら、反省したらとっととアドレス戻しておけよ。 んで、メール入れといてくれ」


「面倒。 どうせ裕哉しか知らない」


「俺しか知らないって……アドレスが? 親とかは?」


「教えると、心配される。 だから、教えない」


「ふうん……。 まぁ、それなら別に良いけど」


あれ……良いのか? いやでも、俺しか知らないアドレスってなら、別に何でも良いか。 連絡さえ取れれば。


「それより、これ見て」


葉月はそのままスマホを操作して、俺に画面を見せてきた。 ええっと。


「アームズファイト?」


例の如く、アニメの情報。 新番組と上の方に書いてある。


「アームズファイト/下界編」


「何編ってのは別にどうでも良いけど……それが?」


「今日から放送。 一緒に観よう」


「……放送時間二時三十分になってるんだけど」


一応。 昼のでは無く、夜中のだ。


「大丈夫。 余裕」


「どこがだ!? 開始時間がそれってことは、終わる頃には三時じゃねえか! 絶対嫌だよ!!」


「どうして? 早く寝れば良い」


「アニメの為に、早く寝ろって……?」


「常識」


「そんな常識知りたくない! 葉月は本当に……」


「……だめ?」


……ずるい奴だなぁ。 俺にいじめられるとか意地悪とか言っておきながら、こいつの方がよっぽど俺のことをいじめてくるぞ。 そういう風に頼まれてしまったら、俺が断れるわけが無いじゃないかよ。


「ああもう分かった分かった! だったら、今日は早めに寝ておくよ。 時間になったら秘密の通路使って、葉月の部屋に行く。 それで良いか?」


「うん。 約束」


「……はいはい、約束な」




「やべえ、寝れない」


寝ようと思った時に限ってこうなんだよな。 まぁでも、まだ夜の八時だし慌てない慌てない。 時間はたっぷりとあるんだ。 ベッドの上で目を瞑っていればその内寝れるさ。


そんなことを思いながら、目を瞑る。


聞こえてくるのは、リビングからのテレビの音。 外を車が通る音。 食器を洗う音。


そんな音の中で目を瞑って、一分、二分、三分。


気づけば、夜中の二時になっていた。


「……まさかここまで寝れないとは」


最早、今から寝ても完全に手遅れである。 後三十分だし、葉月の部屋に移動しておこうかな……。


というか、そもそもあいつはもう起きているのか? これで寝ていてくれれば、俺もスルーして寝れるんだけど。


「メール送ってみるか」


今日入手したばかりのアドレス。 物凄く不快な文字列のアドレスに、俺はメールを送る。


内容は簡単に、起きているかどうか。


「送信っと」


さて、これで返事が来なければ楽だ。 今日はもう寝れる。 明日の学校が辛くなることも無い。


「裕哉、偉い。 ちゃんと起きてる」


「うおっ!! おい! だから勝手に部屋に入ってくるなよ!!」


折角メールアドレスを交換して、折角メールで連絡をしたんだから、せめてメールで返事をしろ! いきなり部屋に入ってくるな!


「こっちの方が楽。 部屋に来て」


「もう絶対連絡先交換する必要無かったよな……」


「うるさい。 早く来て」


「……はいはい」


言われるがまま、俺は秘密の通路を使って葉月の部屋へと移動する。 相変わらず、若干散らかっていて部屋の至るところにアニメのポスター、それにタペストリー。 部屋の隅にはガラスのケースが置いてあって、所狭しとフィギアが並べられている。


「時間があるから、話をする」


「話? 話って……ああ、昼に学校で言っていた奴か?」


「そう」


葉月は言いながら自分のベッドの上に座った。 さすがにベッドは至って普通で、キャラクター等が描かれていることは無い。 敢えて言うなら、可愛い猫がプリントされいてるくらいだ。 まるで小学生が使うベッドだな。


「了解。 んじゃ、適当に座って良いか?」


「ここ」


そう言って、葉月は自分の隣を指さした。 ここって……そこ、ベッドの上じゃないか。 良いのか?


「葉月が良いなら、そこ座るけど」


「良い。 気にしない」


「……はいよ」


言われるがまま、俺は葉月の隣へと腰を掛ける。 こうやって並んで見ると改めて分かるけど、本当にこいつって背も体も小さいよな。


「んで、話ってのは?」


「私のこと」


「葉月の? 何だ?」


「裕哉は、私のこと信じる?」


「信じるって……どういう意味で?」


「私は、裕哉のことを信じる。 だから」


「いやいや待てって。 いきなりそんなこと言われても……てか、何でいきなり俺のことを信じるって話になるんだよ?」


「……裕哉は、何も言わなかった」


「……何も言わなかった? ごめん葉月、どういう意味?」


「うん。 順番に、話す」


葉月は、点けていない真っ暗なテレビを見ながら言う。


「最初、裕哉が家に来た時」


「ああ、ノートと課題持っていった時か?」


「そう。 あの時」


「裕哉は、絵を描くって言った。 だから、家に入れたの」


「んで、俺が描くのは本当に誰でも描くくらいの話だって分かって、葉月は俺に過剰な暴力を振るおうとしたんだっけ」


「そこまではしてない。 ただ、頭をコツンとしようとしただけ」


いやいや、絶対コツンってレベルじゃなかったぞ。 バゴン!ってレベルで蹴ろうとしていただろ。


「……本当は、怖かった」


「……怖かった?」


「そう。 私の趣味、変だから」


「どうして?」


「皆、言う。 子供じゃないんだから、とか。 いつまでも、そんなのを見ているな、とか」


「お母さんも、お父さんも。 言う。 中学生の時からずっと」


「だけど、裕哉は言わなかった。 凄いって、言ってくれた」


「そんなこと言われてもな……普通に、そうやって没頭できる事があるってのが凄いって思ったんだよ」


「それでも良い。 それに、一緒に見てくれる。 好きなアニメ」


「それは別に……あれだからだよ。 ただ、暇だからだ!」


「それでも嬉しい。 嫌な顔しないで、見てくれるから」


あああ! 体が痒い! それは誤解だ! 確かにアニメ一緒に見るのは楽しいし、凄く楽しそうにアニメを見てる葉月を見るのも、実は楽しい。 こいつは時々、緊張するシーンとかだと拳を握りしめたりしているし、ハラハラするシーンだと手が忙しなく動いているしな。 普段無表情で感情が読み取れない所為か、そういうのが見て分かる時、つまりはアニメを見ている時ってのは、俺の中では結構楽しみな時間でもあるんだ。


でも、今日みたいにこんな時間からってのもたまにあるから結構辛い! 本当に。


「なんかそこまで言われると照れ臭いって……だけど、さ」


「葉月の言っていること、何となく俺も分かるかも」


「裕哉が? どうして?」


「俺も、言われたことあるんだよ。 俺ってさ、趣味が無いなりにぼーっとするのが好きなんだ。 暇な時とか、いっつもそうしてて。 家でも結構あったんだ、そうしてる時間がさ」


「だから、授業の時もぼーっとしてるの?」


「してないからな。 俺がいつもぼーっとしている人間みたいに言うなっ」


「いたっ」


「……すぐ殴る」


「変なことを言うからだ。 ったく」


「でさ、そうやってベランダから景色眺めたり、ベッドの上に座ってただただぼーっとしたりしててさ、言われたんだよ。 母親に」


俺は言いながら、葉月の部屋の窓から外を見る。 本当に俺の部屋からはほんのちょっとしか変わらない位置にあるのに、全然変わった景色に見えるそれは、少し面白い。


「そんなぼーっとばっかしてないで、たまには遊びに行け。 とか。 そうしてる時間があるなら、外へ行けとか」


「なんて言うのかな……母さんも悪気は無いと思うけど、心に結構グサって来るんだよな。 自分が好きな物が、否定されちゃったみたいで」


「……うん」


葉月も多分、俺と似たような気持ちだったのだろう。 少しだけ目を伏せて、俺の言葉に時折首を縦に振っていた。


「それで、その後すっごい虚しくなるんだ。 本当にこんなことをしていて良いのかなとか、これって何かの為になるのかなとか、考えちゃって。 そんで少し……悲しくなって」


「分かる。 私も、思う」


「そっか。 だから、そういうのがあったから……葉月の部屋見て、凄いって思ったのかもしれない。 こうやって、自分が好きな物に熱中出来るなんて凄いなって。 さっき葉月が言ったように、殆どの人は理解出来ない趣味だろうけどさ、そんなのって関係無いんだよ」


「自分が好きだから、自分の好きな物だから、本当に心の底から楽しめているんだなって、葉月の部屋見て、そう思った。 そんなのが分かる部屋を見て、こんな趣味おかしいなんて言えないだろ?」


「……裕哉のも、変じゃない。 私も、ぼーっとする」


俺の言葉を聞いて、葉月は分かりやすいフォローを入れる。 そうは思ってもやっぱり、嬉しかった。


「はは、葉月はいっつもぼーっとしてるだろ」


「……また意地悪」


「はいはい、悪かったよ。 だから俺も、葉月の趣味を知りたいんだ。 葉月とアニメ見るのって、まぁそれなりには楽しいし……」


「そう。 なら、また見よう。 アニメ」


「ああ、そうだな」


葉月はどこか、楽しそうにしていた。 なんとなく、俺にはそれが分かる。 仕草とか、雰囲気とか、喋り方とか、そういうので。


そして少しの沈黙の後、再び葉月は口を開く。


「それに、今日。 凄く、嬉しかった」


「今日? 今日って、なんかあったっけ」


「私の上履き、洗ってくれた」


「……ああ、まぁ……あのままじゃ、気分悪いからだよ。 それだけだ」


「ありがとう」


「……一々お礼は良いって。 そういうのは、ちゃんと全部終わってからって言っただろ? 今回のだって、まだ犯人は見つけられていないんだし」


「……それ」


「それ。 私がする話」


「それ? それって、前のことと今回のことの、犯人のことか?」


「そう。 私、知っている」


「知っている? それって、犯人をってことか!?」


「うん。 間違い無い。 でも」


「でも、言いたく無い」


「……どうしてだよ? 葉月に嫌がらせしている奴のことだぞ?」


「だから、裕哉」


「私のこと、信じて」


なんとなく、分かった。


こいつは多分、怖いんだ。 その犯人の名前を言って、俺に信じてもらえなかった時のことが。 アニメを一緒に見たり、勉強を手伝ったり、何かするわけでもなく、ぐだぐだと短いけれど楽しい時間を過ごした俺に、信用されなくなるのが、怖いんだ。


全く嫌な奴だ。 最早、そういう考えこそ俺のことを信じていないってことになるじゃないか。 俺ももうちょっと、信用してもらえるように頑張らないといけないかな。


「葉月、ちょっと俺のこと一発殴ってくれ」


「良いの?」


「……若干嬉しそうなのが気になるけど、まぁ良いよ。 じゃないと何も言える気がしないから」


「了解」


そう返事をするのと同時、葉月は俺の顔を思いっきり叩く。 マジで手加減ゼロで思いっきり。 少しは手加減しろよさすがにさ!!


「お、おお……いってえ……」


「大丈夫?」


「思いっきり叩いて良く言えたな……」


「良かった、平気そう」


「そりゃどうも……おし」


「葉月、俺は葉月のことを信じるよ。 確かに変な奴だけどさ、すっごい馬鹿だけどさ、悪い奴じゃないしな」


「だから、葉月も俺のこと信じてくれないか? それで一緒に、犯人に頭下げさせよう」


「……分かった」


「裕哉、私のこと殴って」


「……いやそれは」


「良いから」


「葉月が俺のこと殴るのと、俺が葉月の殴ることだと全然違うよな!? さすがにできねえって!」


「殴ったら、信じる」


「……葉月の方がよっぽど意地が悪いっての。 くそ……」


言われて、嫌々渋々俺は拳を構える。 そして、その拳を振り上げて、葉月の顔に……。


「……意気地無し」


「うるさい。 俺は力が弱いんだよ。 悪かったな」


優しく、触れるように、葉月の頬に拳を当てた。


「てか、一応形だけはなるように早く振ったんだから、少しはビビったりしろよ……ちょっと残念だったぞ」


「心配無い。 裕哉は殴らないと、分かっていた」


「はは、随分信用してくれてるな? 俺のこと」


「……そうじゃない。 私のは、違う。 顔を見たら、分かっただけ」


「だけど、もう少し信じてみる。 裕哉のこと」


顔を見たら分かった? ってのは、どういう意味だろう?


俺は気になったそれを葉月に聞こうとしたところ、唐突に葉月が立ち上がった所為で、その機会を逃す。


「アニメ、始まる」


「ん、おお。 もうそんな時間か」


「うん。 裕哉、飲み物」


「……はいはい。 コーヒー牛乳でいいか?」


「良い。 裕哉の作るの、美味しい」


「その台詞だけで、如何に葉月が俺に作らせているか良く分かるな。 まぁ、ちょっと待ってろ」


俺は葉月の命令で、キッチンへと向かう。 最早、自分の家のように物の位置だとかが分かってしまっているのが情けない。


けど、ま。


「裕哉、早く。 オープニング始まる。 早く」


ベッドの上で、楽しそうに、本当に楽しそうにしている葉月を見たら、そんなことは割りとどうでも良くなるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ