デート大作戦 【5】
「裕哉、これはなに」
「ん? ああ、妹が欲しいって言っててさ、ついでにお使い頼まれてたんだ。 悪いな、今日になっちゃって」
そんなこともあり、とりあえず俺達は駅近くのデパートへと来ていた。 葉月は相変わらずフードをかぶったままで、後ろ姿だけで見ればちょっとヤンキーっぽくも見える。
多分、何かのアニメキャラを意識しているのだろうな。 最近ではそんなこともすぐに分かる。 一応、葉月と知り合ってからもう半年以上は経っているわけだし。
そもそも、葉月の髪型ってのがそれだしな。 黒髪ロング。
「別に良い。 それよりこれは? ドライヤーみたい」
葉月は顔を寄せ、俺の手に持っている物をじーっと見つめる。 それが思いの外近く、俺は少々身を引きながら返事をする。
「あ、あー、じゃあさ、あそこに使って良いお試し置いてあるから、ちょっとやってみるか」
「分かった」
そのまま俺は葉月と一緒に、その場所へ移動。 お試しください! と書いてある札と、その商品。 こういうのを見る度に思うのだが、イタズラで壊されたりというのは少ないのだろうか? 子供が遊びで使ってしまうのも、無いわけじゃ無いとは思うし。
で、俺はそんなことを考えながらその機械を手に取って、葉月に見せる。
「これは髪に使うんだよ。 こっち来てみ」
俺が言うと、葉月は背中を向け、俺の方に寄る。 そして俺は葉月が体の前側に垂らしている長い髪を少し手にとって、その機械に挟んだ。
「ゆ、裕哉。 待って、私の髪が吸い込まれた」
「おう」
「耳元で音が聞こえる。 私の髪に何をした」
「言い方怖いな……。 あ、終わった。 ほら」
妹が熱心に見せてきた動画を覚えていた甲斐があったという物だ。 やり方もバッチリで、その結果、葉月の髪の毛は見事に。
「私のストレートが……。 なんてこと」
「すごいよな、これでカールが作れるって。 ちょっと見せてみろよ」
俺は言いながら、葉月の肩を掴んでくるりと回す。
こいつの人形のような顔付きと、長いストレートの綺麗な黒髪。 その一部だけ、カールが掛かっていてなんか違和感。
「……やっぱストレートが良いな」
「今更それ言うとか……」
葉月は顔を押さえて言う。 前よりもこうやって、感情が分かりやすくなったのは素直に嬉しい事だ。 葉月も葉月で、少しずつだけど前へ進んでいるのだろう。 葉月が表情を滅多に表さなくなった理由もいつか、分かると良いな。
けど、しかし、今は酷く悲しんでいる様子。 それは声を聞けば分かる。
「はは、あはは。 悪い悪い、でもどうせなら反対側もやっとくか。 バランス悪いし」
「……」
無言で睨まないでくれよ、怖いからさ。
まぁそう怒ったような顔付きをしていても、葉月は俺に反対側の髪を差し出す。 渋々、嫌々といった感じで。
「……っと、出来た。 どうだ?」
「……微妙」
「怒るなって。 両方やってみると、結構似合ってるよ」
「……なら良い」
デパートではそんなやり取りをしていて、それから俺は桜夜に頼まれていたそれを買って、店を後にする。
ちなみにかなりの値段の物だったが、お金は渡されていたので問題無し。 それよりもあいつは良くこんな物を買う余裕があるな……。 まぁ、桜夜は基本的に無駄遣いはしないタイプだから、貯金はあるんだろうけど。
そして、俺と葉月は再び駅前へ。
「裕哉、次は?」
「次か。 次は多分、懐かしい場所だな。 葉月とは一回だけ行ったことがある場所だよ」
「そうなの?」
「ああ、まぁな」
そして、俺と葉月は駅前にある一つの建物に入る。 そこは以前、俺と葉月が行ったことのある場所。 あの日、本当の葉山と知り合ったあの日に、訪れた場所だ。
「裕哉はやっぱり、ねこに好かれる」
「……どうしてだろうな?」
俺が葉月を連れて来たかった場所。 そこは、駅前にある猫カフェ。
結局あの日以来、ここを尋ねることは一度も無かったからだ。 行こう行こうとは言っていた物の、色々忙しくもあり、中々機会が無かったんだ。
「多分、優しいから」
「へ?」
「ねこも、分かってる。 動物はそういうのに鋭い」
「……ふうん。 そうか」
こういう風に言われるのは、初めてのことだ。 だから、少々恥ずかしくなってしまい、上手く返せない。
もっと気の利いた返事を出来れば良いのだが、これが結構難しい。
「なら、葉月もこいつらと一緒なのか?」
「私?」
「そうそう。 葉月って、なんかどっか猫っぽいところとかあるし。 だから」
「……私は」
葉月は猫を頭に乗せて、視線を少し下に向けて、続けた。
「私は裕哉のことなんか嫌い」
「正面から良く言えたな!?」
「別に好きじゃない」
言いそうなことではあったけれど、改めてこうやって言われると、かなりの威力だ。
そんなダメージを負いながらも、俺は恐る恐る聞いてみる。 敢えて俺も葉月も話題には出さないことを。
「……一応、付き合ってるんだよな? 俺達」
「それは……」
「……情けで」
「情けだったのか!?」
この微妙な気持ちはどうしよう……。 とりあえず葉山と天羽には、この葉月の発言は伏せておこう。 何故か俺が怒られる未来が見えるから。
「裕哉、このねこ欲しい」
「あはは。 だから、それは店員さんに言えって」
「……」
俺がそう返すと、やっぱりこいつは悲しそうにする。 それを見て、俺はこう言った。
「だったら、また来たくなったら来よう。 今度は俺も、葉月と来たいからさ」
「うん。 分かった」
そう言う葉月の顔は少し、嬉しそうだった。
あの時とはきっと、俺達の関係というのは変わったのだろう。 それを葉月の顔を見て、俺の言った言葉を思い返して、感じた。
こうやって、俺と葉月が共に過ごした場所にやってくれば、それは図らずとも分かるという物だ。
その後、俺と葉月は昼食を摂るべく、駅の周りをぶらぶらと歩き回る。
「食べたい物あるか? 葉月」
「あ。 クレープ」
「それはオヤツだろ。 ちゃんとしたご飯を食べてからだ」
「いじわる」
「でも一応聞くんだな? 俺の言ったこと」
「それは……なんとなく」
ぎこちないけれど、俺も葉月も歩き方なんて分からないけれど、まだ踏み出してもいないかもしれないけれど。
それでも、そこにあったのは俺と葉月の大切な時間だった。
「お、屋台なんてあるんだな。 祭りの時よりかは、出てる店も少ないけど。 葉月、あれにするか?」
「あれにする」
嬉しそうだなぁ。 こいつにとっては、まともな料理屋よりか、こういったジャンクフード的な物の方が嬉しいのだろう。 まともな料理なら、超がつくほどにこいつ自身、料理が上手いしな。
「じゃー、どっかで待ってるか? それとも一緒に行くか?」
葉月はどう答えるのだろうと思って、俺は聞く。 前に天羽の別荘へ行った時に寄った祭りでは、確か俺が葉月を待たせて、色々と買ったんだっけ。
「一緒に行く」
「そっか」
俺は笑って返事をし、歩き始める。 葉月はそんな俺の横に並び、一緒に屋台を回っていった。
りんご飴が無いのを残念がっていたけれど、俺が「また夏にでも、祭りに行こう」とそう言ったら、葉月の機嫌も大分良くなったと思う。
それからは俺が興味ある物を見たり、葉月が興味ある物を見たり、そんなことを繰り返して、あっという間に時間は過ぎて行く。
俺はそんな時間をとても楽しく感じたし、それはきっと、葉月も一緒だ。
「裕哉、次は?」
「まだ遊ぶ気なのか? もう結構日が暮れちゃってるぞ」
「……」
俺が言うと、葉月はしゅんとなる。 相当落ち込んでいる様子だ。
「私は、まだ遊びたい」
「……葉月」
こうやって、葉月が言うのは珍しい。 いつも俺が言うと、大人しく……とは言えないが、大体はそれを聞いてくれたのに。
そんな葉月が、俺の顔を見てまだ遊びたいと言っている。 少し前の俺なら、どんな返事をしていただろうか。
けど、今の俺は。
「分かったよ。 実はさ、まだ一個行く予定のところがあるんだ。 本当だったらもっと驚かせるつもりだったんだけど、疲れてないなら、行こう」
「ほんと?」
「本当だよ。 嘘吐いてどうするんだ」
頭を撫でながら、俺は言う。 葉月はそれを嫌がる素振りも見せず、頷く。
「……なぁ、ちょっと、良いか?」
「なに?」
「そのさ、なんて言うか……。 こういうのは普通、自然とする物だと思うんだけど」
まるで告白するかのように、俺は言う。 今日、葉月と一緒に歩いて、ずっと気になっていたことを。
何歩進んだのかは分からない。 でも、確実に進めたとは思う。 だから、後一歩だけ。
「……手、繋ぐか」
「……っ!」
俺の言葉に、葉月は一瞬だけ目を見開いた。 そして。
「……」
無言で俺に背中を向け、先に歩いて行ってしまう。
駄目、だったか。 さすがにいきなりすぎたかも知れないし、葉月だって恥ずかしいんだろう。
「おーい、先に行ったって場所知らないだろ?」
そう声を掛けて、俺は葉月の後に付いて行く。
歩調が合っていなくても、歩き出すタイミングはバラバラでも、それを合わせれば良いだけの話だ。 マイペースな葉月に、俺が合わせれば良いだけの。
一体、俺と葉月がその一歩を踏み出せるのはいつになるんだろう。 それはまだ、分からない。
「……葉月?」
なんて、そんなことを頭に巡らせていた時だ。
俺に背中を向けて歩いていた葉月が突然に立ち止まり、ゆっくりと、ちょっとだけ怯えているように。
右手を横に、突き出した。
「……はは」
葉月に聞こえないよう、俺は小さく笑う。 そして葉月の隣に行って、その差し出された小さな小さな手をしっかりと、握り締めた。
「観覧車」
「そ。 高い所は平気だよな? 葉月」
「うん。 大丈夫」
時刻はもうすぐ6時。 冬の夜は早く、辺りは既に真っ暗。 この時間なら、夜景も見れるかもしれないと思い、ここには連れて行ってやりたいと思っていた。
そう言えば、あれから葉山からは全く連絡が無いな。 あいつらは一体何をしているんだろう? 寒さに負けて、帰ってしまったのだろうか?
「裕哉、早く。 早く」
「はいはい分かったよ。 そんな慌てなくたって大丈夫だって」
幸い、観覧車は空いており、すぐに乗ることが出来た。 駅近くの公園にある観覧車は結構大きく、もしかしたら俺と葉月が住んでいる集合住宅も見えるかもしれない。
「観覧車は初めて」
「そうだったのか。 どうりで凄く楽しそうにしてるわけだな」
向い合って座り、葉月は外を眺めている。 まだ地上からは殆ど離れていないというのに、その横顔はとても楽しそうだ。
「一周はどのくらい?」
「ん? ああ、大体15分くらいかな。 結構大きい観覧車だから」
「なるほど」
葉月は言うと、俺の方に顔を向けた。 そして、何だか気まずそうに口を開く。
「……裕哉」
「どした?」
「さっきの。 さっき言ったのは、嘘」
「さっき……ええっと」
さっきと言われても、どれだけ前のことなのかが全く分からないぞ……。 この感じ、何だか懐かしいな。
「猫カフェで言ったこと」
「猫カフェで? って言うと」
今日のことを思い出す。 猫カフェで話したことってのは……。
「あー、あれか? 俺のことが嫌いとか言ってたやつ」
「……ん」
どうやら、正解だったようだ。 葉月はそれを聞き、頷きながら声を漏らす。 その様子は少し、辛そうにも見える。
「そんなの、分かってるって。 葉月の顔を見れば、分かるよ」
「……うん」
「だからさ、申し訳無さそうにするなよ。 俺はそんなので葉月のことは嫌いにならないから」
「ありがとう」
葉月は一度、そこで深呼吸をする。 そして、顔を上げて、俺の顔を真っ直ぐと見つめた。
「裕哉」
「何だ?」
「……裕哉」
「おう」
頑張って、言葉を紡ぐ。 観覧車はまだ途中。 上っている最中だ。 そんな観覧車の中で、葉月は言った。
「やっぱ裕哉なんて嫌い死ね」
「おいっ!!」
それだけ言い、葉月はまたも外を眺める。
……まったく。 俺としては結構良い雰囲気だと思っていたのに、出てきた言葉がそれか。
嫌いだけならまだしも、死ねってな。 マジでどうかと思うぞ。
いやまぁ、別に良いんだけどさ。
「あーそうだ。 葉月」
「なに」
頂上まではもうすぐ。 俺はこの場所で、葉月に対するサプライズを二つほど、用意していた。
地上を見下ろして目を輝かせている葉月を見て、俺は上着のポケットから一つの物を取り出す。
「ちょっと早いけど、誕生日プレゼント。 前にクリスマスが誕生日だって言ってただろ?」
「……言ったかも」
「だから一応な。 ほら」
綺麗な包装紙に包まれたそれを葉月に手渡す。 葉月はそれを両手で受け取り、そのプレゼントをしばらくの間、じっと見つめていた。
「開けても良い?」
「……なんか恥ずかしいから、出来れば帰ってから開けて欲しいけど」
「分かった。 なら今開ける」
「分かったって何を分かったんだよ!? 絶対話聞いて無かったろ!?」
「……おお」
俺の言葉を完全に無視して、葉月は綺麗に包装紙を剥ぎ取る。 そして、そのプレゼントを見て、そんな風に感嘆していた。 今日のことと、今までのこと。 色々な思い出と、様々な思い出を思い出し、最後にこいつを見て、俺はついつい嬉しくなる。
というか、プレゼントを喜ばれて嬉しくならない奴なんて、いないよなって話だよ。 まぁ、これを選ぶ時点で葉山と天羽に相談をしたのは内緒だ。
「あんまそういうのは好きじゃないかなとも思ったんだけど、良かったかな」
「……」
俺があげたのは、ブリザードフラワーの写真立て。 葉山と天羽にかなり協力してもらって、最終的にこれを俺が選んだのだ。
花の名前はヘリオトロープというらしく、何故かは分からないが、葉山も天羽もやけに「良いんじゃない?」と言っていたのを覚えている。 今でもあの全面同意といった言動は不思議だ。 何か裏がありそうな気がしてならない。
「葉月?」
返事が無いのを不審に思って訪ねても、葉月は観覧車の椅子に膝立ちをして、俺に背中を向けてしまう。 プレゼントを抱き締めているところを見ると、やはり喜んではくれたのだろう。
「いつもありがとな、葉月」
そんな背中に声を掛けても、葉月は首を何度も縦に振るだけだった。
一応、もう一つサプライズを用意しているんだけどな。
そう思いながら、俺は腕時計に目をやる。 6時まで、後数分といったところだ。
この分なら、丁度真上に言った時くらいだろうか。
「実はさ、もう一個あるんだ。 って言っても、これは別に俺が何かしたってわけじゃないんだけど」
この時期で、この時間だから起こること。 予め調べておいて、良かったよ。
ようやく振り返った葉月に向けて、俺は下を見てみろというジェスチャーをするのだった。
そして、葉月は下を見た。
「……私、やっぱり裕哉のことが好き」
葉月は観覧車から下を見て、そうひと言だけ、呟いた。
「は!? 何だよ急に!?」
「……別に」
「別にって……。 ああでも、その……ありがとう」
いきなりそんなことを言われた物だから、俺が言った言葉は大分つっかえていたと思う。 恥ずかしさだとか、照れ臭さだとか、嬉しさだとか、そんな気持ちが入り混じって、不思議な気分だ。
「綺麗」
葉月は観覧車の窓に両手を付けて、食い入るように下を眺める。 そして、そこに何があるのか俺は知っているが、葉月があまりにも真剣に見ている所為で、ついつい釣られて下を見る。
そして、言葉を失った。
俺が、俺が用意していた物は。 いや、用意というよりかは、この時間にそれが点くのを知っていたから、こうやって連れて来たんだ。 この観覧車が設置されている場所に、イルミネーションが沢山点くというのを知っていて。
でも、それは変な話になるが、ただのイルミネーションのはずだ。 それこそ、俺と葉月が北海道で一緒に見た、あれみたいに。
だけど。
そのイルミネーションは、はっきりと文字を出していた。 そこに書いてあった文字は。
HAPPY BIRTHDAY。 そう、文字が浮かび上がっていた。
「あーいや、葉月、ここまでは俺も考えて無かったんだけど……」
「それでも良い」
さすがに騙している気分になってしまい、俺は葉月にそう言ったのだが、葉月は即答とも言って良い速度で、返事をする。
「裕哉がしたことじゃなくても、こうなった。 それで、私はそれがとても嬉しい」
「……だから、別にそれでも良い」
「……そっか」
目を輝かせ、未だに下を見ている葉月。 もしかしたら、本人は気付いていないかもしれないから、言うのは止めておこう。
小さくだけど、笑っていることは、俺の心の中だけに仕舞っておこう。
こうして、俺と葉月の初めてのデートは、終わる。 これから観覧車は下へ降りて、そうしたら外に出て、家に帰る。 これからはそういうことも増えるんだろう。 だけど別に、それはもう疲れることでは無くなった。
ゆっくり下降し始めた観覧車の中で、俺はそんな風に思っていた。




