デート大作戦 【1】
あの日以来、変わったことは特に無い。
これが地味に、最近の悩みだったりもする。 今まで通りで、一応俺と葉月は付き合っているのだが……驚くほど、前と何も変わらないんだ。
それを望んでいなかったわけでは無い……けども。 だけど、もっとこう、普通は色々と変わる物じゃないのかな、なんて思ったりもする。
まぁ、今は12月で、あの体験学習の日からそれ程時間が経っていない所為かもしれないけれど……。
「で、何で私なのよ」
「……いや、だって葉山ってそういうの詳しそうだろ? だから」
「……詳しいってね、何、もしかして私が遊び歩いているように見えるって言いたいの?」
「違うって! そうじゃなくて、一人の女子としてどうなのかって聞きたいんだよ。 葉山って、模範的女子って感じだろ? 性格はともかくとして、モテるとは聞くし、そういうのに詳しそうだなって思ってさ」
放課後のある日。 天羽にも協力してもらい、葉月をどこか遊びに誘ってもらって、俺は今こうして葉山に相談しているというわけだ。
「そ、そう? なら別に教えてあげなくもないかなぁ」
「何か嬉しそうだな」
「調子乗んなッ! で、何を教えれば良いわけ?」
「すぐ叩くなよ……。 えーっと、付き合ったらするべきこと……みたいな?」
俺の問いに、葉山は間髪入れずに答える。
「決まってるじゃん。 キス」
「馬鹿かお前ッ!? 頭おかしいんじゃないのか!?」
何を言っているんだこの馬鹿は!? 葉月とキスとか、無い、無い無い無い無い無い!!
……少し想像してしまったじゃないか。
「……物凄い反応ね。 まぁ、それは冗談として」
冗談だったのかよ……良かった。
「やっぱ、デートでしょ」
「……で、デート?」
「そ。 二人でどこか遊びに行くのよ。 映画とか、遊園地とか、水族館とか!」
葉山は言いながら、指を一本、二本、三本立てる。
「後は、カフェとかも良いかも! それで、夜は夜景でしょ? それ見ながら食事出来たら最高でしょ? んで、その後は」
「……途中から、完全に葉山が行きたい場所になってるよな、それ」
「……うるさいわね!! 別に良いでしょ!? 神宮さんだって、きっとそう思ってるって!!」
「そうかな?」
「そうよ!」
そこまでハッキリ言われると、確かにそうなんじゃないかとも思える。 ううむ。
「あ、そう言えば……葉月の奴、かなり前に言ってたな。 付き合う前の話だけど」
「ん? もしかして、行きたい所とか?」
「そうそう。 えっと、秋葉原に行きたいとか」
「……」
なんだ、その死んだ魚みたいな目は。 ちょっと怖いぞ。
「な、何だよ?」
「あり得ない! その選択肢は絶っ対!! ナシ!!」
机を思いっきり叩き、葉山は言う。 迫力満点だ。
「そこまで否定するのか? 俺としては、良いかなとは思ってるんだけど」
「は!? 否定するに決まってるでしょそんなの!! あそこって変な人が多いんでしょ!? そんな所にあのちっさい人形みたいな子を連れて行ったら、八乙女君捕まるわよ!?」
「俺が捕まるのか!?」
「だって後ろ姿とか完全に小学生じゃない! あ、もしかして八乙女君ってロリコンだったり……」
口を押さえて、乗り出していた身を引き気味に。 物凄く傷付く動作だな……。 お前は俺を何だと思っているんだよ。
「失礼なことを言うなっ!! 俺は葉月のことをそんな目で見て無いって!!」
「ふ~ん? どうだかねぇ~?」
「あのなぁ……」
「あはは。 冗談よ、冗談。 八乙女君がとことんヘタレってのは分かってるし」
相も変わらず、酷い言い方だ。 それが葉山の特徴でもあるけれど、言われる方は結構悲しいんだぞ。
「へえ、ならどういう風にヘタレなのか言ってみてくれよ。 俺は普通だと思っているからな」
で、俺も言われっぱなしでは嫌なので、恐る恐るそう反論する。 葉山は遠慮が全く無いので、本当に恐る恐るだ。
「ほう。 良いよ、なら言ってあげる」
葉山はそう言うと、テーブルの上に置いてあるミカンを剥き始めた。
コタツでもあれば良いんだけど、床暖房とヒーターだけでかなり暖かいんだよな。 葉山はそれに加えて、膝掛けにマフラーまでしているし。 余程、寒いのが嫌いなんだろう。
「んー、おいし。 で、まずだけど」
それを一口頬張り、葉山はこう言った。
「八乙女君、付き合ってから距離取ってるでしょ。 神宮さんと」
「距離? そんなことは……」
言われて思い出す。 あれは、北海道の二日目のことだ。
確か、俺達四人は宮沢の頼み事のため、陶芸店へと向かったんだ。
で、その道中。 前日の恥ずかしさがあって、俺は葉山の隣を歩き、葉月は天羽の隣を歩いていた。 勿論、お互いにその日はひと言くらいしか話さなかったかもしれない。
「……あるな」
「でしょ?」
言いながら、葉山は半分になったミカンを俺の方に渡す。 有り難く頂いて一つ頬張ると、甘酸っぱい味が口の中に広がっていった。
「他にも色々あるけど、聞きたい?」
「一応……聞いとく」
周りから見た俺達ってのも、どんな風なのかは気になるからな。
「じゃあ、この部室でのことね」
葉山は言い、マフラーに半分ほど顔を埋めた。 そして、続ける。
「まず、そこが八乙女君がいつも座る席」
指さす先には俺。 定位置と言っても言いくらいに、ここはいつも俺が座っている。 そんなのはわざわざ言われずとも分かっているが、一体何を言いたいんだ?
「で、神宮さんの席がその隣でしょ?」
そう言って指さすのは、俺の右隣だ。 葉月はいつも、ここに座っているんだ。
「ああ、まぁ」
「けど、体験学習から帰って来て、こうやって毎日部室には来ているのに、一回も隣同士で座ってるの見ないじゃん」
「……確かに!」
「確かにじゃないわよアホっ!」
「いって! なんか、最近威力が増してきてないか……」
「あんた達がふざけたことを言うからでしょ。 毎日叩いていればそりゃ強くもなるわよ」
「そりゃ悪かったよ。 で、結局葉山はどうしたいんだ? 俺のヘタレっぷりを話してさ」
ヘタレヘタレと言われるのは癪だけど、もう認めるしか無い俺である。 なんとも情けないけど、事実は事実だ。 俺はヘタレだ!
「決まってるでしょ。 こうなったら、することなんて一つ!!」
「……あまり良い予感がしない」
「私がさり気なく、神宮さんの行きたい場所を聞いといてあげる。 勿論、デートスポットね」
「で、それを八乙女君に教えるから、今度の休みに一緒に行くのよ! 分かった?」
「お、おう……」
「どうしたの? 心優しい私に感動した?」
「いや、なんかそれ考えたらさ、今から緊張してきた」
「……一生やってなさい」
そんな会話をしたのが、つい一昨昨日の話。
そして今日、葉山から連絡があり、どうやら葉月の行きたい場所を聞き出すことに成功したらしい。
「で、何で部室なんだ」
「別に良いでしょ。 ここが一番快適なの」
「否定は出来ないなぁ……」
「今じゃもう、家と同じくらい快適よ」
「お、それには全面的に同意だな」
そういえば……家と言ったら、未だに葉山の家には行ったことが無かったっけ? 祖母と一緒に暮らしているとは聞いているから、さすがに大勢で押し掛けるのはと思って、行こうとすらしていなかったけれど。
この前、誕生日プレゼントを無断で運んだ時だって、玄関までで良いと言われてしまったしなぁ。
葉山とは似ても似つかない、心優しそうなお婆さんだったっけ。 突然押し掛けた俺を怪しむこともせずに、ありがとうと言っていたのを今でも覚えている。
一番最初にあの人に会ったのは、確か人気投票事件の時だった。 葉山と俺は一緒に犯人を探していて……まぁ、その犯人は葉山だったんだけれど。 その時にも一度、あの人とは会っているんだ。
「……何? ジッと見て。 もしかして見惚れてた?」
「なわけないだろ。 そうじゃなくてさ、今度皆で葉山の家に行ってみたいなぁって、思ったんだよ」
「私の家? 別にそのくらいなら良いけど……何も無いわよ? ていうか、似たようなこと言うのね」
似たようなこと、とは一体何のことだ? 誰かが同じことを言ったってことだろうか?
「遊ぶのって、いつもこの部室か、俺の部屋か葉月の部屋だろ? だから、たまには違うとこも良いかなって思って」
「ふうん? でもそれなら、天羽さんの家でも良くない? あっちの方が、多分面白い物いっぱいあるわよ」
「天羽か。 いやでもさ、あいつって凜さんと一緒に暮らしているんだろ?」
俺の言葉に、葉山は腕組みをして目を瞑る。 多分、想像しているんだろう。
「駄目ね。 私と八乙女君と神宮さんが正座させられて、説教される場面しか思い浮かばない」
「ああ、俺もこの前考えて、全く同じ場面まで辿り着いた」
「ちなみに私の想像だと、八乙女君と神宮さんが漫才をして、それが段々と大騒ぎになってって感じだったよ」
どんな感じだよ。 俺は漫才なんてしたこと無いぞ。 今度、詳細を聞いてみたい内容だ。
「ま、そういうわけで今度遊ぶ時は葉山の家な。 で、今日の話ってのは……」
「あー、すっかり忘れてた。 神宮さんが行きたい場所の件ね。 実は何だけど、というか……ある意味気が合ってるって言えば良いのかな」
「は? どういう意味だ?」
「だから、神宮さんは言ってたのよ。 行きたいのは「葉山の家」って。 つまり八乙女君と一緒ってこと」
……ああ、だからか。 さっき葉山が「似たようなこと」と言った訳は。
「いやでも、それって何にもなってなくないか? 葉山がこの前言ってたのは、二人でどっかに出掛けてってことだろ?」
「デートね、デート」
「そうそう。 そうやって出掛けてって意味で聞いたんじゃないのか?」
「はいストップ。 デートね」
「……で、デートな。 ああ」
「よろしい。 で、まぁそれ以外には特に無いって言われちゃったのよ。 あはは」
うーん……だけども、そうだとするとどうすれば良いんだ? 葉月が行きたいのは葉山の家で、それ以外には無しってことだよな?
「……葉山が家を開けてくれれば」
「何で私の家をあんたらのデートスポットにしないといけないのよ。 死んで」
「さすがに冗談だよ。 だから真顔で「死んで」とか止めてくれ」
「あは。 それでどうすんのよ? やっぱり私としては、ここは八乙女君が気を利かせて、喜びそうな所に連れて行くってのが一番だと思うんだけど」
「喜びそうな所……うーん」
「部屋でアニメ鑑賞……とか?」
「っはぁああああ? そんなんで喜ぶと思ってんの?」
葉山は言って、机を思いっきり叩く。 その拍子でマフラーが床に落ちた。
「ううん……」
言われて、俺は少し考える。 アニメを見ている時の葉月を想像する。
「……喜ぶんじゃないか?」
「……まぁそうかもだけど!! けどね、神宮さんだって女の子なのよ。 分かってんの?」
床に落ちたマフラーを巻き直し、今度は軽めで机をバシバシと叩きながら。 机が少し可哀想にも思えてきた。
「それは分かってるって。 時々照れたりしてるし……いってぇ!! 何だよ!?」
「なんか嬉しそうな顔がムカついた。 ていうかね、それが分かってるなら、この前言ったような、ちょいロマンチックなのが良いんだって。 絶対」
「……そういう物かな?」
「そういう物よ」
しかし、そうは言われてもな……頭が痛くなりそうだ。
付き合うってのも、結構大変なんだな。
「……あ、それなら悩める八乙女君に良い方法があるわ」
「良い方法?」
「今度の休み、それを決める為に皆で集まるのよ。 勿論、内容は秘密で。 神宮さんは今度家に呼ぶことになってるし、丁度良いからさ」
「ええっと、どういうことだ?」
「それとなく会話をして、神宮さんを連れて行ったら喜ぶような場所の見当を付けるのよ。 それで後日、八乙女くんがそこに連れて行けば完璧!」
「おお! 確かにそれなら……あいつは喜びそうだな」
「でしょでしょ? ってわけで、今度の日曜日に私の家に集合! そこで必ず聞き出すわよ!!」
「了解。 ありがとうな」
こうして良く分からない内に、俺達四人は日曜日、葉山の家へと行くことに決まった。
しっかし、不思議なのが一つ。 どうして葉山は、こんなやる気に満ち溢れているのだろうか?
本当にあり得無さそうなことだけど、もしかすると葉山はそういう、人の恋愛相談的な物が大好きな奴なんじゃ……。
「よーし、やってやるわよー!」
「お、おう」
「何やる気無さそうな返事してんのよ。 もっとこう、腹から声出せッ!!」
「お、おう!!」
もしかすると、もしかするかもしれない。
なんて、そんなことを思う俺であった。




