俺達の関係性とは
それから、俺は街中を走り回った。 手足は小凍えてしまいそうな程に寒いが、不思議とそれは気にならなかった。
誰かの為に、誰かを助ける為に、走り回って、疲れ果てて。 そんなのにはもう、いつからだったか慣れてしまったことだから。
葉月と知り合うよりももっと前。 高校に入るよりももっと前。 切っ掛けは多分、あの日だ。
そんなことを思いながら、街中を見渡す。 旅館からはどれ程離れているのだろうか? あの周りに建物が殆ど無いところから一転して、目の前にあるのは大通り。 その辺りを通った時、キラキラと光っているイルミネーションが視界に入る。
きっと、普通にしていたらこれも見れなかっただろう。 こうやって明かりがつくのは夜の間だけだろうし。
「しっかし、あいつ一体どこまで行ったんだ……」
夕方前くらいに行った喫茶店はとっくに過ぎている。 しかし、葉月はどこにも見当たらない。
そこに着いた時、幸いにも店員が残っていたので、葉月の特徴を聞いて、来たかどうか聞いたのだが……残念ながら空振り。
もしやと思って葉山に電話を掛けて確認したが、旅館には未だに戻っていないという。
電話を掛けたその時、助けを呼ぶかとも言われたが、俺はもう少しだけ探すと答えた。 何だか、少し見栄を張ってみたい気分だったんだ。
葉月が行きそうな場所。 あのマイペース馬鹿が、行きそうなところだ。
考えろ考えろ。 闇雲に走ってちゃ、俺自身が迷子になってしまうからな。 それは少し笑えない事態だ。
来た道を戻りながら、俺は考える。 辺りを見回して、葉月がふらふらと行きそうな場所を探す。
「そろそろ本格的に冷えてきたな……」
天羽が貸してくれたマフラーがあって、本当に助かった。
……天羽、羽美。
俺は一体、次にあいつに会う時、どんな顔をして会えば良いのだろう。 それが今、少しだけ分からない。
あいつはもしかして、俺の顔を見たら傷付くんじゃないかとか、そんなことばかりを考えてしまう。
っはぁ……。 悪いのは俺だ。 何にも考えていなくて、ただただ延々とこの関係が続けば良いと、それだけを想っていたから……こんなことになってしまったんだ。
葉山も、天羽も。 何度も言ってくれていたのに、俺は気付かない振りをしていて。 気付かないようにしていて。
皆でいつまでも、仲良くだけしていれば良いだなんて、そんなことを想っていて。
……一番の馬鹿は、俺だろうなぁ。 自分の気持ちを押し殺して、逃げ続けて。 けれど今は、その道を戻って。
葉山は一体、いつから気付いていたんだろう。
俺が気付くよりももっと前……なのだろうか。 そもそも、俺がそういう認識を持ったのは、いつだっただろうか。
忘れようと思い込んで、それで本当に忘れてしまうなんて、笑えてしまう。
でも、思い出せた。
葉山のおかげで。 天羽のおかげで。
思い出せた。
二人が拾ってくれた、俺の想い。 大切な大切な、想い。
あいつに届くかどうかは分からない。 でも、やっぱり逃げていたら駄目だよな。 逃げていても、何も解決なんてしないよな。
葉山が言っていた言葉。 俺が優しすぎるという、言葉。
その意味はもしかして、そういうことなのかもしれない。
誰にでも優しいと言われた。 それはもう、何度も言われてきた。
ただ俺は人が悲しそうにしている顔を見るのが嫌で、辛そうな気持ちになるのが嫌で、それが苦手で……誰にでもそうやって接してきたんだ。
だから、別に人の為では無い。 あくまでも、自分が嫌な気持ちにならないようにという、自己満足だ。
……それはもしかして、自分に優しいだけだったのかもな。
誰にでもってことは、自分自身にもってことか。 だったら、少し自分に厳しくなってみよう。
俺の言葉の所為で、今あるこの関係が壊れてしまうかもしれない。
それはやっぱり怖い。 どうしようも無い程に、怖い。
皆で放課後に部室で集まって、何をするわけでも無く、お茶を飲んでお菓子を食べて、アニメを見て。
たまに、葉月と葉山が喧嘩をして。 それに俺が巻き込まれて。 天羽がそれを笑って見ていて。
いつの間にか、それは本当に大切な物になっていた。 絶対に失いたくないっていうくらい、大切な物に。
けど。
だけど、俺が今思い出したこの想いは、それ以上に大切な物だ。 これを失ったらきっと、俺は一生後悔するだろうよ。
葉山には悪いけど、天羽にも悪いけど。
一回だけ、我侭を言わせてもらうとしよう。
そんな風に長々と考えていたのもあって、葉月のことを考えて歩いていたのもあって。 どうやら、場所的にはドンピシャだったらしい。
長い橋の、その下。 見慣れた小さな人影が、見えてきた。
「よう」
体を丸めて、そこに座り込んでいる葉月に俺は声を掛ける。 全く何をしているんだよ、こんな所で。
「……裕哉?」
「大変だったんだぞ? 葉山も天羽も探してて、葉月が急にどっか行っちゃったって言うからさ」
言いながら、俺は葉月の隣に腰を掛ける。 雪は未だに降っているが、橋の下ということもありそれは凌げている。 だけど、さっきまで葉月は歩き回っていたのか、頭には雪が積もっていた。 それが何だか雪ん子みたいになっている。
「物を探してた」
「物?」
「うん。 大切な物」
「へえ。 それってなんだ?」
俺が言うと、葉月はそっぽを向く。 そして、言った。
「ひみつ」
「秘密ってな……。 あー、まぁ良いや。 で、それは見つかったか?」
「うん。 途中に落ちてた。 雪に埋まりかけてた。 もう無くさない」
「そりゃ良かった」
「うん」
そんな会話をして、俺も葉月も黙る。 雪は少し弱まってきたような気がする。 吹いていた風も少し、弱まっただろうか。
数分程、俺も葉月も何も言わずに、ただただ景色を眺めていた。 その途中で葉月が「くちゅん」というくしゃみをして、俺はようやく口を開く。
「……んじゃあ帰るか。 っと、その前に葉山に連絡だな」
携帯を取り出して、葉山にメールを打つ。 簡単な内容で、葉月が見つかったことを伝える旨と、これから戻るということを打ち込み、送信。
返信は程なくしてあり、内容は「ばーか」という物だった。 これは多分、天羽の件に関してのことだろうな。
「じゃあ、ほら」
羽織っていた上着を取り、葉月にかぶせる。 そのおかげで更に寒くなったが、マフラーがあるからギリギリで大丈夫……だと思う。
「なに?」
「寒いんだろ? さっきから体震えてるしさ」
「これは貧乏ゆすり」
「そんな全身揺らす貧乏ゆすりは見たことなーい。 いいから、大人しくそれ着とけって」
ここまで分かりやすい嘘も、中々無いな。 死んだふりとかしていた天羽も、葉月くらい分かりやすい冗談を言ってくれれば丁度良いくらいだよ。
「……うん。 ありがとう」
「で、まぁ、ついでだし……おぶってくよ。 足も痛いだろ? その靴じゃあさ」
「エスパー?」
「ちーがーうっ。 雪の中、そんな普通の靴で歩いたら寒いに決まってるだろ。 こんな時間に外を探しに行くなら、もっとちゃんとした格好をして行けって」
俺が笑いながら言うと、葉月は首を傾げて答える。
「怒らないの?」
「……こうやって外に来ていることをか?」
「うん。 そう」
「大切な物だったんだろ? その探し物って」
「……うん」
「だったら別に良いよ。 俺が葉月の立場だったら、同じ事してたと思うし」
「……今日の裕哉は、なんか優しい」
「いつもこれでもかって位に優しいだろ。 ったく」
「そうかもしれない」
「あはは、それじゃ……帰るか」
俺は葉月の前に背中を向けてしゃがみ込む。 意外にも、葉月はすんなりとそれに従って、俺におぶられる形となった。
「結構重いんだな」
「……」
「いてててっ!! 耳引っ張るな!!」
「私の体重は平均」
むしろ、平均よりも下って感じだけどな。 あくまでもこいつは平均にしたがる。
「冗談だよ、冗談」
「ならいい」
そして、俺は葉月をおぶって歩き出す。 しばらくの間はやっぱり無言だったけれど、別にそれは嫌な空気では無かった。
葉月は俺の首にしっかりと腕を回していて、疲れているのか、全身の力は限りなく抜けている。
ひょっとして寝ているんじゃないかと思ったりもしたけれど、たまに顔を動かしているのを感じて、それは無いと分かった。
「……葉月、ちょっと良いか?」
「待って」
「ん?」
「雪だるま見つけた。 可愛い」
「あのなぁ!!」
しかし、俺の言葉を無視して、葉月は道端に作られた雪だるまの方へと行こうとする。 子供か。
「……はいはい分かったよ」
そして結局、渋々俺は葉月を降ろす。 するとすぐに葉月はそこへ駆け寄って、しゃがみ込んで、ジッとそれを見つめ始めた。
「寂しそうって言われても、今日は横に置く物無いからな?」
恐らくそんなことを思っているのだろうと思って、俺は葉月にそう語りかける。
「……そのマフラーがある」
「これは駄目だって。 天羽から借りてるんだよ、お気に入りのマフラーなんだとよ」
「そう。 ならだめ」
「はは、そうだな」
葉月は雪だるまにそっと手を添える。 一体、葉月は何を考えているのだろう。 何を想っているのだろう。
それが少し……じゃないな。 結構、かなり、気になった。
「裕哉」
「ん? どうした?」
「あれは……なに?」
立ち上がって、川の向こう側を葉月は指さす。 その方向に目をやると、何やらキラキラと光っている物があった。
「……あー、さっきのイルミネーションか」
「イルミネーション?」
「うん。 なんかさ、この時期だとやってるみたいなんだ。 さっき葉月を探している時に見かけたんだよ」
「……」
俺の言葉を聞くと、葉月は背伸びをしながら川の向こうのそれを見る。 その一生懸命とも呼べる姿が面白く、思わず俺は笑ってしまう。
「馬鹿にしている」
「してないしてない! 葉月、あれ見たいのか?」
葉月は首を縦に振る。 状況が状況なだけに、あまり戻るのが遅くなったらあれだけど……。
まぁ、少しくらいなら良いか。 葉山には再度、メールで連絡を入れておこう。 もう少しだけ教師達にバレないよう、うまく粘ってくれって。
ちなみに、この時俺が送ったメールに対する返信もすぐのことで、その内容は「頑張れ」という、簡素な物だった。
「綺麗……」
橋を渡って反対側へと行き、街中を歩くこと少々。 イルミネーションが間近に迫った辺りで、葉月はそう声を漏らした。
「本当だな……」
白や赤、青や黄。 様々な色で、まるで生きているかのように輝く街中。 雪が結構降っている所為なのか、辺りに人はあまり居ない。
「宝石みたい」
「……だな」
葉月でも、こういうのに見惚れることってのがあるんだな。 夏休みの時もそうだったけど、その時よりも今は、見入っている感じだ。
思えば、こいつと知り合ってからもう半年も経つのか。 短かったようで、長い時間。 散々振り回されて、たまに喧嘩もしたりして。
笑うこともあれば、怒ることだってあった。 泣くことだってあったし、辛いことだってあった。
一番最初。 俺は葉月のことなんて全く知らなくて。 思っていたことと言えば、暗い奴だなってことくらいで。
でも、話してみれば、知ってみれば、こいつは本当に面白い奴で。
段々と、少しずつだけど……葉月の感情とかも見えるようになったんだ。 こう言ったら怒るだろうなとか、こう言ったら喜ぶだろうなとか。
それで、俺はそれを気にしていたんだ。 葉月が喜べるように、楽しめるように、それを気にしていた。
だからきっと、俺は俺の気持ちを殺していた。 これを言ってしまえば、どうなるのかが俺でも分からないから。 そればっかりは、分からなかったんだ。
葉月がそれを聞いて、どう思うのかが、分からなかったんだ。
でももう、止めだ。 立ち止まるのも、逃げるのも、後ろを向くのも、止めよう。 怖くて怖くて仕方無いけれど、大切な一歩を踏み出そう。
きっと俺も、この気持ちを殺し切るなんてことはできないんだ。 それに少し、疲れてしまったんだ。
俺は。
「葉月」
「なに」
未だに葉月は、イルミネーションを見たまま。 俺の方を向かずに、それらを見て、無感情でそう答える。
その声を聞いて、少しだけ怖気付いてしまう。 だけど、俺は続ける。 葉月の横顔を見ながら、続ける。
「俺さ」
「うん」
「……俺、さ」
「うん」
「……俺、葉月のことが好きだ」
「……」
それを聞くと、葉月は俺に背中を向ける。 その感情は分からない。
「いつからだったか、分からないんだ。 葉月と一緒に過ごして、葉月と一緒に色々と見たり、葉月と一緒に居て、気付いたら……好きになってた」
「……うん」
「ごめんな、急にこんなこと言って。 でも、伝えないと駄目だって思ったんだ。 葉山とか天羽に色々言われてさ、あいつらに気付かされて。 それで、俺自身もこのままじゃ駄目だって思って」
「……他に良い人がいる」
「そんなことは無い。 俺の中では、だけどな」
「葉山も、天羽も。 裕哉はそっちの方が幸せになれる」
「それに……怖くなかったの?」
「怖かったよ。 正直言って、このまま何もなく帰りたいって思ったくらいだし。 だけど」
「……だけど、やっぱり伝えないと駄目なんだよ。 気持ちってのは、想いってのは、伝えないと駄目なんだ」
「……うん」
葉月が見ているアニメの主人公みたいに、格好良くは言えないけれど。
葉月が望んでいるアニメのキャラのような奴では、無いかもしれないけれど。
それでも、このたった一つの大切な気持ちは、伝えたい。
俺の人生で多分、一回しか芽生えないだろうこの気持ちを。
「俺は、葉月のことが好きだ」
「さっき、葉月は葉山とか天羽の方が、俺が幸せになれるって言ったよな」
「……うん。 言った」
「俺も言わせて貰うぞ。 俺はな、葉月」
「今年の5月に葉月と会って、色々面倒なこともあったし、疲れることもあったし、家の壁は壊されるわ無理難題を命令されるわで、それはもう大変だった」
思い出すだけで、泣けてくることばかりだ。 泣けてくるし、笑えてくる。 面白いくらいに。
「でも、葉月だったんだ」
「私……だった?」
「おう。 一緒に居て、本当に面白いし楽しいし、ずっと一緒に居たいなって思ったのは、葉月なんだ」
「葉山でも、天羽でも無い。 俺は、葉月のことが好きになったんだよ。 こう言うのは何かちょっと恥ずかしいけど」
「葉月じゃないと、駄目だったんだ」
「……」
無言のまま、葉月は振り返る。 顔は下を向いていて、長い髪の毛が顔に掛かっていて、しっかりとその表情は見えない。 しかし、微かに見える目からは、ぽろぽろと溢れている物があった。
「……葉月? 泣いてるのか?」
「泣いてる……あれ」
葉月は言うと、顔に手を当てる。 そして、確認するように頬の辺りや、目の辺りを触った。
「本当だ」
「本当だってな……自分のことだろ? いきなり言ったのは、本当にごめん。 だから、泣かないでくれよ」
「違う。 そうじゃない」
「違う?」
「……嬉しかった」
「へ? それって、どういう」
そう、聞き返した時だった。
葉月は顔をあげて、俺のことを見る。 こうやって、顔を見合わせることは別に珍しいことでも無い。 葉月は何かと見つめる癖があるし、そういう時は大抵、何か予期せぬことを言う時だ。
それはもう、俺が全然予測出来ないような、突拍子も無いことを。
でも、この時ばかりはなんとなく、葉月がどんなことを言うのか分かってしまった。
だって、その時の葉月はとても、とても嬉しそうに笑っていたのだから。
「すごく、すごく嬉しかった。 だから、それで泣いたと思う」
「私も、裕哉のことが好き。 大好き」
初めて見る笑顔は、あの時見た絵の笑顔よりも。
比べ物にならないくらいに、綺麗な笑顔だった。
「もしもし、葉山か?」
『そうよ! 一体いつまで外に居る気なの!? こっちがどっれだけ大変か分かってるでしょうね!?』
キンキンと怒鳴り散らす葉山は、いつも通り。
『あんたマジ帰ってきたらぶっ飛ばすから!! 本当はぶっ飛ばさないけど気持ちでぶっ飛ばすから!! 覚悟しなさいよ!?』
あれから、俺は再び葉月を背負って旅館へと歩き出したのだが、イルミネーションを長らく見ていた所為で、割りと遅い時間になってしまっている。 この状況でもバレていないのは、葉山と天羽の努力のおかげか、それともあの担任……大藤が適当な所為なのか。
「戻ったら死ぬほど謝るって……。 それで、そろそろ着くんだけど、入り口って大丈夫か?」
『ああ、なら着く時にワン切りでもしてよ。 そしたら見張りの気を引いといたげるから』
「助かる。 ありがとうな」
『……で、で! どうなったの!? フラれた!?』
「なんでそんな嬉しそうなんだよ……。 後でちゃんと話すよ」
『あはは。 なるべく早くしなさいよ!』
「はいはい」
そんな会話を終えて、電話を切る。
葉月は疲れてしまったらしく、熟睡中だ。 改めてこうして力を抜かれると、なんだか重さが増した気がしてならない。
まぁ、部屋に戻るまではそれはもう大変だったのだけど、葉山と天羽の協力の甲斐もあり、無事に誰にもバレず、葉月を部屋まで運ぶことに成功したのだった。
「ふう……。 それじゃ、俺は部屋に戻るよ。 騒がせて悪かったな、二人共」
「良いって良いって。 友達でしょ? わはは」
俺が気にしていた一つのことも、天羽は全く気にしていない様子だ。
……いや、気にしないようにしているのかもしれない、か。
なら、俺もそれに合わせてやらないと。 難しいことかもしれないが、こいつとならきっとそれだって出来るだろう。 これからどうなるか、それは俺達が決めることだ。
「って、何勝手に帰ろうとしてんのよ!! 私達が何でこんな遅くまでせっせと働いたと思ってんの!?」
「うおっ!? 引っ張るなって! 何だよ!?」
「聞きたいことが山ほどあるでしょうが! ね、天羽さん」
「うひひ、勿論! さぁ、洗いざらい吐いてもらうまで帰さないぜ~」
結局その日、俺は葉山と天羽によって、事の成り行きを全て話すことになってしまった。
死ぬほど恥ずかしくて、葉山も天羽も終始ニヤニヤとしていたのが余計にそれを助長して、この場から逃げ出したい気持ちになったのは言うまでも無い。
それと、葉月が笑ったということは黙っておいた。 なんとなく、それは言いたく無かったから。
「へぇえええ。 それじゃあ、二人は恋人同士になったんだねぇ」
「……まぁ、一応」
「何嬉しそうにしてんのよ、気持ち悪い」
「相変わらず酷いな……葉山は」
「まー、大変なのはこれからなんだからね。 その辺は分かってんの? なんせ、このお姫様が相手なんだから」
葉山は言いながら、すやすや眠る葉月の頬を突く。 それでも全く反応が無いので、死んでいるんじゃないかと少し心配だ。
「分かってるよ。 でもまぁ、大丈夫だろ」
俺が言うと、葉山は一度頷いて、口を開く。
「そうね」
「八乙女君なら大丈夫だって、思ってるから。 天羽さんをフッてまで付き合ったわけだし」
「わ、わはは……歌音ちゃん、それキツイなぁ」
言いづらいことや、答えづらいことをズバズバと放り投げてくるなぁ……。
「だからこそでしょ。 だからこそ、しっかり神宮さんを悲しませないであげてね。 もしも泣かせたりしたら、私と天羽さんでボッコボコにするから。 分かってんの?」
「……ああ、その時はそうしてくれ」
「よし。 ならほら、さっさと部屋に戻れ。 点呼始まって居なかったら、さすがにヤバイから」
「俺を引き止めたのはお前じゃないか……。 まぁ、別に良いけどさ」
言って、俺は扉へと向かう。 部屋に戻ったら、とりあえず布団に入って目を瞑ろう……。 ああ、でも風呂に入らないといけないか。
……今日は本当に、酷く疲れた。
とは言っても、毎回毎回のことなので、少しそれにも慣れてきたけれど。
慣れることもあれば、慣れないこともあるのは確かだな。
例えば……何かの為に、一生懸命に走ったり、友達の為に協力しあったり。 そういう疲れにはもう、慣れてしまっている。
その疲れはある意味で、達成感的な物にもなるし、嫌な物では決して無い。 むしろ、嬉しい物だったりするんだ。
そして、慣れないこと。
一つは、今日あったことだ。
天羽に告白され、俺はそれを断って。
葉月を見つけて、葉月に告白して。
言葉にしてしまえば、それだけのことだ。 けれど、こんなに疲れることは他に無いだろう。
これはもう、経験したくは無いな。 一回きりで、充分だ。
そして、もう一つ。
「八乙女くん」
丁度、廊下に出ようと扉に手を掛けた時、後ろから天羽が声を掛けてくる。
「……どうした?」
俺が聞くと、天羽は拳を突き出し、いつものようにこう言った。
「また明日! 八乙女くん!」
俺の友達の、気遣いと優しさ。
一個一個がとても嬉しくて、気恥ずかしくもなってしまう。
これに慣れる日なんてのは多分、この先来ないだろう。
「ああ、また明日」
「いひひ」
でも、それで良いんだ。
ようやく、少しだけ変わった俺達の関係。
いや、気付かないだけで、少しずつそれは変わっていたのかもしれない。
天羽に合わせた拳からは、力強さも、優しさも、暖かさも。
全てしっかり、伝わった。
こうして、長い一夜は幕を閉じる。 色々な想いと、様々な気持ち。
そんなのがちょっとだけ、分かった気がする。 寒い夜のことだった。
一つだけ確実に言えること。 これだけは、自信たっぷりで言えることがある。
今回の話は、それを言って終わりにしよう。 言うのは少し恥ずかしくて、かなり嬉しくて、それでちょっとだけ心配で、けれど目一杯幸せな、そんなひと言。
この日から、俺と葉月は恋人同士になった。
以上で第三章、終わりとなります。
読んで頂いた方、お気に入り登録をして頂いた方、評価してくれた方、感想をくれた方、ありがとうございます。
次回から、第四章となります。




