表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺達の関係とは
53/100

雪降る夜に

雪が降る中、旅館を出た俺は、正確な場所が分かるわけでもなく走っていた。


……どこだ? 確か、天羽あもう葉山はやまは喫茶店がどうとか言っていたよな。 それは恐らく、昼間に皆で行った喫茶店のことだろう。


そこに葉月はづきが行ったのかは分からない。 あいつがどうしてこんな夜に外出したのかも分からない。


けれど、行かないと駄目なような、そんな気がした。 気付いたら勝手に足が動いていて、気付いたら俺は葉月を探している。 似たようなことはきっと、今に始まったことじゃない。


「てかさっむ! もっとちゃんと服着てくれば良かったな……」


今の格好。 一応スカジャンを羽織っているが、マフラー無し手袋無し、下に関して言えばジーパン一枚。 寒すぎて凍えそうだ。


このジャンパーも、しょっちゅう妹に「チンピラみたいだから止めてくれ」と言われているんだけど、着心地がよくて愛用している。 だが、さすがに北海道でこれはキツイ物があったようだ。


でも、今から戻るわけには行かないよな。 天羽と葉山が話していた内容が本当だとするなら、早く葉月を連れ戻さないと。


俺は走って、走って、葉月を探す。 あいつは大概マイペースだから、そこまで早くは動いていないはずだ。 だったらまだ、近くには居ると思う。


この辺りは旅館以外には殆ど建物が無い。 だから、見渡しは割りと良いんだけど……。


「……どこだここ」


早速、迷子になりつつある俺である。 いやだって、雪が予想以上に凄いんだもん。


視界もある程度は奪われるし、何より目印になりそうな標識だとか、でかい木だとかも、雪が覆ってしまって全然違う物のようだ。


「くっそ……!」


でも、足を止めるわけには行かない。 つくづく、夏前に走り込みをしていて良かったと思う。 ある意味葉月に感謝だな。


「――――――、――――ッ!!」


その時だった。 後ろから、声が聞こえた気がした。 雪と風の所為で良くは聞こえないが、確かに何かの声が聞こえた。


……まさか、雪女とか? いやいや、冗談じゃないぞ。 あれは液晶を通して見るから良いのに、生では決して見たくない。


俺はそんな事を思いながら、恐る恐る振り返る。 人だと願って。


「……あれは……葉月か?」


……いや、違う。 何か、懸命に叫んでいる気がする。 葉月だったら、あんな風に叫んだりは絶対しない。 ということは。


「――お――め――くんッ!!」


「やーおーとーめーくんッ!!」


「……天羽?」


その人物が誰かに気付き、俺はそっちへと駆け寄る。 あの馬鹿、こんな状態で飛び出して何を考えているんだなんて、思いながら。


「っはぁ……! っはぁ……!」


「天羽!? おい、大丈夫か?」


「わ、わはは……だ、だいじょうぶ。 ちょ、ちょうよゆー」


言いながら、ピースサインをする天羽。 めちゃくちゃ息が荒いのに、それでも強がるのは少し尊敬してしまう。


「全然そうは見えないけど……。 ってか、こんな状態なのに外に出てくるなって!」


「……はぁ、はぁ……それは、八乙女やおとめくんにも同じことが言えるよ」


……まぁ、確かに。 それを言われてしまったら、俺はもう何も言い返せない。


「ご、ごめん……ちょい待ってね……はぁ、はぁ。 息、整える」


それから、天羽は数回深呼吸をする。 そして息が整ったのか、顔をバッとあげた。 その顔付きはいつも見るような、笑顔で。


「八乙女くん。 ちょっと、お話があるんだ」


「……話? ごめん、悪いけど後でも良いか? 天羽も分かっているだろ。 今は、こんな所で話をしている場合じゃないってのは」


「すぐに終わるから。 だから、少しだけ」


「けど、何もこんな時に……」


「こんな時だからだよッ!!」


俺が言い掛けたところで、天羽は力強く言う。 いつもの様子とはとても違っていて、一瞬俺は呆気に取られてしまった。


「……こんな時だからだよ。 八乙女くん」


いつになく真剣に、いつになく気持ちを込めて、言っているように見えた。 それを無視するのは少し、難しい。


「……分かった。 聞くよ、何だ?」


俺の言葉に、天羽は笑顔で「ありがとう」と言った。 そして。


胸に右手を当てて、俺の顔をジッと見つめる。 その間は本当に少しだけだったかもしれない。 けれど、不思議なことにそれは何十秒にも、何分にも、何時間にも感じられた。


その間も終わり、天羽の口が微かに動く。 怯えているようにも見えたし、嬉しそうにも見えた。 天羽はそんな表情で、言葉を紡ぐ。


「あたしは、あたしはね、八乙女くん」


「――――――あなたのことが、好きだ」


その声はハッキリと、俺に聞こえる。 一瞬だけ、世界が止まったようにも感じた。 何を言われたのか、天羽は俺に何を伝えたのか、頭の中で整理をして。


そして、その止まった世界は動き出す。


「は!? 好きって、え……っと」


正直に言うと、たちの悪い冗談かと思った。 天羽がいつも言う、ジョークなのかと思った。


でも、天羽の顔を見て、俺の答えを待つ天羽の顔を見て、それは違うと悟る。


天羽は本気だ。 勇気を振り絞って、俺にそれを伝えたんだ。


「……俺は」


「ちょっと待った! 待ってね……待てよ!?」


「お、おう」


言われ、俺は黙る。 天羽は両手を胸の辺りに置いて、再度息を整える。


吐く息は白く、耳の辺りは赤くなっている。 そんな天羽が何だかおかしくて、俺はついつい笑ってしまう。


「……なに笑ってんのさ! むう」


「は、はは。 ごめんごめん。 大丈夫か?」


「う、んむ。 問題無い……と思う。 それでさ、答えを聞く前にお願いがあるんだよ、実は」


「……お願い?」


「うん。 これは、八乙女くんも分かっていることだと思う。 多分ね」


そして天羽は笑って言う。 大きな声で、叫ぶように。


「あたしは逃げなかったぞ! ちゃんと最後まで言ってやったんだ! だから八乙女くんも逃げないで、最後まで戦って!!」


それは。


――――――――その言葉は、葉山に言われた言葉だった。




『その、約束ってのは?』


『簡単な事。 一つだけ、守って欲しいだけだから』


『逃げないで。 ちゃんと自分と周りを見て、もう逃げるのをやめて、ぶつかって』


『……すまん、よく意味が分からないんだけど』


『分かった時で良いよ。 きっと、その内分かるから。 絶対にね』


『その時に守ってくれれば良い。 それだけだよ』




逃げないで、ぶつかれ。 自分と周りを見ろ。


俺が逃げている物。


天羽に言われて、天羽に好きだと告げられて。


俺が、怖がっている物は。


「もし、もしもだよ。 八乙女くんに他に好きな子が居るんだったら、あたしは旅館に戻るよ。 葉月ちゃん探しは、八乙女くんに任せるよ。 きっと、八乙女くんなら見つけられるから」


「それで、もしもそんな子が八乙女くんには居ないんだったら、あたしも探すのを手伝う。 一緒に、探そう」


それは、天羽が出した二つの道だった。


前に進む、細くて頼りない道。


もう一つは、後ろに進む、逃げ道。


……天羽はきっと、分かっているんだ。 全部分かった上で、こうやって俺に話をしてくれたんだ。


だったら俺も。


俺も、それにはしっかり答えないと。


俺の親友に、俺を想ってくれた親友に。


「あ、言っておくけど別に駄目でも友達だからね! 例え八乙女くんが気まずいと言っても!!」


「ああ、分かってるよ」


「今度返事するとかも無しね! あたしがそれじゃ納得出来ないから! ワガママかもしれないけど、良いよね?」


「分かってる。 それもちゃんと、分かってるから」


「わはは、なら良いんだ。 それで、聞いても良いかな。 八乙女くんの返事」


「ああ」


俺は伝える。 気付かない振りをしていた気持ちを手に取って。 見ない振りをしていた物にしっかりと目を向けて。 逃げ続けていた道を塞いで、本当の物をしっかりと見て。


そして、思いっきり背中を押して、気持ちを正直に伝えてくれた天羽に向けて。


「天羽、俺は」


「俺には、他に好きな奴が居るんだ。 だから、ごめん」


その言葉に、天羽は悲しそうな表情も、辛そうな表情もせず、ただ、笑った。 いつものように、ただ笑った。


「……うんうん。 やっぱそうだよね。 わはは!」


「天羽……」


「んーじゃ、これは餞別。 てゆか、見てるこっちが寒くなるからね」


そう言うと、天羽は自分が付けていたマフラーを俺の首へと巻く。


「……悪いな」


「ほら! そうと決まれば早く行け! あたしは旅館に戻っているからさっ!」


言って、俺を振り返らせ、天羽は背中をぐいぐいと押す。


「ちょ、ま、待てって! そんな押したらこけるって!」


「あはは! あ、そのマフラーお気に入りだから汚したら怒るからね」


「無理矢理貸しといてそれかよ……まぁ、ありがとな」


「良いって良いって。 それよりさっさ行けっての!!」


葉山のような口調になりながら、天羽は背中をぐいぐいと押し続ける。


「……てか、本当に大丈夫か? 旅館まで送って行くか?」


俺が聞くと、天羽は答えた。 その声は少しだけ、震えていた。


「……あーもう、歌音ちゃんが八乙女くんを馬鹿って言うのも良く分かるよ。 全くほんと、嫌になっちゃうって」


「八乙女くんはさぁ……八乙女くんはさ、そんなにあたしが泣いている所を見たいの? あっはっは」


天羽は笑っているつもりでも、いつものように笑顔を浮かべているつもりでも、きっとそれは。


……葉山や天羽の言う通りだな。 察しの悪い自分が、嫌になってしまいそうだ。


ここで俺がこれ以上、天羽に優しくしても、それはきっと傷付けるだけなんだ。


いつだったか、葉山に言われたっけ。


優しさが、傷付けることだってあると。 まさにそれが、今のことだ。


俺はもう、今……天羽に対して優しくしてはいけない。 こいつは一生懸命、俺の背中をこうやって押してくれている。


「天羽、また後で」


「おう! しっかり見つけて帰って来てね!」


最後に天羽は思いっきり背中を叩いて、俺に言う。


そのままの勢いで、俺は走り出す。 葉月を探して、真っ暗な中を。


ありがとう。 俺を好きだと言ってくれて、俺に気持ちをぶつけてくれて、ありがとう。


俺は嬉しいよ。 お前に好きだと言って貰えて、お前に想って貰えて、俺はこれでもかってくらい、嬉しいよ。


天羽に押された背中は、とても暖かい。 冬の北海道だっていうのに、どうしようも無いくらいに暖かい。


最後に、ちらりと見た天羽の表情は、今にも泣き出しそうな物だった。 必死に堪えているような、そんな表情だった。


それが頭に浮かんできて、思わず俺も泣きそうになってしまう。 やっぱり、人が悲しんでいるのを見るのは苦手だ。 それは俺の心にグサグサと刺さってくるから、苦手だ。


……けど、駄目だろうな。 俺が泣いてしまったら、天羽が泣けなくなってしまう。 その表情にさせてしまった俺に、泣く権利なんて無いんだ。


天羽、俺は人に好きだと言って貰えたのは初めてだったんだ。 正面からこうやって、言って貰えたのは。 だから思おう、天羽の為に。 また明日と、大切な――――――――親友に向けて。


そして、俺の背中側に居る天羽はきっと、笑っている。 いつもみたいに、笑っている。


天羽の為に、そう思おう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ