聞き込みの開始と、終わり
「……暇」
人のベッドの上でごろごろ転がりながら、葉月は言う。 だったら隣にある自分の部屋へ帰れと言いたい。 切実に言いたい。
「だから、俺の部屋には何も無いって言ったじゃないか。 それでも行くって言ったのは葉月だろ?」
「言った。 だけどいくらなんでも酷い」
一息置いて。
「何も無いにもほどがある」
いや色々あるだろ。 本棚とかテレビとかベッドとか。 三つもあるじゃん。
「私の部屋の、五倍はつまらない」
「……はいはい悪かったよごめんなさい」
「そうだ。 裕哉」
俺が適当に謝ったことを気にもせず、葉月はベッドから飛び跳ねて隅の方にちょこんと座ると、何かを思いついたように俺の方を見た。 あまり、良い予感がしないのは気のせいだろうか。
「……」
「そうだ。 裕哉」
「……」
「そうだ。 裕哉」
「無視してるって分かれよ! しつこいな!」
「そうだ。 裕哉」
壊れた人形かよ。 これは俺が「なんだ?」って言うまで続くのか? もしや。
「……」
だとしたら、意地でも言ってやるもんか。 こいつの思い通りにことが進むというのは、なんだか良い気分じゃないし。
「そうだ。 裕哉」
葉月は再度言うと、ベッドの上で跳ね始める。 スプリングがギシギシと音を立てて、今にも壊れそうな勢いである。
「おいやめろ! 一体何だよ!?」
「良く聞いた」
……言ってしまった。 葉月はというと、若干勝ち誇った顔をしてやがる。 無表情だけどな。 言葉のニュアンスで伝わってくるのが鬱陶しい。
「実は、昨日アニメを見た」
「……別にそこで驚きはしないぞ。 毎日見てるみたいだし」
それで、昨日見たアニメの感想を言うんだ。 何々が凄かったとか、何々が感動的だったとか。 ぶっちゃけて言ってしまうと、それすらも全て淡々と無表情で言う所為で、何がどう良かったのかいまいち伝わってこない。
「バトルアニメ。 格好良かった」
「バトル物かぁ、葉月でもそういうの見るんだな。 てっきり、日常物だとか恋愛物ばっかだと思ってたんだけど」
「色々見る。 好きなのは、その二つ」
ふうん。 オールマイティーで見るってことか。 それで、特に好きなのがその二つと。 どうでも良い情報ありがとう。
「それで、必殺技を使ってた」
「必殺技? ま、バトルアニメじゃお決まりだよな」
「そう。 格好良かった」
「それは分かったから、さっきの思い付きは何だよ? 聞いてしまった以上、気になってきたよ俺」
「練習しよう」
「……一応聞こう。 何を?」
まさかとは思うが、必殺技のとか言うまいな。 それをもしもこいつが言ったら、俺は今すぐ病院に連れていかなければならない。 アニメの見過ぎで頭がやられてしまったようです。 って。
「必殺技の」
「おし葉月病院行くか!」
「行かない。 聞いて」
きっぱりと断られてしまったな。 それより、ツッコミにはもうちょっと面白い反応をして欲しい物だ。
「……はぁ、何だよ?」
「サイクロン・デコード」
「……」
葉月は今、俺の方に手を向けて何やらぼそっと言ったのだが、これにはどう反応をすれば良いんだろう。 淡々と言う所為で、一体何を言ったのか一瞬分からなかったよ俺は。 でも多分、話の流れ的には必殺技を撃ったんだよな、葉月の奴。
「わ、わー」
「死ね」
「死ねって言うのやめろ! 葉月が言うとすっげえマジに聞こえるからさ!」
「なら、立って」
どういう経緯で「なら立て」となったのかは分からない。 こいつと会話をする上では、経緯などは全て関係なくなってしまう。
「……これで良いか?」
「良い。 そのままこっちへ」
葉月も俺同様に立ち上がり、ベッドの横の壁際まで移動する。 それに習い、俺もそこへと移動した。
「ここでこう」
そのまま俺は壁を背にして、正面を向く。 真っ直ぐ目の前にあるのは部屋のドア。 その横には本棚。 学校の教科書で埋め尽くされているなんとも悲しい本棚だけど。
「これで良いのか?」
「良い。 そのまま、待ってて」
「それは構わないけど……一体何するんだよ?」
「すぐに分かる」
葉月は言い、トコトコとドアの方まで行ってドアを開ける。 目の前には当然、リビングが広がっていた。
「……葉月?」
そのまま部屋の外へ出て、リビングの端っこまで歩く。 俺は依然として、壁に背を預けたまま。
「……」
何やら葉月は言っているが、声が小さいのでこの距離からは全く聞こえない。 なんか、ぶつぶつ言っているけど……。
「……っ!」
最後に少し大き目の声で何かを言い、葉月は俺の方へと駆け寄ってくる。 駆け寄るというよりかは、俺目掛けて突進してきたと言った方が良いかもしれない。 そのくらいのスピード感。
あれだけ早く走れれば、案外二人三脚も上手くいくかもな。 なんて俺は思っていたのだが……。
「葉月ストップストップ! 何やってんだおい!」
止まる様子は全く見せずに、俺との距離がどんどん詰まっていく。 このままだと間違いねえ! 確実にぶつかる……!
「おいおいおいおい! 止まれよ!!」
「……無理」
無理じゃねえよアホ! 一体こいつは何してるんだ!?
「あ」
しかし、運動音痴が祟って葉月は足をもつらせ、走ったままの勢いで前のめりになった。
ここで俺が取れる選択は二つ。 一つは葉月を受け止める。 もう一つはジャンプして躱す。
「あぶなっ!」
迷いなく、俺は選択肢の二つ目を選んだ。 いやだって受け止めたら俺が壁にぶつかるし。
案の定、俺が避けた所為で葉月は勢い良く、頭から壁へとぶつかる。 ドッゴォオオン! という物凄い音がしたけど……生きてるかな、葉月さん。
「……うう」
「お、おい葉月」
「……痛い」
「いやそりゃそうだろ……」
「……痛い」
やっぱり馬鹿だこいつ。 どういう考えで俺の方に突進してきたんだよ。
「……守るって、言った」
「自分から危険なことしておいてそれ!? いくらなんでも無理言うなっ!」
あ、というかだな。 それよりもっとヤバイことが一つあるんだけど。
「……あれ?」
葉月はようやく顔をあげると、珍しく素っ頓狂な声を出した。 ようやく、壁に突っ込んだ結果がどうなったか分かったようだ。
「……おい葉月。 どうするんだよこれ」
「……秘密の通路?」
「ふざけんなっ! こんな馬鹿でかい穴空けやがって!! 怒られるの俺だぞ!?」
穴というより、もはや葉月が言ったように通路である。 葉月が突っ込んだ結果、壁をぶち破って隣の部屋へと繋がったのだ。 そしてこの場合の隣の部屋とはつまり。
「私の部屋と、裕哉の部屋が繋がった。 これで行き来が楽」
「……は、はははは」
「裕哉、顔が怖い」
「……なあ、誰の所為だと思う? なあおい」
「……帰る。 今日は疲れた」
「はーづーきぃー!!」
逃げようとした葉月を捕まえ、正座させ、その後約二時間に渡って説教をしたのは省略させてもらおう。 何が一番大変だったかと言えば、どでかい音を聞いてやってきた桜夜から、この穴を隠すことだった。
「……まだあれだな、俺と葉月の部屋の壁で良かったな、これ」
「計算通り」
「おい反省全くしてねえだろ」
とりあえずの応急処置として、この通路はカレンダーで隠すことにした。 親にでもバレてしまったら、一体何ヶ月の小遣いが吹き飛ぶやら。
「さすが、必殺技」
「必殺技って……ああ、さっきのはそういうことか。 一応技名聞いておこうか」
「ダイビング・スカイアタック」
なるほど、ダイビング・スカイアタックね。 その強そうな技名を聞いて、俺はすぐに返すことにする。
「今度試しにやってみるよ」
「うん。 裕哉も練習しておいて」
気付いていないならそれで良いけど、そのダイビング・スカイアタックとやらの練習台になるのは自身だぞ。
まぁ、このことは黙っておこう。 今度機会があったら、隙を見て試すのが面白そうだ。 今はそれよりも、多少気になっていることがあるし。
「それよかさ、葉月。 朝のことなんだけど」
「朝。 私と葉山の?」
「そうそう。 誰があんなことしたんだろうなって思って」
仕掛けた奴は二人のことを恨んでいるか、単にいたずら心だったのか、それは分からないけど、あの一件で二人が傷付いたのは事実だよな。
「多分、私のことが嫌いな人」
そうやって、葉月は顔を伏せて言う。 声色はいつもよりも悲しげに。 その姿を見て、何もフォローをしないわけにはいかなかった。
「そうとは限らないんじゃないか? だって、葉山だって同じような立場だったし」
「そうかな?」
「そうだろ?」
あれ? そうだよな? 二人してあんな風に黒板に名前を書かれて、人気投票みたいなことをされて。 葉山の方は当然の人気で、葉月の方は予想通りというか……。
ん? だとしたら、葉月の言う通りか? 二人が嫌な思いをしたのは事実だろうけど、あれだけの差が出るのを想定内と犯人がしていたなら……。
「いや、そうだな。 犯人は多分、葉月に何かをしたかったんだ。 恨みか、葉月のことが嫌いなだけなのか、分からないけど」
「葉山が犯人」
「……それはいくらなんでも適当すぎ! てか、葉山は被害者だろ? そりゃさ、どっちが酷い目に遭ったかって言えば葉月の方だろうけど」
「……別に良い。 犯人なんて」
「俺はそういうのしっかりしたいぞ。 んで、葉月と葉山にしっかり謝らせたい。 やられるだけなんて、なんか嫌だし」
「私は良い」
実際のところ、葉月にそう言われてしまったらどうしようも無いんだよな。 被害者はこいつなわけだし。
……明日辺り、葉山にも今回のことを聞いてみるとするか。
「それより、裕哉」
「何でしょうか」
「アニメ見よう。 私の部屋で」
「……はいはい」
葉月の中では、アニメが最優先ってことか。 こいつにとってはほんと、他のことはどうでも良いのかもしれない。
次の日。 二人三脚の練習を学校でするのはさすがに恥ずかしいから、いつも昼休みは葉月と話したり蒼汰と話したりで過ごしているのだが、今日の相手は少し違う。
「八乙女君? どうしたの? 用事って」
葉山歌音。 こう改めてみると、さすがはクラス一の美少女だよな。 スタイルも背もかなり良いし。
「……こうやってさ、校舎裏に呼び出すって……もしかして?」
そして性格もこれである。 俺が話しやすいようにしてくれているのが良く分かる。 変に思ったことを言わないよりよっぽどいいよ、全く。
「あー、いや、そうじゃなくて。 実はさ、昨日のことでちょっと話を聞きたかったんだ」
「なーんだ、残念。 それで昨日のことって言うのは?」
今残念って言ったか!? あれ、マジで!? 聞き間違いじゃない!?
「やーおーとーめーくーん。 ちょっと無視しないでよ、悲しいなぁ」
「お、おお。 ごめんごめん。 昨日のことってのは、朝のあれだよ。 葉山と葉月の名前が黒板に書かれてただろ?」
「……あー、あれね。 それがどうかした?」
葉山は少しだけ眉をひそめる。 やはり、話したく無い内容ではあるのか。
「葉山的にはどうなのかなって思って。 当然、犯人が誰か知りたいよな?」
「あ、ああー。 うん、そうだね。 しっかり見つけたいよね、やっぱり」
良かった。 これで葉山も「別に良い」なんて言ったら、打つ手無しだったよ。 被害者である二人が揃ってそんなことを言わなかったのは幸いだ。
「葉月はさ、平気そうな顔してたけど……やっぱり悲しかったと思うんだ。 葉山もだと思うけど」
「だから、ちゃんと犯人見つけて、二人に謝らせたいんだよ。 もし良ければ手伝ってくれないか?」
「……犯人捜しかぁ。 よし、良いよ! 私も協力する!」
「本当か? 助かるよ、葉山が手伝ってくれなかったら、どうしようかと思ってたんだ」
「あはは。 でも、八乙女君には神宮さんが居るでしょ?」
「あいつは「別に良い」って言ってるんだよ。 なんか協力的じゃないんだよな、犯人捜しに」
犯人は葉山だとか、適当に言ってたしな。 推理を全部ふっ飛ばした豪快さには感心したけど。
「そうなんだぁ。 それなら、尚更私が手伝わないとね! それじゃあ早速さがそ!」
「……いやでも、いきなり探そうと思ってもどこから手を付ければ良いんだ? 教室に置いてあった物とかに、まさか自分の私物なんて使ってないだろうし」
「んー、それならまずはさ、聞き込み調査かな? 見ていた人がもしかしたら居るかもしれないし!」
心なしか、楽しそうだな。 もしかするとこういうのに憧れるタイプなのか? どちらにせよ、楽しそうにしている葉山を見ていると、俺の方も少し楽しくなってくる。
「そうか、そうかもな。 ならとりあえず、クラスの人に聞いてみよう」
こうして、俺と葉山による聞き込み調査は開始された。
「昨日の朝のこと? あー、投票の奴か?」
最初に聞いたのは、クラスでも目立つ男子である相馬和孝。 俺とはたまに遊んだりもする奴だ。 サッカー部に所属しており、早くもレギュラー入りが囁かれている実力者。
「そうそう。 相馬は朝練とかで早く来るだろ? それで、もしかしたら見かけてないかなって思って」
「この場合は、犯人ってことでいいよな? 残念ながら見てないよ」
「そっかぁ。 うーん、やっぱり出だしは駄目だね、八乙女君」
「最初から知ってるってなっても、それはそれで驚くって」
「あはは、確かにそうかも」
「……お前らいつからそんな仲良くなったんだ? 俺としちゃあ、犯人よりそっちのが気になるなぁ」
別に仲良くは無いだろ。 ただ、犯人捜しをする上での協力関係ってだけで。
「あ、でもよ八乙女。 槇本なら何か知ってるかもしれないぜ。 あいつも朝早いし」
「……槇本か、あいつも朝練あるんだっけ?」
「当然。 走り屋槇本さんだぜ、なんて言っても」
暇を見れば走っていることから付いたあだ名ではあるが、良く良く考えれば随分酷いあだ名だよな。
「確かに。 分かった、今度は槇本に聞いてみるよ。 ありがとな」
「良いって良いって。 それより、八乙女」
相馬は言い、俺の肩に腕を回す。 そして、隣に居た葉山には聞こえない小さな声で俺に言う。
「……もし、葉山との仲が進展したら俺に教えてくれよ?」
「するわけないだろ! アホかっ!」
一体どこにそんな余地があるっていうんだ。 俺のそれは、この前葉月によって粉々にされたんだよ。
「さっき、相馬君と何を話してたの?」
「へ? いやいや、何でも無いよ。 今度遊ぼう、みたいな普通のこと」
槇本に会う為に、俺と葉山は教室から出るとグラウンドへと向かう。 昼休みではあるが、あいつは走っているはずだからな。
「ふうん? なーんか怪しいなぁ?」
「本当に何でも無いって。 それより今は犯人捜しだろ?」
「……あはは、そうだね。 よーしっ! 絶対見つけるぞー!」
「おう! 勿論だ!」
そして、俺と葉山は拳と拳を合わせる。 まるで、男同士の友情みたいだが……葉山は意外にも女子のノリというよりかは男子のノリだし、別に良いか。
「あれれ? 珍しい組み合わせだね、こりゃまた」
階段に差し掛かったところで、後ろから声が掛かる。 俺と葉山が同時に振り向くと、そこには一人の女子が立っていた。
「円爾?」
円爾涼羽。 葉月と同じくらいに小柄の女子で、しかし性格は真反対。 物凄い軽いノリで絡んでくる女子だ。 良く言えば人付き合いが上手い奴で、悪く言えばお調子者。 よく教師をからかって怒られているのを目撃する。
「いひひ。 もしかしてスクープ見つけちゃった? でもま、良いね! 美男美女カップルだ! うひい!」
「おい黙れ! 余計なことを言ったら必殺技ぶちかますぞ!!」
「おおう? 必殺技? なになに、八乙女ってそんな技持ってたの!?」
「最近習ったんだ。 ダイビング・スカイアタック」
「すごい弱そうな名前だね……」
そうでも無いだろ。 少なくとも、俺の部屋の壁をぶち抜くくらいの威力はあったしさ。
「涼羽さんは何してるの? ここで」
「んー? あたし? あたしはね~、暇だからお散歩だよ。 校内探検ってやつ? そんで、あわよくばスクープでも無いかなぁって思ってたんだけど……あったね! スクープ!」
「もう、変な噂は流さないでよ?」
俺と一緒に居ることが「変な噂」か……。 分かってはいたが、これは少し悲しい事実だな。
「私が恥ずかしいんだから。 八乙女君も、嫌だろうし」
嬉しい事実だった。 まだ俺の青春は終わっていない……かもしれない。
「なっはは! ま、歌音に言われたらしっかたない! あたしの心の中に仕舞っておいてあげよう。 うん」
「んでんで、お二人は何してるの? まさか本当にデート中ってわけじゃないだろうし」
「あはは、私と八乙女君は、捜索中なんだよ」
「捜索中? 一体何を?」
「昨日の朝のこと。 私と神宮さんの名前が黒板に書いてあったやつね。 あれの、犯人を探しているの」
「あー、あれかぁ。 あの格差社会を思いっきり見せつけられたあれね。 なるほどなるほど」
「格差社会って……」
「いひひ。 八乙女怒った? 神宮と仲良いもんね、最近」
「別に怒ってはいないって。 だって、お前は投票してなかっただろ?」
「……何故知ってる!?」
「いやだって葉月が言ってたし。 皆やってたけど、お前はしてなかったって」
「くう……不覚!」
一体何が不覚なんだよ。 普段ちゃらけているだけに、そういうのを見られたことに対してか? 相変わらず、良く分からない奴だな。
「いやいやだってさ、理由言っていい?」
「うん、どうぞ」
「二人ともあたしより可愛く無いからだよ! なんで自分より下の奴に投票しなきゃならんのだ!」
「今のひと言で、俺の中でお前は最下位だな」
「いひひ。 まぁそう冷たいこと言わないで。 犯人の心当たり? みたいなのは一応あるしさ」
「え? 本当か!?」
これは意外なところからヒントが出てきたな。 隣に居る葉山は「嘘っぽいなぁ……」とでも言いたげな顔をしているけど。
「ホントホント! ほら、これ!」
円爾は言いながら、スカートのポケットからメモ帳を取り出す。 そして、それを俺に開いて見せてきた。
「なんだ? ページ間違えてないか?」
そこには何も書いておらず、俺はそう言う。 しかし、円爾は首を振りながら「よく見て」とだけ返してきた。
ううん? 何だろ? よく見てと言われても……。
「あ! この紙って……犯人が使ってたのと一緒!!」
え? マジか!? いやでも、確かにそう言われてみれば……本当だ。 犯人がクラス全員に指示を出した時のメモと、同じだ。
「ってことはお前が犯人だったのか! 円爾!!」
「ちがーう!! 自分から「犯人です」って言う犯人がどこに居るっ!? あたしが犯人なわけ無いでしょ!!」
「冗談だよ。 そんなに焦ると逆に怪しいぞ。 ってか、それよりそのメモ帳って」
「いひひ。 実はね、このメモ帳ってある場所にしか無いんだよ」
「ある場所? それって、どこだ?」
「駄菓子屋だよ、駄菓子屋。 歌音の家ってこと」
歌音の家? 歌音ってのは、葉山のことだよな?
ん? でも駄菓子屋って……。
「葉山の家って駄菓子屋だったのか!?」
「……あ、あはは。 まぁ、隠しているつもりは無かったんだけどね。 そうだよ」
もっとこう、良いとこのお嬢様みたいなイメージだったが……駄菓子屋とはな。 これがギャップってやつか。 結構良いかもしれない。
「私の家、パパもママも早くに亡くなっちゃってね。 今は、お婆ちゃんの家でお世話になってるの。 だから、駄菓子屋」
「……そうだったのか。 何か、悪いこと聞いちゃったな。 ごめん」
「良いって良いって! もう本当にすっごい昔のことだから! 逆に申し訳なさそうにされると、こっちが申し訳なくなっちゃうよ!」
「はは、そっか。 それで駄菓子屋ってことか」
「そういうこと。 でも、このメモ帳って私のところにしか無かったんだ……知らなかったなぁ」
「いひひ。 んでさ、そう考えると……つまり、歌音のところでそのメモ帳を買っていった奴を見つければ良いんだよ。 駄菓子屋に来る高校生ーって結構目立つじゃん?」
「まぁ、確かにそうだな……葉山、心当たりは?」
「うーん……。 私が知る限りでは、涼羽さんくらいだけど……」
「やっぱりお前が犯人かっ!!」
「だからちがーう!! 言っておくけど、このメモ帳だって皆に切って渡したりしてるんだから!!」
「いやでも、渡してるって言ったって、昨日のあれは全員の所にいってたんだぞ? そうするとやっぱり、人から貰ってってのは考えにくいんじゃないか。 そのメモ帳を丸々持ってないと無理だと思うんだけど」
「てか!! てかてか!! それなら歌音だって怪しくない!? 家に大量にあるじゃんそのメモ帳!」
「あ! 確かに! ってことは、犯人は私……?」
「……葉山って、ひょっとして天然なのか」
「へ? だ、だって涼羽さんじゃないとすると……私くらいしか居ないでしょ?」
「もしもそうだったら俺は人間不信になるって……。 なら聞くけど、犯人は葉山か?」
「ううん? 違うよ?」
「……はぁ」
なんか、葉山も葉山である意味疲れるかもしれない。 葉月とは違った意味で。 そんな可愛い顔で言われてしまったら、もうどうでも良いんだけどさ。
そしてその後、槇本を含むクラスの奴らに聞いたり、葉山の家である駄菓子屋、そこで店番をしている葉山のお婆ちゃんにも話を聞いたが、有力な情報は皆無だった。
結局何の手掛かりも無いまま、あの事件から丁度一週間が経った日。 再び、日常に変化が訪れる。