作戦会議
「よう、そっちはどうだった?」
葉山の部屋で、あれから少し雑談をした後、俺は事前に決めておいた集合場所へと足を運んだ。
既にそこにある椅子には葉月と天羽が腰を掛けていて、俺が来たことに気付くと、二人はすぐに立ち上がり、天羽は笑って口を開く。
「おっかえり八乙女くんっ! 歌音ちゃん、どうだった?」
「ああ、話し合ったよ。 で、結構あっさりと飲み込んでくれた。 皆に理解されるようにするって」
条件付きだったけどな。 それは言わない方が良いだろう。
「いやいやそうじゃなくて! そっちじゃなくて仲直りの方だよ!! ちゃんとやったかい?」
「まぁ……一応」
「おお! さすがは我らが八乙女裕哉!」
「なんだそれ。 てかそっちはどうだった? 上手く何か情報掴めた……の前に」
その前に一つ気になる事がある。 天羽はいつも通り、楽しそうに笑って話している。 日常的光景だ。
しかし、その後ろ側。 天羽の影に隠れるように、葉月は俺のことをチラチラと見ている。
何だか、親の影に隠れる子供みたいだ。 天羽もそれ程身長が高いわけじゃないけど、葉月と比べると随分差があるし。
「葉月?」
「……なに」
「いや……なにって、なんで隠れてるんだろうって思って」
「別に隠れてない。 ここが私の定位置」
「葉月ってそんな定位置だったっけ!? 俺初めて見たんだけどその位置!!」
「それは気のせい」
ううむ、こうも分かりやすく何かを隠されると、気になって仕方無い。 もう少し上手く隠してくれれば、俺も気にせずに済むというのに。
「まぁまぁ、色々あるんだよ。 こっちにもね」
わっはっは。 と笑いながら天羽は言う。 何か意味がありそうな笑顔だったけど……やっぱり何かを隠している様子だけど。 今はそれより優先することがあるか。
「……はいはい分かったよ。 で、結局どうだったんだ? そっちは」
渋々、俺は話題を変える。 元はといえば、こちらが本題だ。 俺達がこうして別行動を取っている原因ともなっている、本庄の件。
「収穫と言えば収穫……かなぁ。 ズバリ言うと、会ってきたんだ、本庄真絵に」
「会ってきたって……本当か!? 何か分かったことは!?」
思わず、俺は声を荒げる。 あわよくば、話を付けてきたんじゃないかとの気持ちもあった。 何事だって、丸く収まるに越したことは無い。
しかし、対する天羽は表情を曇らせながら口を開いた。
「うーん……それがねぇ、特に無し、なんだよ。 でもまー、あの本庄が歌音ちゃんのことを嫌っているってのは伝わってきたね」
「へえ……ってことは、何かをしようとしてるってのも本当の可能性が高いな」
「そゆこと。 だから注意するに越したことは無いさ」
にしても、今こうやって話す分にはヘラヘラと笑っているが、天羽の奴……相当怒ってそうだな。 人を呼ぶ時は「くん」や「ちゃん」で呼ぶこいつが、本庄に関しては呼び捨てで呼んでいる事から考えると。 多分、自分では気付いていなくて、無意識の内だろう。
「葉月は何か分かったか? 本庄って奴の顔見て」
もしかして、表情から気持ちを読むことに長けているこいつなら……なんて思い、俺は葉月の方を見て、聞く。 先程よりは体が天羽からはみ出していた。 殆どは天羽が大袈裟なジェスチャーを会話に付けていて、最初の位置よりも大分動いている所為かもしれないけど。
「……多分、本庄は葉山が苦手。 自分は色々うまく行ってないから」
「うまく行ってない?」
「勉強とか、人間関係。 葉山は人付き合いがうまいから」
それってつまり、賢く生きている葉山に対して、苛立っているってことか?
けど、そうじゃないだろ。 あいつもあいつで、色々と苦労していて……って、そんなのは付き合ってみなきゃ分からないか。
「そっか……ただの八つ当たりじゃないか。 そんなのは」
俺が率直な感想を述べると、それに葉月はこくんと頷く。 そして、横で聞いていた天羽は口を開く。
「そだね。 けど歌音ちゃんの場合、恨みを買いやすそうな性格だからなぁ」
まぁそれも一理あるかな、やっぱり。 一番最初の頃、葉山の本性に気付いた俺と葉月は、相当驚かされたし。 それに、ああいう開き直り方だったからな。 葉月が居なければ、もしかすると俺は葉山のことを恨んでいたのだろうか。 そういう未来ももしかしたら、あったかもしれない。
「だから俺達が、なんとかしないとだよな。 葉山は確かに酷い奴かもしれないけど」
「うんうん。 あたしなんて、思いっきりビンタされたし」
「俺はあれだな。 もう何度となくパシリにされてるし、正面から酷いことも結構言われてる」
こうやって葉山が居ない時に三人集まると、被害者の会にもなるのだ。 殆どの場合は葉山が途中で現れて、俺達が再度しばかれるというパターンだけどな。
しかし、そんな被害者の会に裏切り者が一名。
「私は。 私には、結構優しい……かも」
「……おい天羽、やっぱり葉月の奴、どこかで頭打ってるだろ」
あり得ない。 あの葉月が、葉山のことを優しいって言うなんて。 何がどうなっているんだ。
「打ってない。 相談に、乗ってもらったりしてる」
葉月が葉山に相談か……。 いくら頑張っても、その光景が浮かんでこない。 本当にあり得るのか? そんな奇跡みたいなことって。
「相談? それって、どんな?」
「……秘密」
「ふうん。 まぁそれなら良いけど……何かあったら言えよ? 俺に出来ることなら、するからさ」
「はいはい! 今はそれより、歌音ちゃんのことだよ。 これからどうするか、考えないと」
俺から逃げるように顔を逸らす葉月。 それを庇うように言ったのは、天羽だった。 何か、二人して俺に何かを隠しているのか? さっきのこともあるし。
……こうやってあからさまに隠し事を続けてされると、更に更に気になってくる。 だけど一旦、ここは我慢しよう。 天羽の言っている事は間違っていないから。
「って言ってもなぁ、何かいい方法は……」
うんうんと唸りながら、考える。 まぁ意見を出さないことには何も進まない……か。 よし、とりあえず適当に一つ、案を出してみよう。 思い付きの案だが、そこから何か広がる可能性だってある。
「じゃあさ、こうしないか?」
そしてあろうことか、俺が出した案に二人はすぐさま頷いた。 自分が出した案にここまで反対意見が無いと、逆に不安になるけど大丈夫か。 しかも同意しているのが天羽に葉月だろ? 余計に心配なんだけど。
だが、自分で出した手前、やっぱり止めようとは言えずに、俺達三人は「適当に俺が出した案」を実行することになるのだった。
「で、その結果がこれ?」
俺達の数歩前を歩く葉山。 後ろを睨みつけて、何故かちょっと怒っている。
「そうそう! こうやってあたし達が常に一緒に居れば、歌音ちゃんも大丈夫!」
「……なんでこんなゾロゾロと引き連れながら、大名行列みたいに歩かないといけないのよ。 どこのお偉い様なの?」
「ははっ、葉山様」
そう言って横へ行くのは葉月。 なんだか今日はノリが良いな、上機嫌なのか? お面を被ってるからかもしれないけど。
「おお、苦しゅうない苦しゅうない。 って嫌よ気持ち悪い!!」
「まぁそう怒るなよ。 こうしていればお前も安心だろ?」
「いや別に? というか、別にこんなことしなくたって……」
やっぱり迷惑だったか。 自信がほんのちょっとはある案だったのに。
「まぁ、けど……。 一応お礼は言っとく。 ありがと」
照れ臭そうに言う葉山。 こいつも随分素直になった物だ。 最初の頃なんて、絶対にこんなことは言わなかったよなぁ。
「……なに笑ってんのよ」
「はは、別に何でも無いよ」
未だに葉山が何を考えているのか、分からない時がある。 何か意味深なことを時々言う奴だし、かと思えば全然そんなことは無かったり。
さっきの、俺が部屋に行った時に葉山が言った言葉。 葉山が言った、約束。 あれは果たして、どっちだろう?
「お、なんだお前らこんなとこに居たのか。 というか、いっつもお前ら一緒だよなぁ。 仲良しか? 仲良しなのか?」
そんな聞き慣れた声がして振り返ると、片手をポケットに突っ込み、へらへらと笑っている大藤の姿。 用が無い時も気軽に話せる教師だが、こうやってどうでも良い話から入ってくる時は、大体用事があって話し掛けて来るパターン。
「大藤、後ろに何か居る」
大藤の存在に気付くと、すぐさま口を開いたのは葉月。 大藤の後ろを指さしながら、そんなことを言い出す。
「ん? 俺の後ろにか!? なんだ神宮、お前霊感みたいなのがあったのか!? てか、お前何だ? そのお面」
「これは……。 これは、鎧」
「鎧? それがか? いやまー良いけどよ。 それより俺の後ろに居る何かの話だ!」
「多分、背後霊。 北海道まで付いて来た」
「マジか!? いやぁ、でも北海道楽しいしな。 付いて来るのも無理は無いかぁ。 はっはっは! で、どんな奴なんだ? 俺の背後霊って」
葉月の妙なノリにもしっかりと答えてくれる。 それとも、本当に信じているのか。 どちらにせよ、目線を合わせて話してくれるのは話しやすくもあって、俺は本当に少しだけ、尊敬したりもしている。
「特別に教える。 大藤の背後霊は」
そして、葉月は自信満々で言った。
「大藤の配偶者」
「失礼なことを言うなっ!!」
「いたっ」
最早、条件反射的に叩いてしまう。 でもあまり叩くと余計馬鹿になってしまうから、これでも一応抑えている方だ。
にしても、とんでも無いことを言う奴だな! 教師に向かって堂々とこんなことを言える奴なんて、俺は初めてだぞ!
「まー来たがってたからなぁ。 今度の長い休みの時に連れて行けって言われてて、困ってるんだよ。 ははは」
「へえ、仲良いんですね。 先生と奥さん」
「いやいや、んなことは無いぞ? 弁当だってなぁ、最初の内は一個一個手作りしてくれたんだけど、今じゃ冷凍食品のオンパレードだし、酷い時は三百円だけ渡されるからな。 俺としては、葉山のようなしっかり者が嫁として欲しいもんだ」
酷いセクハラだな……。 委員会的なところに訴えれば、この人はクビになるんじゃないか。
「絶対嫌です。 気色悪い」
「やっぱりあれだな。 葉山のしっかり者の部分と、八乙女の性格だな。 これが一番良いと、俺は思う」
そんな葉山の台詞を聞いた後、腕組みをして、うんうんと唸りながら、大藤は言う。 なんだその面白い発想は。
「俺と葉山か……」
とは思った物の、少し考えてみよう。 葉山が俺みたいな性格だったとして……。
まず、葉月の面倒を見るところからだ。
毎朝、寒いという理由で起きない葉月を起こす葉山。 で、葉月が起きるまでの時間を暖かい飲み物を作って時間を潰す。 最近では俺が朝飯を用意しているから……朝飯を用意してあげる葉山か。
「……お前すごい良い奴だったんだな」
「なにいきなり気持ち悪いこと言ってるの? 頭おかしくなった? 病院連れて行こうか?」
そんな俺の想像上の葉山はあっさり崩れる。 目の前に居る本物の葉山によって。
「わはは! 歌音ちゃん今日も絶好調だね! 八乙女くんボコボコだ!」
「お前のひと言で更にな。 それより先生、用件があるんですよね?」
「ん? ああ、そうだったそうだった。 そろそろ夕飯だから、あんまフラフラしてるなよって言いに来たんだ。 それと葉山、この後頼んだぞー」
「あー、はいはい。 分かってますよ」
この後頼んだとは、どういう意味だろうか? 何か、大藤は葉山に頼み事があるのか?
「うし、んじゃまたなぁー。 仲良し四人組」
手をぶらぶらと振って、大藤はどこかへ消えていく。 その後ろ姿を見ながら、口を開いたのは天羽だった。
「いひひ、仲良し四人組だって! あたし達、そう見えてるんだぁ!」
「そりゃいっつも一緒に居るしな。 それもそうだろ」
「ていうか、私は一人で居たいのにあんたらがくっついて来るからでしょ。 はぁもうヤダヤダ」
言いつつも、顔がニヤけているのは言わない方が良さそうだ。 以前まで思ったことはどんどん言っていたけれど、葉山の前でそれをやると、叩かれるからな。 気を付けないと。
「あ、そういえば今、大藤先生が言っていたのってなんだ? この後頼んだって言ってたけど」
「ん? ああ、あれね」
葉山が俺の問いに答えようとしたところで、今度は別の人物が俺達に声を掛けてくる。
「居た居たぁ。 葉山さぁ~ん」
「うげ……」
俺の後ろから声が聞こえてきて、葉山はそれを見てそんな声を漏らした。 まぁ、ここまで来れば誰が来たのかは振り返らずとも分かるな。
「そろそろ始めるからぁ、付いて来てねぇ~。 暇でしょ?」
「……はいはい。 ごめん皆、私ちょっと用事あるから、また後で」
「ふうん? ま、気を付けてな」
葉山は申し訳無さそうに手を合わせて、片目を瞑る。 こういった動作が物凄く様になっているのは、素直に凄いと思うな。 嫌な感じを全く受けず、綺麗に枠に収まってるといった感じだ。
「ばいばーい!」
天羽も天羽で、なんだか楽しげ。 というか、基本的にこいつは楽しげ。 楽しむことに掛けては、俺はこいつより楽しそうにやる奴は知らない。
「なーんであんたはちょっと嬉しそうなのよ!? ムッカつくんだけど!!」
しかし今回はそれが葉山様の癪に触ったらしい。 頭を掴まれ、ぐるぐると回す刑に処されているな。
「葉山」
そして、葉山の服の裾を掴んで言うのは葉月。 いつもの、人に話し掛ける時の仕草。
「ん? なに、今度はあんたか」
「……また後で」
「へ? あ、う、うん」
葉月も最近になってから、あまり葉山に噛み付くことも無くなった。 それに伴い、葉山も葉山で葉月とは仲良くやっているようだ。
そう考えると、さっき葉月が言っていた「優しい」という言葉も、強ち嘘では無い……のかな。
俺としては二人の喧嘩は割りと面白いし好きだったから、もっと見たいってのはあったけれど……。
成長するってことは、もしかしたらそういうことなのかもな。
だとすると、なんだかほんの少しだけ、寂しい気もする。
「それじゃ、またね」
葉山は最後にそう言うと、俺達に手を振って宮沢の後へと付いて行く。
そして、葉山が去ってから数分した後、天羽が何気なく呟いたひと言によって、俺達は本来の目的を思い出した。
「あれ? そういえば、歌音ちゃん見失ったら意味無くない?」
それに三人共、今まで気付かなかったというのだから、全然笑えない。
結局、俺達三人は先ほど別れたばっかの葉山探しを始めることとなったのだった。」




