決意
ふーむふむふむ。 なるほど! これはあれだ! あれに違いない!
「葉月ちゃん! こんな所に証拠が落ちてるよ! 見てみて!!」
「天羽、それはただの埃」
今、あたしと葉月ちゃんはこうして犯人の証拠探しをしている。 あれ……八乙女くんと役割を決めた時はもうちょっと違う役割の気がしたけど……うーん、ま良いか!
「なに!? いやでも待って! まだ犯人が落とした埃だっていう可能性もあるよ!?」
「天羽、だからなに?」
「……そう怒らないでよ。 ごめんごめん。 あっはっは!」
葉月ちゃんが言う「だからなに?」ほどグサって刺さる言葉は無いよね? 良くもまぁ、八乙女くんはあれに耐えられているよ。 尊敬しちゃう。
いや、でもだよ? 八乙女くんの場合は葉月ちゃんがボケだから……お!? ってことはあれだ! あたしがツッコミに回れば、ポジション的には葉月ちゃんがボケになるのか!! 良い閃き来ちゃったねこれっ!
「ねねねねねね、葉月ちゃん!」
「なに」
「実はさ、犯人を見つける手っ取り早い方法思い付いたんだ! 驚くよ! マジで!」
「一応聞く」
「ふっふっふ……。 なんと、一人一人聞いて回れば良いんだ! 犯人ですか? って!」
「それで出てくるわけない」
「……確かに」
あれ? いつの間にかボケに回ってしまっている。 一体何が起きたの!? 葉月ちゃんは一体あたしに何をっ!?
ううーむ、これは予想以上に強敵だ! いつも葉月ちゃんにツッコミを入れている八乙女くんは、もしかしたら凄い人なのかもしれない!
「それに天羽。 犯人なら分かってる。 まだ犯行を起こしてないだけ」
「……うおお!? 確かに! さすが名探偵葉月ちゃん!!」
「……そのタイトル面白そう。 売れそう」
「だよね!? ヒット間違い無しだよね!? よっしゃ! 頑張ってあたし達の体験をアニメにしよう!」
「犯人はお前だ」
「おお! あたしか!? あたしが犯人だったのか!?」
なんか面白くなってきた! と思ったんだけど、葉月ちゃんはふるふると首を横にする。 あれれ? でも今、あたしの方指差しているよね? けどあたしじゃないってことは……後ろに誰か居る?
そう思って、あたしは後ろを見る。 正直に言えば、見ない方が良かった。
「あらぁ? 珍しい組み合わせねぇ。 それで、私が犯人って言うのはどういうことかなぁ?」
八乙女くん曰く、面倒事を持ってくるプロ。 宮沢美希先生。 八乙女くんも歌音ちゃんもよく、学校で会ったら回れ右をして逃げろと言っている人だ。
「天羽が言えって言った」
「ちょ!? 葉月ちゃん!?」
予想外の裏切りッ!? というか居るの分かっててさっきの台詞を言ったってことは、嵌められた!? あたしはいつ葉月ちゃんの恨みを買ったんだ!?
「あらぁ、そうなの? 天羽さ~ん」
「いやいやいや! 違うよ違うよ!? 実はちょっと探偵ごっこしてまして!」
「探偵ごっこ? へぇ~」
「そういうこと。 私達は忙しい」
そう言って、葉月ちゃんはくるりと回って歩き出す。 長話をすると厄介事を押し付けられるかもだしね。 さすがは美希ちゃんお気に入りの生徒、葉月ちゃんだ。 良く分かってる。
「あは。 待ってぇ」
「ひぇ! な、なんでしょうか!?」
あたしも葉月ちゃんに習って振り返って歩き出そうとしたところ、肩をがっしり掴まれる。 どうやら後一歩、動き出しが遅かったらしい。
「探偵ごっこってことはぁ、旅館の中歩いて回るのよねぇ? ならこれ、本庄さんに渡しておいてくれないかなぁ」
「いやそれは美希ちゃんが……」
「えぇ?」
指を唇に当てて、首を傾げる宮沢美希。 歌音ちゃんだったらここで「年考えろババア」とか思ってそうだよね。 あたしは「ちょっとグッと来る仕草だ!」って思っているんだけどね。
美希ちゃんって見た目は結構若いしなぁ、何も知らない男子からの人気は高いって聞くし、何かコツとかあるのかな? 今度聞いてみようかな? 女子たるもの、そういうのは欠かしたく無いからね!
「本庄?」
あたしがそんな事を思っている時、尋ねたのは葉月ちゃん。 葉月ちゃんは興味無いのかな? そういうのに。
まー、この子は何もしなくても可愛いからなぁ。 ずるいなぁ。 あたしもそのくらいの背が良かったよほんと! ミニサイズだよ羨ましいよ!
「そうそう。 隣のクラスの本庄さん。 頼んでいいかしらぁ?」
「……あれ? 本庄?」
どっかで聞いたっけ? え~っと、あそうだ! あたし達今、その子の対策でこうやって動いてるんじゃん!! すっかり忘れてたあぶねえ!
「はいじゃあこれぇ、頼んだわねぇ」
「えちょ!?」
言われて、あたしは手渡されたノートを見る。 表紙には「体験学習 書記用ノート」と書かれている。 そうそう、こういうのをやるのは基本なんだよねぇ。
……っていうあたしも、八乙女くんからこの前聞いたんだけどね。 そもそも、体験学習だとか修学旅行だとか、そういう宿泊行事に参加したことが無いから分からないし。
「……書記? あの、美希ちゃん。 これは?」
「会議するでしょ~? 明日の予定とかぁ、決まり事とかぁ、そういうのを。 それでぇ、その会議の書記なのよぉ、本庄さんは」
ほっほう。 なるほどねぇ。 いやでもやっぱりこのノートって本来は教師が渡す物じゃ……。
「分かった。 任せて」
「ちょっと葉月ちゃん!?」
「あらぁ、良かったぁ。 それじゃあ宜しくねぇ」
それだけ言い残して、そそくさと美希ちゃんは姿を消す。 物の見事に厄介事で面倒事を押し付けられてしまった!
「……どうするのさー!」
「いたっ、いたたっ。 天羽、叩くのやめて」
ぽこぽこと葉月ちゃんの頭を叩く……というよりはじゃれ合う感じで。 この時の反応が一々可愛い。 八乙女くんがついつい叩くのも分からなくは無い。
うーん、葉月ちゃんにとっては不幸中の不幸といった所だろうけど。
「でも、天羽。 これならいきなり話し掛けても怪しくは無い」
「それはそうだけど……どうやって切り出すのさ? うまい具合に探れれば良いとは思うけど……出来る? 葉月ちゃん」
「無理に決まってる」
なんでそこで自信満々なのさぁ! あたしだってそんな自身皆無だよ!?
「よっしゃ! でもまーやってみないと分からない! 当たって砕けろだ葉月ちゃん!」
「よろしく。 私はここで待機」
「なんでっ!?」
あれから何度も何度も説得し、ようやく葉月ちゃんは付いて来てくれた。 毎回こうやっているのを考えると、本当に八乙女くんは凄いんだなって思う。 いやでも葉月ちゃん可愛いから許すけどね。 可愛いのは正義なのだ。
「ええっと、確かこのフロアだったよね? 本庄さん」
「そう。 右側の真ん中」
そう言い、葉月ちゃんは部屋を指さす。 部屋番号と、先程美希ちゃんから一緒に手渡された部屋割りの地図。 照らし合わせると見事、ドンピシャ。
「……あー、なんか緊張して変な汗出てきた」
「大丈夫。 部屋を開けて殴るだけ」
「殴っちゃ駄目だよ!! いきなりそんなことしたら大問題だっ!!」
「これでも私は強い」
「……嘘だぁ」
「本当。 裕哉と喧嘩して、負けたことは無い」
「ウソウソ! 絶対嘘だって!」
「この前喧嘩した時」
「この前……ああ! 学園祭の時? てゆか、八乙女くんと葉月ちゃんって喧嘩すること自体滅多に無いよね?」
「……うん。 初めてだった」
葉月ちゃんは言い、顔を少し下に向ける。 見るからにしょんぼりしている。 その時の事を思い出しているのかな? 多分。
「それで、負けなかったってのは?」
「裕哉は、すぐに謝ってきた。 ごめんって」
「わはは! そっかそっか」
ちゃんと謝ったんだな、八乙女くん。
「天羽に教えられたって、言ってた。 天羽のおかげだって」
「……いやぁ、なんか照れるね。 あたしはそんな大したこと言ってないよ。 決めたのも、やったのも八乙女くんだ」
あたしのしたことと言えば、背中を思いっきり叩いてあげたくらいだ。 何うじうじしてんだ! みたいにね。
「……でも、本当は私が負けるべきだった」
「葉月ちゃんが? どゆこと?」
「裕哉は悪くない。 私が勝手に怒っただけ。 だから、私が謝らないと駄目だった」
「はっはー、なるほどね。 そういえばなんか言ってたなぁ、八乙女くん」
えーっと、確か「いきなり出て行けと言われた」とかなんとか。
「悪いのは私」
「わはは! なら謝れば良いじゃん。 八乙女くんに」
「それが出来たら苦労はしない」
素直じゃないよね、葉月ちゃんも歌音ちゃんも。 歌音ちゃんも分かりやすいってだけで、大概素直じゃないからねー。 それできっと、一番素直じゃないのはあたしかも。
「出来ないから……大変」
「そう肩を落とさないでよっ。 八乙女くんは優しいし馬鹿だからさ、葉月ちゃんが思っている程気にしてないと思うよ」
最初こそ、無表情で何を考えているのか分からない子だなって思ったけど、今となってはもう、悲しんでいるだとか喜んでいるだとか、そういうのが分かるようになってきた。 意外と気持ちってのは伝わるもんだよ。 本当に。
「そんなことはない」
「あるんだよ。 きっとさ、葉月ちゃんが思っている程、世の中は難しく無いんだ」
そう。 あたしが友人達に教えてもらったように。
「驚くほど単純で、分かりやすいんだよ。 でもだからこそ、気持ちってのは身を守る鎧にもなるし、武器にもなるんだ。 単純に嫌いって言葉を相手にぶつければ、それは武器だ。 逆に好きって言葉を相手にぶつければ、それは強い鎧になるかもしれない」
そのくらい、単純にできているんだ。 世の中は。
「嫌いと、好き」
「そそそ。 葉月ちゃん大好きだぁ!!」
と言って、あたしは目の前でジーっとあたしの顔を見てくる葉月ちゃんを抱き締める。 ううーん、この抱き心地、癖になりそうで怖い。
「……天羽、くすぐったい」
「うはは! ごめんごめん。 でもさ、こうやってると暖かくない?」
「……そうかも」
「でしょ? あたしは葉月ちゃんに武器を向けるつもりは無いからさ、もう一個の言葉は言わないけど。 いつかそういう人が出てきた時、鎧になってくれる人が居ると良いね、葉月ちゃんに」
「……うん」
葉月ちゃんは頷いて、顔を逸らす。 果たして今、彼女は誰を思い浮かべているのだろう。 そんなのはもう、分かりきっていることだ。
そして、あたしは。
「武器は向けない。 けどね、あたしはあたしで鎧は諦めない。 やっぱり正々堂々が一番だよね」
「葉月ちゃん、あたしさ。 この体験学習の間に」
――――――――八乙女くんに、告白するよ。
あたしはこうして、好敵手に向けて、宣戦布告をした。




