表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺達の関係とは
43/100

北へ

「おーい、葉月はづきー。 そろそろ起きろよー」


「……」


駄目だ、返事が無い。 死んでいるのかもしれないな。 さようなら葉月。


……というわけにはいかないか。 さすがに今日は、遅刻をしたらマズイしな。


「はーづーきー。 いつまで寝てんだよ、おい」


「……いたっ……くない」


……寝やがった。 痛くなかったのか。


「ったく……」


11月の中旬。 学園祭では葉月と色々あったが、結果的には天羽あもうのおかげで大分丸くは収まった。 とは言っても、俺が必死に謝って、葉月が渋々ながらも許してくれたらからなんだけど。


葉月はどうやら、冬が近づくと朝に弱くなるらしい。 春とか夏の時は全然余裕だったのに、低血圧なのだろうか。


「起きろ! おらっ!」


言って、俺は葉月の布団を剥ぎ取る。 俺の方の両親は今、旅行中。 妹の桜夜さよは修学旅行中。 んで、俺と葉月は今日から体験学習で北海道だ。


こうやって秘密の通路を気軽に使えるのも、お互いの家に両親が居ない時くらいの物。 葉月の両親は戻ってきたと思ったら、またすぐに出張へと行ったらしい。


「……寒い」


「ここはまだ暖かい方だろ。 北海道行けばもっと寒いぞ?」


「……行きたくない。 誰、北海道が良いって言ったのは」


「葉月だっ!」


「いたっ……い」


よし、今度は効いたな。 力加減はこのくらいだと覚えておこう。


「とっとと起きて支度しろよ。 昨日一緒に纏めた荷物は?」


「……あそこ」


「何で開いてるんだよ……」


裕哉ゆうやが、必要な物を入れてなかったから」


「必要な物?」


「ポータブルDVDプレイヤー」


「それは必要でも何でも無い。 学校の体験学習の時くらい、それは置いてけよ」


「……それが無いと行かない。 けど私の荷物にはもう入らない」


「……っはぁああ! 分かったよ! 俺の荷物の中に入れといてやる! だからさっさと支度しろ、支度!」


「ほんと?」


「本当だよ、着いたら渡す。 んで頼むからさっさとしてくれって……本当に遅刻するぞ、このままだと」


「分かった。 支度する」


ようやく分かってくれたか。 全くこんな大事な日の朝だというのに、マイペースにも程がある。


「それじゃ、俺は自分の部屋戻ってるから、準備終わったら声掛けてくれ」


「了解」


よし、ちゃんと起きているな。 返事はしっかりしている。 髪の毛が寝癖で物凄いことになっているが、なんか面白いので黙っておこう。


「起こすだけでここまでとはな……」


一人呟き、リビングのソファーに腰を掛けて、先程淹れたお茶を飲む。 葉月を起こすのに時間を取られた所為で、そのお茶は少しだけ冷めてしまっていた。


「えーっと、確か学校に朝7時だったな。 で、そっから空港に行って飛行機か」


「裕哉、裕哉」


「ぶっ! 急に声掛けるなよ!!」


むせて死ぬかと思った……。 いきなり声を掛けるのだけは、本当にやめて欲しい。


「大変」


「……何がだ?」


「おやつが無い」


「おやつって……食器棚の下の引き出し見たか? 右側の下から2番目の引き出し」


「見てみる」


葉月は言って頷くと、通路を使って自分の部屋へと戻っていく。 そして数分後、通路から顔だけを出してこう言った。


「あった。 でもセンスが悪い」


「だったらもう買って来ないからな! 折角教えたのに最悪だなおい!」


この前、おやつが切れたと言ったから補充しておいてやったのに。 とんだ言われようだ。


「次からは気をつけて、裕哉」


「……あーもう分かったからさっさと支度しろ!」


「うん」


今の時刻は6時。 学校までは30分程掛かるから、結構ギリギリだな……。


「あ、携帯忘れてたな。 あぶね」


何だか、葉月と一緒に居るようになってから、俺のうっかり度合いが増している気がする。 危うく携帯という最重要アイテムを忘れるところだった。


「ん?」


普段、俺の携帯には滅多に電話が掛かってこない。 大抵のことならメッセージアプリで済ませられるし、そっちの方が楽で便利だからだ。 けど、この日に限っては電話着信がありになっている。 昨日寝る前に見た時は何も無かったから……今日の朝ってことか?


「……葉山はやま? それに天羽も」


「裕哉、裕哉」


「うおっ!? だからいきなり声掛けるなって言っただろうが!!」


「ひっはららいれ、いはひ」


「……ったく。 で、次は何だ?」


「大変」


「あー、分かった。 朝ご飯が無いとか言うんだろ」


「違う。 朝ご飯は歩きながら食べる。 おにぎり」


そういうのは事前に準備済みなんだな。 もっと他のことに気を使え、こいつ。


「じゃあなんだよ?」


「集合場所、学校じゃない」


「……は?」


一瞬葉月が何を言っているのか分からず、問い返した時。 俺が手に持っていた携帯から着信音が聞こえてくる。 どうやら電話で、発信者は葉山。


「……もしもし」


『八乙女君、今どこ?』


「あーっと……今はだな、家だ」


『……っはぁああ。 やっぱりか。 最初は集合場所学校だったから、まさかなーって思って電話したんだけど……案の定ってわけね』


そういえば、そんな話もあったような無かったような……。 北海道旅行が楽しみで、説明全く聞いてなかったな。


「って、最初は? 最初はってどういう意味だ?」


『だから変わったでしょ、集合場所。 そのまま直接空港だーって。 私がこの前、八乙女やおとめ君と神宮じんぐうさんのしおりにも書いておいてあげたんだけど』


「そうだっけ……?」


『そうよ』


葉山がイエスと言えば、大抵のことはイエスだ。 無駄なところで嘘は吐かないし、何よりそんな嘘を吐く必要が無い。


『ま、今から電車じゃ間に合わないからバイバイ。 お土産は買ってきてあげるから安心して』


「いやいや待って! そこを何とか!! 葉山の力で!!」


『えぇ? どうしよっかなぁ? う~ん、悩むなぁ?』


やべ、頭叩きたい。 すげえムカつく「どうしよっかなぁ?」だ、今の。


「……お願いします葉山様」


『しっかたないなぁ! そう言われちゃったらすこーしだけ協力してあげよっかなぁ!』


「……」


『え? 何? お礼とかないの?』


「……ありがとうございます」


『あはは! よろしいよろしい!』


嬉しそうだなぁ。 朝っぱらから元気な奴だ。


『じゃ、家の下で待ってなさい。 私の手下を向かわせるから』




「いやぁ、本当に助かりましたよ。 りんさん」


「なーに、羽美うみもどの道送る予定だったしな。 ついでだ、ついで」


どうやら葉山が言っていた手下とは、天羽のことだったらしい。 俺と葉月が慌てて準備を済ませて下で待っていた所、見慣れた車と見慣れた人が姿を現したのだ。


「わはは! 後少しで置いてけぼりだったね、二人共!」


「そういう事を笑顔で言うのやめてくれ……」


ちなみに席順は助手席に天羽、その後ろに俺、隣に葉月。 で、その隣に。


「てか、何でお前まで居るんだよ。 葉山」


「へ? 何が?」


「あっはっは! 歌音うたねちゃんがさ~、朝電話してきて「寝坊したー!」って言うんだよ。 だから車で一緒にいこーって事になって、八乙女くんの方は大丈夫かな? って話になって」


「ちょっと黙りなさいよ! 言わなくても良いことベラベラ喋るなッ!」


「……へえ。 珍しいな、葉山が寝坊って」


「べ、別にたまにあるし。 楽しみで昨日寝付けなかったとか、そういうのじゃないから」


ああ、そういうことか。


「そうだ。 おにぎりある」


葉月は唐突に言って、バッグからタッパーを取り出して、蓋を開ける。 結構入っているけど、もしかして一人で食べる気だったのか、こいつ。


「あんたは相変わらずマイペースね……」


「葉山の分もある」


「……お、ありがと」


葉月は葉山に一つおにぎりを渡して、葉山はそれを見つめている。


「これ、具材は?」


「お楽しみ」


「ふうん。 ま、いただきまーす」


大して気にもせずに、葉山はそれをひと口食べる。


「お、結構おいし……んぐっ!?」


葉山はそんな呻き声にも似た声をあげると、目を見開いた。 で、めっちゃ涙目。


……何だ、一体あの中には何が入っているんだ。


「どう?」


「ど、どうって……あんたねぇ……! それより水! 水水!!」


鼻を抑えて、苦しそうに葉山は言う。 そんな何とも可哀想な姿に俺は慌てて水を差し出した。 本来だったら俺の分の水だったんだけど、まぁ良いか。


「……ぷはぁ! あんたねぇ!!」


「一体何入れたんだよ……葉月」


「具材はわさび。 隠し味」


「明らかに殺しかねない量入れたでしょ!? 信じられない味したんだけど!!」


わさび……ああ、分かった。 こいつ、結構前にあったクッキーの件を根に持っていたのか……。 今更だけど、すげえ活き活きとした雰囲気だ。


「はい、裕哉の分もある」


「いらねえよ!?」


「うひひ! じゃあ、あたしもーらいっ!」


そう言い、天羽は助手席から手を伸ばして葉月が持っていたおにぎりを一つ取る。 で、そそくさとラップを剥がすと、それを頬張った。


「おい天羽!? それわさびが……」


「大丈夫大丈夫! あたし辛いの大好きなんだ!」


……具材にわさびとかいう、訳の分からないおにぎりを食べて笑っているよ、こいつ。 恐ろしいな色々と。


「ちなみにお姉ちゃんは辛いのが苦手で、甘いの大好き!」


「へえ、意外……」


「おい、裕哉。 今意外って言ったか? あたしが甘い物を食べるのがそんなに変か? あん?」


大人しく家で待機していれば良かった。 なんだか、この車に乗る度、凜さんに絡まれている気がしてならない。


「まぁまぁ、お姉ちゃん落ち着いて! で、それより時間大丈夫そう? 歌音ちゃん」


「時間は余裕ね。 さすがにこの時間だと道路も空いてるし、集合時間には全然間に合うわ」


「ほっほ、なら良かった。 じゃあさ! 計画立てない!? 北海道での計画っ!」


「……この前立てなかったか? それ」


「良いじゃん良いじゃん! もっかい確認ってことで!」


この前どころか、もう4度目くらいな気がする。 そりゃまぁ、計画立てるのは楽しいけどさ。


「はぁ、じゃあもっかいね。 行動するのはこの4人。 迷子にならないようにね。 以上」


随分簡単に纏めたな。 さすがは葉山だ、これで天羽も納得してくれる筈だな。


「最初はどこいこっか!? はいじゃあ八乙女くんっ! 北海道と言えば!?」


しかし、天羽はそれを無視する。 どうやら、意地でもこの車内で計画を立てたいらしい。


「え? 俺? ええっと……」


北海道と言えば、北海道と言えば。


「寒い!」


「それはそうだけど……なんか期待と違う解答だね。 残念だよ、八乙女くん」


そうか。 悪いな、気の利いたことが言えなくて。


というか、残念とか笑顔で言うのは止めてくれ。 地味に傷付く。


「んーじゃあ、次は葉月ちゃん!!」


凍雪こおりゆきの降る夜に」


「アニメの話じゃないぞ、葉月」


「そうなの?」


「そうだよ」


というか即答だったな。 それある意味凄いぞ。 特技としては誇れないけれど。


「……てか、それがすぐアニメのことだって分かる八乙女君も八乙女君ね」


「仕方ないだろ、毎日のように見てるんだから」


最早、日課になりつつあるから怖い。 家に帰って、風呂に入って、ご飯を食べて、寝る前に葉月からの呼び出しがあって、寝るまでアニメを見ているんだ。


「あっはっは! 葉月ちゃんが言ってるのは、アニメの舞台になったからーってことでしょ? ならそこも行こう! で、最後に歌音ちゃん! 北海道と言えば!?」


「北海道……あ、時計台!」


「おお、さすがの歌音ちゃん! 模範解答だね!」


「でしょでしょ? 行ってみたいんだよねぇ、時計台」


「よっし! じゃあそこもね! 後はやっぱり美味しい物! やっぱ海鮮だよね!」


「あ! それ繋がりで一つ思い出したけど、それなら神宮さんは頑張らないとね」


「頑張る?」


突然葉山がそう言って、葉月は首を傾げる。 俺にも何のことを言っているのか分からない。


「またまた。 北海道と言えば牛乳でしょ? で、だから神宮さんの背を伸ばす……っていったぁあ!!」


「私の背は平均」


……小学生のな。 口走れば葉山と同じように脛を蹴られるので、俺は口を閉じる。 ツッコミたいのを必死に堪えて。


「お、見えてきたぞ。 空港」


凜さんが俺達の方をチラリと見ながら言う。 その言葉通り、目の前にはでかい空港があった。 こんな朝早くなのに、既に慌ただしくバスが出入りをしている。


「北海道かぁ。 やっぱ沖縄の方が良かった」


「まだ言ってたのか。 なんなら、一人で沖縄行きに乗ってみるってのはどうだ?」


「やーおとっめくんっ。 それじゃあ八乙女君は地獄行きの飛行機に乗せてあげるねっ♪」


「すいませんでした」


人間、強い者には従うのが賢い生き方だ。 逆らっても、ろくなことになりやしない。


「凜、凜」


「ん? 葉月か。 どうした?」


「北海道は、雪が降ってる?」


「この時期ならもう降ってるよ。 なんだ、葉月は雪が好きなのか?」


「うん。 小さい頃、よく遊んだ」


「はは、そうか。 ならいっぱい楽しんで来い! お土産も忘れるなよ?」


「任せて」


そんな凛さんと葉月の会話を聞きながら、俺は空港に目を向ける。


いよいよ、始まる。 北海道への体験学習が。 戻ってくる頃もきっと、俺達の関係なんてのは変わっていないだろう。


けれど、それで良いんだ。 このままで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ