芽生えた物
っはああ。
全くあり得ない。 何のためにこの計画を立てたのか、全く分からなくなってしまったじゃないか。
あの馬鹿男……。 あそこまで馬鹿だとは思わなかった。 天羽さんに聞いた限りじゃ、どうやら神宮さんと揉めたっぽいし……しかも、それで天羽さんと一緒に学園祭を遊んで回るなんて。
ていうか、この子もこの子だ! この前は一緒に頑張ろうって結託してたのに、なーに一緒に遊んでるんだか!
「それよりあんたはとっとと離れなさいよ!! いつまでくっついてるつもりなの!?」
「わっはっは。 いつまでもだよ~」
「ったく……。 とりあえず、保健室行くわよ」
「保健室? 具合でも悪いの?」
「バカ。 あんたの方よ。 足、擦りむいてるんでしょ。 見てて痛いし、さっさとする!」
「あっはっは。 やっぱ歌音ちゃん大好きだぁ!」
本当に参ってしまう。 きっと、この子は私と立てた計画もすっかり忘れて、八乙女君と遊ぶ事に夢中になってしまっていたんだ。
「……うっさい。 それより八乙女君は? どこ行ったの?」
「んー、部室だよ、部室。 やり残してる事、終わらせにね」
「そっか。 しっかりしなさいよね、あの馬鹿」
「わはは。 ま、あたしも人の事は言えないよ。 しっかりしないと、あたしも」
「少なくともあいつよりはマシよ。 だらしないけどね」
「そんな事は無いかなぁ。 一緒だよ、あたしも八乙女君も。 葉月ちゃんだって、一緒だ。 一番前を見て歩けてるのは、考えて歩けているのは、歌音ちゃんだけだよ」
何だろう? 何か、言いたそうにしている……気がする。 まさかとは思うけど、この子って、もしかして。
「お!? あそこに美味しそうなお店がっ!! 歌音ちゃん歌音ちゃん!!」
「わーかったから! それより先に足! 保健室だっての!!」
「くぅ……。 ならなら、保健室行ってお店回ろう! んでんで、美味しいもの沢山買って部室行こう!」
「はいはい分かったわよ。 けど、あんたまた迷子にならないでよ? 探すのほんっと大変だったんだから。 それでしかもイベントの邪魔までするんだから」
「あはは! あれはごめんよー。 申し訳ないと思ってるよ、本当に」
最初こそ笑っていた物の、言い終わる頃には、消え入りそうな声で言う。 いつも元気なだけあって、そういうのは本当に弱って見えてしまう。
「……チッ」
「いったぁ! な、何!? 何すんのさ!?」
「……それでチャラ。 貸し借り無しね。 分かった?」
「……歌音ちゃん」
「分かったかどうかって聞いてんのっ」
「いったた! 分かったよ! 分かった分かった!」
「ふん。 さっさと行くわよ」
全く。 天羽さんでさえ、これだからね。 それより何枚も上手である神宮さんの世話を甲斐甲斐しく見ているあの馬鹿は、一体どれだけお人好しなんだか。
それに、少々厄介な事にもなっている気がする。 そういうのを含めて、あの男はやっぱり馬鹿だ。
……これじゃあ、私も少し動きづらいじゃないか。
「ほっけんしつ~。 ほっけんしつ~」
「歌わないでよ、鬱陶しい」
「あははは。 なんかさー、保健室って来るの初めてなんだよねぇ」
「そうなの? てっきり、通い詰めなんだと思った」
「やっぱり? いやでも、それ以前に病院にずっとだったからね。 保健室に行く暇すら無かったんだ」
絶対に辛い思い出のはずなのに、天羽さんはやはり、笑って言う。 いつも笑顔で、楽しそうに、嬉しそうに。
そういえば、この前泣いている所を見た時だって、笑いながら泣いてたような。 ひょっとして笑顔がデフォルトだったりするのだろうか?
「そういうことね。 なるほど」
「ってか、歌音ちゃんの方こそ、保健室通いじゃないの?」
「へ? どうして?」
「だって、不良生徒の定番じゃん。 保健室でサボりって」
「……私はいつから不良生徒になったのよ」
「中学の時かな! 裏のヘッド葉山歌音!」
「あはは。 天羽さん、少し黙ろっか」
「待って待って待って!? 何で歌音ちゃんカッター持ち歩いてるの!? 普通に怖いんだけど!!」
「……そこまで驚かれるとさすがにショックね。 実行委員で使うから、持ち歩いているのよ。 それだけだから」
「本当に?」
「本当だって! 何その疑いきった目!?」
なんてことだ。 天羽さんの中で、私はカッターを持ち歩いて人を脅す人物に見えているのか。 心外だなぁ。
「冗談冗談! っていうかさぁ、歌音ちゃん本当に良かったの?」
「良かったって、何が?」
「性格のこと。 みーんなに、バレちゃったじゃん。 ずっと隠してたんでしょ?」
「あー、あれね」
確かに、隠せた方が楽だったかもしれない。 隠していた方が、学校生活は過ごしやすかったかもしれない。
「……別に良いかな。 丁度疲れてたところだったのよ、だから」
「あっはっは。 嘘だね、嘘嘘。 歌音ちゃんがあれで疲れるわけ無いじゃん」
「……」
「……」
ジーっと見てくる天羽さん。 それを見返す私。 それが数分、ずっと続いた。
「……っはぁあああ! 分かったわよ! 私の負け!」
やがて根負けして、私はソファーの深く腰を掛ける。 それで、にっこり笑う天羽さんに向けて話し始めた。
「もう良いかなって思ったの。 あんな馬鹿みたいに走ってる八乙女君見て、何も出来ないでいる葉山歌音が嫌だった」
「天羽さんも、八乙女君も一生懸命で。 そんな中で、私が何もしないで黙っているのが嫌だった」
「そんなことは無いでしょ。 歌音ちゃんも一生懸命だったじゃん! 助けに来てくれたし!」
「……そうね。 でも、あれは皆が知ってる葉山歌音でも出来たことでしょ? 私は、本物の葉山歌音で応援したかった。 八乙女君と、天羽さんを」
周りからチヤホヤされたいから。 周りから優しくされたいから。 周りから高い評価を得たいから。
そんなのはもう、いらないって思った。 私にはきっと。
「あんた達のなんて、他の皆からのに比べたら、優しくないし、悪口も言ってくるし、叩いたりもしてくるし。 良いことなんてほんと、これっぽっちしか無いけど」
「それでもさ、偽物の私が貰う沢山の良いことより、天羽さんと神宮さんと八乙女君が、本物の私にたまにくれる良いことの方が、嬉しいんだ。 暖かくて、幸せで、私はここに居られるんだって。 だから、もう良いんだよ」
それは本心で、一番言いたい事で、一番私が感じている事。
「あっはっは! そっかそっか!」
そう笑い、天羽さんは私の肩をバンバンと叩く。 鬱陶しいことこの上ない。
「もっと派手に転べば良かったのに……」
「いやいや、こう見えてもさっき転んだ所為でフラフラするんだよ。 体調不良みたいな感じでさ、わはは!」
「え? それって、もしかして……って事は無い?」
まさかと思い、私は聞く。 違うはずだと思いながら。
「大丈夫大丈夫! 余裕……」
と言いながら、天羽さんの体が傾く。 力を失ったように、ゆっくりと崩れていった。
「ちょ! 天羽さん!!」
私はそんな彼女の体を慌てて支えて、頬に手を当てる。 熱とかは無さそうだけど……本人がそう言うのなら、病院には連れて行った方が良いかもしれない。 何より、いきなり倒れるってのは普通ではあまり考えられないから。
「……」
しかも返事が無く、ただ薄っすらと目を開けているだけ。 これってかなりマズく無い? 今この場には私と天羽さんしかいないし、救急車を呼んだ方が良いの?
「天羽さん! 天羽さん!? 大丈夫!?」
体を揺すって、私は必死に言う。 冗談じゃない、こんな所で……この前、折角退院したばっかでしょ? なのに、こんなの。
「……おお、そこまで必死に言われると、あたしの演技力も中々かな。 わっはっは!!」
「……は?」
「いやさー、さすがに死んだ振りは駄目って言うじゃん? だから、倒れた振りならセーフかなって思って! あれ? 歌音ちゃん泣いてる? あっはっはっはっは!!」
無言でゲンコツを三発落としておいた。
「あいたたた……。 八乙女くんの10倍は痛いね……歌音ちゃんの」
「そんなこと無いでしょ。 か弱い乙女のよ?」
「……あはは」
なんだその苦笑いは。 後5回くらいやった方が良かったかな?
「えーっと、八乙女君は焼きそばでしょ? で、神宮さんはなんか甘い物で……」
「歌音ちゃんはどする?」
「私? 私は、うーん」
少しお昼の時間は過ぎてしまった所為で、お腹は空いたなぁ。 勿論あの二人だってそうだろうし。 なので、保健室で天羽さんの手当てを終えた後、私と天羽さんはお昼ご飯を物色中。 手当てをしながら説教をしたことは誰にも言うなと言っておいた。
「私は特に食べたい物って無いかな」
「そういえばさー、八乙女くんって何であそこまで焼きそば好きなの? 毎日食べてない?」
「……そこまで露骨にシカトされると殴る気も失せるわね」
何の為に私に聞いたんだ。 最初から話題を変えるなら、元からそっちの話題にしておけ!!
「で、どうしてだろうね?」
そして、私のひと言でさえ無視だ。 もしかして、さっきのゲンコツの仕返しかもしれない。
「焼きそば? ……あー、あれね」
もう無理だと悟って、その話題に仕方無く乗ってあげる。 なんて優しい私なのだ。
それに一応、私は八乙女君の焼きそば好きの理由を知ってはいるしね。 これって言って良いのかなぁ? ま良いか別に。 私の事じゃないし。
「天羽さんは、八乙女君の妹に会ったことあるっけ?」
「妹? 無いよー。 名前は教えてもらったけど、可愛い子なんでしょ?」
「それって八乙女君から聞いたの?」
「そっそ! 家族の話してる時に、ちょっとね」
……やっぱりだ。 天羽さんが言っているのはつまり、八乙女君がそう言っていたということだ。 可愛い子、だと。
「あいつさ……実は」
「実は?」
「……シスコンなのよ。 本人はまっっっったく! 自覚無いみたいだけど」
「知ってる知ってる! そんなの皆知ってるって~。 だって、八乙女くんって結構妹の自慢してくるじゃん?」
私にだけじゃなかったのか。 ていうか、この分だと神宮さんにもしていそうだな……あのシスコン。
「あれ? でもそれと八乙女くんが焼きそば好きな理由ってのは?」
「妹……桜夜ちゃんって言うんだけどね。 あの子が作ってあげたんだって、焼きそばを八乙女君に。 んで、八乙女君はその焼きそばがあまりにも美味しくて、以降焼きそばが好きになったとのこと」
「一応今の所は、桜夜ちゃんが作った焼きそばを超えるのは無いって言ってたわ」
なんて無駄な知識を私は持っているんだろう……。 無理やり聞かせてきた知識で、本当にどうでも良いゴミみたいな知識だ!
「なるほど! そゆことかぁ。 ってことはだよ? もう一つ納得行くことが!!」
「へ? なになに?」
「八乙女くんが葉月ちゃんの面倒を見る理由! 葉月ちゃんってどこか妹っぽいでしょ? ちっさいし」
「それ、本人の前で言ったら怒られるわよ」
「わっはっは! でもだからだよ! だから、八乙女くんは妹っぽい葉月ちゃんの世話を見ているんだ!」
「……ありえるわね。 だけど、もしそうだとしたら今すぐ桜夜ちゃんとあのシスコンを引き剥がさないと、マズイことになりそうね」
「いやぁ、やっぱ優しいね。 八乙女くん!」
それを優しいと捉えるのかどうか、じっくり話し合いをしたい。 ま、さすがにそんな理由だとは思わないけど……。
それにしても理由、か。 そういえばなんとなーく普通の光景になっているけど、八乙女君が神宮さんの面倒を見ている理由って何だろう?
今は好きだからってのもあるかもだけど……前は違ったはずだ。 どうして、神宮さんだったのだろう?
本人に聞いた所で、どうせ自身では分かっていないんだろうなぁ。
「ま、神宮さんにとっては幸せな事なのかもね」
「んだね。 いっひっひ!」
そんな感じで、とりあえずの結論を出した私と天羽さんは、適当にお昼ご飯を買うと、部室へと向かった。
「さーて、どうなってることやら」
新校舎に入り、階段を上りながら私は呟く。 八乙女君から聞いた限りでは、そこまでド派手に喧嘩したってわけでは無いはず……。 だから大丈夫だとは思うけど。
「ねね、これで二人とも戦ってたらどうする!?」
「物騒な事言わないでよ……。 でも、それはそれで面白いかも」
「そしたらあたしは審判役ね! 歌音ちゃんは?」
「私はそうね。 どうせなら第三者として参加して……じゃないわよ! 何で私が参加しないといけないの!?」
「わっはっは! ならご飯食べながら観戦しよ! どっちが勝つか!」
ていうか、なんで二人が戦っているの前提で話が進んでいるんだろ。 全く、天羽さんと話しているとすぐに横道に逸れてしまう。
「……マジで喧嘩してたら止めるからね? 手伝ってよ、その時は」
「勿論! まー大丈夫だと思うけどね。 あっはっは」
そして、私と天羽さんは部室の前へと到着。 中からは何も物音がしておらず、人が居るかどうかさえ怪しい。
「……まさかまた喧嘩して二人共帰ったとか無いわよね?」
「ううーん……さぁ?」
そうなっていたら更に面倒。 でも、八乙女君が連絡も無しにいきなり帰ったりするだろうか?
「当分、喧嘩の仲裁しないと駄目かぁ……」
横で、天羽さんが肩を落として言う。 仲良くが第一の天羽さんにとっては、それは結構辛いことなのだろう。
「とりあえず中入ろ。 で、もしも誰も居なかったら……明日、八乙女君をぶっ飛ばす! 良い?」
「おお! 戦いだね、任せて!」
戦い好きだな、この子。 神宮さんもそうだけど、アニメに影響を受けやすいタイプなのかな?
「んじゃ、開けるわよ……良い?」
「どんと来い!」
そう言って、天羽さんは腰に手を当て仁王立ち。 結構様になっていて格好良い。
「……っ!」
天羽さんを一度見て、私は思いっきり扉を開く。 その目に広がってきた光景は。
「……っはあ。 心配して損した」
「わはは。 んだね」
部室の中に、確かに二人は居た。 八乙女君と、神宮さん。
「これなら、八乙女君をぶっ飛ばす必要も、喧嘩の仲裁をする必要も、無さそうね」
「うーん? でも、仲直りは出来たのかな? お二人さん」
「……大丈夫でしょ。 これなら」
「いひひ。 そっか、そうだね」
「これがまさしく、やれやれって奴ね」
「おお、やれやれ仕方ねえなって奴!?」
「……自分で言って恥ずかしいから、わざわざ言わなくて良いわよ」
「わはは。 ごめんごめん」
「ま、とりあえずここで話してもあれだし、私達はまた学園祭見て回ろっか。 これじゃ、部室に居るってわけにもいかないし」
「りょーかい。 歌音ちゃんとデートだっ」
「はいはい。 そうですねー」
「うう、冷たい反応は傷付くよぉ」
そして、再び私は扉をゆっくりと閉める。 壁に背中を預けて、寄り添い合って、仲が良さそうに眠る二人を起こさないように。
「おーい! 歌音ちゃん早く早く!」
「わーかったから走るな! また転ぶわよ!」
結局、苦労は全部水の泡。 計画も何もかも、全部意味が無くなってしまった。
「……はぁ。 ため息しか出ない」
「んー? なんか言った? 歌音ちゃん」
「何でも無いわよ」
「そっかそっか。 だったらほら早く!」
「わっ! ちょ、ちょっと腕引っ張らないでって! 危ないから!」
何も変わらず、同じ日常が繰り広げられる。
成長だとか、変化とか、そういうのは一切無かったかもしれない。 私がここ最近で学んだ事なんて、これから生きていく先ではちっぽけな物かもしれないし。
でも、それでも。 私にとってはそれが幸せで、嬉しい事だ。
果たして、私が今回の計画を成功させていたら、今どうなっていたんだろう? 今よりももっと良い方向に行っていたか、或いは。
「おお! あれなに!? ボウリング出来るの!?」
少なくとも、今はこの形で良いのかもしれない。 失敗したということは、今この時はその時期では無かったということかもしれない。
数ある道の中で、私が収まったこの道。 今は、この小さくて、すぐにはみ出してしまいそうな頼りない道を信じて、歩くとしようか。
「あっちではクイズやってるみたいよ? 天羽さん」
「クイズかぁ……頭使うのは苦手なんだよねぇ」
「だからテストの成績悪いのね。 納得納得」
「……うう、そこを突いてくるとはさすが魔性の女」
「変なあだ名付けるなっ!」
「あいたっ!」
友達に支えられながら。 仲間に手を引かれながら。 私は私の道を歩く。 この子達と一緒に。
「おお~、歌音ちゃん歌音ちゃん! あそこでなんかライブやってるよ!」
「はいはい。 知ってるわよ、軽音楽部のライブでしょ?」
「うはぁ……凄いなぁ……」
変化……変化と言えば、一つはあったかもしれない。
本当に小さな、些細な変化。 それは果たして、今後どのような形になっていくのだろう。
良い方か、悪い方か。
それに口を出す理由も無ければ、止める理由も無い。 決めるのは結局本人で、私が出来るのなら、それを見守る事だ。
「あれ? 天羽さん、それ」
「んん? うわっ! なんじゃこりゃ!」
「なんじゃこりゃって。 いつの人よあんた」
「ううう……結構お気に入りのヘアゴムだったのに! なーんか縁起悪いなぁ……」
「ふうん。 でも、そうやって髪纏めてない方が似合ってるわよ」
「嫌だよ! 纏めてないとなんか落ち着かないんだって! だからヘアゴムぷりーずっ!」
「……全く、仕方無いわね」
「いやったぁ! やれやれ系ヒロインだ! 歌音ちゃん!」
「やっぱ渡さない。 今日はそれで過ごしなさい」
「そんな殺生な!?」
とにかくこうして、私達の慌ただしい学園祭は終わった。
……ま、いつだってどんな時だって、物事なんてのはなるようになる。 例えそれがどれだけ悪い事でも、良い事でも。
なるようにしかならないし、あるべき形で収まる物だ。
ただ、一つ気になったのは。
天気予報では一日中晴れだと言っていたのに、今の空にはどんよりとした、薄暗い雲が広がっていることだけ。




