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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺達の関係とは
41/100

今はまだ

「ねねね! 記念撮影記念撮影! ほら!」


「あんたほんとマイペースね……」


「そう言いながらも、しっかり写ろうとするんだな、お前」


「……」


「いったあ! だから脛蹴るのやめてくれよ……」


エレベーターで下に降りている最中、天羽あもうが唐突にそう言って、俺達三人は身を寄せる。


密着とも言って良いくらいに近づいているので、少し気になって葉山はやまの方をチラリと見たのだが、やっぱりこいつは平然としているな……。


「はい撮るよー、笑え笑え!」


「いきなり笑えって言われても困るって」


「はいはい、八乙女やおとめくん笑えー!」


言って、天羽は俺の頬を引っ張る。 無理やり笑わせるなよ。


「というかここで記念撮影?」


葉山が聞くのも無理は無い。 俺も全く同じことを思っているしな。


「ここだからだよ~。 だって、こんな場所二度と来れないかもでしょ? それを思い出にするのさー」


「……そういや、天羽って結構写真好きだよな。 この前旅行行った時も、いっぱい写真撮ってたしさ」


「もっちろん! そうやって思い出を形にしておけば、いつでも見て思い出せるからね。 病院からでも。 あっはっは!」


「そこ笑う所じゃないからね、天羽さん」


まぁ、そこで笑えるから、天羽なんだろうさ。


「……よし! 撮れた!」


「お、見せて見せて」


そんなやり取りをして、葉山と天羽は顔を寄せ合い、お互い今撮った写真を眺める。 つくづく仲が良い二人だ。


「結構良い感じね。 今度私の携帯にも送っておいてよ、天羽さん」


「おっけー! 八乙女くんもいる? 写真」


「ああ、暇な時で良いから送っといてくれ」


「はいよ了解!」


天羽の言っている事も、少し分かる気がする。


今だからこそだけど、こいつらと遊んで、その時たまに写真を撮って、それを家で見ると……なんかこう、楽しい気持ちになってくるんだよな。


今の今まで、写真に思い出を残すことなんて無かった所為もあるかもしれないけど、それが新鮮で、面白いんだ。


「……そろそろ着くわね。 後は分かってると思うけど、校庭までダッシュよ。 それで天羽さんが八乙女君にその王冠を被せて、イベント終了。 分かった?」


「おう、大丈夫だ」


「……おっけーおっけー」


天羽は少しだけ言い淀んで、言った。 それが若干気になりはしたが、それもエレベーターが到着したことによって霧散していく。


「んじゃ行くわよ……せーのっ!!」


そして、扉が開くと同時に俺達三人は駆け出した。 まず向かう場所は下駄箱。 当然靴を履き替えている暇なんて無いので、そのまま上履きのままダッシュ。


「遅いわよ二人共!! 早くしなさいっ!」


「お前が早すぎるんだよ!! 俺も天羽も全速だぞ!?」


「うっひい……歌音うたねちゃん早すぎでしょ……」


そうなんだよ、あいつは完璧超人だからな。 性格以外。


「もうバレてるからっ!! 後ろから来てるから早く!!」


言われて、俺も天羽も後ろを一度振り向く。 そこにはどこから現れたのか、無数の人だかり。 ゾンビ映画さながらだな……これは。


「よし! 八乙女くんっ! ここはあたしに任せて先に行くんだ!」


「お前が残ってどうするんだ」


「あいたっ。 いやいや、だって一度は言ってみたい台詞でしょ?」


「……そういや前、葉月はづきも似たような事言ってたな。 お前らどこか似てるよなぁ」


「わっはっは! そりゃ気の所為だ!」


「だと良いけど」


とにかく、今はこんなまったりと話せる雰囲気では無いな。 何が何でも校庭に出て、ゴール地点まで行かなくては。


「天羽、急ぐぞ!!」


「おお!? へへ、うんっ」


俺はそのまま天羽の手を取り、再び走り出す。 下駄箱を通過して、校庭へ。


「はーやーくー!!」


既にゴール地点に葉山は居て、俺と天羽に両手を振りながらそう叫ぶ。 最早、足が早いとかそういうのじゃなくて、瞬間移動が出来るんじゃないか、あいつ。


「おい居たぞ!! あそこだ!!」


後ろからそんな声が聞こえて、次に大勢が走り出す音。 捕まったら殺されかねない勢いだけど、本当に大丈夫か。


「天羽! 平気か!?」


「わはは! 余裕余裕! ……っと、うわっ!」


にっこにこ笑いながら言い、次に天羽はバランスを崩して、そして。


「うおっ!?」


俺もろとも、その場に倒れてしまう。


「ちょ、ちょっと! 何してんのよー!!」


葉山は少々焦ったように言っているが、無駄な心配を掛けたくないのもあって、俺は片手をあげて軽く挨拶を返した。 それに、俺は本当に倒れただけで怪我も無さそうだし。


前に葉山と葉月の下敷きになった時とはわけが違うしな。


「天羽、大丈夫か?」


「よ、余裕……って言いたいけど、足擦りむいちゃって。 あっはっは」


「こんな時に笑えるってお前もうそれ才能だな……」


「どうもどうも! でも、感心してる場合じゃ無いかも?」


天羽の言う通り、まだ少し距離はある物の、王冠を狙おうとしている奴が押し寄せている。 それほど高価な賞品は無かったはずなのに、一体何が目当てなのだろう。


「マズイな……走れるか?」


「……ごめんよ、この王冠託すからさ、歌音ちゃんにかぶせてあげてよ。 それでも問題無いでしょ? 勝ちは勝ちだし」


確かにそうかもしれない。 ここで俺が天羽を見捨てて、あそこに居る葉山にこれをかぶせても、結果は一緒だ。 それが一番現実的だし、最善だとも思う。


「そうだな。 それが一番良いか。 そうさせてもらう」


俺の言葉に、天羽はにっこりと笑う。 そして、ずっとかぶっていたお気に入りの王冠に手を掛けた。


「なんて言うと思ったか、馬鹿。 お前、それ気に入ってるんだろ? 誰にも渡したく無いって、言ってただろ」


「そりゃ……まぁそうだけど。 けど、八乙女くんは別だって」


「お前が見つけて、お前がかぶって、お前はそれを気に入って。 なら、誰にも渡すなよ。 俺が必ず、ゴールさせてやるから」


「……やっぱり優しいよ、八乙女くんは。 それに馬鹿で、酷いよ」


「褒めてるのか? それ」


「わはは、両方! そう言われちゃったら、もう頼るしか無いじゃんか。 八乙女くん、頼んで良いかい?」


そう言って、天羽は俺に手を差し出す。


「勿論。 少し我慢しろよ?」


俺はその手をしっかり握って、天羽に向けて言う。


「我慢? 我慢って何を……きゃあ!」


「暴れるなよ! このまま走るから!!」


「……お、おう」


なんだその格好良い返事は。 まるで男だぞ、それじゃ。


簡単に説明すると、俺は倒れている天羽を抱き抱えたのだ。 肩と足に手を回して、所謂、お姫様抱っこというやつで。


幸いにも天羽は体重が軽く、少しの距離を走る分には問題は無い。 こう見えて体を鍛えているおかげもあったかもしれない。


……それも説明しておくと、葉月がある日突然に「私を乗せて腕立て伏せをしてみて」と、なんのアニメに影響されたのか、そんな事を言い出してからだ。


「っはぁ……っはぁ……! もう少しだぞ!」


「……う、うむ」


だからその返事は何だ。 ついつい、ツッコミたくなるじゃないか。


後、何メートル程だろうか。 そこまで遠くにあるとは思えないが、この数秒は本当に長く感じられた。


「や、八乙女くんっ! 後ろ後ろ!」


天羽は俺の後ろを指さして、必死とも言える感じでそう言う。 釣られて後ろを見てみると……すぐそこまで、人の波は押し寄せていた。


「やっべえ! 間に合わないぞ!!」


「だからあたしを抱えてる暇なんて無かったでしょーが! それだから八乙女くんは馬鹿なんだっ!」


「うっせ! お前を置いて行く方が馬鹿だろ! それに嫌だったんだよ!」


それより、天羽もそうだが……葉山も葉月も俺に向かって馬鹿馬鹿言いまくってくるんだよな。 その所為で、最近だと本当に俺は馬鹿になった気分になってるんだよ。 多分違うと思うけど。


「おっしゃ! 捕まえた!!」


その声がすぐ後ろで聞こえ、俺の肩が掴まれる。


ああ、くそ。 駄目だったか。


次の瞬間には多分、俺は倒されて天羽がかぶっている王冠は奪われてしまうのだろう。 結局、疲れ損で天羽に関しては膝の擦りむき損か。 やっぱり、最近どうにもツイてない。


そうやって諦めようとして、目を閉じる。


『おい八乙女裕哉ッ!! 走れボケぇえええええええ!!!!!』


「……え?」


『何勝手に諦めてんのよ!! 私がどれだけ手伝ったと思ってんの!? 舐めんなッッ!!!!』


その声は、葉山。


クラスでダントツの人気があり、周りから頼られていて、教師達からも信頼されていて、誰にでも優しく、誰からも優しくされている、葉山。


だけどそれは建前で、俺が知っている葉山は違って。 あいつはずっと、それを隠していて。


そんなあいつが、まるでそんなのを気にしていないように叫んでいた。 なりふり構わず、俺に向けて。


……あいつ、馬鹿かよ。 そんなマイクを使っていつも通りにやってしまったら、お前の性格だってバレてしまうんじゃないのか。 それは嫌なんじゃなかったのか。


音量だって、屋上まで聞こえる程になっているんだからさ。 そんなことをしたら、お前は。


『今肩掴んでる奴はとっとと手放せ!! あんた空気読めないわけ!? ぶっ飛ばすわよ!!』


ぶっ飛ばすだなんて、男の俺でもそうそう使わない言葉だぞ。 馬鹿が。


「あはは……歌音ちゃんぶっ飛んでるね、やっぱ」


『ていうか全員止まれッ!! 動いたやつは全員私の敵だ!!』


「おい、あれって葉山だよな?」「嘘だろ、なんかのパフォーマンスじゃねえの?」「いや、でもあれがそれに見える?」


やはり、この場には一年生も居たらしく、同学年の間では有名人である葉山の事は殆どが知っている。 そして、場はその話題でざわついていた。


「……あいつが一番馬鹿だな、天羽」


「全くね。 でもほら、折角助けてくれたんだから、それにはちゃんと答えないと」


そうだな。 それが葉山の気持ちなら、それに答えるのが筋だろう。


「あの馬鹿がッ!!」


そして、葉山の体を張った協力のおかげもあり、俺と天羽は無事にゴール出来たのだった。




「ったく……最悪。 ほんっと、最悪」


先程から、葉山はずっとこの調子。 俺と天羽がいくら言っても、さっきのあれを後悔しているんだろう。


「悪かったって……」


「それもそう。 だけど、八乙女君がほんっとムカつく!」


まぁそれも仕方無いけど……そこまで怒らなくても。


「あっはっは! 終わった事だし仕方無いって! いやぁ、でもお姫様抱っこって初めてだったなぁ」


「おい天羽、それは忘れろ。 思い出したくない」


殆ど勢いでやった所為で、周りから見てどう見えるかなんて一切考えていなかった。 んで、今は激しく後悔しているんだ。 葉山同様に。


「……はぁ。 じゃとっとと終わらせましょ。 もう帰りたい」


明日からどうしようとか、やってらんないとか、そんな事を呟きながら、葉山は俺と天羽を見る。


イベントの終了。 つまりは、天羽が俺に王冠をかぶせて、このイベントは終わる。


幸いにも、葉山の衝撃的な性格と、自分がそれを取れなかった悔しさからか、ギャラリーの数はまばらだ。 盛り上がりが激しければ、冷めるのも早いと言う事か。


「よっし。 んじゃ、なんか最後の良いとこ取りで悪いけど……」


天羽は笑って、俺を見る。 その顔を見て何となく分かった。 天羽は多分、俺にはその王冠を渡さないって。


「ごめんよ、八乙女くん。 今は渡したく無いんだ。 八乙女くんと一緒で」


「俺と一緒?」


「あっはっは。 そうだよ、一緒だ。 仲間なんだ、あたしと八乙女くんは」


「……ごめん、言っている意味がちょっと分からない」


「んー、そっか。 なら歌音ちゃん風に言うと、今はまだ分からなくて良い。 って感じだよ。 大丈夫、近い内に絶対分かるから」


天羽の言葉の意味は分からない。 けれど、それは今聞くべきでは無いと感じた。 それは何だか、とても大切な物の気がする。


「そっか、分かったよ。 その時を待つことにする」


「うむ!」


そして、天羽は俺の横を通り過ぎて行く。 その時、本当に小さく、天羽は「ありがとう、嬉しかった」と言ってくれて、それだけで俺は今回、苦労したのも楽しく思えてきてしまう。


……そうだな。 やっぱり、天羽が言っていた通りに何事も楽しんで行かないとな。 まだ、高校一年生なんだしさ。


「うーたねっちゃん!」


「……なによ? 八乙女君とコソコソ話してたと思ったら、次は私?」


「うん! 歌音ちゃん、大好きだ!」


「は? え、ちょ、ちょっと!!」


天羽は葉山に抱きついて、心底嬉しそうに笑いながら、そのお気に入りの王冠を葉山の頭へと乗せる。 葉山も葉山で口では文句を言いながら、嬉しそうにしてるじゃんか。


「歌音ちゃん、大好きだぁあああああ!!」


「うっさいわよ!! 私はあんた大っ嫌いだから!!」


「うへへ、つんでれつんでれ~。 可愛いよ~」


「頬擦りするなぁあああ!! 八乙女君、ボーっとしてないで何とかしなさいよ!!」


「俺かよ……」


って言われてもな。 いつもより仲良くしてるお前らの事を何とかしようとは、ちょっと思わないよ。 天羽風に言わせて貰えば、記念撮影でもしたい程に。


「悪いな、葉山。 俺さ、今から行かないといけない所があるんだ」


「はぁ!? 私が最優先でしょ!! 早く何とかしろぉおおお!!」


「天羽、葉山、また後で」


「うぃー! 歌音ちゃんと思う存分イチャイチャしたら、あたし達も部室に行くね~」


天羽はどうやら、俺がどこに行くのかは分かっている……か。 ま、知られていても知られていなくても、俺がやることは変わらない。


「八乙女くんっ! ファイト!!」


「おう!」


天羽は右手を広げて俺に突き出し、俺はその手と自分の手を合わせる。 パン! という軽快な音が鳴って、俺は走って部室へと向かって行った。

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