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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉月と俺の関係とは
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人気投票会

まず、目に入ってきたのは黒板の文字。


誰もが教室に入って、一度は目にするでかい緑色の板にはこう書いてあった。


葉山はやま 歌音うたね   神宮じんぐう 葉月はづき


この二人の名前と、その下には線が何本か引いてある。


「おい蒼汰そうた


「おお、来たか裕哉ゆうや。 なんか、妙なことになってるぞ」


「そんなの見りゃ分かるって。 何だよこの状況は」


「それがさ、皆分からないって言うんだよ。 何でも、教室に入ったら小さい紙が自分の机にあって、大きな箱が教卓の上に乗っていたらしい。 らしいって言っても、今もまだあるけどな」


「それも見れば分かるけど……」


「んで、黒板に書いてあるあの文字だよ。 文字というか、名前だな」


黒板に書いてあるのは葉山と葉月の名前。 そして、その名前の下に書いてあるのは線。


「誰が始めたのかは分からないが、ああやってさっきから来た奴は箱に紙を入れているんだよ。 んで、それを川村かわむらが開けているって感じだな」


「つまり、これはあれか」


嫌な予想というか、嫌な予感というか、本当に心底、気持ちの良くない答えだが。


「……人気投票、ってことか?」


「多分な。 誰が仕掛けたのかも分からない中での、人気投票ってことだろう。 川村もああやって定期的に開けてはいるけど、何でも指示が入っていたらしい。 川村に限らず、全員の机にだけど」


「指示? ってのはこれか、ええっと」


ご丁寧にも机の中央にメモ用紙を切って使った紙が貼ってある。 セロテープで四方を貼り付けてあり、これなら嫌でも目に入るな。 そして、そこに書いてあった文字は。


投票しろ。 二者択一。 無視をすれば、天罰が下る。


「……どっちかに入れろってことか。 で、川村には違う指示が?」


俺が聞くと、間髪入れずに蒼汰は答える。


「票を開けろ、無視をすれば、次はお前だ」


「……なるほどね。 それで川村ってわけか。 あいつおとなしいからなぁ」


「んだな。 でも裕哉、そんな風に楽観してていいのか? もう殆どの人間が投票終えちゃってるぞ」


「と、言われてもな」


正直言って、こんな馬鹿みたいな投票には付き合いたく無い。 それに俺が今、一番嫌な気分になっているのは黒板の文字だ。 名前を書かれている二人。 葉山と葉月。 そして、その途中結果。


葉山の方に大量に入っている線。 そして葉月の方にはそれが一個も無い。 これじゃあまるで、葉月に対するいじめのような物じゃないか。


「……」


葉月の方を見ると、あいつは下を向いてしまっている。 まるで幽霊みたいだなおい。 折角、性格はともかくとして顔は可愛いのに。


「……朝から本当に嫌な気分だ」


「ちなみに裕哉、言っておくが俺は投票してないからな。 二人とも可愛いから選べるわけが無いだろ?」


「お前は動機が不純なんだよ。 だけど、ありがとな」


「いやぁ、俺だって分からないって。 裕哉が神宮さんと仲良くなきゃ、普通に葉山の方に投票してたかもしれないし」


「そんなのは良いんだって。 大事なのはお前が投票しなかったってことだし」


「そう言ってくれると助かる助かる。 けど、この状況をどうするんだ?」


「決まってるだろ。 投票してくるんだよ」


そりゃ、そうだろ。 この状況で葉月を助けられる方法は、ひとつしかないんだし。


「……頑張れよ」


とは言った物の、とは言った物のだ。 すごい緊張する。 クラスのほぼ全員……どうやら、葉山はまだ来ていないようだが。 そんな中、やらかさないといけないのか。


あーくそ、でもまあ、仕方ない、か。 仕方ない仕方ない。 そう思おう。 こんなのを放っておけるほど、俺は人間として終わっちゃいない。 ただの自己満足かもしれないけど、そう思おう。


俺は教卓のところへ行き、まずは偉そうに置いてあるその投票箱を退かす。 退かすというか、払いのけたと言った方が正しい。 いくらなんでも悪趣味にも程があるし、葉月の心情を考えたら、そのくらいはしておきたかった。


「や、八乙女くん?」


川村のそんな声が聞こえてきたが、無視。 ここで一回行動を止めてしまったら、最後までやり遂げられる気がしない。


次に俺がしたことは、黒板に書いてある葉月の名前の元へ移動。 そして近くにあったチョークを横に持ち、その下に思いっきり太い線を引いてやる。 これなら多分、1対30くらいでも勝てるだろ。 これだけ大きければ。


その後、俺は振り向く。 振り向いて、思いっきり黒板を叩く。 ああもう、俺は本当に何をやっているんだか。


「おい! お前ら馬鹿か!? 葉月の顔しっかり見たことねえのか!?」


「あいつは確かに変な性格だけど、顔はすっっっっっっごい可愛いんだぞ!! 別にお前ら全員が葉山に投票するならそれはそれで構わないけど、俺は葉月に投票するぞ! だって葉月可愛いし!!」


「ていうか、葉山より可愛い!! 顔だけはな!! 俺は面食いだから葉月派なんだよぉ!! 分かったかッ!?」


よし、言い切ったぞ……。 何か勢いに任せて変なことも言った気がするが、多分大丈夫だよね。 多分。


当の本人である葉月は……俺の方を見ていて、口をこう動かしている。 えっと?


し、ね。 ああ、見なかったことにしておこう。 後できっと、怒られるなこりゃ。


「ちょっと!! 何これは!?」


俺の所為で静まり返った教室にそんな声が響き渡る。 声の方向に顔を向けると、そこに立っているのはもう一人の当人、葉山歌音。 教室の入り口で目を大きく見開いて、硬直していた。


「何でこんな人気投票なんてやっているわけ!? みんなおかしいと思わないの!? 言い出したのは誰ッ!!」


珍しく、というか初めてだ。 初めて、葉山が怒っている。 俺の横に来て、教卓を思いっきり叩きながら、その場に居る全員へ向けて言う。


「こんなことして恥ずかしくないのッ!? 川村さんも、なんでそんなことをしてるの!!」


「あ、え……、えっと……」


「指示なんて無視すれば良いじゃない! 八乙女君! 早く黒板消して!!」


「あ、お、おう」


今までに無い迫力の葉山に指示されるまま、俺は慌てて黒板を消す。 ついさっき勢いに任せて書いた葉月への票を自ら消す姿は、なんだか自分で考えてみても情けなかった。


それから葉山がひと言ふた言を全員に向けて言い、怒り収まらぬままといった感じで席に着く。


にしても、普段あれだけ温厚で人当たりが良い葉山があそこまで怒るとは……。 正直、意外だな。


いやまあ、あれで怒るのは普通だし、俺が当人じゃないから分からないだけで、葉月もああ見えて、内心怒っているのか? 感情殆ど出さないし、あいつ。


その後、担任である大藤が教室へ来るまでに後片付けを全員でして、この件は無かったことにしよう。 との結論で話は纏まった。 僅かな時間での話し合いは葉山を中心に進めてくれたおかげもあってか、数分もしない内に纏まってしまう。


だけど、俺は少し納得していなかった。


纏まったとは言っても……無かったことにしようとは言っても……。 これで傷付いた奴は間違いなく、居るのでは無いか? 本当にこの件を無かったことにしても良いのだろうか? そんな疑問を俺は感じていたが、結局は全員の意見に流されてしまう。 さっきまで、葉山に全員が投票していたように流されてしまう。 俺も根本的には、皆と同じなのかもしれない。 それが少し、悔しかった。




「はぁ……」


「今日もため息。 疲れてる?」


「別に疲れてるわけじゃないけど……なんか、なぁ」


なんとなくだが、昼休みはこうして葉月と過ごすことが増えている。 特別仲が良い友達が俺に居るわけじゃないので、どうせ葉月は暇だろうという勝手な考えから、最近では毎日、葉月と校舎裏のベンチで昼飯を食べている。


「朝のこと?」


「……まぁな。 余計なことしたかなって思って。 葉月に対して」


「余計?」


「だって、嫌だろ? ああいう風に目立つのって」


「うん。 嫌」


こいつって変に気を遣ったりしないから、逆に話しやすいんだよな。 思っていることを聞けるというか、俺も逆に気兼ねなく話せるというか。


「だから、悪かったなって思ってさ」


「嫌だった。 でも、嬉しかった」


「……嬉しかった?」


「うん。 裕哉が言ってくれて、嬉しかった」


葉月は言うと、顔を伏せながら更に続ける。


「その……ご苦労」


「恥ずかしそうに上から目線で物を言うなっ! 素直にありがとうでいいからな!」


「やだ。 負けた気分」


「一体何にだよ……。 それよりさ、葉月って今度の休み暇か? 夏休みの初日だけど」


「忙しい。 今やっているゲームをクリアしないといけない」


「それを世間一般では忙しいって言えないんだよ! 暇ってことだな!?」


「……一応、暇」


「だったらさ、これ行かないか?」


俺は言い、ポケットの中から出したチケット二枚を葉月の前に出す。


「……映画?」


別に見るの自体は土日とかでも良いのだが、今は大会を控えているので、先にそれを片付けて置きたい。 その後、ゆっくりと見ようってことだ。


「そ。 この前葉月と一緒に見たアニメのさ、劇場版。 葉月だったらもう見てるかもしれないけど……」


「見てない! それ、見たい!」


おお!? なんか今までに見たこと無い食いつきっぷりだぞ!? 趣味のことだからか?


「本当か? これさ、昨日妹が貰ってきたんだよ、商店街のくじ引きで。 でももう見ないからーって捨てようとしてたのを貰ってきたんだ」


「良くやった。 それはまだ、見てない奴」


だからどうして上から目線なんだ。 というか、こいつだったらすぐに見に行きそうな物だけど……。


「映画はあんま好きじゃないとか?」


「違う。 一人では無理。 恐ろしい」


「はは、だからか」


「でも、裕哉がいるなら大丈夫」


「俺が毎回付き合うのを前提にするな。 てか、それだと見てない映画とか結構あるんじゃないか?」


「ある。 DVDが出るまで、我慢してた」


「なるほど。 そりゃ大変だったな」


「そう。 待つのは嫌い……」


声色からして、本当に待つのが嫌いのようだ。 待つのが好きってのも珍しいだろうし、当たり前っちゃ当たり前か。 俺だって、待つのは嫌いだし。


「でも、もう大丈夫。 裕哉がいる」


「だから俺を頼りにするな。 けど……まぁ、たまになら付き合ってやっても良い、かな」


「ほんと?」


「……」


いつもの流れだが、ここでもし嘘だって言ったらどんな反応をするんだろう? なんて、いたずら心が少し働く。 ってわけで、試しに言ってみるとしよう。


「嘘だよ」


「……」


「おい泣くなって! 悪かった悪かった! 本当だよ! 本当!」


焦るぞほんと。 無表情で俺のことを見ていたと思ったら、いきなり目がウルウルし始めたからな……。 もうちょっと、分かりやすい反応にして欲しい。


「……やっぱり、裕哉は私をいじめる」


「いじめて無いって……。 悪かったよ、ごめん」


「……」


無反応かよ。 せめて「うん」くらいは返事をして欲しい物だ。


「……じゃあ、お詫びとしてこの焼きそばパンひと口やるからさ。 許してくれ」


「……分かった」


葉月は渋々といった感じで言う。 俺はそれを聞いて、食べかけの焼きそばパンの反対側をちぎろうとしたのだが……葉月はそのまま、焼きそばパンに顔を伸ばすと気にすることもなく、ひと口食べる。


「おまっ! それ俺が食べてたところ!」


「どうひて?」


もぐもぐとパンを食べながら、葉月はまるで分かっていないような反応。 ああ、そうか……こいつ分かっていないのか! 自分が何をしたかって分かってねえんだ!


「どうしてって……」


ひと口食べられたパンと、葉月の顔。 サラサラとした長い髪の中にある小さな顔。 そしてその桜色の唇……っておい!!


「これ全部やる! 俺腹いっぱいだから!」


「……そうなの? なら、貰う」


俺が押し付けるようにして渡した焼きそばパンを葉月は受け取り、再度頬張る。 なんというか……なんというかだな。


「やっぱり、美味しくない」


「美味いだろ! 少なくともそこら辺に売ってあるのよりは絶対美味いぞ!?」


俺としては結構自信を持っておすすめできる一品なんだけど、あっさりと否定されてしまうと少しムッとするな。 たまに葉月の弁当に焼きそばとか入ってるし、焼きそばが嫌いってわけでは無いはずだが……。


「美味しくない」


「いいや美味い! 味覚音痴じゃないのか?」


「……」


俺に言われ、葉月は横目で俺のことを睨む。 僅かではあるが、瞼が若干下がって、怒っている様子が見て取れた。 表情も心無しか、ムッとした感じ。


「……お、怒ってる?」


「怒ってない」


「……いや怒ってるだろ」


「私のお弁当の方が美味しい」


「ははは、どうだかな。 俺としては、葉月の弁当がその焼きそばパンより美味いと思えないけどなぁ」


「失礼。 このゴミよりマシ」


自分で作った物を良くそこまで褒められるな……少し感心してしまうぞ。 そして俺が毎日食べているそれをゴミって言うな。


「裕哉、食べる?」


葉月は言うと、箸で弁当箱に入っている玉子焼きを掴む。 で、俺の口へと近づけてくる。


「そこまで言うなら……はいよ」


と言って、俺は手を差し出した。 さすがに直接はマズイだろ……葉月は全く気にしなさそうだけど。


そして葉月は、対して気にする素振りは見せずに、その玉子焼きを俺の手の上へと置いた。


「裕哉」


「ん? どうした?」


「もし、美味しいと言ったら私の勝ち」


「葉月の勝ちだとどうなるんだ……?」


「謝ってもらう」


「……よし分かった。 なら、もし俺が不味いって言ったら俺の勝ちだからな。 その時は葉月に謝って貰うぞ」


「うん。 分かった」


この時点で俺の勝ちは決まったような物だ。 例え美味かったとしても、不味いって言っちゃえば勝ちだからな。 どのように謝ってもらおうか、考えておこう。


「じゃ、いただきます」


言って、俺は手の平の上に乗った玉子焼きを頬張る。 そして。


「うまっ! なんだこれ!? めちゃくちゃ美味いぞ!」


「私の勝ち」


あっさりと負けた。 いやでも、これ本当に美味しいな……。 負けても別に気にならないくらいに、美味しい。


「勉強は出来ないのに、料理は出来るんだな……」


「……」


「いってぇ! 無言で脛を蹴るなよ!」


「謝って。 早く」


目が本気だな。 冗談とかでは無く、本気で謝れと言っている。 まあ……失礼なことを言ったのは事実だし、形式上謝っておこう。


「悪かったよ、ごめんな」


「駄目。 やり直し」


「……申し訳ありませんでした」


「まだ」


「……葉月さん、大変申し訳ありませんでした」


「様付け」


「……葉月様、無礼をお許しください」


「苦しゅうない」


「だから何様だ!? あんま調子に乗んなっ!」


「いてっ!」


額を指で弾くと、反射的にそんな声を葉月は漏らす。 表情こそやはり変わらないが、声色から段々と心情が分かるようになってきたな。 実に面白い奴だ。


「ったく……。 葉月、そろそろ昼休み終わるし、教室戻ろうぜ」


「……うん」


額を擦りながら、目尻に若干涙を溜めつつ返事をする。 それが俺の所為なのではあるけど可哀想で、俺は葉月の頭を撫でてみた。


「触らないで」


「やっぱり憎たらしいなおい……」




「葉月、今日はなんかアニメ見るのか?」


帰り道。 一緒に歩きながら、後ろを歩く葉月に聞く。 こいつは何故か、俺の横を歩かずに三人分ほどのスペースを開けて後ろを歩くことが多い。


「今日は無い。 だから暇」


「そっか。 二人三脚の練習するにしても……これだしな」


空を見上げると薄暗い雲が広がっている。 ポツポツと先ほどから降りだした雨は、今にも勢い良く降り出しそうで、俺と葉月を少しだけ早足にさせていた。


「ま、別に毎日何かしらしないといけないってわけじゃないし……帰って予習でもするかな」


「行きたい」


「……は?」


「行きたい。 裕哉」


「えーっと……俺の部屋に……ってこと?」


「そう。 いつも私の部屋」


つまり、いつも私の部屋で遊んでいるんだから、たまにはお前の部屋で遊ぼう。 ってことか。


「別にそれは良いけど……何も無いぞ、俺の部屋って」


「大丈夫。 つまらない人だから、覚悟してる」


「そろそろ本当に叩くぞ!?」


「やめて。 痛いから」


「葉月の地味な口撃もかなり痛いんだよ」


「ひょっと、ひっぱららいれ」


こいつって、頬を引っ張ったりしてもそれを振り払わずにそのまま喋るよな。 これが意外と楽しい。


「とにかく、葉月はもうちょっと人の気持ちを考えろ。 分かったな?」


「どうして?」


また難しい質問だよ。 どうしてと言われてもな……そんなのって、普通に一般的に考えたらそうじゃないか。


「皆がそうだからだよ。 皆が人のことを考えなかったら、めちゃくちゃになるだろ?」


「そうでも無い。 ならないと思う」


「何でそう思う?」


「朝、皆私のことを考えてなかった」


「……」


「だけど、めちゃくちゃにならなかった」


その言葉に、俺は何も言い返すことも、同意することも出来ない。 だって、それは事実だったから。


「私が我慢すれば大丈夫」


やっぱりか。 やっぱり、葉月は内心では傷付いていたのだ。 我慢って言葉の意味は……そういうことだ。


それもそうだろ、あんなことになって、何とも思わないわけが無いじゃないか。 自分の目の前で、全員が葉山に投票していく姿は自分以外が全員敵にさえ見えたんじゃないだろうか? せめて一人くらい葉月に入れていれば、少しは救いがあったかもしれないのに。 誰かも分からないその一人さえ居れば。


だけど、葉月に味方してくれる誰かは、居なかった。 ただの一人も、居なかった。


もしかしたら、とか……そんなのすら無かったんだ。 葉月の名前の下には、一本の線も無かったから。 その時、葉月がどれだけの苦しさだったとか、悲しさだったとか、そんなことは分からない。 だけど、その気持ちに答える方法は、ある。


「だけどさ葉月」


言おうとしたんだ。 俺は葉月の味方になってやるって。


「だけど、裕哉」


「裕哉は、私の味方だった」


しかし、先に言われてしまった。 そんなのはもう知っていると言わんばかりに。 自分のペースで話をどんどん進めやがって。


「……よし、決めたぞ葉月」


「決めた?」


「ああ、決めた。 俺は葉月の味方になってやる。 どうせ結局、そうなるんだろうしさ。 俺の性格からして」


「葉月の性格からしても、言われたって一人じゃ言い返せないだろ。 今日だってそうだったし。 だから、仕方ないから俺が味方になってやる」


「……裕哉」


「何があっても、俺が味方だ。 俺だけは味方になってやる。 そうすれば、葉月も楽しいだろ? 学校」


「うん。 楽しい」


相変わらずの無表情。 全く、こんな時くらい可愛く笑って欲しい物だ。


「葉月がいくら悪くても、俺が味方になってやる。 だから、安心しろ」


「……うん。 うん」


足を止めて、後ろで同じように止まる葉月に向けて、俺は言う。 最終的にはこうなっていただろうしな。 それを少しだけ、早めたというだけだ。 もしもこうなるのを避ける方法があったなら、それは多分……神宮葉月という少女に出会わないって方法だけだろう。


「ってわけで葉月。 いつもの頼む」


「……分かった」


「裕哉」


「なんだ?」


背中から聞こえる声に、俺は笑って返事をする。 小さくて、細くて、すぐに折れてしまいそうな声に。 いつもの台詞を期待して。


「……裕哉」


呟くように俺の名前を呼んで、その後葉月は、はっきりとした声で言った。


「命令、私を守れ」


「……だから、もう少し可愛く頼めって」


「私を……守って?」


「……はは、あはは! はいはい、了解了解!」


こうして、俺と葉月の妙で変わった関係は始まったのだった。 命令する方と、される方。 守る方と、守られる方。 そして八乙女裕哉と、神宮葉月。


何かが変わるってわけでもないし、特別な感情が芽生えるわけでもない。 ただ俺がしたいのは、味方の居ないこいつの味方でありたいという、ある意味自己満足で自己陶酔な思いだ。


別に、他の誰にそう思われたって良い。 あいつは自分に酔っているとか、あいつは自分を特別だと思っているとか、そんな他人の評価はどうだって良いんだ。


この神宮葉月という若干変わった面白い少女をもうちょっとだけ、見ていたいだけ。 当然、約束は守るさ。 いつだって味方になってやるし、守ってやる。


そういえば、期限を決めていなかったっけ。 ま、とりあえずは葉月が飽きるまでで良いだろう。


「裕哉、早速」


そう声がして、服の袖を引っ張られる。 いきなりか? もしかして、言わなかっただけで手伝って欲しいことがあったりするのか?


「なんだ? 葉月」


「飲み物買ってきて。 喉乾いた」


「自分で行けっ! 俺は味方になるとは言ったが、奴隷になるとは言ってねえ!」


「嘘つき」


と言いながら俺のことを睨む。 かつてない濡れ衣だな。


「嘘じゃない」


そんな濡れ衣を払うため、俺は葉月の額を小突き、反論する。


「いたっ!」


「……守るどころか、攻撃してる」


額を擦りながら言う葉月は、やはりどこか面白い。


「違う、鍛えているんだよ。 葉月が強くなれるためにな」


「……やっぱり裕哉は私をいじめる」


「いじめるいじめる言うなよ。 どっちかと言えば、俺が葉月からいじめられてるだろ……」


毎日食べている焼きそばパンを不味いと言われたりな。


「私はやってない。 無実」


「……はいはいそーですね。 ほら、いつまでも立ち止まって話してないで、さっさと帰ろう。 今日は俺の部屋だろ?」


「うん。 少し楽しみ」


「だったらもう少し楽しそうにしてくれ」


俺が言うと、葉月は唐突に両手を挙げる。 まるでバンザイをしているように。


「……どうした?」


頭でも打ったのかと心配になって聞いたところ、葉月はこう返答した。


「楽しそうにと言うから」


「いや全然分からねえ! ていうか、しっかり傘差せよ! めっちゃ雨に打たれてるぞ!」


俺が言っているのはそういうことじゃなくて、もっと表情を楽しそうにしろってことなのに。 まぁ、無理にそうするよりは今の葉月の方が自然体っぽくて、良いけど。




「ただいまぁ」


いつも通りに言うと、出迎えてくるのは妹である桜夜さよ。 俺と同じく部活動をやっていないこいつは、毎日のように家に居る。 友達と遊んでいることも多いが、大抵はソファーでごろごろとしている動物だ。


「にぃにおかえり! あ、彼女さんも!」


「彼女じゃない! お隣の神宮さんの娘さんで、ただのクラスメイトだよ!」


「……」


「……おい葉月?」


葉月は何も言わず、桜夜のことをジッと見つめる。 視線で殺しかねないほどに。


「あ、あのぉ……」


桜夜は若干焦り、一歩二歩後ずさった。 俺も桜夜の立場だったとしたら、同じように後ずさっていたと思う。


「……妹。 名前は?」


「あ、えっと……さ、桜夜です。 八乙女、桜夜です」


「そう。 桜夜」


そして、葉月は言った。


「命令、お茶を淹れろ」


「人の妹に命令してんじゃねえ!」


「いたっ!」


さすがに礼儀知らずだろ! 今日初めて会って、しかも会ってからまだ数十秒くらいしか経っていないのに、いきなり命令する奴がいるか!? あまりの驚きとツッコミ精神が働いて、反射的に頭を叩いてしまったじゃないか!


「……桜夜」


「は、はい。 何でしょうか……?」


桜夜はようやく、葉月が恐ろしい奴だと気付いたらしく、恐る恐る聞く。 まるで蛇に睨まれた蛙だな。


「裕哉がいじめてくる……」


「人聞きの悪いことを言うな!」


全く、何がいじめてくるだ。 さっきから俺をいじめるのは葉月の方だろうが!


「に、にぃに」


「ん? 何だよ?」


「……だ、駄目だよ。 女の子をいじめたりしたら」


それはきっと、桜夜が葉月の味方になった瞬間だった。




「おい葉月……桜夜だったから良いけど、さすがに初対面であれはマズイぞ。 色々と」


「そうなの? 大丈夫だと思った」


あれから俺は葉月を連れて自分の部屋へ行き、桜夜はいつものようにソファーでごろごろすると言っていた。 結局俺はお茶を淹れて、今は自室で葉月と話をしている。


「絶対大丈夫じゃない。 どこでそう思うようになったんだよ……」


「アニメ」


「アニメと一緒にするな! 確かにアニメの中だったら、平気かもしれないけどさ」


「でも、裕哉は大丈夫だった」


「……そうだけど。 でも、だけどな」


「別に良い。 裕哉が大丈夫なら良い」


「いや俺も全然大丈夫じゃないけどな?」


「それでも良い」


良いのかよ! 駄目じゃないのかよそれ!


「まぁ……良いか。 いや、良くは無いけど今は良いか……」


俺も葉月のことは良く知らないしな。 理由があるにしろ無いにしろ、その時が来たら話せば良い。 今はとりあえず、そういうことにしておこう。


「それよりさ、葉月。 葉月って殆ど部屋に篭っているのに、結構ファッションとか気を遣ってるよな」


休みの日に部屋に行くと、しっかり着替えているし。 それもちゃんとイマドキっぽい服装で。


「うん。 一応。 それが?」


「意外だなって思ったんだよ。 大体アニメ好きな奴とかって興味無いだろ? そういうのに」


「私のは、真似」


「真似?」


「アニメの真似。 良いなって思ったのを買ったり、見た目はそうしてる」


「学ぶ場所がずれてるなやっぱり……」


「ん? ってことは、その髪型も?」


黒いストレートな髪。 腰まで伸ばしていて、サラサラとした髪のこと。


「そう。 分かる?」


「何本もアニメ見せられたからな。 そういうキャラ多いし」


「お気に入り。 それに落ち着く」


「そういう物かね?」


「そういう物。 触る?」


そう言って、葉月は俺に背中を向ける。 ちょこんと座った小さな体に、長い黒髪。 手入れが大変そうだな。


「……じゃあ、少しだけ」


俺は言い、葉月のすぐ後ろに座る。 前々からちょっとだけ興味はあったし、こうやって触る機会は無かったから……。


「……おお! すげえな! すげえサラサラだ!」


「毎日手入れしてるから」


「それをする前に勉強してたらもっと偉いんだけどな!」


「やだ」


きっぱりだなおい。 絶対勉強をするより、この髪を毎日手入れする方が大変だと思うんだけど。


「……」


「……」


そうして、俺は葉月の髪を触り続ける。 一分、五分、十分。


十五分ほど経った頃で、それに変化が訪れた。


「……っ」


唐突に葉月が立ち上がった所為で、俺の手から髪がするりと離れていく。


「触りすぎ」


髪がふわっと回って、次に俺の視界に入ったのは無表情な葉月の顔と、真っ白な足。


……足?


「……うおっと! いきなり回し蹴りするなよっ!!」


あ、危ねえ。 今本気だったぞ。 というか、ちょっとだけ鼻先掠めたぞ。 本気で蹴りを入れに来てたよな、絶対。


「お金を請求する」


「絶対払わないけど、いくらか聞いておこうか」


「一分一万円。 計十五万」


「ぼったくりだ! どこの大人の店だよっ!?」


酷すぎる。 後から請求でとんでもない金額とか。 高校一年生にして、こんなぼったくりに会うとは思わなかった。


「軽々しく触らないで」


「触っていいって言ったの葉月だからな!?」


とまぁ、こんな感じで初めての俺の部屋で過ごす一日が始まったのだった。

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