学園祭!
「じゃーん! どうよ!?」
そして、学園祭当日。 葉山は完成した新聞を広げて見せながら、嬉しそうに言う。 ほんっとギリギリで間に合ったな。 今からだともう始まっているので、三日ある内の二日間だけ飾らせてもらうことに決まって、良かったよ。
「おお、かなり良いんじゃないか? 見やすいし、目を引けそうな内容だし」
「んー、やっぱ歌音ちゃんは才能あるね。 人を騙す才能! 見事なでっち上げ記事だよ~」
「ちょっと黙りなさいあんた」
と、若干喧嘩になりつつも、葉山も天羽も嬉しそうだ。 当然だよな、こうやって自分達が作った物がしっかりとした物になって、学校の壁に貼られるのだし。
完成した新聞と、喜んでいる二人。 勿論俺も嬉しいし、実に楽しい。
「……葉月? どうしたんだ?」
「なにが?」
「いや、なんかボーっとしてたからさ」
「そう。 平気」
「なら良いんだけど……」
気のせいかもしれないけど、ここ最近、葉月はなんだかボーっとしている事が多い。 それ以外は特に変わった様子も無いので、俺もそこまで気にしてはいないが。
「ほらほら! お二人さんはイベントに参加するんだから、その辺の段取りはオッケーなの?」
「半ば強制的にだけどな。 てか、イベントの内容って結局分からないのか?」
「んー、個人で参加ってところまでしかね。 参加人数は結構居るみたい。 内容は当日発表って感じ。 噂だと校内一周だとか、殴り合いだとか、そういうのが噂されてるけど」
「殴り合いとかやらないからな……」
というか、こいつはそんなのに俺だけならまだしも、葉月まで参加させようとしてたのか。 こいつデコピンで倒されるぞ、多分。
「ま、もしもそれになったら偉い人の所にご相談って感じね。 企画潰しちゃおっっと」
嬉しそうに言うなぁ。 こういう悪巧みをしている時が一番輝いているんだよな、葉山は。
「それより! 皆どこ行くのっ!? あたしは何か美味しい物を食べたいなぁ?」
「あー、じゃあ一緒に行く? 天羽さん。 八乙女君も神宮さんも、一緒に行くでしょ?」
「ん? ああ、そうだな」
「私は良い」
「良いって……行かないのか?」
「うん。 ここに居る」
折角の学園祭だというのに、こいつは一体何を言ってるんだ。 まさに引きこもりの鏡だな。
「……なら俺も残るかな。 葉月一人だけ残すってのも不安だし」
「一緒に来れば良いのに。 ま、それなら仕方無いわね。 適当に何か買ってきてあげる」
「ああ、悪いな」
こういう時は本当に気遣いが出来るよな、葉山は。 正直その部分だけを貰い受けたいよ。
「えーっと、葉月ちゃんは甘い物で良いよね? 八乙女くんは? ご希望あるかい?」
「俺も同じので良いよ。 あ、でも焼きそばパンとかあったら……」
「学園祭の日に購買やってるわけ無いでしょ。 死ね、焼きそば男」
そう言い、葉山は勢い良く扉を締めた。
焼きそば男ってなんだ……新しい悪口か。
「……」
軽く焼きそば男が悪口なのかどうかを考えていたところ、横でゴソゴソと動く奴。 当然この部屋には俺と葉月しかいないので、動いているのは葉月なのだが。
「何してんだ? 葉月」
「アニメを見る」
「……ブレないな、本当に」
「最近、面白いのが減ってきている。 だから、全部録画して良いのを探してる」
「へえ、そうなのか? 俺も一応今回やるのはチェックしたけどさ、結構面白そうなのあっただろ?」
「……無い」
俺はまぁ、軽くしかチェックしていないから何とも言えないけれど、葉月の好みっぽい青春物とかあったと思うんだけどな。 けれど葉月が無いと言えば無いのか。 アニメを見る目をこいつは持っているし。
「そっか。 ま、全部見れば一つくらいはありそうだけどな。 とりあえず時間はあるし、見ていこう」
「一緒に見るの?」
「そりゃやること無いし。 暇潰しだ暇潰し」
「うん」
全く、学園祭まっただ中で、校庭も校舎内も賑わっているというのに、新校舎の静かな一室でアニメ鑑賞をしている奴なんて、俺達くらいの物じゃないだろうか。 これ絶対、終わってから後悔するパターンだな……。
しかし相手が葉月となったら、それが普通になってしまうから困る。 結局、俺は葉月がセットしたアニメを横から眺めるのだった。
「……」
「おー、結構面白かったな。 葉月」
一話が終わり、エンディング曲が流れ始めたところで、俺は葉月にそう言う。 なんだか正統派な青春物って感じで、見ていて心が暖かくなる物だった。
「……うん」
何だろう? 想像していたのとは少し違った返事だな。 もっと「面白かった」とか「次が気になる」とか、そういう返事が来ると思ったのに。
「あ、エンディング見たかったか? 悪い悪い」
葉月はオープニングもエンディングも好きだからな。 それだと思って、俺は黙る。
しかし、葉月はエンディングの途中でテレビを消してしまう。
「葉月?」
「……何でも無い」
「何でも無くは無いだろ……。 どうしたんだよ?」
「どうもしない」
素っ気なく、葉月は言う。 そして俺はついつい言ってしまった。 思っている事を一つだけ。
「それなら別に良いけどさ。 なんか葉月、前よりもアニメ見ている時、楽しそうじゃないよな」
「……出て行って」
「は?」
「裕哉、出て行って。 邪魔」
「出て行けって……ここから?」
「そう。 命令」
「……怒ってるのか?」
「怒ってない。 出て行って」
どう考えても怒ってるだろ……。 何か、マズイ事でも言ったか? 俺。
「早く」
「だーもう! 分かったよ。 出て行けば良いんだろ」
葉月と喧嘩をしてもつまらないし、面白くは無い。 だったらもう、俺は素直にそれに従うしか無かった。
「あーあ……。 何してんだ俺」
行く当ても無く、校舎内をブラブラと歩く。 葉月にあんな風に言われたのは初めてだったし、正直理由が全く分からない。 自分が気に入らないアニメを俺が褒めたから、それで怒った……ってことは無いよな。 俺が好きなアニメと葉月が好きなアニメ、どっちが面白いかで言い合いなんてしょっちゅうだし。 その時だってあいつは、今日のように言ったことなんて一回も無かったんだ。
「このまま……じゃあ駄目だよな、やっぱり」
とは言っても、どうすれば良いのか分からない。 あいつにあんな命令をされたのは初めてだから、それが余計混乱させているのかもしれない。
「お? 八乙女くん発見!!」
「うおっ! っと、危ないなおい!」
いきなりそんな声が聞こえたと思うと、背中に思いっきり飛び乗ってきたのは天羽羽美。 この気安くベタベタしてくる所は相変わらずだな。
「わはは! こんな所で会うとは、何年目だろう?」
「まだ一時間も経って無いだろ。 てか、葉山は? 一緒じゃ無いのか?」
「いやさいやさ、それがはぐれちゃったんだよねぇ。 歌音ちゃん、急にどっか行っちゃってさ」
「葉山が? それはなんか……考えづらいけど」
「そう? あたしが面白そうなの見つけて走ってさ、それで戻ったら歌音ちゃん居なかったんだよぉ。 酷いよね、全く」
「いやそれはお前のせいだな」
「なに!? まさか、八乙女くんは歌音ちゃんの仲間だったのか!?」
「別にそう……だけど。 お前も仲間だろ」
「あっはっは! どうもどうも。 で、八乙女くんは何してるのさ? 葉月ちゃんは?」
「いや、それがさ……」
はぐれた者同士、俺は天羽にあった事を伝える。 突然、葉月に出て行けと言われてここに居る事を。
「ほほーう。 そりゃなんというか、災難だったねー」
「だろ? 全く、あいつは何考えてんのやら」
「わはは。 ま、女の子の心ってのは複雑なんだよ~。 あたしもだし?」
「……めちゃくちゃ単純に見えるな」
「ひどっ!? よくも、か弱い乙女を前にそんな事が言えたなっ!?」
と、天羽は横で一つに纏めた髪で俺の顔を叩く。
「いたっ! か弱き乙女が髪で人を叩くなよ!?」
「わはは! いつだって油断は禁物だ! それより時間は大丈夫なの? 八乙女くんっ」
「時間? なんの?」
「歌音ちゃんが言ってたイベントだよ~。 もうすぐ時間じゃないの? ほれ」
天羽は言い、スマホの画面を俺に見せてくる。 表示されている時間は11時5分。 始まるのは確か……30分だったか?
「本当だったら行かないとマズイけど……とりあえず今日は無理だろ。 葉月とも今、軽く喧嘩みたいになっちゃってるし」
「んじゃー、今日はフリーか!」
「そうなるな。 明日か明後日のイベントに参加するよ。 内容は違うって話だけど、3日の内のどれかに参加すれば良いって話だし、メインでやるのには変わり無いだろ?」
「まーね! じゃさ、八乙女くん。 独り者同士、仲良く回ろうじゃないか! 歌音ちゃんどっか行っちゃったし」
天羽のその提案もあり、俺は天羽と一緒に学園祭を回る事となったのだった。 独り者同士な。
「おいおい! 八乙女くん! 射的とかあるよ!? お祭りみたいだっ!!」
「分かったから腕引っ張るなよ! めっちゃ転びそうなんだけど!?」
「わっはっは! すっげー! 学園祭ってこんな盛り上がるんだね!」
まぁ、確かにお祭りって感じだよな。 実際お祭りなわけだし。
見回すと、周りの生徒達は皆、どこか楽しそうに声を張り上げている。 校庭でも様々なイベントが行われていて、校舎全体が活気溢れているといった感じだ。
「あれ? そう言えば天羽ってこういうの初めてなのか?」
「そだよー。 あたしの中学って、体育祭はあったけど学園祭って無かったからね。 だから初学園祭だ!」
ってことは、葉山の方も初めてってことか。 だからあいつ、やけに張り切っていたのかな?
「じゃ、どうせなら明日か明後日のどっちかも一緒に回るか? 葉月はどうせ部室だろうし、葉山は委員会の仕事もあるみたいだからさ。 一日じゃ回りきれないだろ?」
「お? 良いの? それならお言葉に甘えちゃおうかな。 あっはっは!」
「葉月も一緒に来れば良いんだけど……。 まぁ、無理だろうな」
普段でも来なさそうなのに、今はあれだし。
「よっしゃあ! じゃあとりあえず、お化け屋敷行ってみたいな! 後、クラスでやってた映画も見たい! 後はやっぱ美味しい物!?」
「はいはい分かったよ。 順番な、順番」
「わはは! 楽しみだなぁ」
にこにこ笑って、天羽は言う。 こいつにとっては初めての物だらけで、それが新鮮で面白いのだろう。 それで、俺はそんな面白い反応をする天羽にちょっとだけ、興味があった。
「だからって走るなよ? 葉山みたいにはぐれても困るから」
「分かってるよ! ならこうしよう!」
そう言うと、天羽は俺の手を掴む。
「……お前な」
「なんだい? どうかした?」
「いーや、別に何でも無い」
葉山同様、こいつも大概俺の事を男子として見ていないな……。 俺はてっきり葉山とか天羽が男子のノリに近い物だと思っていたけど、もしかして俺が女子のノリに近いのか? なんか泣けてくる。
「わはは! んじゃ、しゅっぱ~つ!!」
そう言って、天羽は俺の手を引いて歩き出す。 その握られた手は暖かくて、柔らかくて。 どこか安心出来るような、そんな感じがした。




