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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
俺達の関係とは
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踏み込めず

最近変わった事、その1。


「やーおとっめくん! 元気?」


「なんだよ気持ち悪いな! 廊下で会う度にそれ聞いてこないか!? お前!」


葉山はやまがやたら親近感たっぷりに接するようになってきた事。


あの誕生日会の一件から、こいつはやけに俺や葉月はづき、それに天羽あもうと距離を詰めてきている。 あれが切っ掛けだったのか、それまでの事もあったからなのか、どちらかは分からないが……結果として、葉山はかなりフレンドリーになったのだ。


「あはは! それよりさ、今度の学園祭の件なんだけど」


と言って、俺に体を寄せて葉山は言う。 ほのかに香水の匂いと、女子特有の甘ったるい匂いがして……。


別に仲良くなるのは構わないし、俺もそっちの方が楽しいし、それはそれで良いと思う。 だけどな、こいつのこれって相手が女子ならまだしも、男子相手にする物じゃ無いぞ!?


……考えられるのは二つ。 葉山が俺を男子として見ていない、それか俺に特別な感情がある。 その二つ。


後者はまず無いな。 この前俺がトイレに入ろうとしたら「そこ男子トイレだけど」とか言ってきたし。 こいつって、明らかに俺の事を男子として見ていないよな……。 軽くショックだ、それも。


「ちょっと聞いてる? あ、そういえば神宮じんぐうさんは? 今日一緒じゃないの?」


「葉月か? 葉月なら先帰ったよ。 なんか今日は両親が帰ってくる日なんだとさ」


「へえ。 八乙女やおとめ君は行かなくて良いの?」


「なんで俺があいつの両親に会いに行かないといけないんだ……」


最近変わった事、その2。


まさしくこれである。 葉山がやたら、俺と葉月の事に対して言ってくるようになった。 俺が一人で居ると必ず「神宮さんは?」と聞いてくるんだ。


確かに一緒に居る事は多いけれど、何も会う度に聞いてこなくてもな。


「でも神宮さんの両親かぁ……。 どんな人なんだろ?」


「数えられる程だけど、会ったことはあるよ。 優しそうな人で、礼儀正しい」


「……想像出来ないわね。 あの神宮さんの両親だから、どうせいきなり命令とか言ってくるんじゃないの?」


「そんな大人が居たら嫌だな」


いや、もしかしたら葉月がこのまま成長したら、そんな嫌な大人になるのか? うう、考えただけで寒気が。


「けど、寂しく無いのかな。 神宮さん」


「寂しく?」


「うん。 だって、話を聞く限りじゃ入学式の時以来なんでしょ? 両親が戻ってくるのって。 寂しいと思うけどなぁ」


「まぁ、そうだな。 てか、お前がそれを言うのか」


「私? 私の場合と神宮さんの場合は違うでしょ」


「……そうか?」


「そうよ。 だって、私の場合はもう絶対会えないもん。 けど神宮さんの場合は会えるでしょ? そこが違いよ」


会えない葉山と、会える葉月。 確かにそう聞くと違うようにも聞こえるけど。


「……あー、分かってないって顔。 やっぱ馬鹿だね」


「失礼なのは変わらないな……」


「へ? じゃあ例えば……道路に猫が居るとするじゃん?」


どういう例えばなんだ、これ。 お前が失礼だという話からどうして道路に猫が居ると言う話になった?


……だけど、ここで「どうして?」と馬鹿正直に言うと、また馬鹿にされそうな気がしたので黙る。 我慢して飲み込む。


「んで、それを見て八乙女君はどう思う?」


「……葉山って時々、意味深な事言うよな。 道路に猫が居たとして……か」


多分、それなりにこの話には意味があるのだろう。 葉山曰く「馬鹿」な俺にはすぐ辿り着けない理由が。


「最初は、野良猫だって思うかな。 首輪が付いてれば飼い猫だなって思うけど」


「お! 正解正解! それよ!!」


え? 正解だったのか? そんな当然の事が?


「……で、それが正解だとどういう事に?」


「だから、それくらい八乙女君を見て馬鹿だって思うのは普通の事なんだよ。 そう考えると、失礼でも何でも無いでしょ?」


「ああ! そういうことか! 確かにそうだな!」


「でしょでしょ? あはは」


「あははじゃねえ! なんか深い話だと思ったじゃねえかよ!!」


考えて損した!! 全然意味深でも何でも無いじゃん!!


「いったぁ! そうやってすぐ暴力に訴えるから馬鹿なんでしょ!! 」


「言っておくけど、有名な言葉で「馬鹿と言った奴が馬鹿」って言葉があるんだよ! だからお前の方が馬鹿だ!」


「小学生!?」


と、こんな喧嘩はしょっちゅうである。 そういう部分は変わっていない。


「お! やってるね夫婦喧嘩! 今日も元気いっぱいで何よりだ!」


そんな失礼な事を言いながら現れたのは天羽羽美うみ。 基本、どんな時でも元気な奴。


「夫婦喧嘩ってお前な……。 葉山にぶっ飛ばされるぞ」


「大丈夫大丈夫! 歌音うたねちゃんは心優しき人だから!」


「あはは。 そうね。 後でお話しましょ、天羽さん」


「天羽、お前が言う心優しき人がすげえ悪そうに笑ってるぞ」


「……気のせいだよ!!」


言いながらも顔が引き攣っているな。 今頃、心の中でめちゃくちゃ後悔してそうだ。


「って言っても、こんな廊下でそんな風にしてたら、周りに勘違いされてもおかしくないかなぁ。 って思ったり思わなかったり?」


言われて周りを見ると、確かにギャラリーが数人。 何やらコソコソと話している奴まで居る。 こういう所から勘違いは生まれていくのか、ちょっと勉強になったな。


「……とりあえず、部室行くか」


さすがにその状況でまた葉山と喧嘩をしても仕方無いし、それで勘違いされるのは嫌だ。 俺が嫌なんじゃなくて、葉山が嫌な気持ちになるだろうって意味で。


「……そうね。 神宮さんは居ないけど、学園祭の話し合いでもしましょっか」


「了解! じゃあ競争だ! 最後に着いた人が帰りにコンビニであんまん奢りね! よっしゃあ!」


そう言って天羽は走りだす。 すげえせこい奴だな!?


「ったく、あいつは本当に……」


「ま、あんなの無視よ無視。 ゆっくり歩いて行くわよ」


「そうだな……ってお前、なんか小走りになってないか?」


「そう? 気のせいでしょ」


「いや明らかに気のせいじゃ……」


「気のせいだよ」


言って、葉山は走りだす。 裏切りやがった! このままだと俺があんまん2個を奢らなければいけなくなって……あれは一つ八十円だから、百六十円か。 それならまぁ。


……じゃないな。 このパターン、間違いなく明日、葉山が葉月に対して「あんまん奢ってもらった」とか自慢するパターンだ。 で、俺が何故か葉月の分も奢らなければいけなくなって……。


「待ておいっ!!」


結局こうやって、いつもと変わらずに過ごす一日だった。




「じゃ、こんな所かな?」


マジックペンを机の上に起き、葉山は言う。 日も少し傾いてきたし、丁度区切りの良いところって感じか。 この分ならば学園祭には全然間に合いそうだ。


「しかしお前、なんか才能感じるよなぁ」


「ね、ね。 あたしも思った! 歌音ちゃんってこういうの得意そうな顔をしてるしさー」


「どんな顔よ……。 こんなの、ただ単に見た人が分かりやすくすれば良いだけでしょ?」


パンパンと書いていた原稿を叩きながら、別になんとも無いって感じの葉山。 そうは言っても俺のと比べたら天と地の差だよな……やっぱり。


「ま、最終的には私が八乙女君のも天羽さんのもチェックするから大丈夫よ。 それより神宮さんはしっかり書いてるのか心配ね」


「葉月なら大丈夫だよ。 この前見せて貰ったけど、しっかりやってた。 楽しいからだってさ」


「……そのノリで勉強もやれば良いのに」


全くだ。 あいつは楽しい事と楽しくない事じゃ、やる気の差が雲泥だからな。 やる気が無い時は机に伏せて寝ているか、絵を描いているか、外をぼーっと見ているだけだ。


「まぁまぁ! そりゃ楽しい事の方がやる気出るでしょ? あたしもそうだしー」


「天羽は常に寝てるだろ。 あの宮沢みやざわの授業でも平気で寝てるじゃん」


「そこは尊敬するわ。 後で面倒な事にならないの? あれ」


「ならないならない。 平気だって。 いざと言う時は胸の辺り抑えてさ、呻き声あげれば大丈夫!」


酷い方法すぎるっ!! 手段を選ばない奴なんだな……。


「私達の前ではやらないでよ、それ」


「あっはっは! やらないよ、するわけ無いでしょ?」


いや、全く信用ならないんだが。 一度死んだ振りをされた俺達としては。


「全く……あれ? 八乙女君、携帯鳴ってるよ」


呆れ顔をしている葉山にそう言われ、俺は机の隅に置いていた携帯を手に取る。 電話では無くてメールか。 えっと……差出人は、葉月?


「葉月からだ」


「へえ、なんて?」


「……ほら」


俺は言い、少し身を乗り出している葉山に画面を見せた。 書いてある内容はこう。


From 神宮 葉月

Title 命令。

裏にある川に来て。


「……メールでも素っ気ないのね、あいつ」


「しかも命令だぞ。 いきなり」


「わはは! でも、行くんでしょ? 八乙女くん」


「行かないと後が怖いからな。 悪いけど、後片付け任せて良いか?」


俺が二人に尋ねると、葉山も天羽も笑って、声を揃えて返事をした。


「「行ってらっしゃい!」」


なんだか息がピッタリな気がしなくも無いな……。 二人は仲が良いとは思ってたけど、ここまで仲が良かったっけ?


ちなみに今日奢る予定になっていたあんまんは、次回で良いとの事。 一体何様だこいつら。




「てか大雑把すぎるだろ……川に来いって」


裏というのは多分、俺と葉月が住んでいる集合住宅の裏だ。 そこにはでかい川があって、それを指しているんだと思う。


せめてもう少し詳細に教えてくれない物かと思いつつも、俺は川へと来ているんだが……。


「……居ないし」


見渡しても葉月は居ない。 探すのも労力が大変掛かりそうなので、ここは文明の利器に頼らせてもらうとしよう。


そう思い、ポケットから携帯を取り出した時だった。


裕哉ゆうや


「うおっ! びっくりした……いつから居たんだよ?」


「さっき。 裕哉が来るの見えて、来た」


「呼び出した側が後から来るってどういう事だっ」


「いたっ」


最早、この一連の動作は持ちネタに出来そうだ。 仰け反る葉月はやっぱり、どこか面白い。


「……私が毎回叩かれるのは嫌」


「だったら叩かれないように頑張れ。 で、用件は?」


「用件?」


……いや、待て。 何でこいつは今首を傾げているんだ。 俺が首を傾げたい状態なのに。


「……用件があって俺を呼んだんだろ? 内容は?」


「うん」


葉月は言うと、いつもの様にお面を取り出し、それを付ける。 俺としては表情が見えなくなって少しあれだけど、葉月はどうやらそっちの方が話しやすいらしい。


「あるけど、言わない」


「……は?」


「用件があって呼んだのはそう。 だけど、秘密」


「秘密って……おい」


俺、呼び出される。 葉月、用件があると言う。 葉月、それは言えないと言う。


分かりやすく纏めたけど、全く意味が分からない。


「裕哉、座りたい」


「……はぁ。 じゃ、そっちの土手行くか」


さすがにこんな所にはベンチは設置されていない。 なので、俺は土手を指しながら葉月に言った。 葉月もそれが嫌というわけでは無いらしく、微かに頷いたのが分かった。


「裕哉、準備は?」


そして、腰を掛けると同時に葉月はそう言った。 俺の事を見上げながら。


「準備……。 あー、学園祭のか?」


「そう」


未だにこの話題の急転換には付いていけないけれど、前よりも少しは理解する速度が上がっていると思う。 嬉しくは無いけどな。


「ぼちぼちって感じかな。 まぁ、学園祭までには全然間に合うよ」


答えながら俺も腰を掛ける。 目の前には川と、夕日。


「良かった」


お面を着けながら言う言葉には、少しだけ感情がこもっている気がする。 嬉しそうな、そんな声。


「裕哉」


「ん?」


「急に呼んで、ごめん」


頭こそ下げない物の、葉月の声からは申し訳無さそうなのが伝わってくる。 そういえば、謝られたのは随分久し振りな気がする。 五月にあった大会以来か? 俺が足を怪我して、それで葉月が謝ってきた時の。


「別に良いって。 用件は……言いたくないって事だよな?」


「……うん」


「ったく。 葉月は俺を召使いか何かと思ってるのか」


「思ってない。 友達」


少し意地悪を言ってみたところ、葉月は必死とも言えるように、それを否定する。 悪いことをしてしまったかな、ちょっと。


「冗談だよ。 知ってるって、そんなの。 葉月が言いたくないなら良いよ、それで」


「……ごめん」


「謝るなよ。 次謝ったらそのお面取り上げるぞ」


「それはだめ。 このお面は命の次に大事」


そこまでか。 そこまでだったのか。 まぁ、葉月としては喋りやすくなる非常に便利なアイテムなんだろう。


「……はいはい、分かりましたよっと」


「代わりに、三つまで質問に答える」


葉月は言って、指を三本立てる。


「お、本当か? 何でも良いのか?」


「良い。 答えられる範囲なら」


「おっし。 じゃ、質問その1」


俺は言い、葉月に問う。


「今度さ、葉山と天羽にあんまん奢ることになったんだけど……葉月もいるか?」


「……あんまん?」


「そう、あんまん。 いらないか?」


「いる。 だけど……」


「じゃ、今度皆で帰る時な。 それじゃ質問その2」


「……うん」


「明日、学校で体験学習の班分けあるんだけど、どうせなら四人で集まろうって話になってるんだ。 それで良いか?」


「……良い、けど」


「お、それなら葉山達に伝えておくよ。 最後に質問その3な」


「放課後に今のままじゃ遊ぶ物無くなっちゃうから、皆で何か遊べる物買おうって話もしてるんだ、葉月は何か良い物……」


「裕哉、待って」


「ん? なんだ?」


「どうして?」


どうして、か。 別に、そんな大した理由は無い。


「どうして、聞かないの」


「……それは、葉月が俺を呼び出した理由について、って事だよな?」


「そう。 それを聞かれると思った」


「聞かないよ」


「……なんで?」


「そりゃそうだろ。 だって、葉月は「言いたくない事」って言ったじゃんか。 だったら俺は聞かないよ」


当然、気にはなるけどな。 だけど、本人が言いたくないって言うのなら、俺は無理に聞こうとは思わない。 例えどんな理不尽な呼ばれ方でも。


「……裕哉、命令」


「また唐突だな。 今度は何だ?」


「もう少し、ここに居て」


「はいはい。 分かりましたっと」




それからしばらくの間、俺は葉月と一緒に夕日を眺めていた。 お互い何も言わずに、日が落ちるまでずっと。


思えば、この時に俺がもう少し踏み込んでいれば、葉月の方へ歩み寄っていれば……なんて風に思う。


だけど、それはもうどうしようも無い事だ。 葉山が今と未来を見ているように、天羽が過去から進んだように、過去を変える事なんて出来ないのだから。


俺は結局、優しいと言われているが、我侭なんだ。 葉月や葉山や天羽に対して今のように接しているのも、俺の為なのかもしれない。


……今なら、あの時葉山が俺に心情を少しだけ吐露した時の気持ちも分かる。 大会に出るのに協力してくれた時、こうしているのは自分の為だと言った言葉。


それはきっと、怖くて怖くて仕方無いからだ。 だから俺は、こうやって葉月に対して接しているんだ。


それを理解するのは少しだけ先の事で、この時の葉月の気持ちを理解するのは、もっと先の事。


俺は、物事を軽く見すぎていた。

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