記念日
「あー! 気持ち良い! やっぱ屋上でしょ!」
「……寒いな」
「うっさいわね! これだからインドア系男は嫌なのよ……はっくち!」
「……寒いわね」
「いやいや暑いよ! 暑い暑い!! まるで夏だよ……くちゅん!」
「やっぱ屋上ともなると風があるからねぇ……あっはっは!」
というか、天羽さん足ガクガクしてるけど大丈夫なのかな。 病み上がりってこともあり心配だけど。
「あ、そういや葉月の上履き干したのもここだったなぁ。 懐かしい」
「上履き? 干したって?」
うーん、その話題はなんだか居辛くもあるけど、元はと言えば私の所為だし仕方無い。
なら、いっそのこと。
「私がジュースのゴミ箱の中に突っ込んだのよ。 あの時は神宮さんのこと嫌いで嫌いで仕方無かったから」
「ええ!? マジ!? 仲悪かったんだ!?」
「と言うよりは、葉山が一方的に嫌ってた感じかな。 今じゃ笑い話だけど」
いやいや、何を言っているんだこの馬鹿男八乙女は。 そう思ってるのは多分、君と神宮さんくらいの物じゃない?
「なーるほど……てか、それだけで済ませたの!?」
「それだけって……」
「いやいやだってあの歌音ちゃんだよ!? 病気でぐったりしてるあたしに思いっきりビンタかまして来た歌音ちゃんだよ!?」
「それこの前あんた違う人だって言ってたじゃない!! なんで都合の良い時だけ私になるのよ!!」
「わはは! まぁまぁ、そんなの小さいことだよー。 へえ、でもそっか。 そんなことがあったんだぁ」
「てか、その話が一段落して葉山が部活に入ってさ。 今はマシになったけど……葉山と葉月ってすげえ喧嘩ばっかしてたんだよ。 目が合えば喧嘩ってレベルで」
「っほお。 そりゃまたデンジャーだね。 八乙女君も大変だったでしょ?」
「おう。 最近は頻度減ったけど、止める度に何度脛を蹴られたことか……」
「失礼な事言わないで。 私がそんなことするわけ無いでしょ?」
「……お前の場合、本気で言ってそうだから怖いな」
え? 全然本気だけど……。 私、八乙女君のこと叩いたことなんて無いって。 多分ね。
「また今度、詳しく聞きたいなぁ。 その皆の馴れ初めとか」
「あー、そっか。 天羽さんが来た時には、もう私達同じ部活だったもんね」
「うんうん。 最初に会った時は、仲良さそうな三人だなーって思ったよ。 で、歌音ちゃんの事思い出して、その輪の中に居られるって、この八乙女って人と神宮って人は一体どれだけヤバイ人なんだろう……とか思ってたね!」
私はともかくとして、後の二人に対してそんなことを思っていたんだ……。
「でも結局、葉月ちゃんがお人好しで、八乙女くんが物凄いお人好しだったってことなんだ。 勿論、歌音ちゃんもお人好しだよ」
「……私のどこがそう見えるのよ。 神宮さんとか八乙女君と比べないでくれない?」
「いやいや、だって聞いてるよ? 学園祭に出す新聞の為に、最近だと一日中校舎の中走り回ってるーって。 ね、八乙女くん」
また余計な事を言ったのか、この男。 放っておいたら何でも喋るんじゃない? 口が軽い男は嫌われるってのに。
「別にそんなんじゃないって。 私自身、学園祭には気合い入れて望んでるし……それに、どうせ分担作業とかしても、八乙女君も神宮さんも効率悪そうだし。 私が一気に集めて、後で新聞に纏める時協力してもらった方が楽なのよ。 それだけ」
「う~ん。 やっぱお人好しだよ、歌音ちゃんも。 あたしだったら絶対皆に頼っちゃうのに、そうやって一人でも頑張れるのって凄いよね」
「でもでも、あんまり無茶しちゃ駄目だよ。 今日だっていつもより顔色悪いしさ」
……同じ事、八乙女君にも言われたっけ。 自分ではあまりそうは思っていないのに、周りから見たらそうなのかな?
まだまだ全然頑張れるし、何も問題は無いと……思う、けど。
「それに、困った時は遠慮無くあたし達を頼るんだ! 力になれないかもしれないし、逆に邪魔しちゃうかもだけど。 あっはっは!」
「それで良いの? 天羽さんは」
「当たり前! だって、友達じゃん? 迷惑ばんばん掛けるよそりゃ。 喧嘩もするかもしれないし、カッとなって酷い事言うかもしれない。 でも、別に良いでしょ? あたし達まだ若いんだし。 いっひひ」
綺麗な笑顔で、天羽さんは言う。 迷惑を掛けても、喧嘩をしても、酷い事を言っても。 別に良いと。
「……うん。 分かったよ、覚えとく」
その甘さに、少しだけ甘えてみよう。 だって、友達なんだから。
「よし、んじゃそういうわけでそろそろ部室行くか。 葉月から連絡あって、準備できたってよ」
「そういうわけってどういうわけよ。 ま、別に良いけど。 意外と早かったわね」
「あいつ料理の手際はすげえ良いからな。 それ以外は壊滅的だけど」
「そうなの? 前に「家事は出来る」とか言ってた気がするんだけど。 二人で遊んでた時に」
「……俺はその発言より、お前らが二人で遊んでたことの方が衝撃的だな」
そう? 割りと遊んだりしてるんだけど……。 神宮さんはどうしてかファッションセンスが良いから、結構一緒に遊びに行って勉強になったりするんだよね。
「ああでも、その家事が出来るっていうのはあれだぞ。 あいつの頭の中で家事イコール料理なんだよ。 それ以外の洗濯とかは雑用って言ってた」
「あー、そういう」
なんていい加減な分け方なんだ。 てっきりだらしなく見えて家事万能の実は超スペックな女の子だと思っていたのに……。
「いやぁ、でもあたしは料理出来ないからそういうの羨ましいね! あたし達の中だと葉月ちゃんも料理出来るし、歌音ちゃんだってそうでしょ? んで、一人ジェントルマンの八乙女くんだってそこそこ出来るって聞いてるしさ」
「一人ジェントルマンってなんだよ……。 良く分からないけどすげえ寂しい響きだぞ」
恒例である八乙女君のツッコミは無視するとして。
「天羽さんって料理出来なかったの? なんか、意外と出来そうだなって思ってたのに」
「全くだよ壊滅的だよ! 中学生の時さー、お姉ちゃんの誕生日が来てさ、折角だし何かあげたいって思うじゃん?」
そういうのも、姉妹ならではの楽しみだよね。 祝ったり祝ってもらったり。 私は毎年お婆ちゃんが「おめでとう」と言ってくれるだけで、何も無いからなぁ。
「んで、愛しの妹からの手料理とかヤバイんじゃね!? って思って、作ったわけなんだ」
「へえ、何作ったんだ?」
「ん? 料理だよ?」
「……いや、だから何の料理?」
「えーっとね……何だろ? 冷蔵庫にあったのを使っただけだから、分からないや」
分からない……? 待って、頭が追いつかない。 料理を作りました。 ここまでは良い。 オーケー。
で、次に質問。 何を作りましたか? 返す答え。 分からない。
ここが謎だ。 謎に満ちている。 何を作ったか分からない、つまり何を作ろうとしたのかすら、分からないってこと?
……頑張れ歌音。 頭をフル回転させるのよ。
「……ジョークだ!」
辿り着いた答えはそれ。
「へ? 違うよ違うよ。 そんなつまらないジョーク言わないって」
しかし答えは違った。 もう知るか。
「いやもう今は良い。 で、上手く作れたのか?」
「勿論! とりあえず鍋に入れて、炒めたり茹でたり焼いたり煮たり? どう違うのか分からないけど、二時間くらい料理してたね!」
「二時間……それで、凛さんは食べてくれたの? その料理」
「うんうん。 最初は「羽美、これは何だ? ゴミか?」って言ってきてさー。 ジョークにしては酷すぎるからちょっと怒ってね、料理だ料理!! って言ったんだよ」
「そうしたら、迷わず食べてくれたんだ。 残さず全部! えっへっへ」
「良いお姉さんね、本当に」
私だったら一口は食べると思うけど、ヤバそうな物だったら後は残すかな。 お腹がいっぱいだとか、適当な事を言って。
「いやでも、これからが面白いんだよ。 お姉ちゃんその後救急車で運ばれていってさ」
「は!? 救急車!?」
「いやぁ、なんか食中毒みたいな? で、入院一週間だって! わはははは!!」
「そこ笑う所じゃねえからな!! 天羽、お前絶対俺達に料理作るんじゃねえぞ!?」
珍しく八乙女君が必死だ。 いや、私も勿論必死だ。 そんなのを食べさせられて、私達三人が救急車で運ばれて行ったら洒落にならない。 最早……これはテロ!
「だからやっぱ料理出来る人って尊敬するなぁ。 歌音ちゃんが持ってきてくれるお菓子めちゃうまだし! 入院中はそれだけが楽しみだったよ~」
「あー、確かに葉山の作るお菓子って美味しいよな。 どっかで買ってきてるレベルなんじゃないかって思ったりもする」
そんな事を思っていたのか、失礼な奴。 お菓子を作れる女子なんてありふれているんだし、練習するのなんて当たり前でしょ。
……別に、皆が喜ぶようになんてことは一切思ってない。 マジで、一切、これっぽっちも。
「ちゃんと自分で作ってますよーだ。 神宮さんは作らないの? お菓子とか」
「そういや作らないな。 何でだろ?」
「何でだろって私に聞かれても知らないわよ……」
何か理由があるのだろうか? 今度聞いてみようかな。 普通にあのレベルで料理が出来るなら、お菓子作りとかも全然問題無さそうに思える。
「あ、お菓子で思い出したんだけどさー。 実は日頃の感謝って形で、お姉ちゃんにお菓子を作った話があるんだよね! いやぁ、あの時は二週間だったかな」
二週間って何が!? まさか、入院した期間が二週間ってこと!? 凜さん大変すぎでしょ!!
「……その話は聞かないでおく。 それよりそろそろ行こう。 葉月も待ってるだろうし」
その八乙女君の言葉で、屋上での会話は終わり。 日はまだ高く上っていて、学校の屋上からは町が一望出来る。
前はよく、一人でここに来ていたっけ。 八乙女君や神宮さんと知り合うよりももっと前。
ここでこうやって、放課後に一人で町を眺めていると、あまり寂しくは無かった。 心にボコボコと空いている穴を埋められているようで。
一人でも寂しくなくて、暖かくて安心出来たんだ。 こんな広い世界なんだから、いつか誰かに会えるって思って。
「おーい、葉山。 何してんだ? あんまそこ居ると風邪引くぞ」
「あ、ごめんごめん。 今行く」
確かに八乙女君の言う通り。 今は少し、ここは寒いかも。
「遅い」
部室の前に行くと、開口一番に神宮さんがそう言った。 可愛らしいクマがプリントされたエプロンを付けながら。 物凄く似合ってるな……。
「悪い悪い。 つい話し込んじゃって」
「私は誰も話す人が居なかった」
「悪かったって! 怒るなよ、葉月」
「怒ってない。 普通」
「いやどう見たって怒ってるだろ……」
マジで? これで怒っているんだ。 どう見たらそう見えるのか気になるな。 言葉を聞けば、怒っているようにも聞こえるけど……顔を見ただけじゃ全然分からないよ、やっぱ。
「まぁまぁ、二人共喧嘩はストップストップ。 それよりも今はサプライズでしょ? サプライズ」
天羽さんは言いながら八乙女君と神宮さんの間に割って入る。 てか、サプライズって言っても既にサプライズになってないけどね。 しかもそれを当人が言うってどうなのよ。
「だってよ、葉月。 今度アニメ一緒に見るからそれで勘弁してくれ」
「……分かった。 でも天羽も一緒」
「あたしも!? いやまぁ、葉月ちゃんが勧めてくるの面白いから良いけどね」
「葉山も」
「はいはい、分かったわよ。 けどそれなら恋愛物ね、良い?」
やっぱり見るなら恋愛物が良いし。 数々の問題を乗り越えて結ばれる主人公とヒロイン……感動も出来るから、見ていて飽きない。
「おっし、じゃー開けるぞ? 良いか?」
「そんな勿体ぶらなくて良いでしょ……」
私が言うと、八乙女君は「そうだな」と笑いながら言う。 分かってるならとっとと開ければ良いのに。
「ほらほら! 歌音ちゃんが先頭!」
「へ? 何でよ?」
「良いから良いから! はーやーく!」
背中をぐいぐい押される所為で、若干倒れそうになりながら扉の前へ。 一体何なのよ……。
「開けると中から攻撃が飛んでくる。 だから葉山が先頭」
「私は壁役だったの!?」
そうツッコミを入れている間に、八乙女君が扉を開いた。 いやいや、まさか本当に攻撃が飛んでくるなんてことは無い……よね? 大丈夫だよね?
なんて思って、若干後ろに体重を掛けて開かれた扉の先を見る。
「……は?」
思わず素っ頓狂な声が漏れた。 え? これってなんだ? どういうこと? 意味が分からない、何だ?
「はは、どうよ。 驚いたか?」
すぐ右隣で八乙女君のそんな声が聞こえたが、私はそれに返事が出来なかった。 だって、この状況が全く以て理解不能だから。
「およよ。 歌音ちゃーん、だいじょぶ?」
後ろからは天羽さんの声。 私は大丈夫大丈夫。 問題無し。 うん、そうだ。
……でも、今のこれは少し意味が分からない。
「葉山、感想」
そして左からは神宮さんの声。 皆が皆、揃ってそう言うってことは……皆は分かってたってこと? いや、もうそうとしか考えられないけど。
だからって、何だこれは。 本当に予想外過ぎて、なんて言えば良いのか。 どう口を開けば良いのか。
もう、喋り方すら忘れてしまった感じ。 それほどまでに私は今、驚いている。
だって、私の目の前にある部屋、そこに広がっていた光景。 中にはテーブルが置いてあって、神宮さんが作った料理が綺麗に並べられていて。
飾り付けも、しっかりしてあって。 真ん中にはケーキなんか置いてあったりして。
……それで、飾り付けの一つ。 横断幕みたいなやつがあって、小さいけれどしっかりと書いてあったのだ。
葉山歌音、誕生日おめでとうって。
「これ……え? だって、今日は……」
「あたしは最初から、歌音ちゃんの誕生日パーティって聞かされてたんだよ~。 で、どうやらそこのお二人さんはあたしの退院パーティって歌音ちゃんには言ってたみたいだね」
「悪いな葉山、騙したみたいになっちゃって。 でもサプライズはいつだって嬉しいって言ってただろ? お前。 だから」
そう言えば、そんな事も言ったっけ。 いつだったか、夏休みに旅行に行った時……だったかな。 あれを覚えてたんだ。
「葉山、誕生日おめでとう」
「葉月は相変わらず突拍子が無いな……。 ま、そうだな。 誕生日おめでとう。 って言っても少し本当の誕生日から過ぎちゃってるけどな」
「んだね。 ま、別に良し良し! 歌音ちゃん、誕生日おめでとお!!」
ああ、なんだ。 神宮さんが言っていた言葉は、本当だったか。
結構どっしり来る攻撃、受けてしまったじゃないか。
「なんていうか、最近学園祭の方任せっぱなしだったからさ、葉山の為に何か出来ないかなって思って皆で話し合ったんだよ。 それで誕生日会開こうって話になって」
「あたしが歌音ちゃんの誕生日なら知ってたから、丁度良かったよ~。 って言っても数日遅れちゃったけど」
「……ばか」
私を嵌めるなんて、ムカつくムカつく。
体がゾワゾワとして、全身の毛が逆立つ気がして、心臓をぎゅっと掴まれる感じがする。 目頭が熱くなって、頭がボーっとしてきている。
そんな風に、私はムカつく。
「お? 泣いちゃう? 歌音ちゃん泣いちゃう?」
「泣かないわよっ! うるさいわねっ!!」
全くもう……。 本当に本当に本当に本当に!!
「あーっと、とりあえず座ろう。 折角葉月が料理作ってくれたし、それに……」
八乙女君がそう言った途中で、口を挟むのは神宮さん。
「プレゼント。 葉山にもある」
「……プレゼント」
「だから葉月はどんどん話を進めるな。 少しはペースを合わせてくれよ」
「わはは! 良いじゃん良いじゃん。 はい、じゃああたしからは~。 ほい!」
「……これって」
雑誌で見たやつだ。 ウサギがプリントされたマフラー。 この前、私が欲しいって言ってたやつ。
あの時のあれは、そういうことだったのか。 うまいこと、私が欲しがっている物を聞き出されてしまったなぁ。
「ちなみに俺からは座椅子な! 今日の朝、葉山が家を出た後に運んでおいたから、帰ったらあるぞ」
得意げな顔しちゃって。 馬鹿じゃないの、本当に。
八乙女君が、朝遅刻してきたのはそういうことだったのか。
「私はこれ。 ティーカップ。 枕と悩んで、こっちにした」
「……凄く重くて、運ぶのに時間が掛かった」
「……それは嘘でしょ。 神宮さんは普通に遅刻よ、遅刻」
「はは、そうだな。 葉月は普通に遅刻だ。 次から頼むぞ、本当に」
「次から頑張る」
皆から貰った物を私はそっと抱き締める。 気付かれないように。
本当にそれは暖かくて、人からこれほどまでに温もりって感じられるんだなって、そう思った。
生まれて初めて、私が覚えている限り初めてのプレゼント。 大切な人達からの、大切な贈り物。
「よっしゃあ! じゃあ食べるぞぉ! 葉月ちゃんの料理!!」
「アニメ見ながら食べる。 天羽、手伝って」
「ほいほい! 任せなさい!」
騒いで、笑って、時にはこんなサプライズもあったりして。
私は今、幸せだ。
「本当はもうちょっと飾り付け豪華にしたかったんだけどな、時間無くて」
八乙女君はそんな事を言いながら、私の横に来る。
「これ以上豪華にしてどうするのよ。 ばーか」
「馬鹿ってな……相変わらず酷い奴だ」
「馬鹿には馬鹿って言って良いの。 ばーか」
「はいはい。 でもこの前のテスト、お前との差は5点だったからな」
「数学だけでしょ? 他は天と地の差よ。 ばーか」
「……すいませんでした」
「あはは。 それで良し。 それでさ、八乙女君」
「ん? なんだ、頭の良い葉山さん」
「これからもさ、ずっとこうなのかな。 私達」
「来年になっても、二年生になっても、また年が明けても、三年生になっても……卒業しても。 このままなのかな」
ずっと、ずっと私が思っている事を聞いてみた。 不思議と今日は、それを話せる気分だったから。 私の弱味を晒しても良いと、そう思ったから。
「ばーか」
「いたっ。 って何すんのよ!」
八乙女君は私の頭を軽く叩いて、笑って言う。
「馬鹿には馬鹿って言って良いんだろ? だから言った」
「……ムカつくわね、やっぱり」
「ははは、お前が言い出した事じゃん。 で、ずっとこうなのかって質問だけど」
「葉山が言う「一緒」ってのがどういう事かは分からないけどさ、少なくとも俺はそう思ってるよ。 皆とこうやって毎日一緒に過ごして、笑ってさ」
「そうやって思っている限り、大丈夫なんじゃないかな。 皆がそうやって、同じ風に思っていれば」
「……卒業して、バラバラになっても?」
「なってもだ。 あいつらはどうか分からないけど……俺はお前と一緒に居たいよ。 卒業しても」
「……あっそ」
良くもまあ、そんな事を平気な顔をして言える物だ。 私じゃなかったら勘違いしていそうな台詞でしょ、それ。
……だけど、それは私が一番言って欲しかった台詞。 誰かに言って欲しかった、そんな台詞。
「ちょっと! 今日は私の誕生日パーティなんでしょ!? 何先に二人で始めてんのよ!」
「わはは! いつまでもボーっとしてるからだよ! ほらほら、歌音ちゃん早く早く!」
「葉山、泣いてる?」
「泣いてないッ!! そんなことばっか言ってるとあんたの方を泣かすわよ!?」
ようやく、私は私の場所を見つけられた。
落ち着けて、笑えて、結構ムカつくこともある所だけどね。
それでも私にとってここは、かけがえの無い大切な場所なんだ。 何よりも大事な。
こうしてその日は、色々な意味で記念日になった。




