学園祭に向けて
来た、来た来た来た! ついに来たっ!! 待ちに待った学園祭! やっぱり本領を発揮するならここしかない!! 八乙女君や神宮さんや天羽さんは全く分かっていない様子だけど、私はこれに全てを賭けている!!
だって、だってさ。 優等生で美少女で人気者の私が活躍するとしたら、こういう場面でしょ!? そうすれば今よりも更に人気がうなぎ登りで……。
あ、勿論それは外見上はって話。 私の友達はあの三人だけで良いし、他にはいらない。 とは思っている。 だけど、いきなり私が「おいお前ら」とか言ったらなんかマズそうでしょ? だから、色々あったけど今もまだこうやって外見上の取り繕いは欠かしていないってわけ。
八乙女君や神宮さんには「なんとなく」とだけ言ってあるけど、本当のことはそんなところだ。 別に話しても良いんだけど、負けたみたいで嫌だからそう言い訳をしている。 それくらい良いでしょ? ちなみに天羽さんには結構話している。 あの子とはあれから、特別仲が良い。 今はまだ、クラスに戻ってきて居ないけど。
で、で! 話を戻す。 元の路線に戻す。 私が今立っているのは教卓。 目の前には三十人以上の生徒達。 当たり前だけど、私が教師になったというわけじゃない。
……そういえば、前に八乙女君は「葉山が教師になったら俺は高校を辞める」とか言ってたっけ。 なんかムカついてきたから後で頭叩いておこ。
それで、何故私が今こうして教卓に立っているかと言うと……。
「それでは、クラス内での出し物を決めたいと思います!」
今日は、学園祭でのクラスの出し物を決めるのだ! 待ちに待ったこの日、昨日は殆ど眠れていない! 髪が若干パサパサしているけど気にしない! 肌も若干ガサガサしているけど気にしない!
……後でハンドクリーム塗っておこう。
「でもさー、葉山さん。 クラスでやるって言ってもポピュラーなのって他のクラスが殆どやっちゃってない?」
「うーん、そうなんだよね」
私にそう言ってきたのは天澤弓。 私に次ぐ真面目な子だ。 弓道部に入っていて、努力に努力を重ねてかなりの功績を残しているとのこと。 同じクラスとしては、若干鼻が高い。
……まぁ、全体で見れば私よりはスペック下だけど。
「俺は葉山さんが決めたのなら何でも! マジで何でも良いぜ!!」
ああまたこいつか。 北沢なんとか。 なんだっけ。 後で八乙女君に聞いておこう。
「えーっと、じゃあ誰か意見ありませんか? 他のクラスと被っても良いし、面白そうな奴なら何でも!」
私がそう言うも、クラス内では誰も手を挙げない。 予想通りと言えば予想通り。 私だって、そう言われたって困るしね。
……あは。
「誰も居ないかな? それなら、私が指名してって何か案を出して貰います。 それじゃあ、えーっと……じんぐ」
「はいはい。 意見あるよ」
チッ……気付いてたか。 さすがは神宮さんの部下。 いつもこういう場合、八乙女裕哉という存在が邪魔をしてくる! タイミングが絶妙すぎて、私でも付け入る隙が無い。
「……じゃあ、八乙女君」
「はいよ」
そう言って、八乙女君は私の隣に来る。 自分で黒板に書くつもりなのだろうか。 別にその場で言ってくれれば私が書いてあげるのに。
「……お前、葉月をいじめるなよ」
「あは」
恐らくこれが言いたかっただけだ。 全く過保護なんだから。 私としてはいじめてるわけじゃなくて、神宮さんが皆と仲良く出来るように、協力してあげてるのになぁ。
とでも建前はしておこう。
「えーっと、俺がやりたいのは……これだ」
言って、八乙女君は黒板にサラサラと文字を書く。 男子の癖に綺麗な字だ。
「……お化け屋敷?」
「おう。 ポピュラーだし、他にやってる所もあると思うけど……そこはなんとか、質で」
「ふうん。 ま良いんじゃない?」
「適当だなおい」
八乙女君はそう文句を言いながら席へと戻る。 勿論、この会話は他の生徒には聞こえないように小声だ。 バレたら私の築いてきたイメージが崩れてしまう。
それにしても、八乙女君って意外とホラー好きなのだろうか? この前も部活で出し物をするって話した時、ホラー映画がどうたらって言ってたし。
「では、他に意見ある人は居ますか?」
私がもう一度そう聞くと、今度は何人かが立ち上がって意見を言い始めた。 最初の一人が動けば、後は結構どうにかなる物。 何度かこういう事をしてきて、それは分かっている。
……その最初の一人ってのが、難易度高いんだけどね。 あの男はあっさりとやってのけるからムカつく。 恐らく、神宮さんを守るって意識からだと思うけど。
全く、あいつは何も自分の事を分かっていない。 私や天羽さんや神宮さんのことなら、すぐに分かったような顔をして分かったようなことを言って、分かっているのに。
それが、後々どうなるかも知らないで。
「葉山さーん? 聞いてる?」
「あ、ごめんごめん。 あはは、昨日楽しみであまり寝れて無いんだ。 それでボーっとしちゃってるのかも」
うーん、この返し。 我ながら見事だよね。 優等生と見せかけての、軽い天然っぷり。 私が男子だったら私に惚れてるよ。 間違い無い。
「歌音ちゃんは案外ドジだからね~。 で、そろそろ意見まとめちゃってよ!」
私の事を名前で呼ぶのは、このクラスでは天羽さんと円爾涼羽さんだけ。 天羽さんは入院中なので、今のは涼羽さんだ。 ちょいちょいこうやって、私に攻撃を入れてくる厄介な奴。 だけど、悪い子では無いかな。 クラスのムードメーカーでもあるし。
「あはは。 じゃあ纏めると……」
・お化け屋敷
・カフェ
・迷路
・演劇
・映画上映
・葉山コスプレ大会
「……」
最初の五つは良いとして、最後のは何だ。 消しておこう。
「はい。 じゃあこの五つから選ぶけど……良いかな?」
「良いんじゃね? どれやっても外れって感じはしないしさ」
「うんうん。 さんせー。 ってわけで今日はお開き? ならわたしは部活行くけど~」
「だな。 俺もそろそろ行かないとマズイし、後は葉山に任せるか」
「じゃ、後はよろしく!」
との流れで、皆はさっさと帰り支度を済ませたかと思うと、止める間も無く教室から出て行く。
なによ、結局最後は私任せ!? ああもうムカつく。 ムカつくムカつく。 少しは協力的になりなさいよ!
「よし、じゃあお化け屋敷で……」
「まだ居たの? 八乙女君」
「酷いな……別に居たって良いだろ」
気遣いなのは分かっている。 この人は、いつもこうだ。 そうやって誰にでも優しさを振りまく。 それを受けている人や見ている人がどう思っているのかにも気付かずに。
「はいはい。 じゃー、残ってる人で決めようか? えーっと」
教室からは殆ど人が居なくなっていて、残っているのは数人。 八乙女裕哉と神宮葉月。 この二人はいつもペア行動なので、一人でカウントしても良いかもしれない。
で、他には涼羽さんと相馬君。 相馬君も部活がある筈なのに、残ってくれている。 そういう取り決めの際は結構律儀な人だ。 で、後は北沢なんとかと、川村沙依。 残っているのはそれだけ。
「多数決で決めちゃって良いかな? この人数なら」
「俺はそれで良いよ。 話し合ってもこの面子じゃな」
確かに埒が明かなさそうな面子だ。 八乙女君は案外意思が硬いし、相馬君はすぐに「あ、そっちが良いかも」と優柔不断な部分がある。 神宮さんと川村さんはそもそも意見を言わないだろうし、北沢なんとかは鬱陶しい。
「じゃ、俺は八乙女のお化け屋敷に賛成。 楽しそうだし、やっぱり定番って良いよな」
最初にそう言ったのは相馬君。 結構仲良いんだよね、二人。
「んんー、あたし的にはやっぱりカフェかな? こう、大人な感じのカフェやってみたい」
涼羽さんは両手を広げて言う。 子供っぽい性格で、いつもうるさい子だけど、意外にもそういうのが好きなのかもしれない。
「じゃあ今の所、お化け屋敷が二票でカフェが一票。 他の人は?」
「……私は、八乙女君ので良いかな」
小さい声で言うのは川村さん。 絶対数の多い方に流れたんだろう。 そういう子だ。
「後は私と神宮さんと、北沢君かな? 一人でもお化け屋敷の人いれば、決定だけど」
「はいはい! 俺は葉山さんコスプレ大会で!!」
やっぱりお前だったか。 もう無視しよう。
「神宮さんは? どうするの?」
さすがにこの人数なら喋ってくれるだろうと思って、私は教室の隅の席に座っている神宮さんへと尋ねる。 すると彼女は立ち上がり、こう言った。
「アニメ鑑賞会」
「……それが良かったならさっき言えよ」
神宮さんのボケ……本人は真面目に言っているんだろうけど。 それにすかさずツッコミを入れる八乙女君。 二人で漫才をしたら私は見に行くと思う。
「……えっと、それなら私がどれに入れても決定かな?」
「ん? いやいや、ちょっと待てよ葉山。 俺、お化け屋敷より映画上映が良いかな。 やっぱそっちのが面白そう」
……こんのボケ! アホ! なんで決まろうとした物を根底から覆す!? それにお化け屋敷は自分が出した案でしょうが!! 張り倒したい!! 今すぐこの馬鹿を張り倒したい!!
「じゃ、じゃあ……お化け屋敷は二票で、カフェと映画上映が一票……アニメ鑑賞が一票で良いかな?」
「……あれ? 俺の出した案は」
「それなら私はお化け屋敷に入れようかな。 それでけって」
「あ、葉山さん。 ごめんなさい。 私も映画が良いかも……」
「ええ!? 川村ちゃんもそっち行っちゃうのか。 なら俺も映画にしよっかな」
「私はアニメ鑑賞会」
「待て待て待って!! 途中で変えるのありなわけ!? じゃあ、あたしは迷路とかも良いかもって思うんだけど」
「迷路か……確かにそれも良いかもしれん。 結構良いセンスだな」
「でしょ? やっぱ相馬は分かる奴だなぁ!」
あー、あー、あー。
今すぐこの教室、爆破されないかな? それで全員ぶっ飛んで欲しい。 ほんと、切実に。
「……なら、こうしない? あみだくじ」
もう最後の手しか無い。 無理やりこれで決めてしまおう。 私的にはお化け屋敷が良いかなって思ってたんだけど、言い出した本人があれだし、場の空気も大分ごちゃごちゃとしてきたし、こうなっちゃったらこれしか無い。
それにこれなら誰も文句を言わずに決まる。 運を天に任せるんだ。 勿論だけど、あのふざけた案は消しておいた。 これで問題は無し。
皆がその意見に賛同して、私はすぐにその紙を作成する。
……よし、これでお化け屋敷はほぼ確実。 八乙女君は気付いていないし、神宮さんは気付いたとしても言わないだろう。
あみだくじを作りながら、瞬時に頭の中でお化け屋敷のところに落ちやすいよう、棒を引く。 後は誰か適当な人にスタート地点を選んでもらうだけ。
「じゃあ、八乙女君。 選んでもらっても良い?」
「ん? ああ、良いよ」
神宮さんはこの場合、止めておいた方が良い。 あの子って結構運が良いから、下手したら私の作戦が粉砕されるから。
よって、ここは一番運の無さそうな八乙女君に選んでもらおう。 これで、まず映画上映は無くなる筈。
何より映画上映は、私達が部活でやろうとしているのと被っているし、何故この男は論外だと思わなかったのかが気になるよ。
「えっと、じゃあこれで」
八乙女君は少し悩んだ後に、スタート地点を一つ指す。
「オッケー。 それじゃ、スタート」
言いながら、私は自分の作ったお化け屋敷に行く確率が高いあみだをなぞっていく。 うんうん、良い感じ。
だけどすっかり忘れてた。 こういう時、何かを決める時、私は非常に運が悪いのだ。 それも八乙女君の比じゃないくらいに。
あみだくじはまっすぐ……じゃなくて、ぐねぐねと動きながら、映画上映のところへと落ちていった。




