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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉山と天羽の関係とは
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後頭部を叩かれたような

「すまんって……何で謝るんですか? どうして」


「……返す言葉も無い。 すまん」


「必ず助けるって、絶対に大丈夫だって言ったじゃないですか……なのに、何でだよ!?」


訳が分からず、俺はりんさんの白衣を掴んで壁に押し当てる。 人に当たっても仕方無いのは分かってた。 凜さんが俺達よりもずっと、ずっと辛いのも分かっていた。 だけど、どうすることも出来なかった。


八乙女やおとめ君っ!! 気持ちは分かるけど、凜さんだって……」


俺の体を必死に引き剥がすと、葉山は俺の体を後ろからそっと、抱き締めた。


暖かくて、優しくて。


「……ごめん、ありがとう。 葉山はやま


せこいんだよ、こいつは。 こういう時ばかり優しくしやがって。


俺まで、涙が出てきそうじゃないか。


「辛いのは、皆一緒なんだから。 駄目だよ、それは」


「……葉山」


俺の事を抱き締める葉山の手は震えていて、声はもっと震えていて。 俺の肩には、葉山の涙がぽろぽろと落ちている。


……そうだよな。 いくら葉山だからと言って、平気な訳が無いんだ。 皆辛いし、痛い。 心が裂けそうで、砕けてしまいそうな中、それでも俺達は歩かないといけないんだ。


少なくともこの場で、一番しっかりと前を向けているのは……凜さんと、葉月はづきくらいだろうか。


裕哉ゆうや、葉山。 行こう。 天羽あもうのところ」


こいつはこんな時でも無表情で、何を考えいてるのかが分からない。 悲しく無いのかとか、悔しくないのかとか、そんな事を問い質したいし、何より俺は、悲しさを全く表さないこいつが少し、怖かった。


何も感じないような真っ黒な目と、何も思っていないような無表情。 それが少し、怖いと思ってしまった。


「……あいつに、羽美うみに話し掛けてやってくれ。 それが、あたしの最後の頼みだ」


凜さんは言い、俺達から顔を逸らして廊下を歩いて行く。 その横顔を見ることは俺には出来ない。


もうこれ以上、俺の心は痛みを受け入れられない。


「……せめて、最後くらい笑ってお別れしましょ。 その方が、あの馬鹿も喜ぶから」


泣いて、笑って。 葉山は無理やり笑顔を作りながら言う。 痛くて痛くて、それらは全部突き刺さる。


「はは……そうだな。 そうしよう」


俺も笑って、葉山と顔を合わせた。 葉月は結局無表情だけど、心の中では俺達と同じ事を思っていると信じて。


そうして、俺達三人は天羽の病室へと入って行った。




まず、目に入ってきたのはベッドの上で横になっている天羽。 布団が首の所まで掛けられていて、顔の上には現実を嫌と言うほど思い知らせる白い布が乗っている。 いくら目を逸らしても、一度それを見てしまった俺達に与えられた選択肢は、一つだけ。


「……」


皆が無言で、その傍に寄って行く。 あんな元気だった天羽が、こんな静かに眠るなんてな。 今になってもまだ、信じられないよ。


「……天羽さん、ごめんね。 ごめん。 私が手術しろなんて、言うから」


「泣くなよ。 天羽だって、それでお前を恨んだりしないからさ。 だから、笑って見送ろう」


「うん。 うん」


ああくそ。 駄目だ。 折れてしまいそうだ。 こんなのって、あんまりじゃないか。


どうして天羽が救われなかったのか。 どうしてあれだけ元気だった天羽が、こんな簡単に。


考えても、八つ当たりしても、怒っても、泣いても。 もう、全て終わってしまったことだ。 巻き戻しも出来ないし、やり直しだって出来ない。


俺と葉山と葉月に今出来るのは、天羽の死を受け入れて、現実を受け入れることだ。


『やっほお! 宮沢みやざわ先生が言ってた優しい人達ってあなた達のことかな!?』


最初に出会った時、こいつはそう言っていた。 笑って、元気良く。 確か全員の名前を間違えたんだっけ。 今でも葉山のことを指さして「八乙女裕哉くん」と言っていたのを覚えてるよ。 ありえない間違えだよな、本当に。


学校の中を案内して、俺は購買の焼きそばパンを勧めて。 こいつそういえば、結局今日に至るまで食べて無かったな。 勿体無い事をする奴だ。 全く。


『へぇえ! 面白そうだねそれ! あたしさ、そういう仲良くわいわいってのやってみたかったんだよねぇ!』


俺達の部活の事を言った時、否定せず、文句を言わず、ただ面白そうと言ったんだ。 今じゃ俺の趣味になりつつある部活を。


それが、俺はその時凄く嬉しかったんだよな。 誰にも言ってないけど、とにかく嬉しかったんだ。


きっと、いつかの葉月もこんな気持ちだったのかもしれない。


『いやだって、あたし歌音ちゃんと同じ中学だったし?』


こいつはさらっとそんな事を言って、俺はかなり驚かされたっけ。 葉山はその時、何も覚えていなかったけど。


今思えば、あの時からずっと、天羽は病と闘いながら俺達と会話をしていたんだろう。 元気良く、笑って。


『へ? だってお二人って付き合ってるんでしょ?』


そういえば、そんな馬鹿げた勘違いもしていたな。 あれはデパートへ旅行の事前準備に行った時だったか。


今考えてもありえないだろ。 俺と葉月が付き合っているだなんて。 それこそ、やっぱりお前がそうやって未だに眠っていることのように、ありえないことなんだよ。


必死に説明して誤解を解いて、あの時は大変だったな……。 そんな些細な事も、今となっちゃ思い出だ。


『参ったなぁ。 こういうの苦手なんだよ、湿っぽいというか、シリアスな感じ?』


そんな事も、昨日言っていたっけ。 苦手なら自分でそんな雰囲気を作るんじゃねえよ。


……ったく、本当に嫌な奴だ。 嫌な奴で、最高な奴だった。 お前が笑ってくれないと、この部活はただの葉山と葉月が喧嘩してるだけの部活じゃないか。 俺は嫌なんだけどな、そんなの。


『違う!! あれは歌音ちゃんじゃなーーーーーい!!! あんな酷い事する馬鹿は消えたッ!! 今あたしの横に居るのは、あの日あたしの病室に来た馬鹿じゃなくて、あたしの友達の葉山歌音だ!!!』


そう言って、こいつは笑い飛ばしたんだ。 過去の事を全部。


葉山の全部を許して、友達だと言ったんだ。 一番、前と今を見ていたのはこいつだったのかもな。


『わーっはっはっは!! 仕返しだよ仕返し!! 言っただろ葉山歌音!! 絶対に仕返しするって!!』


かと思えばしっかり仕返しして。 そういうのはしっかり覚えているのか、それともその当時の葉山に相当イライラしたのか。


とにかく、天羽はしっかりと仕返しを済ませたんだ。 一年越しの仕返しを。


『わはは。 分かるんだよ、八乙女くんは優しいからね。 だから、ありがとう』


それが、俺が聞いた天羽の最後の言葉だった。 感謝して、笑って、最後まで元気が良さそうに言って。


そうして、天羽は目を閉じたんだ。


今でも思い出せるし、ついさっきの事のように感じる。


そうだ。 最後の最後まで、あいつは笑ってたんだ。


「俺は、お前と会えて良かったよ」


「お前と会って、部活に入ってくれて。 一緒に遊んだり、馬鹿やったり」


「本当に短くて、少しの間だったけどさ。 大切な、本当に大切な友達だ」


これがきっと、最後の言葉。


天羽羽美に向けて言う、最後の言葉。


「俺は、最高に楽しかった。 楽しくて、面白くて。 それで」


「皆で騒いで話して。 そんな日常は、幸せだったよ」


さようなら、天羽。 ありがとう。


そして、ひと夏の出会いと別れは終わる。 夏にしてはやけに涼しい、晴れた風の気持ちが良い日のことだった。




はずだった。


少なくとも、この時点この段階では俺と葉山はそう思っていた筈だ。 葉月以外の俺達は。


元気で馬鹿で良く笑って、どんな時でもポジティブで。 そんな天羽とはもう会えない、もう二度と。


しかし奇跡というかなんというか。 正直それが起きた時、俺と葉山は驚くと言うより何が起きたのか理解できなかったんだ。 いや、だってさ。


つい先程、命が消えてなくなったと思っていた天羽が起き上がり、いつも通りいつもの笑顔で俺と葉山を指さして喋ったからだ。


「わはは!! 二人共泣きすぎっ! いやぁ、ここまで見事に騙されてくれると気分が良いね! ほんと! あっはっはっは!!」


「うわぁ!! お、おい!? は、早く誰か呼んで来いよ!!」


あまりのことに俺は座っていた椅子から落ちて、誰に言うでもなくそう言った。 天羽が何を言っているのか理解出来なかったし、俺の単純な頭ですぐに組み立てられた答えは「良く分からないけど天羽が生き返った」だからである。


「……きゃぁあああああああああああああ!!!」


と、俺と同様に何が起きたのか理解出来ない葉山はそう、病院中に響き渡る声で叫んだのだった。


それから凜さんが駆け付けて来るのに、僅か数秒しか掛からなかったのはつまり、そういうことなのだろう。




「……ってことは、ええっと……待ってくれ、頭が追いつかない」


先程から何度か説明を天羽と凜さんから受けているのだが、全く入ってこない。 えーっと。


「だーかーらー。 何度目だよー? まず、あたしが死ぬってのは無い無い。 こう、全然元気だし」


「それは分かったわよ。 でも、ってことは手術も嘘……ってこと?」


「あれはマジだよ。 あたしが病気ってのも本当だったし、成功率と失敗率がとんとんだったってのも本当。 すっごい簡単に言うとジョークだね!」


「じょ、ジョーク……?」


「そうそう。 わははは! いやいやだってさ、あたし泣かされたじゃん? 八乙女くんと歌音ちゃんと葉月ちゃんに! だーかーらー。 仕返しってことだ!」


「そんな仕返しがあって堪るかよ!! おま、お前……俺と葉山がどれだけ……っはあああ」


なんだったんだ。 本当に。 もう、マジでやってられないって。


「……八乙女くん大丈夫かい? 腰抜けちゃってるけど」


「は、ははは……なんか、駄目だ。 安心したら力抜けて」


「……私は~。 この~女を~どうしようか悩んでる~」


にこにこ笑顔で葉山は言う。 言うというか、何故か歌っている。 初めて見るキレ方だ。


「ってか、それなら凜さんは?」


そうだ。 それが少しおかしくないか?


俺がこの二日間で凜さんから受けた印象は、男っぽい性格だけど妹想いで、雑に見えて極めて真面目。 そんな感じだ。 そんな人がこんな質の悪いジョークに乗るだろうか……?


「ん? ああ、あたしも知ってたよ。 手術前に「もし成功してあたしが無事だったら、面白い事したい」とか言ってきたからな」


「とは言っても、正直心配で心配で仕方無かった。 お前と話している時もな、裕哉」


俺と話している時……って言うと、あの病院の外での時か。


「もしも本当に危険な状態なら携帯に連絡を寄越せと言ってあった。 だから、看護婦が来た時は安心したよ。 ああ、良かったって」


「看護婦が来た時……? え、ちょっと待ってくださいよ。 この馬鹿な冗談に付き合ってたのって、凜さんだけですよね?」


「そんなわけないだろ? ここの病院全部だよ、全部。 なんせ、あたしの病院だからな」


……院長だったのか、この人。 それにしても悪ノリが酷すぎる! 結果オーライなんて言ってられないって!!


「さすがに断ってくださいよ……俺達がどんな気持ちになったと思ってるんですか……」


「馬鹿か。 断れるわけ無いだろ? 妹の頼み事を断る姉貴がどこに居る?」


ああ、この人も全然まともじゃねえ。 俺はその時、深くそう思った。

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