表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉山と天羽の関係とは
25/100

葉山歌音の場合

「よ。 久し振り」


「わお! ビビったぁ……。 歌音うたねちゃんか! それより久し振りってことは……まさかあたし、倒れてる間に何十年と時が経っていた!?」


「馬鹿。 なわけ無いでしょ」


葉山はやまの話で聞いた天羽あもう羽美うみと、今俺達の目の前に居る天羽羽美。 確かにこうして比べると、一緒の人物には思えないな。 葉山が忘れていたのも無理は無いと思うけど……まぁ、葉山の場合はそれに加えて「小さい事」として自分自身の中で処理していたってのもあるのだろう。


八乙女やおとめ君と神宮じんぐうさんも居るわよ。 居るだけで、気にしないで良いけど」


「いや少しは気にしろよ……」


「わはは! まぁまぁ、仲良くやろうよ仲良く! で、どうしたのかな?」


天羽はけたけたと笑って、葉山の事を見上げる。 その姿は病に冒されていることなど、微塵も感じさせない。 健康で、顔色も悪いようには見えない。


「どうしたもこうしたも……。 分かっているでしょ、天羽さん」


それを聞いた天羽は、笑顔のまま葉山から顔を逸らした。 声の調子は幾分か低く、口を開く。


「……あははー。 その調子だと、お姉ちゃんから聞いたんだね。 あたしのこと」


「一応ね。 でも、天羽さんの口からは聞いてない」


そう言って、葉山は天羽の隣に腰を掛けた。 二人並んで、地平線を眺めている。


「参ったなぁ。 こういうの苦手なんだよ、湿っぽいというか、シリアスな感じ?」


「それじゃ、一回海に突き落として八乙女君と神宮さんの笑いでも取る?」


「わはは! それ良い案かも!」


これって、お互いがお互いの事を突き落とそうとしていないかな。 すげえ心配だ。


「……全力で止めるからな」


「黙ってろって言った筈だけど」


俺の事を睨みながら言う葉山。 ちょっと理不尽じゃないか? いやまぁ、良いけどさ。


「……で、天羽さん。 その、さ」


「良いよ、言わなくたって。 最初に久し振りって言われた時に分かったさ」


天羽は手を伸ばして、両手を月へと向けていた。 昔を思い出すように、少しだけ目を細めて。


「……ま、知っての通りあたしは病気なんだ。 今もすっごいだるいし、吐きそうだし、頭痛いし。 でもね、あたしは元気だよ」


「元気じゃない! そんなの、元気って言わないでしょ。 天羽さん、私、謝らないといけない」


「何を? 歌音ちゃんが謝ることなんてある?」


「あるわよ。 私の所為で、天羽さんはそうやって今も自分を信じているんでしょ? 私の所為で、大人しくしてればもう治っていたのかもしれないのに」


「あー、あー、あー。 そゆことか。 いやけどさぁ、だけどさ、歌音ちゃん」


「確かに、言う通りだよ。 あたしが大人しく入院して、薬飲んで寝てれば治ってたかもね。 手術だって、受けろって言われるまでになってなかったかも。 それは本当に恨んでるよ」


「……うん」


歯に衣着せぬ言い方で、天羽は言う。 その言葉はきっと、葉山の心に突き刺さった。 顔を見て、それが分かってしまった。


「本当に自分勝手だと思うし、あたしの事を本気で叩いてきたしね。 ま、そんな言葉を信じたあたしもあたしだけど」


「……」


辛そうに、今にも泣き出しそうな顔をする葉山。 こんな顔、見たのは初めてかもしれない。


それだけきっと、葉山にとっては重く、忘れてしまいたいことなのだ。 そしてそれに従い、葉山は今の今まで忘れていた。 きっとそれは、間違った事じゃ無い。


人間なんて、嫌なことはとっとと忘れて前に進もうとするだろうし、目を逸らしたい事からは勝手に目を逸らしてしまうんだ。 ただ、大勢の人間がそれを上手く出来なくて、嫌なことを引き摺って生きている。 葉山はそれが上手く出来る人間で、たったそれだけのこと。 もしもここで会話が終わっていたら、葉山はきっと一生この事を引き摺ってしまうんだろう。 もう、忘れる事はしないで。


だが、天羽は言った。 しっかりと、言ってくれた。


「おいおい、歌音ちゃん? ()()()()()()()()()()するんだい?」


「……え?」


「あたしが恨んでるのは、あの日あの時、あたしの病室に来た馬鹿な女子中学生のことだよ。 歌音ちゃんのことじゃない」


「でも、それが私――」


「違う!! あれは歌音ちゃんじゃなーーーーーい!!! あんな酷い事する馬鹿は消えたッ!! 今あたしの横に居るのは、あの日あたしの病室に来た馬鹿じゃなくて、あたしの友達の葉山歌音だぁ!!!」


「恨んでるけど恨んじゃいない! だから歌音ちゃんが悲しむ必要も無い!」


大きな声で、天羽は叫ぶ。 声が体にビシビシと伝わってくるような、そんな大きな声で。


「……そんな都合の良いこと、出来るわけ無いでしょ」


「わはは。 ま、歌音ちゃんはやっさしいからねぇ。 けどさ、そう言うなら証拠見せてよ。 証拠」


「証拠?」


「そ。 あの時の歌音ちゃんが、今あたしの前に居る歌音ちゃんだって証拠」


「そんなの……この性格見れば、分かるでしょ?」


葉山は自身の胸に手を置いて、天羽の顔をしっかり見ながら言う。 対する天羽は、未だに海の先を見ていた。


「あの時来た歌音ちゃんは、もっと酷かったよ」


「でも、私も充分酷いわよ!」


「あの時来た歌音ちゃんだったら、こうやって馬鹿な事してるあたしを探してもくれなかったよ」


「……それは、私が自分の為にやってることで」


「あの時来た歌音ちゃんだったら!! あたしの事を友達だと思ってくれなかったんだ!!」


天羽は叫ぶ。 海の先へ向けて。 その声は海の向こうにも届きそうなくらい大きくて、はっきりしていて、心が込められた声だった。


「良いかい? 歌音ちゃん。 歌音ちゃんは変わったんだよ。 あの頃から、変わったんだ」


「変わっていない。 私は私で、今も昔も一緒」


「へえ。 って言ってるけど、お二人さんはどう思う?」


頭を倒すように、逆さになりながら天羽は俺と葉月に向けて聞く。 どう思う、か。


「どうだろうな。 俺が最初に会った時は、高校の時だから……昔の事なんて知らないけどさ。 それでも、少しくらいは変わったんじゃないか? 葉月とも普通に話すようになったし」


「私も、そう思う。 葉山は性格悪いけど、良い子」


「あは! だってよ歌音ちゃん」


「八乙女君も、神宮さんも、私を知らないからよ。 いくら二人がそう思って、そう感じても……私はいつだって、嫌な事を考えてる。 天羽さんのことだって、面倒だし放って置こうとも思った! 八乙女君と神宮さんが私にさっき言ってくれた時も、うるさいなって思った! 私はそんな奴だ!」


そんな事思ってたのか、こいつ。 酷いな。


ま、だけど……。


「わはは! それだけ?」


「それだけ!? それだけの事で、私は嫌なのよ! しつこくしつこく言ってくるこいつらも嫌いだし!」


言って、葉山は俺と葉月の事を指さす。


「こんな面倒な事にしたあんたも嫌い!! 何が病気よ! そんなの私には関係無いッ!」


言って、葉山は隣に座る天羽を指さす。


そして、最後に。


「……それで、それで。 折角出来た大切な友達に対して、そんな事を思っちゃう私自身が、大っ嫌い」


涙を零して、そう言った。


「別に良いじゃん。 それが歌音ちゃんなんだし」


「良くないよ。 全然良くない。 きっと、これは治らない病気なんだ」


「……わはは。 皮肉にしては随分威力あるなぁ」


「だけど歌音ちゃん。 それを聞いて、あたしは言うよ。 きっと、後ろで聞いてくれてる二人も同じ事を思っているはずだけど」


「それを知って、あたしはまだ歌音ちゃんと友達で居たいな」


全く以てその通り。 そんなのなんて、今更だしな。 別にそんなことはどうだって良いんだ。


俺も葉月も天羽も、今の葉山と友達なんだから。 お前がどう思おうが、どう感じていようが、俺はお前と友達だ。


「……天羽さん」


だから言ったじゃないか。 大丈夫だって。 少しは信じてくれよ、お前自身が言った「大切な友達」をさ。


「それと、一応言っておくね。 これめちゃ重要な事だから」


天羽は葉山の顔を見て、続けた。


「あの日、あの時。 あたしの病室に来た歌音ちゃんにもし会ったらさ、伝えて欲しいんだ」


「君のおかげで、あたしは外に出られたんだって。 君のおかげで、あたしは最高の友達に出会えたんだって。 君のおかげで、あたしは今、ここに居ることが出来たんだって」


「もしも会ったら、そう伝えておいてくれよ。 歌音ちゃん」


「……あはは。 うん、分かった。 伝えておくよ」


全く、葉山も葉山で葉月並に厄介な奴だよ。 こいつの心に言葉を届けるのに、一体どれだけ労力が掛かるのか計り知れないって。 三人で必死に言って、ようやくこれだもんな。


「あー。 泣かないように頑張ろうって思ってたのに……無理だったかぁ」


葉山は空を見上げて呟く。 笑って、涙を流して。


「わはは。 仕返し仕返し。 泣かされっぱなしは嫌だったから」


「ふん。 私も負けってのは嫌だから、覚悟してなさいよ」


「上等! って言っても……まずは病気、なんとかしないとね。 ははは!」


快活に笑って、天羽は言う。 やはりその姿からは、病に冒されていることは感じられない。


それを見て、葉山は口を開く。 俺達では言えないこと。 葉山歌音で無ければ駄目なこと。 その言葉は重く、葉山にとっては想いが詰まった物。


「……天羽さん。 手術、受けないの?」


葉山は天羽の顔を見て、しっかりと真っ直ぐにそう聞いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ