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神宮葉月の命令を聞けっ!  作者: 幽々
葉山と天羽の関係とは
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今を見て

「お前本当に酷いな」


「うっさいわね! 中学生なんだし仕方なかったのよ!」


「最早そういう問題じゃ無いと思うけど……」


いやだって普通は病人を叩いたりしないだろ。 本当に辛い生活を送っている奴に「死ね」とか、ぶっちゃけ酷すぎる。


葉山はやまは悪魔」


「あんたもうっさいわね! 昔のことよ! 昔の!」


俺と葉月はづきの事を殴らんとばかりに言いながら、葉山は早足で歩いている。 その動作に迷いは無く、目的地はしっかりと定まっているのだろう。


「でもさ、葉山」


「何?」


「それで天羽あもうは、今ここに居るんだな」


「……どうだかね」


いいや、そうさ。 そうに決まってる。 天羽は葉山と出会うことによって、ここに居るんだ。 自分を信じて、病に冒されながらもここに居るんだ。


「だけど納得だな、葉山が気付かなかったのも」


「でしょ? まさかあのクソ女が天羽さんだったなんて。 というかやっぱりあっちは私のこと恨んでるわよね……死ねとか言っちゃったし。 悪いことしちゃったなぁ」


「お前は俺にも死ねって言ってるからな。 反省するならそれも反省してくれ」


「嫌よ。 私がすると思う?」


しないだろうな。 それがお前だ。 葉山歌音うたねだ。


「葉山」


「……今度はあんた? 何?」


「天羽は、葉山に感謝してる。 ありがとうって、言ってる」


「そりゃ、あの時はあいつも馬鹿だったからよ。 殴られて頭打ったのかもね」


「そうじゃない。 天羽は葉山に」


「葉月。 良いよ、言わなくても」


「……うん」


素直じゃないこいつのことだ。 いくら言われたって、そうなんだとはなるわけが無い。 それに葉山もそんな事にはとっくに気付いているんだろうさ。


「あそこ。 天羽さんが言っていた、行きたかった場所。 今日が初めてなのか、何度か来ているのかは分からないけどね。 私が見て聞いた行きたい場所ってのはあそこよ」


やがて葉山は立ち止まり、防波堤の先を指さす。 そこに天羽が居ると言う事だろう。 天羽にとって夢にも見る場所で、一番の場所。


「全く世話が焼ける友達よね。 さっさと行って病院に連れ戻しましょ」


言いながら、葉山は一歩進む。 しかし、どうにも俺には気になる事が一つあった。 急いで天羽を病院に連れ戻さないといけないのだが、それだけは今、この場ではっきりさせておかないといけない。


「葉山、一つ聞きたい事がある」


「何? 八乙女やおとめ君」


「……お前、言えるのか? 天羽に手術を受けろって」


「それは……」


言い淀み、葉山は俺から目を逸らす。


やっぱり……か。 やっぱりこいつは言うつもりが無いんだ。


「それを言わないと、何も変わらないぞ。 天羽の病気だって、お前のしたことだって」


変わらないどころか、この状態のままでは多分、今よりも悪い方向に転んでもおかしくはない。


「……後悔してるんだろ。 その時のお前がどう思ってたのかは知らないけど、こういう結果に今なってて」


「……分かってるわよ。 それくらい。 とっくに分かっているっての」


いつもの調子では無く、静かに葉山は続ける。


「もっと早く思い出せば良かった。 そうすれば気付けたのに。 天羽さんが倒れることだって、予測出来たのに。 でも、今更なんだよ」


葉山は言って、顔を明後日の方へと向けた。 その先には海があって、遠くの方で船の光がゆらゆら揺れていて……それを見つめながら、葉山は更に続けた。


「こうなったのも結局、私の所為だ。 一番最初から間違えてた。 あの時病院で、天羽さんにあんなこと言わなければ……今、天羽さんの病気はとっくに治ってたかもしれない」


「まぁな。 それは否定しないよ」


葉山の事を見て、天羽は無理をしたんだろう。 病気になんか負けるなと思って、笑顔で元気良く暮らすようにしたんだろう。


「けどな、葉山。 お前を見て、お前と会えて、天羽はきっと喜んでいるぞ」


「あはは。 それはどうかしらね。 天羽さんは私を信じたのは分かるわ。 だけど……その結果、現にこうなっているじゃない。 天羽さんは倒れて、すぐに手術を受けた方が良いって言われていて。 それでも、私と会えて良かったと思ってるの? どれだけよ、それ」


そうか。 こいつの見ている物ってのは、もしかして。


「私は結局、騙しているんだよ。 皆を」


「……違う。 確かにさ、葉山の言っている事は分かる。 でも天羽は怒っても、お前に嘘を吐かれたとも思って無いよ」


「何を根拠に言うのよ。 八乙女君に天羽さんのことが分かるの?」


「分からない。 だけど」


裕哉ゆうや。 良い、私が言う」


俺の声を遮って、葉月が口を開く。


珍しいな、こいつがこうやって自分から意見を言うなんて。


「……大丈夫なのか?」


少し心配になって聞くと、葉月は頷いた後、頭の横に掛けていたお面を被った。


「これがあるから大丈夫」


なるほどね、その手があったか。


「葉山」


「何? 神宮じんぐうさん」


「私は、葉山に会えて、葉山と友達になれて嬉しい」


「は!? な、何急に言い出してるのよっ!」


「一緒に遊んで、一緒に騒いで、毎日楽しい。 たまに喧嘩もするけど」


「……はぁ。 で、それが何か?」


「それは、天羽も一緒だと思う」


「だから、それが分かるわけないでしょ。 神宮さんにだって、天羽さんが居なくなってから会っていないんだし分からないでしょ」


「うん。 分からない。 だけど、分かる」


「……言っている意味が分からないって」


葉山は腕を組み、葉月から視線を逸らす。 まるで、自分自身に嘘を吐いているように。


「葉山。 私と裕哉と天羽は、同じ気持ち。 葉山のこと、友達だと思ってる。 私も裕哉も、楽しくて。 天羽も楽しいと思ってるはず」


「それって要するに、神宮さんと八乙女君が私と居て楽しいから、天羽さんも一緒って言いたいわけ?」


「そう。 一緒」


「そんなのあんた達の希望でしょ……。 言った筈だけど、私はそんなの信じないから。 希望とか夢とか、そうあって欲しいっていう願いだとか、そんなのは信じない」


「そうじゃない。 葉山」


「そうじゃないって……なら、何を信じてそんな事言っているわけ?」


葉山のその問いに、葉月は間髪入れずに答えた。


「友達。 私と裕哉は、葉山の事も天羽の事も信じてる。 だから、絶対に大丈夫」


そうだな。 俺もそうだよ。 葉月の事も葉山の事も天羽の事も、俺は信じてる。


「前に、葉山は私に酷い事をした」


「……うん、まぁ、そうだけど」


バツが悪そうに、葉山は目を細める。 それもきっと今だと、こいつが後悔していることの一つなのかもしれない。


「でも、それはもう昔。 だから良いの。 葉山が気にしているのも昔」


「良く無いでしょ。 私があんなことしなきゃ、天羽さんだって神宮さんだって」


「うん。 だけど、あれがなかったら、もしかしたら、葉山と友達になれなかったかもしれない」


「……それは」


「昔とか、過去とかじゃなくて。 私は今を楽しいと思ってる。 学校で放課後、裕哉と葉山と天羽と遊んで、お茶を飲んだりアニメ見たりして。 それが楽しいと思ってる。 だから、葉山も今に目を向けて」


葉月は言い終えて、お面を取る。 喋りすぎて疲れたのか、少々顔は赤くなっていた。 無理をしやがって。


けど、そうだな。 葉山が見ているのは後ろで、昔の事だ。 ずっとそうなんだ。 いつだって、葉山は後ろに目を向けていた。


両親のことも、葉月に対してしたことも、天羽のことも。 全部、昔の事だ。


「……私は葉山のこと、信じてる」


「神宮さん……」


「お疲れさん。 ほら、お茶」


「……ありがとう」


葉月がそれを受け取ったのを確認し、俺は葉山の方を向く。 多分馬鹿なこいつは未だに悩んでいるのだろう。


「なぁ、葉山。 正直に今の気持ちを言うぞ」


「……何? 八乙女君」


「お前は、逃げてるだけなんじゃないか。 天羽に突き放されるのを恐れて、怖がって、逃げているだけなんじゃないか」


「……」


「葉山は、自分で性格悪い悪いって言うけどさ、それでもやっぱ優しいんだよ。 友達想いで、変に真面目で、自分が認めない奴にはちょっとばかし厳しいけどな?」


「……うるさいわね。 ったく」


「あはは、悪い悪い。 だから、逃げてる葉山に言うぞ」


俺は言い、拳を葉山に向けて突き出す。 いつか、葉山が俺にしてくれたように。 いつかそうやって、助けてもらったように。


「自分の事を信じるのも大切だけどさ、少しくらい、()()の事を信じてみないか?」


目に本当に少しだけ涙を浮かべて、顔を伏せて、葉山は俺に言う。


「……ばーか」


全く、可愛くない奴だ。 こうやって話して、それで最後の言葉がそれかよ。 でもまぁ、それでも合わせてくれた拳からは、葉山の気持ちは伝わってきた。


「分かったわよ! あんた達に乗ってあげる。 だけど、もしもそれで酷い結果になったら慰めなさいよ? ぶっちゃけ私泣くと思うから」


「ああ、任せとけ」


「大丈夫。 その時は写真を撮る」


「撮らんで良い! もしも撮ったらあんたの部屋の写メをプリントして今度文化祭で出す新聞に貼り付けてやるから!!」


「一々やることがせこいなおい!」


「それが私よ! 葉山歌音! ったく……んじゃ、いこっか」


「はは、そうだな」


さて、少し話に集中しすぎていたか。 俺達三人は揃って、歩き出す。 天羽が居ると思われる場所へ。


夜風は心地良く、吹く風は若干強い。


葉山が言うには、天羽は防波堤の先に居るだろうとのこと。 これでもしも居なかったら何だったんだって話だけどな。


そしてその防波堤へと向かって歩きながら、俺は横に居る葉山に話し掛ける。


「きっとさ、俺達が言っても駄目なんだよ」


「手術のこと?」


「うん。 葉山が過去と向き合って、自分と向き合って、それで今ともしっかり向き合って、言わないと駄目な言葉だ」


「……そうかもね。 私ももう少し、色々な物に目を向けたいな。 八乙女君とか、神宮さんみたいに」


「俺だって人に言える程見えてはいないって。 前に一回それで失敗してるしさ」


「あはは。 そうだったね。 けど、自分の事を棚に上げて「逃げるな」なんて言われてもなぁ」


「棚に上げて? 何の話だ?」


「分からないなら分からないで良いよ。 今は」


俺が自分の事を棚に上げてる? つまり、俺が何かから逃げてるってことか?


「……予想通り。 ターゲット発見ね」


そんな思考も、葉山が横で呟いた所為で消え失せる。 言葉通り、防波堤の先には天羽羽美うみが居た。 足を投げ出し、座って、海を眺めていた。


「八乙女君、神宮さん。 後ろで聞いていてくれる? 口を挟まないで欲しいの。 私と天羽さんの会話に」


「分かった。 まぁ何かあってもとりあえず天羽は連れ戻さないといけないから、すぐ傍には居るよ」


「うん。 ありがとう」


葉山は一度息を大きく吸って、吐き出す。


そうした後に天羽の元へと歩き出した。

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